銀鳳の副団長   作:マジックテープ財布

98 / 200
75話

 夏の激しい照り付けが連日連夜続いていた時期が終わり、徐々に秋に移り変わろうとしているある日のこと。珍しく土砂降りの雨の中を1機の幻晶騎士(シルエットナイト)が地面に深い足跡をつけながら歩いていた。

 

「まさか降られるとは思ってませんでした」

 

「今まで晴れだったし、通り雨じゃない?」

 

 緑色に塗られた装甲に雨粒が当たる音や幻晶騎士(シルエットナイト)の足音を聞きながら操縦席では2人の男女が徐々に近づきつつあるミシリエの街の外観を眺めていた。言わずもがな、アルとイサドラである。

 

「剣術に付き合ってもらって悪いわね」

 

「仕入れ作業の合間ですから。明日からまた町を離れます」

 

 アルの言葉に奥に詰め込まれた2振りの木剣を見ていたイサドラがアルの方に視線を向ける。仕入れ作業とは聞こえがいいが、とどのつまり『戦地に赴く』ことなのでイサドラは心配そうな表情でアルを見た。

 パッチワークが戻ってきてからと言うもの、アルは率先して仕入れ作業を行っては町に帰ってくることが日常化している。鹵獲したティラントーの状態は良好で、主に脚部を破壊していることから捕虜(オマケ)も増えているのだが、仕入れ作業の要の一端としてエルは期待していた。

 ただ、1週間の大半をミシリエの外で過ごすアルを心配してか、イサドラはアルの服の裾を摘みながら言葉を投げかける。

 

「ねぇ、アル。ちゃんと帰ってきてね」

 

「それ、この前もいってましたね。善処しますよ」

 

 確約しにくいお願いに、アルは当たり障りの無い返答でパッチワークの足を動かす。危険はもちろん存在するが、魔力転換炉(エーテルリアクタ)が増えればやりたかったあれこれを行いやすくなるので、アルにとってこの仕入れ作業が正念場だった。

 

(でもアレをやるのは流石になぁ。どうしよ)

 

 なお、エルにやりたいことのあれこれを伝えた結果、かなり真面目な声で『シャレにならないので、やる意思と理由と覚悟を持ってからにしてください』と脅されたが、生憎アルの考えている物は計画以前の草案である。さらに、考えた本人も『やりすぎじゃね?』という天使と『国をいきなり滅ぼした国だし妥当』という悪魔が代理戦争をしている案なので、詳しいことは未来の自分に任せることにしようとアルは隣で心配そうに見てくるお姫様のご機嫌取りという早急に対処しなければならない案件に集中する。

 

「それに、操縦席派の兄さんと違ってベッドの上で臨終派ですよ。最大限の生きる努力をします」

 

 アルが言える精一杯の言葉を皮切りにバケツをひっくり返したような大雨が止み、雲から太陽が出てくる。ぬかるんだ道で転ばないように気をつけながらパッチワークを操縦し、ミシリエの城門をくぐると雨が止んだことで大通りに屋台が出始め、あっという間に大通りには人と屋台が入り混じる活気のある町並みに変化した。

 

「アル! 揚げ芋食べたい!」

 

「はいはい、また今度。後僕を財布代わりにするのはいい加減にやめてくださいね。そろそろマルティナ様に徴収しますよ」

 

 先ほどまでアルを心配した表情はどこへやら。屋台の様子をつぶさに観察していたイサドラをやんわりと諭しながらアルは館の駐機場に向かう。少し前に同伴で外出を行った際、財布代わりになっていたので今月は割かしピンチだったりする。

 最後に言ったマルティナへのチクりとも言える言葉にイサドラは素直に騒ぐのをやめたので所定の場所でパッチワークを駐機状態にさせ、装甲を開くとエムリスがアルを呼びながら大股で歩いてくる。

 

「アルフォンス、早馬の情報だ。ジェデオン要塞の防衛に成功したらしい」

 

 イサドラの手を取りながらパッチワークから降りたアルはエムリスからもたらされた朗報を聞いてドヤ顔でイサドラを見た。その『僕が言った通りでしょう?』と言いたげな顔に腹が立ったのかイサドラがそっぽを向き、そのやり取りにエムリスは苦笑する。

 

「予想より遅いお越しでしたね」

 

「抜かせ。お前も足止めに協力していたのは知ってるぞ。よくやってくれた」

 

 エムリスは全部分かっている風なことを言いながらアルの頭を乱雑に撫でるが、アルも協力していると聞いたのはつい先ほどのことであった。

 

 あの後、大隊はティラントーのみならずジャロウデク側の構成員を全て補給部隊と称した代理の人員と入れ替えた。しかし、人員が入れ替わるという密偵としてはボーナスチャンスとも取れる機会を無駄にするほど藍鷹騎士団は甘くはない。前任の部隊が関所を去ったその夜中に再び襲撃は始まった。

 結果として襲撃のことは連携されていたのか罠に引っかかるティラントーの数は少なかったが、ティラントー自体の挙動がおかしくなったことはあまりにも荒唐無稽な内容だったのか重要視されなかった。そのため、翌日には前任者と同じように混乱している新大隊長や騎操士(ナイトランナー)達の姿を肴に、親父は堅いパンを頬張りながら『美味かった』という感想を報告書に残している。

