銀鳳の副団長   作:マジックテープ財布

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環境が変わり、投稿に穴が開く頻度が高くなると思いますが、何とか続けて生きたいです。


76話

 エレオノーラが閉じ籠っている部屋の構造は少々特殊な造りで、正式な手順で限定するとエレオノーラの世話をする侍女達が待機している部屋を通らないと入れないようになっている。なので、イサドラはまず侍女達に部屋に来た用向きを伝えると1人の侍女が奥の部屋で過ごしているエレオノーラに伝えに行き、残りの侍女がいつものようにテーブルや椅子と行った準備を数分で終えるとイサドラに向かって優雅な礼をしながら部屋に迎え入れた。

 

「こちらでお待ちください」

 

「ありがとう」

 

 中に通されたイサドラ一行は、そのまま椅子に座ってエレオノーラの支度を待っていた。ただ、その時間侍女達はずっと『イサドラが連れてきた2人の存在』を興味津々といった様子で見つめていたので、連れてきた1人目ことキッドは微動だにせず、すっかり部屋のインテリアと化していた。そんな彼を見た侍女達は、必死になにかを思いつこうとしている思い詰めた雰囲気を漂わせている印象に首を傾げていた。

 

「とりあえず最初はお茶会して、あとは流れで何とかしましょう」

 

「え、説得は?」

 

「イサドラ様だって勉強しろ勉強しろって言われたら嫌でしょ?」

 

 その横でテーブルの上の提供された菓子を食べながら尋ねてきたイサドラと相談している少年。場馴れしている雰囲気と着ている服装の装飾などから侍女達はこの少年がイサドラの伝手を使って王女に会いに来たのだと確信する。

 しかし彼女達の推測は全く逆で、今回の説得の本命は今まさに置物になっている少年ことキッドである。

 

「あ、これ美味しい」

 

「ちょっと、全部食べないでよ!」

 

 イサドラと相談していることを良いことにアルがタダ菓子を喰らっていると、侍女から準備が出来たことを伝えられた。その後、開かれた扉から救出した頃よりいくらか元気になったエレオノーラの姿が見えると、アルは立ち上がりながら『お久しぶりです』と礼をする。しかしエレオノーラの視線はアルと共に立ち上がったが、礼をせずにその場で突っ立っていたキッドに釘づけになっていた。

 

「あ、アーキッド……様?」

 

「お、おおお……お久しぶり……デス」

 

 ミシリエに逃れて以来、初めて顔を合わす2人はお互い戸惑った様子で挨拶を交わす。その横でアルは礼の形に取ったまま先ほどのキッドのように微動だにせず、エレオノーラがアルの存在に気づくまで部屋のインテリアと化していた。──男の子なので涙は流さなかった。

 

「あ、ご、ごめんなさい。アーキッド様の方に夢中になって……」

 

「いえいえ、キッドは貴女をお救いした騎士ですから当然ですよ」

 

 劇で行われるような感動の再開も一段落し、やっとアルの姿が目に入ったエレオノーラが今までの無作法にペコペコと謝罪する。そのエレオノーラの謝罪に対し、アルの方も連動するようにペコペコと頭を下げ、まるで水飲み鳥のお見合いの様な光景が数十秒続くとやっと落ち着いたのか全員が椅子に座り始めた。紅茶も新しく淹れなおされ、話す準備が万端になった頃合で代表としてアルは、エレオノーラに話しかけようと口を開いた。

 

「今回お話させていただきたいのが「国王になるお話……ですよね?」」

 

 アルの出鼻がエレオノーラの言葉によって簡単に挫かれた。予定では適当な雑談をして場を和ませてから話そうと思ったアルだったが、目の前のエレオノーラから発せられる『取り合ってもらえない雰囲気』に紅茶を飲みながら窓の外を呆然と眺めると、静かに『おめぇの出番だ。キッド』と丸投げした。

 

「いや、ちょっと何言ってんだよ。何のためにアルを連れて来たと思ってるんだよ」

 

「いやいや待て待て待ってください。元々若旦那に言われただけですが」

 

 どちらがエレオノーラを説得するか押し付けあうが、一向に決まらない2人にイサドラは早々に2人の助力について見切りを付けた。そのまま国の現状を知ってもらうために少しばかり強引に話を切り出し、さらに言葉を強めるイサドラの口から『王家の血』という単語が発せられた時、エレオノーラは自らの身を抱きしめるように脅えだす。

 

「エレオノーラ様?」

 

「また、戦うのですか? それで勝てるのですか?」

 

 アルの疑問の声も聞こえないほどに脅えるエレオノーラの言葉に説得の手ごたえがあったと勘違いしたイサドラはアルとキッドに目配せする。

 ──が、アルはイサドラに向かって自身の口元に人差し指でくっつけて『喋るな』というジェスチャーをし、キッドは動かずにエレオノーラの脅える様子を見つめていた。そこには先ほどまでのふざけあっていた表情はなく、まるで主の言葉を待つ一介の騎士のようにキッドは真剣な表情でエレオノーラが話すのをひたすら待っていた。

 

