──夜。王族や銀鳳商騎士団が宿泊している館を中心に、ミシリエはクシェペルカの騎士による厳重な警備が敷かれていた。
これは『
そんな屋敷の中でその立場上、専用の部屋を割り与えられたアルの居室には2人の人影があった。
「ドキッ☆第何回目かも忘れたエチェバルリア会議ー!」
「懐かしいですねぇ。その前口上」
過去何度も聞いた独特な前口上を懐かしみながらエルは今回の議題を話していく。今回、2人の間で話し合う予定の議題は大きく分けて3つ。どれも系統や開発する上での工期が異なるので、この大事な時期に開発を行う物かよく吟味しなければならないのだが、どんな案が飛び出てくるのか両者共にわくわくしていた。
1つ目の議題はエル達王族救出部隊が見かけた空飛ぶ船の対応。
東部を駆け回っていた銀鳳商騎士団員も目撃したことから少なくとも数隻はあるだろうと推測されるので、これは最優先で対応するべき案件だとエルとアルは同じ認識を持っていた。
2つ目の議題はヘルヴィから頼まれたツェンドリンブルの装備についてだ。
アルが屋敷に帰った後、エルがヘルヴィの証言や工房で修理中のツェンドリンブルの被害状況を纏めると、胴体や足回りに投石によるダメージが入っていることが確認できたらしい。被害を受けた中にはミスリルとは異なる金属が使われている
だが、テストや開発といった工期を考えると、『今この瞬間に』行う必要はあるのか。なかった場合、いつ頃やるかが重要になる。
最後に藍鷹騎士団から頼まれた
これは先方から『出来なければそれで良い』という念のために聞いてみた感満載の返答をもらっているので、最悪やらなくても問題はない。
しかし、もし上手くいけば敵の動きが鈍化し、これらの対応の裏側で行われているレスヴァントの応急的な強化プランや新型
「さて、今回検討することはこのぐらいですね。他に何かありますか?」
「無いです。それでは空飛ぶ船の対策から始めますか」
そう言ったアルはベッドの横に積んである資料を指差す。そこには文字だけではなく作成する場合に使用する図面も描かれており、あんなことがあったのに抜かりなく仕事をこなしている姿にエルは『相変わらずですね』と少し呆れた。
「言いだしっぺは僕ですから、僕から話しますね。僕が考えたのは地対空ミサイル……みたいな物ですね」
「兄さん。ミサイルって出来ないって昔に言ってませんでしたっけ?」
過去の会議で『実現が厳しい』と判断されたことをアルは思い出した。そんな文句に口では上手く伝わらないとエルが綺麗な紙を取り出し、円錐状の槍の持ち手と『発射台』と書かれた器具の間にぐにゃぐにゃと
「槍の中に触媒結晶を仕込んでおいて、シルバーナーヴが繋がっている間に操るんです。ただ、シルバーナーヴが切れた後の終末誘導に関しては期待できませんね」
「あー、マニュアル制御ですか。たしかにこれはミサイルのような物ですね。……うぇっ、調整とか訓練大変そ~」
エルの説明に概要を理解したアルが今後の調整や訓練内容の苛烈さを想像して舌を出した。たしかにこの装備なら発射から
「僕の方は超大型の対空砲を提案します! シルエットナイト1機と連携し、撃つ時に魔力源にする装備も考えましたがこちらの方が派手なので!」
アルの言葉に少しだけ嫌な予感をしながら紙をめくったエルは想像通りの展開に額を指で揉む。
それは、対空砲と言うにはあまりにも大きすぎた。大きい全長に長い砲身、重い魔力消費量。そして、大雑把と言われた方が清々するほどにバ火力過ぎた。
「それは……まさしくストーンヘンジってお馬鹿!」
「えー、じゃあ
アルの頭部に一撃を見舞ったエルは改めて先ほどの設計図を見る。どうやらこの長大な砲身の中身はびっしりと拡大術式や縮小術式を張り巡らせ、基部に備え付けてある
「この射程距離と威力から計算したのですが、シルエットナイト数機分の魔力使用量では?」
「ええ、なので4基のエーテルリアクタをフル稼働させて魔力を充填させます。問題は砲身の放熱ですかね」
アルがこの対空砲に使用するリアクタの数を暴露しながら問題点について説明するが、『違う。問題点そこじゃない』とエルは内心ツッコんだ。