 

 そんな大隊だったが、1日経っても直らない様子に痺れを切らした新大隊長が進軍の檄を飛ばす。操縦が困難になったティラントーは解体されて出発するが、荷物が増えたことによって大隊の進軍速度は牛歩のごとく遅くなる。

 当然、そのような大事な大事なアタックチャンスに藍鷹騎士団はシャドウラート建造時にアルからもたらされた幻晶甲冑(シルエットギア)専用装備である『携行型大型弩砲(スコルビウス)』を構え、攻城で扱うような長大な矢を雨のように降らせた。その矢の中には魔獣油が入った瓶を括り付けた火矢も混ざっており、これにより補給したばかりの資材や糧食が馬車と共に呆気なく灰に還った。

 神出鬼没かつ、昼夜問わず行われる破壊工作。そして、次々と操縦困難になっていくティラントー。大隊が攻略目標であるジェデオン要塞を射程に収める頃には士気も整備状況も劣悪極まりない物となっていた。

 

 当然、そんな部隊にエルが主導で手掛けたレスヴァントを法撃戦特化に改修した『レスヴァント・ヴィード』とアルがレトンマキ男爵に教えた『オール魔力化による法撃陣地』に勝てるはずもなく。森林地帯から戦闘の様子を見ていた藍鷹騎士団から『絶え間なくヴィードと城壁から放たれる法撃にジャロウデクは要塞に取り付くことはなかった』と報告がミシリエもたらされた。

 今回の戦闘を総合するとすれば間違いなく大勝とエムリスは太鼓判を押した。

 

「それより、貴重な休みをイサドラに使っていいのか?」

 

「え、護衛の仕事ってことで代休もらえるんですか。リース兄」

 

「お前にその呼び方されると寒気がするから止めろ。それより銀の長が呼んでたぞ」

 

 アルから『リース兄』と呼ばれることを気色悪がったエムリスが手で追い払う仕草をしながらエルの所へ行くように指示する。それを聞いたアルが工房へ足を運んでいると、中隊規模のツェンドリンブルがレスヴァント・ヴィードの部品を大量に荷馬車(キャリッジ)に乗せて工房を出ていくのを見送るエルの姿が見えた。

 

「あ、兄さん。あれらは組み立てないんですか?」

 

「ええ、ヴィードは行軍速度に欠点を抱えてるので、現地で組み立てるために部品とナイトスミス、モートルビートを送ってるんです」

 

 レスヴァント・ヴィードは、先ほどもあったようにクシェペルカの制式量産機であるレスヴァントに法撃用のサブアームを増設したり、『ウォールローブ』と呼ばれる大型の蓄魔力式装甲(キャパシティフレーム)で構成した装甲をローブの様に配することで防御力を上げると共に魔力貯蓄量(マナ・プール)の容量を増やした法撃戦特化の機体である。

 

 しかし、このレスヴァント・ヴィードにはエルの言う通りウォールローブの重量が嵩むため、行軍や近接戦闘に支障ときたすという弱点があった。一応、アルのパッチワークからボタン1つでローブが全てパージできる魔法術式(スクリプト)を転用し、いざという時に近接戦闘が出来るよう調整はしている。──いるのだが、ウォールローブを脱いだ状態ヴィードはノーマル状態のレスヴァントと同等の戦力にしかならないので『近づかれたら終わる機体』である。

 

「それより僕を呼んだのは新型機の話ですよね?」

 

「話が早くて助かります。こっちへ」

 

 エルの案内で工房の奥に進んだアルの目の前にレスヴァントと良く似通った機体が現れる。しかし、所々の装甲には蓄魔力式装甲(キャパシティフレーム)が実装され、装甲の隙間から綱型結晶筋肉(ストランド・クリスタルティシュー)が見えることから、アルは期待感を押さえ込みながらエルの後ろに続く。

 エルとアルが機体の前に立つと、その機体の周囲に集まっていた様々な年齢の男女が続々とエル達の周囲に集まってきた。

 

「エチェバルリア卿……、は紛らわしいですね。アルフォンス殿、お初にお目にかかります。我らは様々な騎士団から新型機の開発を命じられて派遣されてきました騎士とナイトスミスです。よろしくお願いします」

 

「おぉ……。ということは完成したんですか?」

 

「ええ、レスヴァントの後継機。『レーヴァンティア』です」

 

 目の前の機体を見上げながらエルは機体名を答える。しかし、なぜこのような短時間──それも改修機であるレスヴァント・ヴィードを開発しながらの状態で新型機を開発できるのか。それには複数の理由がある。

 

「しかし、この工房に着いた時は驚きましたぞ。まさか小さなシルエットナイトに乗る鍛冶師とは」

 

「ですよね。私なんか腰抜かしちゃいましたよ」

 

