目覚めれば
――薺はしばらく死んで繰り返す原因を考え込んだ
乳を吸う間、赤子の出来ることなど少ない。泣くか寝るか、あるいは乳で腹を満たすかいずれかしか出来ない。動けぬ現状、考えることも追加して薺はそればかりを考えた。繰り返す原因など分かりようもない。だが死んだ原因は
薺の知る妓夫太郎はまごうことなく人間である、見た目はそれこそ化け物と言われることも多いが、長い間共に生きた同士で仲間なのだからあの教祖と同じ化け物である訳がなかった。たらふく食べてごらん、とあいつはそう言っていたが、それと何が関係していると言うのか。結局育ちの悪い薺の頭では理解が出来ないことが起きているのは確かだった。
――結局分かることは少なかった
その思考は保留と結論付けて、薺は大きくなっていく。姿形はあの
僅か五歳にして山に入り獣を狩って戻る姿など親が見れば心底心配するだろうが、両親は既に薺を愛せずにいた。泣かぬ赤子、何も教えずともモノの良し悪しのことを分かる子供など、愛せなかったのである。むしろ薺を気味悪がったし家族と見た目がまるで違う子供を産んだ母親の不貞を疑って夫婦喧嘩が絶えることはなかった。薺は概ね自身が此処に生まれながらも此処の家の子ではないという自覚があるため、家に居つく時間を持たなかった。衣食住のみを求めるのみで、それ以上のことは求めなかった、そもそも家族と言うモノは前世で理解したから必要なかったのである。それでも早く家を出なければという思いは強く、衣食住を世話した両親に当たる男女に返すためにも金を稼いだ。
――そんなある日の夜のことだった
いつものように獣を狩った夜、家に戻れば暗くなった家を見た。どうしたことか、普段はそんなことがないというのに。家に入ればいつか見た赤が辺りに散らばっていた。返り血が戸口を汚し、手の跡がいくつもあって引きずられたように生々しい爪跡を残す。引きずられた先には今世の父親が口から血を流して仰向けに倒れていた。どんよりと仄暗い眼が此方を見ているが何処にも像を映さない様子から既に事切れているのが窺える。一歩一歩前へ進んで何かを踏む。足元を見れば兄や姉の首が転がっている。恐怖を表情に映しながら涙を流す首が薺を責めるように見ていた。それを見おろして歩けば血だまりで草鞋を汚した。グチャリ、と何かを咀嚼する音がする。喰われているのは女だった。美味しそうに臓物を貪る有様はいつか見た光景だった。蠢く影、何かが振り返る。板戸から月夜の光が差し込み、それが照らされる。
――薺、此処には来てはいけないと言っていたのにねぇ
耳元近くまで近付かれて聞かされるような、あの教祖の声が聞こえる。そこに居たのは教祖ではなかった。見慣れぬ男ではあったが、頭から突出したように突き出す角が化け物であることを知らしめる。なんだぁ、ねっとりした化け物の声が響く。ご馳走が沢山だと騒ぐ化け物が飛び込んでくる。切り裂く一閃を出したのは薺だった。背中に隠した鎌を力いっぱい鬼に振りかぶる。切り裂けたのは腕だった。無駄だ、化け物はせせら笑い、腕を撫でながらみるみる再生させて、薺の胸を突き破る。赤い血を吐き出して、薺は死んだ。
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今世では藤の花の家紋がある家で薺は育った。鬼殺隊なる団体に助けられた過去を持ち、鬼殺隊の誰にも無償で尽くすことを約束したという、妙な家系。鬼などという夢物語の存在に救われたのか、などかつての薺はそう笑うだろうが、今世ではそれが本当なのだと理解した。前世はそいつに家族もろとも喰い殺されたし、妓夫太郎や教祖がそうであると否が応でも理解したからだ。そうでなければ妓夫太郎が薺の腹を貫くことはないだろうし、教祖が部屋に籠って臓物を貪ることはないのだ。……ならば妓夫は鬼になったのだろう、そう判断して薺は鬼殺隊に入隊することを決めたのだ。
――妓夫、
直ちに育手の元に修行をさせてもらうも才能はまるでなかった。入隊試験も落ちるのではないかと危惧した育手の反対も意に介さず、薺は
――目覚めればまた赤子だった
今世でもやはり鬼殺隊を目指すも血鬼術なる鬼の特殊能力で薺は死んだ。十年と数年程度の命を鬼殺隊になる度に繰り返す。繰り返せば次第に身体は順応していって呼吸をモノにした。そうすれば鬼を殺すのも容易くなった。だが、下弦と片目に刻まれた鬼を見て鎌を振れなくなった。出会ったのは帯を使う女の鬼だった。一緒に居る鬼も見れば、鎌を落とした。がりがりに浮いた身体、独特の跳ね返った髪。睨む片目と顔には独特の模様が浮かぶ男の鬼は、……間違いない。思わず、息を呑む。目を見開いて手を伸ばして、歩み寄る。
――妓夫、梅。お前らやっぱり……
そう言い残したのが今世の薺の最期であった。お前なんか知らない……ッ、感情のこもった兄妹の言葉が耳に残った。
――目覚めればやはり赤子に戻ってしまった
今世で何度目だろうか。だが目指す先は同じだ。それ以外、どうでも良かった。もう育手は必要なかった。そのままいつもの藤の咲き乱れる山を登った。いつもの鬼殺隊の入隊試験では花札のような耳飾りを付けた少年が最後に入って来たがどうでもいいことだった。
――妓夫、梅。俺がお前を殺してやるよ
刃を尖らせながら考えることはそれのみだった。いつかあいつらの頸を切り落とす。そして俺も一緒に死んでやる。お前らだけ地獄になんか逝かせない。その為に俺はきっと何度も繰り返しているに違いなかった。
――あの日俺らは確かに死んだんだ
ここから先、次回から時間掛かります。