「あの時……王都には沢山の騎士が居ました。なのにお父様や騎士達が皆……。戦には勝てても今度はイサドラや叔母様やリース様が無事である保障なんて……!」

 

 ようやく口が開いたかと思えば感情を表に出しながら明確な恐怖と拒絶の意思を示したエレオノーラ。その言葉の節々から明確な拒絶を感じ取ったイサドラは『言い過ぎた』とつい手を伸ばしかけるが、その手をアルが取って制止させる。驚いているイサドラに向かって首を振ってからキッドに目配せすると、意図を察したキッドが立ち上がると座っているエレオノーラに声をかけながら近づいていく。

 

「犠牲なんて出ないほうが良いって言うのは心から賛同するぜ。でも、戦わずに居ては解決しない問題もあるんだ。それに……、今の状態を続ければもっと犠牲が出る。だから、それを守るために俺達騎士が剣を取るんだ」

 

 アルの方をちらりと見ながらキッドはエレオノーラに言葉をぶつける。多少素が出ているのだが、それを指摘するのは野暮だろうとアルは黙ってキッドの言葉に耳を傾ける。

 いきなりキッドの力強い意見が聞こえたことに面喰ったエレオノーラだったが、『結果は後についてくる物で、戦う意思を示すことが大事』という意見に、『その結果、お父様や王都を守っていた騎士みたいに大切な人々が居なくなってしまうことを飲み下せる自信がない』と顔を手で覆いながら嘆く。

 

「困ったな。約束と敗北が問題か」

 

「どういうこと?」

 

 頭を掻きながら悩むキッドの呟きを聞いたイサドラがこっそりアルに質問した。現在、エレオノーラは王都での戦いで父であるアウクスティがエレオノーラと結んだ約束が王都に居た騎士達と共に倒されたことで敗北と約束を果たせてもらえなかった感情が入り混じり、『犠牲』という言葉に変化したのだとアルは小声で応える。

 箱入りゆえに王族相手としては少々乱暴すぎる言葉遣いで説得していたキッドの言葉により、謎の説得力が働いてエレオノーラの本音が出てきたのだろうとアルはさらに距離を詰めるべく畳み掛ける。

 

「エレオノーラ様。僕達騎士は主の命令は基本的に忠実ですが、貴女のお父上はそれを笠に着て横暴な扱いをする方でしたか?」

 

「いいえ! そのようなことは決して!」

 

 アルの失礼な問いにエレオノーラはテーブルを叩きながら反論する。そして、横からイサドラの射殺すような視線を浴びながらアルは『そのような方が国の存亡をかけた100%死ぬ戦いに身を投じるように言います?』と告げた。その言葉にエレオノーラは少し考えながら、『確かに』という同意の言葉が漏れた。

 

(死人に口ないしなぁ。でも嘘つきたくなかったなぁ)

 

 アルが言っていることは憶測の上に脚色を塗りたくった虚言だった。確かにアルの先ほど言った通り愛国心で撤退をしなかった騎士も居ただろうが、それよりも我が身可愛さに撤退したり、上司の命令で仕方なくその場に残った騎士も居たはずである。

 また、エレオノーラが知らない所でアウクスティが指令を出していたかもしれない。どんなに考えても真相を知っている者はこの場には居ないので、これをマルティナやエムリスといった大人に聞かせると即座に反論されるほど嘘に塗れた説得である。

 しかし、『犠牲』という悪いイメージが残る言葉を早々に払拭しないと説得は夢のまた夢なので、アルは思い切って踏み込むことにした。

 

「ならば陛下を含め、戦いの場に自分から志願した方々の望みは何だと思います?」

 

「……」

 

「王族の方々、その中でも貴女の無事ですよ。……自分という最小限の犠牲で国を再興する希望を送り出したんです」

 

「希望……ですか?」

 

 アルが言葉を口から出す度に口から出た言葉が罪悪感となってアルの全身を塗り固めていく。出来ればこの交渉も他所でやって欲しかったし、自分が嫌だと思っていた目の前の少女をその気にさせるような詐欺師のような口も今すぐ溶接したい。

 しかし、このままだと説得できる可能性が低く、仮に成功したとしてもエレオノーラの意思が全く介入せずに目の前の少女が王になってしまう。ただ、それはジャロウデクがやろうとしていたこととどこが違うのだろうか。

 戦いが嫌でも良い。犠牲を許せなくても良い。せめて、自分の意思で決定してほしい。

 これは、少女を国王にすると同意したアルの中で決して譲れないラインだった。そのためにはまず、邪魔な『犠牲』という悪いイメージを『希望』という明るいイメージに塗り替えるためにアルはポカンとした表情をしたエレオノーラの目を見ながら説得を続ける。

 

「受け取り手の感情次第ですけどね。こういう時は明るい方を向かなければ潰れますし。……あー、あの営業ほんと……ほんと……」

 

「アルフォンス様?」

 

 朗らかに笑っていたアルの顔が急に生気が無くなった表情に変わる。長年幼馴染をしているキッドはその急激な変りようから『いつもの自己嫌悪ですので』とフォローをする。言っていることは分からないが、エル曰く『もう納期に追われることもないですし、発作なので衝撃を与えれば大丈夫』と、これまたよく分からない太鼓判を貰っているので、キッドは特に気にすることなくアルの肩を揺さぶった。