 彼らの視線の先にはモートリフトに搭乗し、忙しそうに部品を運ぶクシェペルカの騎操鍛冶師(ナイトスミス)の姿があった。

 彼ら、クシェペルカの騎操鍛冶師(ナイトスミス)は銀鳳商騎士団の騎操鍛冶師(ナイトスミス)隊の面々にモートリフトの有用性を『分からせられた』後、魔力切れや度重なる失敗の末にモートリフトの操作を習得することが出来た。これにより圧倒的なマンパワーを確保した銀鳳商騎士団の騎操鍛冶師(ナイトスミス)隊は次々と各プロジェクトの試作機を作り出していくことが可能になったのだ。

 その分、試験騎操士(テストランナー)のスケジュールが過密になり、思ったとおりにテストが進まずに騎操鍛冶師(ナイトスミス)達の作業が滞ってしまうこともあったのだが、そこはエルとアルが別のプロジェクトに振り分けることで適度な作業量になっていたりする。

 

「しかし、大旦那様もセーフとアウトのライン決めてくれたらなぁ」

 

「怒られたら『決めてくれなかった大旦那様が悪い』ってイカルガとパッチワークにプラカード持たせて抗議しましょ」

 

 第2の理由がアルが心配している通り、このレーヴァンティアのほとんどはカルディトーレの技術を流用していることである。これにより、部材や接合の仕方、魔法術式(スクリプト)の組み立て方といった開発する上で一番時間を使う工程をまるっとスキップすることができ、既にテレスターレやカルディトーレ初期型で失敗している部分に関しては既に対応策も準備できているので、テスト期間も大いに短縮することが出来る。

 他にも『時間稼ぎが上手く行き過ぎたので東部に留まっている騎士や騎操鍛冶師(ナイトスミス)といった人員の移動がスムーズになった』ことや、『調整役としてちょうど怪我をして暇そうにしている人間。またの名をアルフォンスが居る』ことも理由としてあるのだが、そういったなんやかんやがあってレーヴァンティアの初期型が最近産声を上げることになったのである。

 

 ただ、宿場町であるミシリエは錬金術師が少ないせいか結晶筋肉(クリスタルティシュー)の品質に幅があるので、そこはレトンマキ男爵と共にジャロウデクへの反抗を宣言した貴族に頼み込み、別の街で綱型結晶筋肉(ストランド・クリスタルティシュー)を急ピッチで生産してもらっているので、生産台数は今のところ芳しくないのが現状である。

 

「それでは皆さん。クジに従って乗り込んでみてください」

 

「ふふ、新しい物というのはやはり気分が良い物ですな」

 

「このボタンは初めて見るな」

 

 その場に居た十数人居た騎操士(ナイトランナー)の中から数名がクジによって割り当てられたレーヴァンティアに乗り込む。元はカルディトーレという操縦性が高い機体をモデルにしているので、騎操士(ナイトランナー)は難なくレーヴァンティアを外に移動させていく。

 

 足音を響かせながらレーヴァンティアがミシリエの工房横に増設された実験場にたどり着くと、そこで待っていたエドガーやディートリヒからテストを行うための簡単な指導を受ける。サブアームの取り扱いや狙いの付け方などテレスターレで行ったことを説明するエドガー達の指導に、最初は目を丸くした騎操士(ナイトランナー)達だったが、『人馬型だったり、あの空飛ぶ騎士より理解しやすい』という認識もあってか少しの慣熟訓練でレーヴァンティアの操作方法を習得しつつあった。

 

 彼らの訓練している様子から順調そうに見えたエルとアルは、この場はエドガー達に任せることにして一旦工房に戻ると、馬鎧を纏ったツェンドリンブルである『カタフラクト』の整備をしているであろうダーヴィドに会うために工房内を彷徨う。そして、見知った背中を見るや否やアルは手を振りながら大声で呼んだ。

 

「親方ぁ! 調子はどうですか?」

 

「んお? おめぇらか」

 

 他のモートリフトよりも存在感があるダーヴィド専用機、『ドワーヴズフィスト』の背後から聞こえる声に気付いたダーヴィドがドワーヴズフィストの大きな腕を上げながらアルに歩み寄る。数年前に専用機を贈った時は歩くだけでも一苦労だったダーヴィドだが、今では日常生活も送れるのではないかと考えるほど淀みない動きを見せていた。

 

「お前らレーヴァンティアの方見たか? あれも俺達とクシェペルカの合作なんだが」

 

「ええ、今はテスト段階ですね。人手が増えたとはいえよくこの短期間で仕上げられましたね」

 

「そこは銀色小僧の書いてたテレスターレの報告書やカルディトーレ開発の報告書を大旦那やその部下に送ってもらってな。その結果と対策を抽出してやつらにぶつけてやりゃ黙ったぜ?」

 

 カルディトーレの技術を流用しても得体のしれない技術というものは聊か抵抗があることはどの分野でも存在することである。ただ、日常的に幻晶騎士(シルエットナイト)の常識を破壊することに定評がある銀鳳騎士団にとって、そんな人達を説得するのは容易いことであった。

 

 ダーヴィドは、手始めに藍鷹騎士団に頼み込み、フレメヴィーラの大旦那にとある資料を提供してもらうことにした。その資料とは、『テレスターレの開発記録』と『カルディトーレの開発記録』というどちらもアルの手で書かれた記録である。

 後はツェンドリンブルによって届けられたこの資料を要点と結果を騎操鍛冶師(ナイトスミス)隊で手分けして纏め、最新技術について懐疑的な意見を持つクシェペルカの騎操鍛冶師(ナイトスミス)達を『分からせて』やったというわけである。

