夜が明けると雪は止んでいた。二人はベランダに出て朝陽を浴びた。冬の風に吹かれて女苑の小麦色の髪が揺れていた。彼女が身体を震わせて身を寄せてきた。山間の廃屋を染め上げる弱い光。積もった雪に反射する淡い光。夜のネオンにずっと慣らされてきた眼には優しく響いた。
昨日のことだけど。女苑が云った。すこしは懐かしい気持ちになってくれた、姉さん?
どうしたの急に。
思い出してほしかったのよ。あの頃のきらめき。少なくとも今よりは笑顔の多かった姉さんの瞳の輝き。
呆れた。それで荷物持ちなんて口実つけたの。
でも楽しんでいたのは私だけだったのかな。
紫苑は髪を手櫛で梳いた。途中までは楽しめたわ。あんたがやり過ぎさえしなければね。でも大丈夫。またやり直せば好いわよ。
そんな風に焚きつけてまた私のおこぼれに与かる気なんでしょ。
悪いの。
別に。姉妹だし。
紫苑は頬杖を解き顔を上げて女苑を見つめた。彼女は空に視線を据えたまま膨れっ面を浮かべている。
ありがとね。女苑。
妹は咳払いして話題をそらした。――思えばあの街の夜は素晴らしかったけど、私は朝も好きだったな。
へえ。珍しく意見が合うわね。
狂騒が終わって静まりかえった街の上空から朝陽を拝んでいると最高に澄んだ気分になった。始発の駅に向かう人間たちの格好や表情を眺めながらいろいろ生い立ちを想像したりするのも楽しかったな。なんでそうまで働いて生きてるんだと不思議になったよ。みんな魔法にかかってたんだな。あの時代のあの街に住んでた奴はみんな。何かが起こると信じてた。少なくとも刺激になるような何かが。それは私のような疫病神でも姉さんのような貧乏神でも変わらなかったと思うよ。
女苑は深く息を吸いこむとシルクハットを被り直した。そしてベランダから飛び降りて雪の中に着地するとこちらを見上げながら云った。とにかく姉さんの云う通り、やり直していくしかないんだよね。地道に。
また鬱憤ため込んで自爆しなきゃ好いけど。
そのために姉さんがいるんじゃない。
私が暴走したときは鎮めるどころかむしろ煽ってきたくせに。
――いつかきっと姉さんのことも幸せにしてみせるからね。
紫苑は口を開いてから閉じた。パーカーのフードが風に吹かれて揺れていた。リボンもまた山風の唄のリズムに合わせるように身体を泳がせていた。紫苑は眼を閉じた。新しい世界の音を聴きながら微笑んで云った。
……嘘つき。
ええ嘘よ。
妹は歯を見せて笑った。いつもの笑顔に戻っていた。紫苑はベランダの手すりを柔らかく握った。もう一方の手にはロケットが握られていた。古ぼけていて幾度もの紛失と発見を通じて傷ついていたが剥がれたメッキから覗いた真鍮は今でも太陽の光を反射して輝いていた。紫苑はロケットを開いて新たに収まった写真をじっと見つめてからまた閉じた。そしてかけがえのない宝物を祈るように両手で閉じこめ胸に引き寄せた。
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