たしかにこの対空砲ならばミシリエから空飛ぶ船を狙撃できるかもしれないが、仕入れで部品が潤沢な銀鳳商騎士団でさえもこの対空砲1門に
「うーん、ではこれを開幕にお見舞いして足を止めた時に槍を発射すれば命中率高くなりません?」
ただ、このまま没はあんまりだとアルが自身の案にエルの対策を合わせる事で再度推した。
たとえ当たらなくとも『巨大な法弾が空飛ぶ船と同じ高度まで飛んでくる』という異例の事態に人間がとれる行動は限られてくる。そこをエルの考えた投槍による攻撃で奇襲するという複数の対策を持って確実な戦果を取る意見を聞き、エルは悩んだ末に『2基ならば都合をつける』と自身のポリシーに反した約束をした。
「もしかして、ミシリエ工事中にエーテルリアクタを導入しようとしてたのってこれの布石だったりします?」
1つの議題が終わり、休憩代わりの雑談として工事中に
「あれはここをアルチュセール山峡関要塞のようなオール魔力化の要塞にしたかっただけですよ。現状は防衛設備がないので、せめて法撃する台座だけでもと思いまして……」
「ほんと油断も隙もないですねこの子は……。一先ず次へ行きましょう」
自分の知らない所でミシリエ要塞化計画を練っていたことを聞いたエルが再度アルの頭を引っ叩きながら次の議題に移ろうとした時、アルから待ったが掛かった。どうしたのかとエルが聞くと、アルは馬の絵を描きながら『強化案で思いついたことあるんですよね』と書き上げた馬の絵に鎧を書き込んでいく。
「パッチワークの追加装甲技術を流用した馬鎧とかどうです? これならば多少の被害は装甲が肩代わりしてくれるので実用的かと」
「ほほう」
アルの描いた絵を一目見たエルは頷きながら感心する。馬に似せて作ってあるのだから、馬に導入している物を追加した方が
「ですが、この状態でキャリッジに繋ぐと魔力生成間に合わないのでは?」
それは
なので、これ以上機体に重量物を乗せると
「あー、それは考えてませんでした」
「そこがクリアできたら万歳しますけどね」
エルが両手を挙げながら出てきた問題を解決するために知恵を絞りながら資料を捲っていると一番下の紙に現在修繕を行っているパッチワークの設計図を見つける。
「あー、新しい紙もったいないので書き損じの裏に描いてるんですよ。別に他の人に見せませんし」
アルの地味な取り組みに『エコですねー』と頭を使っていない返答をしたエルの頭は現在、『
「あー、パッチワークも重量級ですからね。どうやってるんですか?」
「あ? 着痩せしてるだけですよ? 喧嘩売ってんですか」
パッチワークの追加装甲分の重みを加味したエルの言葉にアルはキレる。事実、パッチワークはその追加装甲の関係上、銀鳳商騎士団のどの
そんな重量物を乗せたままツェンドリンブルが自壊せずに運用できるのは、アル自身がパッチワーク専用の
「なるほど。フォートレスを量産して追加装甲を施したツェンドリンブルに接続してあげれば」
「ええ、エーテルリアクタが3つになるので魔力的にも何とかなるかもしれません。なんなら装甲とか他の機能を見直せば余剰魔力が増えるので、フォートレスのように法弾も撃てるかもしれません」
実際パッチワークが1頭のツェンドリンブルで運用できているので、その実績からエルは『最終的には1個小隊での打撃部隊を編成するのも良いですね』と未来を見据えた考えを持ち出した。
ただ、絵に描いた餅をそのまま開発するのは危険だと同時に判断したエルは、その絵を現実にするためのテストを行おうと計画。そのテストに向けてアディやキッドといった優秀なツェンドリンブルユーザーに協力してもらおうと提案し、その提案にアルも食い気味に同意する。
「では、最後に藍鷹騎士団からの要求ですね。実物見てみないと分からないのですが、効果はあるんですかね?」
「別に一定以下の低周波で暴走させたり、核ミサイルのメインサーバーにアクセスするような複雑な物じゃないですよ」
ネタを挟みながらアルは紙に『操作』と『