 

(兄さん、貴方の部下でしょ? 僕知りませんからね)

 

(いや、これはアルが纏めすぎたのが悪いはずです)

 

「聞こえてっぞ。『元凶共』」

 

 知らない内にダーヴィドも『エチェバルリア節』に染まってきたことから声を潜めながら責任転嫁を始める2人にダーヴィドは冷ややかな対応をする。

 

 ちなみに送られたこれらは全て写本なので、クシェペルカの騎操鍛冶師(ナイトスミス)を説き伏せるという本来の目的を果たした後にダーヴィドは全ての写本を残さず焼いて灰にした。その時、写本制作を指揮した『逐一報告を送りすぎて早馬を全滅しかけた貴族』や『フレメヴィーラに仇名すと邪推しすぎて返り討ちに合った貴族』が同時に絶叫を上げたとか上げなかったとか。

 そんな儚い犠牲があったことなど知りもしないダーヴィドは、先ほど整備を終えたばかりのカタフラクトを誇らしげに見上げた。

 

「なぁに、普段おめぇらの無茶振りを最初に聞くことに比べたら可愛らしいもんよ。カタフラクトも順調にテストが進んで最終段階だしな。順調すぎて矢でも法弾でもなんでも来いってなもんよ!」

 

「おやおや、まだ余裕と。では、僕達の武器を開発してほしいんですが」

 

 調整していたカタフラクトも先ほどの1機で終わり、一番人手を使っていたモートリフトの訓練が終わったことから幾ばくかのゆとりが生まれたのでダーヴィドは盛大に失言をやらかした。その言葉を聞いたアルは笑みを浮かべながらエルと顔を見合わせながら追加依頼をぶっこんだ。

 

「……イカルガやパッチワーク用の装備か?」

 

「いいえ、これは僕達以外が使う物です。僕だけではなく、アルも含めた全体が空飛ぶ船を落とせる脅威になってもらいます」

 

 エルとアルの武器だと思ったダーヴィドにエルは補足する。王族救出の際、イカルガは空飛ぶ船を撃退──無粋な横槍が無ければ落とせていた。しかし、それはイカルガという一般的な幻晶騎士(シルエットナイト)とは隔絶した性能を誇る機体だから出来たことで、それをカルディトーレやツェンドリンブルといった銀鳳商騎士団の幻晶騎士(シルエットナイト)に求めるには酷である。

 

「概要よこせ。おめぇらのことだからもう出来てんだろ?」

 

 エルの補足に納得したダーヴィドの手にエルが事前に持ってきていた数枚の紙を乗せる。これらの紙には少し前にエルが考えた『空飛ぶ槍』とアルが考えた『超大型の対空砲』の図面が載っており、それを見たダーヴィドは最初は『またか』といった表情をしていたが次第に獰猛な笑みに変わる。

 

「任せろ。お前らが考えた物を形にするのが俺達の仕事だ」

 

 頼もしい言葉にエルとアルが『さすおやコール』をし、それを聞いた銀鳳商騎士団の騎操鍛冶師(ナイトスミス)達が次々とコールに混じる。それをダーヴィドが怒鳴ると同時にピタリと止めるという『いつもの流れ』が終わると、作業の邪魔をしては悪いと早々にエル達は工房を去った。

 

「さて、筐体は親方に任せるとして。僕達はスクリプト側の仕様を纏めましょうか」

 

 屋敷に戻る最中、エルは今後行われる装備開発に参加する人員を頭の中で整理しながらアルに声をかけるが、それと同タイミングで勢いよく手を挙げたアルが『センセー』と茶目っ気を出しつつ要望を口に出した。

 

「僕半日以上イサドラ様に付き合ったので代休欲しいです」

 

「何!? 女の子とデートしてその上、代休までせがむとは……。これから忙しくなるのに……卑しんぼめ!」

 

 エルとしては休暇中にイサドラに付き合ったので代休は必要とはしていなかったのだが、騎操鍛冶師(ナイトスミス)達はここ最近働きづめだったので少しばかり休む必要があった。これは、アルからしてみれば『上司があんなに休んでるんだから俺達も休もう』と休みやすくするための雰囲気作りだったのだが、残念ながらエルにはそれは伝わらなかった。

 ニヤついた顔で頑なにアルの代休を認めようとしないエルの表情が『色恋沙汰にわーきゃー言うオバちゃん』のようだったので、ついイラついたアルはエルにとんでもないことを言いだした。

 

「あー、そー! へぇー、そぅ! そう言うんだったら対空砲にイカルガのエーテルリアクター使いますよ? たしか許可されたのは『2個』でしたよねぇ!」

 

「よーし、アルに代休あげちゃおっかなー!」

 

 イカルガの皇之心臓(ベヘモスハート)女皇之冠(クイーンズコロネット)を使用する宣言を出した瞬間。エルは手のひらを返したように代休を認める。大事な物を人質にされたら誰だって弱い物なのだ。

 屋敷に帰る間、アルは誰も見ていないことを確認してからエルに先ほどの代休申請の狙いを話しながら休みでやりたいことを店主や酔っぱらった客に関節技を極めそうな顔でずっと考えていた。