 

「はっ! すみません、遠くに行ってました。……あ、犠牲と言えばフレメヴィーラにも変わったお話があるんですよ」

 

 ようやく外の世界から戻ってきたアルがなにやら侍女に替えのティースプーンを数本貸してもらい、まだ紅茶が数杯分入っているであろうティーポットの前に並べだす。変わった遊びに興味津々の形でイサドラが様子を見つめ、キッドがよく覚えていない授業の内容を思い出そうと頭をこね回す。そうしている間に準備が整ったアルは、前口上として『森伐遠征軍は知ってますよね?』と告げた。

 

「はい、フレメヴィーラ王国が興ったきっかけですよね?」

 

「そうです。その時、撤退する軍がボキューズ大森海から脱出する際に使用していた戦術が独特でしてね」

 

 そう言うアルは数本のティースプーンから1本を選び、ティーポットの前に置く。そして、その残ったスプーン以外を少し前に移動させ、残ったスプーンとティーポットを相対させる。

 

「強大な魔獣相手から逃げるため、1部隊を残して他は撤退。残された部隊は文字通り全滅するまで戦います」

 

「それは……」

 

 エレオノーラの声が詰まる。それは、紛れもない『犠牲』である。それもエレオノーラが先ほどまで言い訳のように使っていた犠牲とはかなりレベルが違う大を生き残らせるために小を切り捨てる、正真正銘の犠牲だ。エレオノーラの考えていることが分かったのか、アルは少し頷きながら『さらに追ってきたらまた別の部隊を分けます』とティースプーンやポットを動かす。

 

 これはライヒアラの歴史の授業で学んだことで、当時のアルはエルと『アレですね』と口を揃えて言っていた。

 

 そう──これは『座禅陣』という、戦術であった。

 『捨てがまり』といえば分かる人が途端に増えるこの戦術は、エチェバルリア兄弟の前世──日本の九州地方にあったかの大名がとある戦いで使用したとか使用していないとかあやふやな存在で有名な『アレ』である。文字通り、玉砕覚悟の戦術をまさかこの異世界で見ることになるとは思わなかった2人は『異世界怖い』と戦々恐々していた。

 

閑話休題

 そんな『お家の発展に犠牲は付き物デース』を地に行く戦術は当然セッテルンド大陸に根を下ろす歴史家の間で話題になったが、これがあったからこそ大貴族の被害は微々たるものに収まり、その後はフレメヴィーラをはじめとした各国が出来上がったと、どちらかというと好印象の意見が多い。

 

「これも犠牲ですが、受け取り手や歴史家によって無駄に死人を増やす犠牲か、希望を託して礎になったのかと言い方が変わります。それではもう一度エレオノーラ様に問います。陛下や騎士の方々は……犠牲でしたか?」

 

「いえっ! いいえ! お父様達は……私を……イサドラ達を……守ってくださいました」

 

 エレオノーラが泣きながらだが、ようやく笑顔をアル達に見せた。アルの横で彼女の太陽を思わせるほどの笑顔にヤラれたキッドが自身の胸を押さえているが、ここで甘い空気を出されても困るのでアルは当初の問題である国王について話を切り出すことにした。

 

「さて、それでは話は戻りますが。僕達の目的は国王についてもらうこと……ですが、流石に『四の五の言わずになりなさい!』は──イサドラ様、言いませんからその『私達の目的、分かってない?』って顔止めてください」

 

 横で青ざめるイサドラに注意をしながらキッドに目くばせをしたアルは、立ち上がるとエレオノーラの私室から外に出る扉を開いた。一瞬見慣れた銀髪が視界に入った気がしたが、アルは気にせずにエレオノーラの近くで片膝を立てる。

 

「アルフォンス様?」

 

「エレオノーラ様には国王になる前にまず、この国の姿というものを見ていただきたく。そして、陛下や騎士達が貴女を送り出すことで何を得られるのか。それを見て回ってください。……ちょうど良い所に護衛として暇な貴女の騎士も居ますしね」

 

「暇は余計だ。エレオノーラ様、外へ出よう!」

 

 アルがキッドの方に視線を向けると、キッドはエレオノーラに手を出しながら外に出るように提案する。即断即決を美徳とするフレメヴィーラ魂という根幹に基づいたキッドの行動にエレオノーラは茫然とキッドの手を見るが、一度自身を助けてくれた騎士のエスコートの誘いを受けるのはそう時間はかからなかった。

 

「エレオノーラ様。キッドと共にこの町を見てからこれからのことを決めてください」

 

「そんなことでこのような重大なことを決定して良いのですか?」

 

 国王についての決定を多少ばかり街を見ただけで決定しても良いのだろうかと考えるエレオノーラに、アルは『じっくり見ても軽く見ても分からない物があります』と笑う。そして、いざキッドがエレオノーラと共に部屋を出ようとすると、再びアルがキッドの動きを静止させる。

 