中等部で習う内容のおさらいの様な内容だが、ここからどう破壊工作に結び付くのかエルには分からなかった。
「こうやって操作した内容を逆転させてあげれば……どうですか?」
先ほど書き上げた紙の『操作』と『
「こうなると現場では対処しにくいですね。もしかして、カルディトーレの時の経験ですか?」
エルが理解したことを端的に言うと、『左手を動かす操作をしたはずなのに異なる挙動をする』といったおかしな
さらに、対処をしようにも担当の
「後はバレにくいよう、このようにスクリプトを刻んであげれば良いんですよ」
バレにくいようにご丁寧に黒い塗料を塗った銀板をまじまじと見て刻まれている
「本当、アルに暇な時間を与えたら碌なことしませんね」
エル自身もダーヴィドやバトソンといった
しかし、その言葉を受けてもエルは心当たりがなさそうな表情できょとんと首を傾げたので、アルは『無自覚って無敵かよ』と今後の
そんな五十歩百歩のような文句を最後にエチェバルリア会議が終了し、そこから時間が1週間が過ぎることになる。エルの口から発せられる新しいプロジェクトや試験に、主に
「つまり、要塞内にエーテルリアクタを仕込むわけですな」
「そうです。後は台車にシルエットアームズを備え付ければ歩兵でもオーバードスペルによる援護射撃が出来るというわけです」
そんなアルの隣にはレトンマキ男爵が座っており、真剣にアルの話を聞きながらメモを取っていた。その光景を少しだけつまらなさそうに見つめるイサドラが部屋の隅でジッとアルの方を見ているのだが、2人は彼女を微塵も気にすることなく話を続けている。
このような奇妙な取り合わせになったのは数分前のことである。突如、イサドラを伴ったレトンマキ男爵がアルの部屋に訪ねてきたかと思えば、『
なんとか男爵を宥めたアルが話を聞くと、ジャロウデク軍が東部を再び平定しようと動き出していた場合、東部への玄関口である『ジェデオン都市要塞』を攻略する必要があるらしい。
そこで『ここで踏ん張ればクシェペルカが反撃するための時間を稼げる』と踏んだレトンマキ男爵が、クシェペルカ貴族の伝手を使い、要塞を守る勇士や築城経験のある人物を探していたのだが、その話をどこかから聞いたエムリスが『良い人材を知っているぞ』とアルを
たしかに
「では、後は先ほど言った使用事項に気を付けてお使いください」
「承知しました。いやはや、まさかエチェバルリア卿が築城に詳しいとは……エムリス殿下も良い部下をお持ちだ」
嬉しそうに去っていくレトンマキ男爵を見送って一息ついたアルだったが、間髪居れずにイサドラが近づいてきた。その少しだけ嬉しそうな表情に、アルは『またフレメヴィーラの話ですか?』と飽きたような表情をすると、イサドラは興奮しながら口を開いた。
「だって聞けば聞くほどクシェペルカとはいろいろ違うんだもの! リース兄は忙しそうだし、他に聞けるのはあなたしか居ないから!」
ティラントーの一件以来、イサドラは比較的暇なアルのところへ出向いてはフレメヴィーラでの面白話をせがんでくる。医者から『まだ数日間安静にしておいて欲しい』と言われているため、今まで事務作業の片手間で話してあげていたアルだったが、今日は不機嫌そうにイサドラを見つめた。
「イサドラ様、お稽古とかエレオノーラ様の説得は良いんですか? 昨日みたいにマルティナ様に見つかって僕も怒られるのは嫌ですよ」
アルはベッドの脇に置いておいた各作業の進捗報告を手に取り、あえてイサドラの方を見ないように報告書を見ながら問いかける。
昨日、礼儀作法の稽古からエスケープしたイサドラがアルの部屋に避難し、そのままアルと雑談をしていた所をマルティナに見つかってアル共々怒られるという事件があったばかりのこれである。
ただ、理不尽に怒られることにイラッときたアルが、『このような非常時にそういう稽古はいかがなものかと』とマルティナに反論してしまったことから、イサドラに益々懐かれるもとい、サボる材料にされたと判断したアルはここは一発ビシッと反省させようと、わざとおざなりな反応をしながら報告書を読み込んでいく。