 

***

 

「モノを食べる時は……誰にも邪魔されず……」

 

「何ぶつぶつ言ってるの? 串焼き食べる?」

 

 待ちに待った代休日。ミシリエの大通りをアルとイサドラが両手に食べ物を持ちながら闊歩していた。孤独にさすらうグルメを満喫しようとした矢先、街でイサドラとばったり会ってしまったことでアルのテンションが一気に護衛モードに移行する。

 そのまま買い物に移るがいまいち気分がノリきらずに残念そうな声を上げているアルに、イサドラが手に持った串焼きをアルの前に出す。アルがそれにかぶりつくと、秋ゆえに脂肪がしっかりと蓄えられた豚の焼かれてもなお洪水の様に流れ出る肉汁の甘味が歯で肉を噛むごと秋の到来を舌に届ける。そこに鼻を抜けるスパイスの香りも合わさり、至福な状態になったアルを見ながらイサドラは微笑む。

 

「うんまい……」

 

「次はこれね」

 

 串を食べきってから満足そうに目を細めるアルの口に、イサドラは間髪入れずに別の食べ物をシュートする。イサドラの腕には複数の串や焼き物を包んだ紙が抱え込まれており、お年頃的な事情を考えるとかなり多い。そこでイサドラは隣でブーたれているアルに残り物を処分する案を考えた。

 アルがキッドのように背恰好が男を意識させる容姿ならイサドラも今までの付き合い的に少しは悩んだだろうが、悲しいことにアルは『これ』である。イサドラは特に気にすることなくシュレッダーのように次々と手に持った串物や焼き物をアルの口に押し込んだ。

 その後、少しだけぽっこりしたお腹をさすりながら帰路につくが、門が見えた辺りで見張りの騎士から声をかけられる。

 

「エチェバルリア殿。銀鳳商会の方々が工房に集まってましたが?」

 

「え、今日会議する予定あったっけ……」

 

 一応出かける前にエルから大事な用がないか確認しておいたアルは首を傾げながら工房へ向かい、工房の扉の前でぴたりと動きを止めた。数秒ほどじっとしていたアルだが、しきりに扉に手をかけたり中の様子を探ろうと右往左往し、何故か後ろからついてきたイサドラを盛大に困惑させる。

 そんな一向に中に入る気の無いアルの後ろに立ちながらイサドラは『なにしてるの?』と尋ねると、少しだけ驚いたアルが工房の扉の前で膝立ちになりながらイサドラに小声で話しかけた。

 

「いや、会議に遅れてるわけですから出ていくタイミングを……それになんで居るんですか」

 

「さっきの人にリース兄からの言伝を聞いたのよ。ここに来るようにって」

 

 理由を聞いたアルは『そうですか』と少しだけ興味なさげに工房の扉に指をかけながら慎重に力を込める。

 会議中の途中参加はかなりの空気読みスキルを要する。下手な所で入室すれば、『遅れた上に変な所で会話を切りやがって』と顰蹙(ひんしゅく)を買い、機を窺いすぎれば会議終了後に『え、なんでこんなところ居るの?』と変な人扱いされるので、アルは扉を小さく開けて中の声に聞き耳を立てる。

 

「そういうヘルヴィはなにか良い案はないのかい?」

 

「えーっと……ツェンドリンブルの教導についての裏話とか?」

 

「同じじゃないか」

 

 話の大筋が見えないが、とりあえずヘルヴィの案が被ったことが分かったアルが引き続き聞き耳を立てていると、イサドラもアルに倣うように扉に耳を澄ませた。イサドラは『呼ばれた』と言って正面突破が出来るのでアルを真似る必要はないのだが、イサドラは『絶対リース兄にアルの所在を聞かれるから嫌』と小声で反論した。

 すると、ちょうどエルがエムリスにエレオノーラの好きな物について聞いたので、アルはここでようやくエレオノーラ関係の話し合いだと合点がいった。

 

「おう、そうだ。イサドラは剣術の相手をすれば機嫌が良くなるんだ」

 

 この一言でイサドラは固まる。目の前に居るアルも少し前の記憶を思い出し、『あー、たしかに』と納得した声を出しながら横を見やると、顔を真っ赤に染めたイサドラが扉を開け放とうと手をかけていた。

 

「あのバカ兄……とっちめてやる!」

 

「ちょっ、待っ……バレるから止めてください」

 

 小声で叫ぶという器用な真似をしながら宥めようとするアルだったが、少し開かれた扉の隙間からエルの視線がアルの視線と『交差』した気がした。その瞬間、エルが口を開こうとするがキッドから案がないのかと聞かれたので、エルは指を顎に付けながら『幻晶騎士(シルエットナイト)幻晶甲冑(シルエットギア)なら音を聞いただけで分かる』と豪語する。これをそこら辺の鍛冶師が言うのであれば笑いのネタになるだろうが、エルが言ったことで『出来そう』という呆れの空気が工房内に漂う。

 

「ねぇ、あの子……人も騎士よね?」

 

「多分騎士です。我が兄ながら操縦技術さえなければナイトスミスに無理やり転職を勧めるようなスキルですよ」

 