「……遠い未来、エレオノーラ様の決定が悪だったと論じる方が居ると思います。ですが、今この場において僕達はエレオノーラ様の決めた決定が正しい物だと信じています。それがどのような決定でも」

 

 人という物は善にも悪にもなる生き物である。アルはこの結果が後の歴史の転換期になることは少なからず予想していた。ただ、この転換期の様子を全く知らない者がこの決定を下したエレオノーラを『悪』や『無能』と論じることも予想できたアルは、自身が出来る精一杯の援護を行う。

 

「アルフォンス様。見た後でも決定が揺らいだらどうしたら……」

 

「簡単ですよ。貴女のここに従えば良い。ここだけはジャロウデクでもクシェペルカでも僕達でもない。貴女自身の物だ」

 

 アルはしたり顔でエレオノーラの左胸のあたりを指差す。その動作を見たエレオノーラはアルの指と指を指された部位を交互に見比べながら頬を紅色に染め、イサドラはアルの肩を叩きながら耳元で『変態』と囁いた。

 

「あー、エレオノーラ様。多分、自分の気持ち……っていうか心に従えって意味だと思います。すみません。こいつ言葉が足りないんです」

 

「あ……あーっ! 知ってた! 知ってたわよ! 心ね、心!」

 

「知ってましたよ。まったく、僕が格好つけようとするとこれですもん」

 

 思わぬ嫌疑をかけられたアルは頬を膨らませながらキッドに『シッシッ』と追い払うような動作をし、キッド達の姿を見ないように椅子に座って頬杖をついて不貞腐れる。扉が閉まり、なにやらキッドが外で騒ぐ様子を耳にしたアルはようやく深くため息をついた。

 

(エレオノーラ様が後の歴史で悪だったら、僕はエレオノーラ様を焚き付けた悪逆非道の詐欺師になるんでしょうね)

 

 エレオノーラにかけた言葉の数々を思い出しては持ち前のマイナス思考による翻訳をかけた言葉が頭をよぎっていく。

 『死人に口なし』を良いことにその場に居たであろう騎士の意思を捻じ曲げたこと。アウクスティの全てを知ったかのような口ぶりで話したこと。そして、未だ人を殺したことが無い自分を棚に上げ、精神的にはかなり年下の少女に人の生き死にを飲み下さなければ生きることが出来ない国王の道を勧めるという邪悪この上ないことをしてしまったことに、アルはもう一度深いため息をついていると扉を開閉する音が聞こえた。

 

「なんだ。ずいぶんご機嫌ななめだな」

 

「おや、リース兄。その分だと気になって扉の前でもいました?」

 

「それがね! この人聞き耳立ててたの! 趣味悪いでしょ!」

 

 上機嫌でのしのしと部屋に入ってきたエムリスの横でイサドラがなにやら喚いているが、アルの心境的にとても愉快になれる気分ではなかった。その間にもイサドラがエムリスに説得が一先ず成功したことを報告し、それを聞いたエムリスがアルに『お前が色々吹き込んだんだろう』とニヤ着きながら指摘する。

 

「ええ、人を殺したこともないくせにでしゃばって……死んだ方の意思も捻じ曲げましたが、なにか?」

 

「あー、まぁた銀の長が言ってる『ねがてぃぶ』になってやがるな。……イサドラ、ちょっとこいつと遊んで来い」

 

 アルの様子に密かにエルから聞いていたアルの悪い癖を思い出したエムリスは、懐から金が入った巾着のような物を取り出すとポンとイサドラに預けた。突然のことで文句の一つでも言いそうになったイサドラだが、巾着の中身を見るや否やアルを引き摺りながら部屋から飛び出す。

 

「あ、アル君が拉致られてる」

 

「いつもの光景ですね。これからデートですか? もっと腕にシルバーナーヴ巻きましょうよ」

 

 引き摺られるアルの姿を見たアディが恒例行事を見たかのような反応をし、横に居るエルがアルの服装を見ながら良いアイデアのように提案する。

 ただ、銀線神経(シルバーナーヴ)は断じて装飾品ではない。アルはそのことをツッコもうとしたが、イサドラの引っ張る力が強くてそのまま先に出て行ったエレオノーラ達を追うように館から出ていく。

 

「面白そうだし、追ってみましょ」

 

「~~~~~! そうですね。このままウジウジしてたら本格的に駄目になりそうですし、こっそり追いかけながら面白そうなネタを探しますか。ね、ムツドラさま"!」

 

 はっきり言うと文句の一つでも言いたかったが、このままネガティブの極地にたどり着かないように配慮してくれたことを考慮したアルは、ムッツリとイサドラを掛け合わせた渾名でイサドラを呼ぶとアルの脳天にイサドラによる制裁が下る。

 そんな漫才のような空気を出していると、当のエレオノーラ達が工房に入り出したのでイサドラは悶絶するアルの首根っこを掴みながら工房に近づいた。工房の中ではキッドが自身の相棒であるツェンドリンブルをエレオノーラに見せている様子が目に移り、その和やかな雰囲気に安心したイサドラは近くでエレオノーラとキッドを交互に見ては悩む素振りを見せていたアルに視線を向ける。

 

「アルはなにしてるの?」

 