(カタフラクトは直線での打撃力は合格点。曲がりにくさが難点か)
ツェンドリンブルに防御用の追加装甲や元々カウンターウェイトとして肩にくっついていた小型の盾を大型化するといった防御を重視した改修機。『カタフラクト』と呼称した機体のテストの結果を見ながらアルは満足げに頷く。
試作機が出来た当初、アディがツェンドリンブルのゴツゴツ感に『私のツェンちゃんが!』とズキュンでドキュンな衝撃を受けたらしいが、試験は滞りなくすんだらしく『直線の動作は少し重いぐらい』や『一旦止まってから曲がらないと倒れる』といった不満点や訓練に使えそうな補足事項をキッドと共に考えたらしく、報告書にびっしりと書き込まれていた。
ただ、『装甲が可愛くない』やら『名前はカーちゃんが良い』という謎の提案もあったので、アルは静かに報告書から目を離し、アディには後で注意しておこうと心のメモに記載して一息ついた。
「あ、終わった?」
「ぴぇっ!?」
部屋が静かだったので飽きたイサドラはどこかにいったと思い込んでいたアルだったが、先ほどまでレトンマキ男爵の座っていた椅子に座りながらアルに問いかけてきたイサドラに驚きの声を上げた。その反応が可笑しかったのかイサドラがクスクスと笑いながら上機嫌に口を開く。
「一息つくまで待ってたのよ。アルフォンスの言ってることも最もだって母さんが言ってたからしばらくお稽古はお休みだって」
「僕も仕事がありますし、マルティナ様もクシェペルカが復興することを信じてイサドラ様にお稽古させてるのかもしれないので毎日来ないでくださいよ」
アルが驚いたことでうれしそうに笑うイサドラに対してアルはストレートに文句を言う。マルティナに反論した内容とは真逆の言い方に、イサドラは『この前は味方してくれてたのに!』と怒るが、貴族間のパーティやらその他のイベントが開催出来ない今の時期を好意的に解釈するならば『今が礼儀作法を叩きこむ好機』なので、アルは心を鬼にする。
もちろんクシェペルカが取り戻せた場合になるのだが、今まで絶望のどん底に居たイサドラには希望を持たせても罰は当たらないだろうというアルの気遣いでもあった。
「あと、エレオノーラ様の説得はイサドラ様にしかできないんですから頼みましたよ」
「エレオノーラは……もうちょっと待ってあげて。まだ心に余裕が持ててないのよ」
しかし、アルがエレオノーラの話題が出た瞬間、イサドラは悲しそうに目を伏せる。
ミシリエで生活してからイサドラは足しげくエレオノーラの元へ通っていた。しかし、当初はイサドラが何度も部屋を訪れてもエレオノーラはまるで心が抜け落ちたかのような様子でまともな会話もままならなかったとイサドラは唇を噛みながら話した。最近はようやく会話できる状態まで落ち着くことが出来たが、いつぶり返すか分からない不安定な状態なので踏み込んだ問題を話すべきではないと説明するイサドラに、アルは『そうですか』と答えることしか出来なかった。
「……どうしたら良いのか分からなくて、いつも部屋に居るアルフォンスの部屋に来てたの」
「僕以外に相談できる人とか居るでしょうに……あ、やっべ」
イサドラの申し訳なさそうな様子につい言葉が出てしまったアルが慌てて発言を取り消そうとしたが、アルの胸元をイサドラが掴んで『分かってるわよ!』と涙声でがなり立てた。
「仕方ないじゃない! 陛下や父様が亡くなって……エレオノーラもああなっちゃって……どうしたら良いのか分かんないのよ! 皆忙しそうにしてるし、言ったら心配されて迷惑かけるから! 残ってるのアルフォンスだけだったから!」
「分かりました! 僕が悪ぅございました!」
頭に浮かんだ端から口に喋らせているのか言葉の流れがおかしいが、怒りをぶちまけるイサドラにシェイクされたアルは目を回しながら謝罪する。謝罪したことでようやく動きが止まったイサドラが『また話聞かせて』と小声でリクエストを送り、未だ頭が揺れている感覚に襲われているアルは焦点が合わない目で『あい』と返事をした。
「あと、母さんから逃げる時にここで匿って」