 時間を置いたことでほんの少しだけ熱が下がったイサドラは冷静に目の前の少年と似た銀鳳商騎士団の騎士団長について疑問を口にする。アルもそれに同意し、『そろそろ出ていきますか』と重い腰を上げていると工房からエルの『ああ、そうだ』という言葉が響いた。

 

「アルも機嫌悪い時はお菓子を貰ったり頭を撫でられると機嫌良くなるんですよね」

 

「ああ、あるな。特に焼き菓子系」

 

「あるね。こんな非常識な兄を持ったから褒められるのが嬉しいんだろうね」

 

「私が暇つぶしに遊んでも文句一つ言わないしね」

 

 エルの言葉に各中隊長が首を縦に振りながら同意する。その後すぐに工房全体は笑いの渦に包まれたのだが、その笑いという感情から異なる感情を持つ人物が居た。工房の前で聞き耳を立てているアルだ。

 

「ふふ、たしかに食べ物もらうことに躊躇しなかったわよね。よーしよしよし」

 

 横で笑いながらアルの頭をまるで小動物とスキンシップするかのように撫でるイサドラを意識の外にやったアルは、頭の中で副団長の名誉を激しく貶めた『幻晶騎士(シルエットナイト)馬鹿』に正義の鉄槌を与える方法をはじき出していた。

 だが、頭を撫でられていることでどす黒い感情の片隅から嬉しい感情が泡のように浮かび上がってきたので、アルは必死に『勘違い』や『チョロくない』と抑え込む。そのような葛藤の末、『とりあえず簀巻きにしてアディの部屋に投げ込んでおくか』とアルが制裁方法を決めたその時だった。

 

 ──工房の扉が開かれる。

 扉に寄りかかる形で聞き耳を立てていたアルとイサドラは拠り所にしていた扉を失い、一気に体勢を崩した。このままでは固い石畳に倒れ込むのも時間の問題だが、アルは地面とぶつかる前に地面に手を着いた。しかし、アルはそれだけでは留まらずに地面に着いた腕に力を込めると、イサドラの倒れる先へ割って入ることでイサドラが地面にぶつからないためのクッションになる。

 

「うぉごっふ! 鳩尾はい”った''」

 

「何してるんですかアルは」

 

 イサドラの体重の入った肘がアルの鳩尾を強く殴打し、アルが悶絶している所にエルが駆け寄って来る。聞き耳をしていることはイサドラが暴れたことで知っていたのだが、まさか地面に倒れ込むとはエルも思ってなかったので謝罪しながら起き上る2人に手を貸す。

 アルも今後はバリバリ働いてもらわなければ困るので、今後は怪我をさせないように気を付けようと起きてしまったことを反省しながら流したエルは、アルに銀鳳商騎士団が話し合っていた内容を告げる。

 

「エレオノーラ様を元気づけて国王になってもらおう作戦? 相手は僕と同じぐらいの女の子ですよ? 他の方が旗印には……無理ですね」

 

「王族としての責務がある。それに商会のこれからの行動を考えるとこれが最善だ。伯母上も全力で支えると言ってくれてる。……安心しろ」

 

 『俺と同じ反論したぞ』と指摘しながらも自身と同じような目線でエレオノーラを見るアルの言動にエムリスはアルの頭を乱暴に撫でると、アルもエムリスのいう国王派についた。

 眉間にしわを寄せながら納得していないという態度を取っていたアルが渋々納得した様子からイサドラは、『やっぱり褒められると嬉しいんだ』と先ほどのエルの言葉が間違いではないという確信を得ていると、エルが話し合いを再開しようと手を叩いた。

 

「アルやイサドラ様も何か意見はあるでしょうか?」

 

「一先ず、戦果やシルエットナイトの性能云々は止めときましょう。知らない人からすれば知らない言葉の羅列を並べられても興味を失います」

 

「そ、そうとは言い切れないんじゃないかい?」

 

「そうだ! 王女殿下だって俺達の作ったシルエットナイトの性能を知ったら……」

 

 突然のダメ出しに主に幻晶騎士(シルエットナイト)関係の案を出していたディートリヒとダーヴィドは異議を唱える。だが、その答えを読んでいたかのようにアルはエルの隣に立つと、『兄さん、合わせてください』と言いながら久しく使っていない『日本語』──銀鳳商騎士団のメンバーからはエチェバルリア語と呼ばれている言語で会話を始めた。

 

『先輩。ぶっちゃけどうなんスか? 準備は間に合いそうなんですかね』

 

『分からない。スクリプトを僕達が徹夜でやるのはアディが許してくれないだろうから、テストチームとの連携が不十分なら今後に影響が出る問題(ボトルネック)になるね。現物は今の状態だとすぐに出来て、鍛冶師達が暇になるだろうから、対空砲の組み立て作業とかに任命(アサイン)してあげる調整は必要かな』

 

「待て待て! おめぇら何言ってるんだ!」

 

 久しく使っていない日本語でも難なく合わせてきたエルに驚いていると、ダーヴィドががなり立てる。その様子をアルが指差しながら『それです』と答えるとそのまま解説に移行した。