「いやー、せっかくエレオノーラ様の騎士って言うんですから何か……。ここは1発、騎士の宣誓でもして欲しいなと」

 

 アルの言っている騎士の宣誓にイサドラは何かを思い立つと、そそくさと館に戻っていく。その後姿を見ながらアルが首を傾げていると、数分後にイサドラがなにやら装飾が付いている剣を持ってきた。明らかに儀礼用に用いられるような装飾が付いている剣で、アルがイサドラにどこから持ってきたのかと問うと『館の応接間に飾ってたやつよ』と自信満々に返答する。

 

「あー、たしかにこれなら儀式用に最適ですね。……では、あのイケメン騎士を辱めてやりましょう」

 

「そうね。私が何度言っても素直に説得に応じなかったのに、あの人にはころっと頷くんだもの」

 

 どうやら何回説得しても首を縦に振らなかったのに、キッドは1回会っただけで考えを改めたのが癪だったらしく、アルの意見に同調しながら2人は工房の扉に手をかける。もはや2人の間に『ストッパー』というものは存在せず、両者の『そこまで!』という声と共に扉を開け放つ。

 いきなりのことで何が起こったのか分からない表情をしているエレオノーラや銀鳳商騎士団の団員達を無視しながらイサドラから剣を受け取ったアルは無言で剣を引き抜く。そんなアルの姿にキッドが何気なくエレオノーラを自身の後ろに隠した。

 

「ほほう。主の危険に自らが盾になりますか。イサドラ様、いかがですか?」

 

「ポイント高いわね。それに私の言葉より、彼の言葉の方がヘレナに効きそうだし」

 

「ちょ、イサドラ! 貴女何言ってるの!」

 

 突然のカミングアウトに銀鳳商騎士団の団員達がにわかに騒ぎ始める。そして、そのカミングアウトが事実であるとアディを中心に話が広がり、次第にエレオノーラとキッドの顔が朱に染まる。そんな外部の気温よりもはるかに高くなった工房でエルが手を打ち鳴らすと、にこやかな笑みで『アル、ご用件は?』と問いかける。

 その『面白そうなことするんでしょ?』という笑みに、同じく笑みを返したアルは抜き身の剣をキッドの前に突き出した。

 

「ええ、ここは内々的に騎士の誓いをしてもらおうとね。これをイサドラ様が持って来ました」

 

「ほほう、騎士の誓い! 劇場の鉄板だね」

 

 剣の装飾を見ていたディートリヒを中心に銀鳳商騎士団の団員達の目が光る。そのまま、あれよあれよという間に大きなスペースを空けるとアディやヘルヴィといった女性団員の先導でエレオノーラとキッドを相対させると、アルは両手でキッドに剣を差し出した。

 

「エレオノーラ様ほんとすみません」

 

 団員のノリの良さにげんなりしたキッドが跪きながら剣をエレオノーラに渡すと、エレオノーラは作法を時折イサドラや周囲の女性騎士から教わりつつ剣の刃をキッドの肩に置く。

 

「私に勝利を約束してくれますか?」

 

「……はい!」

 

「生きて……私を護ってくれますか?」

 

「はい!」

 

 とんとん拍子にエレオノーラとキッドの間に誓いが増えていく。それを男性団員は今にも酒の肴にしそうな表情で見物し、女性団員はキャーキャーと黄色い声を上げている。

 しかし、エルとアルだけは渋い表情で『まずいですね』と揃って顔を見合わせていた。キッドはフレメヴィーラ王国の騎士なので、ここでの誓いは云わば『戦時中だけの契約』のつもりだった。それが蓋を開けてみればエレオノーラはキッドを逃がそうとは思えないほどの誓いを立てだしたので、エルとアルは未だに夢心地で誓いの言葉を考えているエレオノーラに『エレオノーラ様が国王になった暁に、誓いを再考しましょう』と儀式を巻き始める。

 

「キッド、連帯保証人とか外泊証明書には気を付けてくださいよ。あの人怖い」

 

「ごめん、何言ってるか分かんねぇ」

 

 儀式が終わるとイサドラが先ほどエムリスから受け取った巾着の金をエレオノーラと半分に分けている頃合を見計らったアルはキッドに無暗に契約するのは避けるように注意するが、どうやら意味が分からなかったらしく、そのままキッドはエレオノーラと街に出かけた。

 なんとなく『束縛するタイプ』の波動を感じたアルはキッドの今後を祈るように胸の前で十字を切っていると、アルの服の裾を掴んだイサドラがキッド達の後を追いかけようと足を踏み出した。

 

「ワタシ アナタノキシ チガウ シゴト アル ハナス ヨロシ」

 

「良いじゃない。アルも精神的にねがてぃぶ? になってるんでしょ?」

 

「すみません。もしかして、アルが何か言いました?」

 

 ズンズンと工房の扉に近づくイサドラの口から『ネガティブ』という言葉を聞いたエルがイサドラに詳しい話を所望しだした。そこから先は事情説明と言う名の尋問だった。

 まず、『エレオノーラに国王の道を歩ませた』と思った原因をアルに何度も問いかけては、エルは『それ、違いますよね』とアルの考えを否定しながら、エドガー達と共にアルの頭に『説得は皆が望んだこと』だと洗脳の様にアルの頭に刷り込ませる。さらに、『亡くなった方々の意思を捻じ曲げた』という面に至っては『亡くなった人どころか、生きてる人間の考えも分からないから仕方ない』という投げやりな意見をアルに無理やりインストールさせる。