「あい」
「あと、リース兄の代わりに剣術に付き合って」
「あい」
「あと、外に出かける時についてきて」
「あい」
吐き気を催している状態でイサドラの頼みごとをはいはいと返事をする、『なんでも言うことを聞くアルフォンス君』になりつつあるアルの様子に気が晴れたイサドラは、少しだけ悪戯心が芽生えたので『騎士の誓いを立てて』とお願いする。銀鳳商騎士団の団員がエレオノーラに騎士の誓いを立てたという話をエレオノーラ本人から聞いた覚えがあったので、犬猫の類ではないがイサドラも騎士という人材に多少の興味を持っていた。
『もしOKを出したら冗談だとからかってやろう』と内心笑いながらアルの反応を待ったが、返ってきたのは『嫌です』という拒絶の言葉とアルの真剣な眼差しだった。
「こう見えても僕は1度他の方の騎士になってます。その人には義理もありますし、よほどのことがない限り誰かの騎士になりませんよ?」
「冗談よ。私だってアルフォンスみたいなちんちくりん騎士にしたくないし」
割とちゃんとした理由につい強がってしまったイサドラを見ながらアルは『それでも騎士にしたければ揚げ鳥の皮持ってきてください』とふざけた代案を出した。その真面目な展開からいきなりギャグに変わった落差にイサドラは吹き出しながら『安いわね』とツッコミを入れる。
「まぁ、剣術にも付き合いますからそれでご容赦をっと」
「なにその報告書。他の報告書と随分出来が違うけれど」
話はおしまいと再び報告書に目を通し始めたアルの横で報告書の文面を見たイサドラが疑問を口にする。整った文面に挿絵が所々にちりばめられており、1つ1つの内容が簡潔に纏められているという読みやすい報告書にアルは『うちの騎士団長の物です』と記載した人間の名を告げた。
「兄さんは今、結構仕事を抱えてるんで動けない僕がそこらへんの調整をしてるんですよ。ストッパーには団長補佐も居ますから大丈夫でしょう」
「念のために聞くけど、いくつ仕事あるの?」
アルの口ぶりと救出されてから今まで驚きの連続だった銀鳳商騎士団の異常っぷりを目の当たりにしてきたイサドラはつい気になったことを質問すると、アルは『簡単にですが』とかなりの仕事名を垂れ流した。
現在エルは、レスヴァントの応急的な強化プランを主導しており、その裏で銀鳳商騎士団の
さらに、現在エルと二人三脚という形で作業を行っている
「え、疲れないの?」
「生憎、シルエットナイト関係になると疲れより体力が回復する人なので」
自身の兄の規格外っぷりを話すとイサドラは少しだけ気味が悪そうな顔をする。アルの方もテレスターレ開発時の様な『仕事に集中し出すと周りが見えなくなる』という欠点があるのでストッパーが必要なことに関してはエルのことを悪く言えないし、現在動けないアルの代わりに作業をバリバリ進めているエルの手腕と超人じみた体力のみがクシェペルカ再興の要なので、『無理せず』という言葉を使えないアルだった。
「えーっと、次は……。お、書かれた日付を逆算してみて……昨日でしたか」
「え、なになに? 面白いの?」
「資料は駄目ですって、大丈夫ですか? そんな怒らなくても概要ぐらいなら教えますよ」
アルは手に持った資料を見ながら悪戯を前に興奮する子供の様に顔をニヤつかせる。それを見たイサドラが資料を見ようとするが、一応別の騎士団からの報告なので情報漏えい的にもまずいとアルは素早く資料をイサドラから遠ざけた。その動作によりイサドラはバランスを崩し、アルの寝ているベッドに顔から突っ込むと強かに打った顔を赤くさせながら唸り声を上げてアルを睨んだ。
イサドラの今にも噛みついてきそうな表情に、ちょっと罪悪感が湧いたアルは概要ぐらいは問題ないだろうと口を開いた。
「今、この町に向かってジャロウデク軍が迫っているという情報があります」
「ジャロッ!」
ジャロウデク軍が迫っていることにパニックを起こしたイサドラがベッドから起き上がり、アルの部屋を飛び出そうとする。しかし、アルは咄嗟にイサドラの腕を取って思いっきり自分の方に引っ張ると、バランスを崩したイサドラはそのままベッドの上に寝転がるように仰向けになった。