 自身の興味のないことをいくら話されても真面目に聞くわけがない。それどころか先ほどのダーヴィドのような性格の持ち主なら苛立つことも十分にあり得るのだ。

 

「まぁ、エレオノーラ様はそんな性格ではないと思いますがね」

 

「へぇーへぇー。俺はガサツなドワーフだよ」

 

 珍しく口を尖らせながらぶつくさ言うダーヴィドにアルは苦笑しながら『国の現状を説明するのはいかがですか?』と提案する。

 現在のクシェペルカはここ、東部以外は全てジャロウデク軍の支配下である。支配された国というものは国力が著しく下がるし、度重なる戦闘で糧食や日用品を徴発されることもあり得る。今はジャロウデク本国からの補給もあるので大丈夫だと思うが、徴発されないという考えは糖蜜を煮込んだような甘い考えである。

 そこまで話したアルは、工房内に漂ってくる空気から説明する口を閉じた。

 

「……僕の意見なんか聞いても暗くなるだけですし、イサドラ様どうぞ」

 

「うぇ!? ここで私に振るの?」

 

 アルが話すごとに重くなっていく空気に、これ以上話しても無駄に空気を悪くするだけだと持ち前のマイナス思考で察知したアルはイサドラに話し手をバトンタッチする。突然話を振られたことで慌てるイサドラだったが、銀鳳商騎士団から注目されたことで落ち着かないながらもゆっくりと話し出す。

 

「えっと……エレオノーラは自分のせいで犠牲が出ることが怖いんだと思うから……その……」

 

 しどろもどろに話すイサドラの言葉の中に合った『犠牲』というワードにエルは首を傾げた。戦えばもちろん犠牲が出るのは当たり前だが、降伏を選んだ場合でも下手すれば戦う以上の犠牲は出てしまうこともある。

 ただ、それを『おかしい』と反論してしまうのはいかがなものかとアルが悩んでいると、その悩む素振りを見ていたエルが『犠牲ですか』という前口上と共にアルを指差した。

 

「アル、真面目にこのまま負けを想定した場合の犠牲ってどうなるんです?」

 

「いや、この流れでまた僕に言わせます? エムリス殿下に殴られて喜べるほど僕どMじゃないですよ」

 

 エルがこの戦いに元クシェペルカが敗北、もしくは降伏した場合の犠牲の詳細についてアルに問うが、王族の捜索に対してアルの放った一言がエムリスの不興を買ったことを思い出したアルは心底嫌そうに告げる。だが、『皆さんにはもう一度、この戦いが負けられないことを認識してもらいたい』という出任せのような名目でエルが強く頼み込むと、アルは渋々承諾した。

 

「最悪の中の一番最悪を想定すると……。結論だけ言うならばフレメヴィーラに帰れずに銀鳳騎士団は全滅判定ですね。敵に追いかけられるわけですから」

 

 アルの言葉に銀鳳商騎士団員は想像する。ろくに休憩や整備が出来ない環境下での逃走。追ってくるのは空飛ぶ船とティラントーの群れ。

 そんな逃避行の末、やっとの思いで国境にたどり着いてもそのまま帰るわけにはいかないので、少なくとも数機ぐらいしか生き残れないという現実味がある仮説に銀鳳商騎士団員は身震いする。

 

「また、エレオノーラ様といったクシェペルカの王族の方々は、向こうからすれば慈悲をかけたのに逃げ出した王族は必要ないと皆殺し。エムリス殿下は藍鷹騎士団の方々と逃げれるかは賭けですが、もし捕まったらフレメヴィーラ侵攻の口実にされますね。……戦うにせよ、なにもしないにせよ、生きている限りエレオノーラ様には責任が付きまといます。もちろん、僕達にもね」

 

 アルが説明を締めると、頭の片隅にはあったが想像したくはなかった重い未来に全員の顔が一斉に暗くなる。誰もが『何を馬鹿な』と軽口を言いたそうに口をモゴモゴと動かしていたが、アルの言っていることがなまじ現実味を帯びていたので、言い返すことが出来なかった。

 

「銀色坊主とイカルガはどうすんだ? 暴れたら手が付けられねぇぞ」

 

 今にも殴りかかってきそうなエムリスと怯えるアルの間に割って入ったダーヴィドが気分を変えようとアルに質問を投げかける。銀鳳商騎士団の全滅というならば当然イカルガとエルの討伐も勘定に入っていることになるので、エドガー達もどう対応するのか気になる様子でアルに視線を集中させる。戦力的に言えばティラントーだけでは物足りず、空飛ぶ船も落とす勢いだったエルとイカルガに対する策がジャロウデクにあるとは到底思えないダーヴィドの質問に、アルは『搦め手と数で圧殺します』と答えた。

 

「これは全部上手くいくことが前提ですが、イカルガは超高コストの機体です。直せる人も限られていますし、使用される部材は全て選りすぐり。なので、まずはそちらから対処していきます」

 

 アルはこれまた淡々とイカルガの弱点である『コスト』についての話をする。直せる人物、具体的に言えばダーヴィドを中心とした騎操鍛冶師(ナイトスミス)隊を少なくとも半壊させ、藍鷹騎士団が行ったように物資をまともに調達できないようにすれば、いかに強靭な鬼神であろうとも能力を少なからず抑え込むことが出来る。