 

「でも……人を殺めたことが無い奴が偉そうに説得しても片腹痛いだけでしょ! それに、まだ僕には……」

 

「いやー、逆に人殺し過ぎた殺人鬼が説得しても説得力皆無でしょ。僕や皆がキッドとアルに依頼して成功させた。それで良いじゃないですか。今日はイサドラ様の護衛しといてください」

 

「そうよ。逆にそれだけ生き死にに敏感になれるのはフレメヴィーラでは希少よ?」

 

 周囲の励ましの言葉になんとかアルのメンタルも回復し、イサドラの力づくによるミシリエ漫遊に付き合うアルの背中を見ていたエルがぼそりと『まずいですね』と呟く。先ほどのアルの発言には『敵を殺害していないから一人前ではない』という功績を欲しがっている兵士のような危うさの他に、『人を殺める』という覚悟が持てていない気がした。

 

 周囲もそれが分かっているようで、先ほどのエルの言葉に頷きを返しながらも『少し、前線と離し過ぎたね』とディートリヒは反省する。パッチワークの修繕を後回しにしたことで、アルが戦場の空気を感じる機会はあまりなかった。──あったとしても王族の救出や幻晶甲冑(シルエットギア)での戦闘、機体の鹵獲といった本来騎士がやるべき幻晶騎士(シルエットナイト)の戦闘が皆無だったので、幻晶騎士(シルエットナイト)同士の集団戦闘という経験はアルにはあまりなかった。

 

 そんなアルだが、最近パッチワークが修理されたので、ここ最近は精力的に仕入れに参加するようになった。──なったは良いが、パッチワークの基本装備は従来の幻晶騎士(シルエットナイト)の法撃精度では考えられないほどの精密度と射程距離である。

 その結果、既にアルは脚部を破壊して行動不能にする。それでも動く機体には腕と頭部に法撃をお見舞いする戦闘スタイルが確立してしまっていた。

 

「危ないな」

 

「危ないっすね」

 

 各中隊の団員も揃って『危ない』という言葉を口に出す。今まで行動不能に留めていたアルが相手を打倒した場合、どういった変化が出るのか皆目見当もつかなかった。

 たしかにアルは時折、だまし討ちや地雷といった騎士かと疑う戦法や兵器を思いつくことはあるが、実行に移したのは極力人死にが出ないだまし討ちぐらいだ。ただ、それを採用しないと脅し感覚で『なら、助け出された後ろからだまし討ちをする』といった暗殺者の類のようなことを提案するが、それも実行に移されたことが無いし本気でやろうとする意思はなかった。

 

「最悪、僕が仕入れに。アルが開発系に移るかもしれません。親方達はいつ僕達が交代しても良いように資料とかもお願いします」

 

「やれやれ、確かに銀色小僧はまだ中等部卒業してあまり時間経ってねぇしな。正直、銀色坊主や嬢ちゃん達の方がなんでそんなに順応してるのか不思議なんだがな」

 

 今後が忙しくなりそうな展開にダーヴィドは『なんでアル以外の覚悟が決まってるのか』と疑問にするが、エルは『ロボの前に全て些末事』、アディは『エル君が居るから』とさっぱりした回答が返ってくる。そのあまりにも馬鹿馬鹿しいが、同時に『エルらしい』返答にダーヴィドは降参するように自身の作業に戻って行った。

 

 そして、エムリスのかなり軽くなった財布を犠牲にミシリエ視察を終えたエレオノーラの目には強い決意の光が灯っており、口から『女王になる』という強い言葉が出てきた。その言葉にエムリスは遠い目をしながら『強くなったな』と称賛を送り、イサドラも涙ぐんでは隣のアルにハンカチを要求している。

 そんな晴れやかな空気一色の一室だったが、この段階で女王の宣誓を行うとジャロウデクを下手に刺激することになるので、少なくとももう少し戦力を増やして東領の要である『フォンタニエ』を取り戻すまでは情報を漏らさないように箝口令が敷かれる。

 この時、誰もが背中に追い風のようなものが自分達を後押ししてくれている様な気がした。

 しかし、その数日後。平坦だった道が急に急こう配の坂になったような事件が起こった。

 

 それはエルとアル、そして第1中隊と第3中隊の半数が仕入れ作業のために元クシェペルカの東部の奥。中央部付近まで進み、木々の合間に幻晶騎士(シルエットナイト)を隠して偵察機器であるリーコンで偵察を行っていた頃までさかのぼる。

 ここ最近ミシリエ近辺ではお目にかかれなくなったティラントーがかなりの数配備されており、エルとアルは目を輝かせたがフォートレスに備え付けられたリーコンを限界まで上部に伸ばすと、配備数の多さに納得した。

 

「空飛ぶ船の工房ですかね?」

 

