グッチにデン・ビル、シャネル、そしてルイ・ヴィトン。女苑は店の中を歩き回りながら目についたものを手当たり次第に脇へと抱えこんだ。スーツを着こんだ店主の唇がひきつるのが見えた。ひと通り堪能したのち女苑はサングラスを引き上げてカウンターへと顎を向けた。店主が深々と頭を下げて自ら会計を始める。手首を返して腕時計を確認すると女苑は大量の紙袋を提げて店から出た。見送りに出てきた店主一同に笑みを返して歩き始める。
店の屋根に座って待機していた紫苑がこちらに気づいてふよふよと降りてきた。女苑は彼女の手に紙袋をすべて押しつけると欠けたお椀のなかにお釣りの硬貨を放りこんでやった。紫苑が眉を寄せて姿勢を下げこちらの表情を窺うように睨んできた。そして云った。
まさかこれがお駄賃じゃないでしょうね。けっこう重いんだけど。
姉さんに大金は渡したくないもの。すぐに失くしちゃうのが眼に見えてる。
私のせいじゃない。
ほらまた。私のせいじゃない。何回きかされたかしら。
女苑。お前……。
さて。買い物は終わったし、次はお食事ね。
女苑が歩きだすと往来の人波がまるでモーセの奇蹟のように左右に分けられていくように思えた。得意げな顔で振り返ると紫苑は仏頂面で視線をそらした。彼女は眼をそむけたまま女苑にだけ聴こえるような小さな声でつぶやく。
また買ってしまったのね。それも沢山。
だったら何よ。
別に。
羨ましいんだ?
それ以前に呆れてる。ストイックな生き方はもうお終い? 紫苑は首を傾げて続ける。お寺に戻ったんじゃなかったの。急に呼び出してきたと思ったら人に荷物持ちさせてショッピングなんて。向こうにいたときとちっとも変わってないじゃない。
女苑は立ち止まった。ブランコしていた派手なイヤリングがじっと垂れ下がる。
……そういう姉さんはあの天人とは別れたわけ?
まあね。私たち二人の相性は好かったんだけどこの世界と私たちの相性は最悪だったみたい。次に暴れたらこの世界から追放してやると巫女に云われたんじゃさすがにハンカチを振らざるを得なかったわ。
振れるようなハンカチもないくせに。
そうね。
それで別行動?
ええ。
ふうん。
なに。嫉妬?
ばか云え。
女苑は歩きながら再び腕時計を確認した。姉さんおやつにはぴったりの時間ね。そう呼びかけると紫苑が激しく身体を上下させて周囲をくるくると飛び回った。そうね。もう三時だものね。云っておくけど女苑だけレストランでスペシャル・パフェを頼んで私は屋台のポン菓子ってのはなしだからね。
ええ。任せておきなさい。あとあんまり暴れないでよ袋なくしちゃうじゃない。
紫苑はお椀からあふれ出てきた濃い紫色の光を慌てて押しとどめるとふうっと息をついた。
女苑は釘を刺しておいた。文句ひとつでも云ったらただ働きしてもらうから。
や。堪忍してぇ。
よろしい。――つーか姉さん。私がお下がりに譲ってやったブランドの服とか宝石はどうしたのよ。
売った。
なんで。
とにかく浴びるほどの現金(キャッシュ)が欲しかったから。それにまずはお腹いっぱい食べたい。
あいかわらず発想が貧困ねぇ。
女苑はお酒ばかり飲んで栄養あるもの食べないからね。だから身体ちっこいし肉づきも悪いのよ。
それこそ姉さんには云われたくないわよ。
紫苑が少しだけ顎を引いた。長いまつげが群青色の瞳にさしかかった。
本当を云うと失くしたり汚しちゃうのが怖かったから。大切に扱っているつもりなのにいつもこうだもの。
そう云って継ぎはぎと警告文だらけのパーカーの裾を引っ張った。
女苑は返す言葉も思いつかず黙っていた。二人は里の広場を横切って別の通りに入ると店の一軒一軒を覗きまわって歩いた。その途中で紫苑が声を上げる。
お下がりで思い出した。
なに。
むかしあんたが譲ってくれたアクセサリーにロケットがあったでしょ。メッキした真鍮製の。
そんなのあったっけ。
あったわよ。中を開いたら空だったけどあれって写真とかを入れるものなんでしょ。本当は何が入っていたの。
覚えてない。
あらそう。
もしかしてそれも売っ払っちゃったわけ。
やっぱり気にしてるじゃない。
うるせえ。
好さげな甘味処の前で女苑が立ち止まると紫苑は人差し指を唇に当てた。
予約は? 高いんでしょここ。
私の持ってるブランド品とこの買い物袋を見せつけたら今いる客を追い出してでも入れてくれるわよ。心配しないで。
頼もしい妹。