 

「次に戦法ですが、飽和攻撃によって足止めを行いながら着実にダメージを与えます。兄さん、これはフレメヴィーラの時の模擬戦で経験しましたよね?」

 

「あの時のアルは怖かったですね」

 

「兄さんを倒そうと覚悟するなら相応の覚悟をしないと出来ませんよ」

 

 エルの言葉に『無茶したなぁ』と珍しくアルは後悔するような口ぶりで懐かしむ。

 

 イカルガが出来てから毎日仕事をせずにイカルガと共に居たエルを様々な小細工を弄して機体から引きずり出そうと考えていたアルが、とうとうキレながら模擬戦を挑んだことが何度かあった。当然周りが止めたが、アルは聞く耳を持たずに模擬戦に挑み──負けた。

 圧倒的性能を誇るイカルガと生体マギウスエンジンのような規格外の演算能力を持つエルを前に敗北したアルだが、決して諦めることなく新たな戦法を引っ提げてリベンジを繰り返していった。

 5戦4敗1引き分け。これが今までの戦績である。今回、アルが言っていた戦法が出て来るのは、その戦績の中で引き分けまで持ち込んだものだった。

 

 戦法としては単純で、まずはナンブや狙撃用の魔導兵装(シルエットアームズ)を森林地帯に何丁も括り付けてそれぞれ銀線神経(シルバーナーヴ)で法撃できるように調整する。そのまま飽和攻撃を仕掛けながらその場に縫いとめ、パッチワークによる狙撃で止めを刺すというもので、これを準備するためにアルは数日前から休みを取ってエルの思考をトレースしつつ、準備とイメージトレーニングを入念に行っていた。

 

 その結果、最初は試合開始地点に法撃の着弾地点を合わせていたことにより読み通り事が進んでいたのだが、法撃の意図を読んだエルがイカルガを上に飛ばすことで準備していた陣地の大半を見つけられた。

 戦法の根底が覆されたことにより勝ち筋が一気に消えたアルだが、それでも無我夢中で法撃戦をした末にお互いの操縦席に剣と魔導兵装(シルエットアームズ)を突きつけ合ってなんとか引き分けるという、苦労した結果に見合わない成果をアルに与えた。

 ちなみに準備中は当然家にも帰らなかったので、帰宅時にセレスティナにこっぴどく叱られたのは言うまでもない。

 

「あとはイカルガを動かせないように兄さんを毒や睡眠薬で拉致をする。キッドやアディを人質に取るなどありますが……まぁ、皆さんそんな目で見ないでくださいよ。そんだけやってもこの人なら何とかしそうなんですから」

 

 周囲からドン引きされる目で見つめられて流石のアルも工房の隅で体育座りしながら落ち込む。

 仕方ないのだ。相手は師団級などをほぼ1人で討伐し、その気になれば幻晶騎士(シルエットナイト)が出てきても十分蹴散らせる力を持つ人型魔獣をどうこうするにはこれだけでも足りないぐらいだ。

 先ほど言っていた『全ての前提が上手くいくことを仮定した推測』を抜きにした場合、残る推測は『英雄を倒す雑兵の一太刀』に期待するぐらいである。ただ、ティラントーを大隊単位で用意しても数時間後には『楽しかったですよ! 貴方達とのお祭りぃ!』と上機嫌で戦場を後にする姿が目に浮かぶので、アルは結局イカルガを討ち取るための戦い方を説明する口を閉じた。

 

「アル、なんというか。すみませんでした」

 

「うるさい、最低野郎!」

 

 騎士団長に頼まれて最悪の中から最悪のケースを伝えたらメンバーにドン引きされ、今にも殴りかかってきそうだったエムリスにも残念な人を見る目で見られているという現状に、アルはキレの無い罵倒をエルにぶん投げる。

 散々な結果で終わったアルの意見だが、アルの考える最悪のケースはこのまま何もしなければ十分起こり得る事態なのは十二分に伝わったらしく、わずかな物音で起きる訓練の再実施や重要人物の部屋割りの変更など自分達で対処できることはやっておこうと工房内は騒がしくなる。

 

「で、どうやってエレオノーラ様を元気づけて国王にするんです?」

 

『あ”っ!』

 

 襲われた時を想定した訓練を計画していた銀鳳商騎士団員は口を揃えてうっかりしたような声を出した。

 結局、『キッドがエレオノーラに騎士の誓いをした』というアディの密告によってキッドに白羽の矢が立ち、『イサドラと仲が良いし、ついていってやれ』というエムリスの鶴の一声でアルも同席することになった。

 

「考えろ……エルは工房やイカルガに放り込めば何とかなるし、アディはエルの側に居れば機嫌がよくなる……。参考にならねぇ!」

 

「この人、大丈夫なの?」

 

「失敬な。うちの騎士団の中でまともな人物の上位に位置するアーキッド様ですよ。ちなみに僕は最下位の兄さんの1つ上なんですが、なんででしょ?」

 

「ほんと大丈夫なの? あなたの騎士団」

 

 エレオノーラの部屋に到着するまで終始キッドは憔悴しきった表情でうわ言を呟き、イサドラを大いに不安にさせた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。