「いいえ、あれは降ろしてるだけでしょうね。他の船が居ませんし」

 

 団員達も見れるようにフォートレスの幻像投影機(ホロモニター)に偵察状況を映したアルは、エルと共に理由について議論を行う。

 ティラントー達が守っている物体。それはジャロウデクの空飛ぶ船だった。

 遠目ではよく分からないが、鎖によって浮かび上がらないように固定されたそれの周囲には一定間隔でティラントーの小隊が配されており、さらにその外周を2小隊ほどのティラントーが歩き回りながら見張りをしているという様子にエドガーは警備の厚さに舌を巻く。

 

「街道ではなく、ここから1個騎士団で徐々に迫るつもりなんだろう」

 

「僕達以外の偵察要員が少ないですからね。危なかったです」

 

 現在、銀鳳商騎士団や藍鷹騎士団が仕入れがてらに敵の位置情報といった偵察を行っているのだが、どちらも人数に制限があるために大規模な偵察行動が行えないのが現状である。

 それにクシェペルカ側も、偵察といった行動を取れるほどレーヴァンティアの配備数が居るわけではないし、ヴィード型はそもそも偵察できるほど機動力は良くない。こういった東部という領土に浸透していくような作戦が取られるとは思ってなかったエルは、事前に把握できたことに胸を撫で下ろしていた。

 

「侵攻地点がココだけとは限りませんし、戻ったら東部の境界線と敵の配置を調べる必要がありますね」

 

 対するアルは『僕がジャロウデクならここ1箇所だけ侵攻するわけがない』という意見を漏らしながらリーコンを収納していると、エドガーが空飛ぶ船の警備をしているティラントーの内の1機が()()()をまっすぐ見つめていることに気付いた。

 

「まずい! 全員撤収!」

 

 突然のエドガーの指示に第1中隊や第3中隊の団員が幻晶騎士(シルエットナイト)の操縦席に飛び込み、エルとアルもそれぞれの機体に乗り込んだ。即座に短剣を差し込んで魔力転換炉(エーテルリアクタ)に灯を入れ、銀鳳商騎士団の全機が撤退すると同時に偵察を行っていた地帯から空飛ぶ船が浮かび上がったのは同じタイミングだった。

 

「アル、牽制お願いします!」

 

「ラージャー」

 

 フォートレスに併走する荷馬車(キャリッジ)からイカルガが勢いよく上空に飛び出した。

 飛翔するイカルガを見ながらアルは操縦桿の横についているボタンを押すと、パッチワークの頭部にくっついている円筒の部分が下がり、バイザーをすっぽりと覆うと幻像投影機(ホロモニター)にはまるで双眼鏡で覗いているかのような拡大された映像が浮かび上がった。

 

「サジタリウス、装備開始」

 

 幻像投影機(ホロモニター)からの映像に不備がないことを確認したアルは声を出しながら続けて操縦桿を操作し、パッチワークのサブアームで掴んでいる長大な魔導兵装(シルエットアームズ)をパッチワークの手に装備させて構える。

 アルが長年愛用しながらも根気強く改修に改修を重ねた遠距離攻撃用の魔導兵装(シルエットアームズ)。今まで名前がなかったので『試作』とされていたが、唐突にそのことを思い出したアルがわずか10秒という短い時間で命名した『サジタリウス』の銀製の握り手からパッチワークの掌を沿って送られてくる照準スクリプトを幻像投影機(ホロモニター)に映しながらアルは慎重に狙いを定める。

 

「艦橋は駄目。カタパルト……人が居たら怖い。帆!」

 

 空飛ぶ船の各部を嘗め回すように見ながらアルは本能的に人的被害が少なそうな部分を探し、風魔法を受けているであろう帆に向かって法撃を開始した。

 アルが手塩にかけたサジタリウスから放たれる法撃は従来の法撃と比較すると飛距離は段違いである。サジタリウスから放たれた法弾は当然のように空飛ぶ船の帆に着弾するとそこから爆発が起き、空飛ぶ船の飛行速度がガクンと落ちた。

 その隙に空飛ぶ船に取り付いたイカルガが手に持った銃装剣(ソーデッドカノン)を力任せに振るうことにより、船体に幻晶騎士(シルエットナイト)が悠々と入れるぐらいの大穴を開けられる。しかし、その衝撃により空飛ぶ船の進路が横に逸れ、ちょうど別の帆を破壊しようとしたパッチワークの法撃が飛来する。法撃の行方は帆では──艦橋へと変更された。

 

 法撃が船底にくっ付いている艦橋に突き刺さるがそれでも法弾は船体を食い破ろうと直進し、やがて空飛ぶ船の船体から大爆発が起こった。

 軽い木材を中心に組まれていた空飛ぶ船は見る見る内に炎上しながら吸い込まれるように地面に直進。墜落する最中に船から脱出したイカルガを除き、空飛ぶ船は乗組員や搭載されているであろうティラントーごと墜落した。

 

「アル。お手柄です」

 

 荷馬車(キャリッジ)に降り立ったイカルガからエルの安心した声が投げかけられる。これでツェンドリンブルに追いつける兵力はもう居ないし、ティラントーの行軍速度でこのまま東部領を横断するのは無茶がある。恐らく撤退するだろうと続けるエルの言葉にアルはおざなりな反応しか返さなかった。