走り出そうとしたら突然ベッドの上に転がされたイサドラは放心するが、アルはイサドラの状態に構うことなく抱え込むように抱きしめて拘束した。
「大丈夫です……大丈夫ですから大人しくしてください。バレたらヤバいんですって」
「だってまだなにも準備できてないじゃない! 逃げなきゃ!」
アルの腕の中で暴れるイサドラの爪が首や肩に食い込むが、アルは何度も『大丈夫』と宥めつつ自身の説明下手を恥じた。ジャロウデクから助け出されたばかりの人に再び危険が迫っているという言葉はあまりにも刺激が強く、概要の枕詞としては明らかに不適切なものである。しかし、やらかしてしまったものは仕方ないので、アルは一先ず目の前の小さな地雷を踏んでしまった少女への対応に注力する。
「すみません。まさかそんなにジャロウデクが怖いとは……」
「グスッ、当たり前じゃない。今まで閉じ込められてたのよ」
なんとか落ち着かせることに成功するが、アルの脳内では東京在住の経験が無いのに何故か居る謎江戸っ子が『女ぁ泣かせるのは粋じゃねぇなぁ』と刀の鯉口を切りながら威嚇していた。全てアルの想像だが、最初は小さかった罪悪感が発酵が終わったパン生地のように膨らんでいき、やがてその圧力に耐えきれなかったアルは作戦を話すことを決断する。
正直イサドラが間者だった場合や情報が漏れた時などデメリットの方が大きいが、このまま放りだしたら中途半端な情報によってミシリエ中が混乱する可能性が大いにあり得る。毒を喰らわばという意識でアルは詳細を語るために抱きしめた体勢のまま、イサドラの耳に口元を近づけた。
「これは機密なので絶対漏らさないでください。結論から言えばミシリエにはたどり着かない可能性の方が高いです」
「なんで? 何の準備もしてないのに何でそう言えるの?」
アルのなんの信憑性もない言葉に意味が分からないとばかりにイサドラが不安そうな表情でアルに問いただす。その問いに答えるべく、アルは一旦イサドラから離れるとベッドの横に備え付けられたチェストから1週間前にエルに渡した黒く塗装した銀板とは少しだけ形が変わった銀板をイサドラに渡して窓の外から遠くの景色を見つめながら理由を話した。
***
話は少し前まで巻き戻る。
ジャロウデク軍の中でも優秀な人物が集まったエリート集団である黒顎騎士団。その中からとある密命を帯びた大隊が抽出され、元クシェペルカの北部領から雲行きが怪しい東部領に向けて進軍していた。道中、大隊長が機密事項を呟いて副官がそれを諌めるといったアクシデントがあったものの、大隊は放棄された関所にたどり着いて
しかし、留まって2日後に事件は起こった。謎の勢力による襲撃により、ティラントーの整備に必要不可欠な
当然、大隊を任せられた大隊長は叱責したが、徴発したレスヴァントの
そして夜が明け、当初の予定だった昼頃に事件は起こった。
「まだ私の機体は動かないのか?」
「正確には正しく動かなく「そんなことは分かっている!」」
駐機状態になったティラントーの前で大隊長は表情を醜く歪ませながら黒顎騎士団所属の
「……すまない。 お前が優秀な鍛冶師だということは私も知っている。……本当に原因は分からないのか?」
怒鳴り込んでいた大隊長も剣を光らせる部下を見たからか少しだけ落ち着きを取り戻し、諭すような口調で長年自分の機体を任せてきた
「操縦桿も中身のシルバーナーヴごと……なんなら操縦席自体も入れ替えたんですが、結果は全て同じでした。見当もつかないんです!」
長く
もはや今日中に行軍は不可能。否、行軍自体不可能な状態であることは明白だった。
しかし、いつまでもこうしているわけにはいかないと大隊長は補充を申請することを決断する。物資ならばいくらか都合はつくが、
さらに
「大幅に遅れそうですね」
「致し方ないだろう。この隊はクシェペルカの案山子があってやっと大隊クラスだ。要塞を攻略するのに戦力が足りん」
早馬を見送った大隊長が副官と話しながら未だ原因を探ろうと頑張っている
「流石あの坊主謹製! 見事に引っかかってくれたぜ!」
「それでは?」
「ああ、早馬を確認したから恐らくシルエットナイトの入れ替えをするんだろうな。これでかなり余裕が出来るだろうな! あの坊主曰く、『何もしないのに壊れた!』の類似語で『これを入れたらなぜか動く』という言葉があるらしいし、また仕掛けるか?」
男──藍鷹騎士団の『親父』が豪快に笑いながらテントの奥で乱雑に積み上げられている『ティラントーの操縦桿』を見やる。
実はこの操縦桿は関所で動作不良を起こしているティラントーに装着されていたもので、昨夜の襲撃の際にすり替えておいた物である。目標を決めずに完全にランダムですり替えたのだが、まさか大隊長機が動作不良を起こすとは思ってなかった親父は『普段の行いの賜物だな』と自身の運を誇示し、同じテントに居たノーラを含めた藍鷹騎士団員を呆れさせていた。
「ところであれってどういった原理で動作不良起こしてるんです?」
そこでふと、とある藍鷹騎士団員が疑問の声を上げる。彼は先ほどの操縦桿すり替えの作業を行っていたのだが、細工入りの操縦桿と細工をされていない操縦桿を見比べてもどう違うのか分からなかったのだ。その疑問の声を聞いた親父は少し考えると、『ノーラに任せてたから知らん』と投げやりの返答を返した。
「操縦桿の裏に操作をあべこべにするスクリプトを刻んだ銀板が仕込まれてるんですよ」
親父の返答にもう一度ため息をついたノーラが藍鷹騎士団員達にエルとアルから共有された情報を口から再生する。
この操縦桿の作り方は至ってシンプルである。
はじめに、仕入れを行ったティラントーの操縦桿をダーヴィド達が中古品だとバレないように丁寧に磨き上げる。次に操縦桿の根元、
仕上げにティラントーの操縦桿を入れ替える。
ここまで来たらあら不思議、思った操作が出来ない出来損ないのティラントーの一丁上がりである。
口で言うのは簡単だが、この
まず、アルが最初に作り上げた銀板には『右を左に操作を反転させる』といったバレやすい欠点があった。それをテストの段階で見つけたエルは、アルと協力して仮に『左手を前に突き出す』という操作を行った場合、『右手を前に突き出す』や『左足を前に突き出す』といったように操作部位をランダムにする修正を行った。
ただ前世のアプリケーションならいざ知らず、『ランダムなものを出力する』という
最終的には出発する藍鷹騎士団の都合によって中途半端な出来になった
ともあれ、現在関所で駐留しているジャロウデク軍の物資にあるほとんどの操縦桿は
「よし、第1報書いとけ。このまま限界まで時間を稼ぐぞ」
予想の遥か上を行く結果に気を良くした親父は上機嫌にテントを後にする。この数日後、藍鷹騎士団は関所に駐留しているジャロウデク軍に再度襲撃をかけ、物資に多大な被害を出しながらティラントーの操縦桿を元に戻した。これにより今度は『何もしていないのにいきなり正常に動き出した!』と
そこには『期待していたのだが残念だ』や『君にはまだ荷が重かったようだ』と季節の挨拶としてはハードすぎる前口上の後に、『補給を送るからその場で待機』という大隊長のプライドを木っ端微塵にする指示が書かれており、頭を掻き毟りながら乱心する大隊長のシャウトが関所内に反響する。
その光景を藍鷹騎士団達は対岸の火事の様に単眼鏡で見物していたのは余談である。
***
「……とまぁこんなことがあったらしいですよ」
「どこの世界にシルエットナイトを変にして軍を止める騎士が居るのよ」
理由を聞いて落ち着くどころか呆れたイサドラは目と鼻の先に居るアルの顔に向かってじっとりとした視線を向ける。ただ、あの憎きジャロウデクが右往左往しているという情報に、イサドラは燻っていた重苦しい気持ちが幾分か晴れた気がした。
「じゃあ、そろそろ僕も仕事──」
「あー! アル君がお姫様口説いてるー!」
イサドラが落ち着いてきたので『仕事に戻ります』とアルが言おうとした時、アディが扉から部屋に入ってきた。その横をエルが口笛を吹きながら登場したのを皮切りに、イサドラの顔がだんだん赤くなってくる。咄嗟に座っていたベッドから立ち上がると、一目散に扉に向かって駆け出した。