 

 ***

 

 その後、無事にミシリエにたどり着いた一行は工房で整備を受けつつ、藍鷹騎士団に今回のことやこれからジャロウデクがやってくるであろう戦略について話し合う。それを聞いた藍鷹騎士団側は即座に偵察を実行するためにシャドウラートと偵察用プラットフォームを装備したカルディトーレの準備を終えて工房から出て行くが、その光景を呆然と見つめている人影が1つ。

 

「初スコア……か」

 

 木箱に座っているアルが呟きながら目を閉じる。その瞼の裏では法弾が直撃した時の艦橋の様子が映っていた。

 人が焼かれながら滑稽なダンスを踊っている様子。法弾の直撃を食らい、一瞬で黒くなった人だったもの。──『目の良さが命取り』と言っていたとあるアニメのキャラクターのセリフを思い出したアルは、『見えすぎるのも駄目でしたね』と相槌を打ちながら目を開けると足を速めながら工房を出て行く。

 

「真っ赤だ」

 

()()の掌を見ながらアルが向かった先は工房の側に設置されている井戸だった。本来は埃や油汚れなどが塗れた手を洗ったり、男性騎操鍛冶師(ナイトスミス)が風呂に入る前に軽く汚れを洗い流すための場所だが、今は全員作業中なので人気がなかった。

 アルは井戸から水を組み上げると、桶に溜まった水の中に掌をつけてこすり合わせる。

 

 何度も。なんども。ナンドモ。

 

 指紋が落ちそうなほど必死にこすり合わせてもアルの目には、未だ酸化せずに命の色を赤々と塗らしている掌が見えていた。やがて、擦り合わせるのも疲れたアルが井戸の側にあった道具箱をひっくり返すと荒縄を取り出した。アルは上半身の服を脱ぎ捨て、水を被ると荒縄を身体全体に満遍なく擦り始める。

 

「何が心に従えだ。何が希望を送り出しただ。初めて人を殺しただけでこんなのになった僕が……言える立場じゃないくせに」

 

 自分で自分を罵倒しながらもアルは手を休めずに擦り続ける。皮が破れ、血が滲んでいるにも拘らず擦り続けていたアルだったが、突然『なにやってんだ!』という叫び声と共に後ろから羽交い絞めにされた。アルが濁った目で後ろを向くと、そこにはバトソンが怒った形相でアルのことを睨み付けている。

 

「片付けをしようと思ったら……何やってんだよ!」

 

「洗っても落ちないんですよ。手に赤い血がこびり付いてるんですよ!」

 

 そんなバトソンとアルが言い争う現場に声量に気付いた銀鳳商騎士団員が集まり、一様にアルの大怪我ともいえるほどの惨状に息を呑む。しかし、その団員達の間を縫ってエルがアルの前に姿を現し、強引にアルの手を引きながら工房へ戻るとパッチワークの前でエルが手を離してアルに『乗ってください』と言い放った。

 

 当然、いきなり連れてこられたことに抗議したアルだったがエルからの冷ややかな目についに折れると操縦席に飛び込んで操縦桿を──握れなかった。操縦桿を持つ手が自身の意思とは関係なく拒否反応を起こし、さらには操縦席のベルトさえも満足にかけれないほど震える手を見たアルは軽く笑う。

 

「なんですか……これ。動いてくださいよ。ロボットが好きなのに……動かすのが好きなのに……なんで動いてくれないんですか」

 

 未だに操縦桿を握れない手に対し、親が子供に行う折檻のように痛みを与える。そんなアルを無理やり操縦席から出したエルはアルを掴みながらパッチワークから降りると工房の床へ放り投げた。その乱雑さに周囲にどよめきが起こるが、エルの顔を見て納得した様子でその場で静観する。

 

「アル。君は仲間を守ったんですよ? それにあれは進路を変えた僕のミスです」

 

「ですが……法撃で燃えた人は帰ってきません。家族も居たでしょう……仲間も……ですが、僕が奪いました! 僕が当てたんです!」

 

「副団長。ならば俺達がそのままティラントーや投石で潰れれば良かったのかい?」

 

「そうは言ってません! 僕が、ちゃんと狙っていれば」

 

 あくまでも『自分がヘマをしたから殺してしまった』というアルに、エルはため息をつきながらしばらくの出撃停止を命じ、ついでにミシリエで王族の護衛や工房でのあれこれを担当して欲しいと言い残すとエルは雑務処理のために団員達を伴って工房から出て行く。

 

「銀色坊主。弟にちと厳しいんじゃねぇか?」

 

「あの子はまだ平成の日本に気持ちを置いてきてるんです。このままでは死者に引っ張られてあの子や僕達も碌な目にあいません。なので、再びここに戻ってくるかは……分かりません」

 

 ダーヴィドにそういうエルは、もう一度工房を見てから答える。いつものエチェバルリア語に話の内容がさっぱり見えなかったが、その声はとても寂しそうに聞こえたのはダーヴィドだけではなかった。

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