「違う! 違うからー!」
「あーらら、行っちゃった」
突風の様に部屋から出ていくイサドラを見送りながら他人事のように話すアルを見てアディが不思議な顔をする。恋愛については少々ヘタ……失礼、面倒くさい性格をしているアルが婦女子を抱きしめている光景を恥ずかしがらないのは奇妙だと感じたアディはアルに現在の心境を尋ねてみた。
「アル君。なんでそんなに落ち着いてるの?」
「自分の胸に手を当てて考えれば良いでしょう」
率直な疑問に何の解決もしない答えを貰ったアディは自身の胸に手を置いて考えるが、なんの答えも得られないまま時間が過ぎる。次第に飽きてきたアディが『分かんない!』と苛立たしげに吠えると、エルとアルが揃って『マジか!?』という表情でアディを見た。その後、無言のアイコンタクトがエルとアルの間に交わされ、やがて諦めた表情でアルはアディの前で自らの手を広げた。
「仕方ないですね。ほら、アディ」
「え? アル君が自らハグを!?」
いつもは素振りすら見せない動作に最初は困惑したアディだったが、我慢できたのは数秒間という短い間であった。突撃するようにアルの腕の中に納まるが、収まりが悪いと思ったアディがいつもエルにしているようにアルを抱きすくめる。そんな状態でアルは平坦な声量で『ドキドキしてます?』とアディに質問した。
「いつものことだし……してない?」
「「それだよ」」
エルとアルは声をハモらせながらツッコむ。彼らは幼少時からアディにぬいぐるみと似たような扱いを受けていたので、抱きしめることに関しては『そういうものか』といった具合に徐々に調教されていったのである。さらに、エルとは頻繁に同衾していることからアルも『部屋に女の子居るけど普通だな』と倫理観が麻痺しており、今のアルにとってアディからのハグは大変失礼なことだが、大型犬がじゃれついているような気持ちで受け止めていた。
「でも、ステファニア姉様の時はドキドキしてたじゃない」
「あれは僕が好きだったからですよ。僕が好きになるのは僕の性格を肯定的に見てくれて、それでも手を伸ばしてくる人です。それに仮に彼女が手を伸ばそうとした場合、ステファニア様より条件的に厳しいし、ステファニア様の印象が強いので良い人止まりですね」
同じ国の1貴族であるステファニアに対して仮にイサドラがアルに気が合ったとしても『別の国の騎士団員とお姫様』である。そんな大衆劇でも使い古された設定のような境遇で2人が手を取り合える展開なぞ限られるし、そのどれもが実現が困難な物ばかりである。
(年上を抜いている時点でちょっと気を許してますね。これは)
(でも、面白そうだし黙ってよう)
ひたすら興味が無い理由を目を瞑りながら夢中で述べているアルだったが、散々彼自身が言っていたフェティシズムである『姉要素』を感じなかったことにエルとアディは気付く。だが、他人の恋愛事──それも一度敗れた人物の恋愛事に興味を持った2人は『ソダネー』とツッコミを入れずにアルの熱弁を静観することにした。
「……ということなので、なんとも思わない。証明完了ってことでアディさんや」
「なぁに。アルさんや」
一通り熱弁を終えたアルが腕をアディの胴体に回しながら微笑む。そんなアルにアディも口では軽口を叩くが、内心で心臓がバクバク動いていた。だが、これは恋愛による旨の高まりではなく、目の前の脅威に対しての緊張感だった。
徐々にアディの胴体を締め付けていくアルの腕に、エルは磁石の力で合体するロボットアニメのテーマを鼻歌で歌いだす。そして、エルとアルの心は1つとなった!
「報告書に余計な提案はしちゃ駄目でしょ! ジー○ブリーカァ!」
「ご、ごめんなさぁい!」
あくまでちょっと苦しい程度の圧迫感でアディを締め付け、二度と報告書に可愛さといった余計な提案はさせないことを誓わせる。そんなどこか昔のことを思い起こさせる光景を見ながらエルは『相変わらずアルの恋愛感めんどくさっ!』という罵倒をアルに向けていた。