「よう!ウェザー。あの天津気博士を寝取ったって本当か?」
「…………」
「……すまん、お前目つききついんだから、睨むな。冗談だよ」
将軍の地位を頂いてから一ヶ月強が経った。
初めは精神統一と自身の訓練のために行っていた空を斬ろうとする行動も、
今でも一人見つめている者が居る。
天津気刹那博士。もの好きにもいつも決まった時間にこちらの訓練を見に来る。
確かに最近はそんな彼女が不思議で、終わったあとなど話すようにもなった。
先日などはついに、彼女が研究開発しているデバイスのテスターも頼まれ始めたのは事実だ。
しかし、そんな彼女を寝取るとは人聞きが悪い。
いや、それ以前に彼女が誰かと恋仲であったなど初耳だ。
そんな軽口を叩いたのがもしも、自身の部下ならば問いただしていたところだが、今話しかけてきたのは自身と同じ位の先輩ともいえる将軍だった。
「寝取ったっていっても、その相手が機械からってつくから、そんな険しい顔するなよ」
「そういう特殊な趣味嗜好が彼女にあったとは知りませんでした。」
「固い返しだねぇ。まあいいや。何かと天津気博士もデバイスとか作ってたりするんだろ?」
「……はい、そうですね。」
「露骨にめんどくさいって顔するなって。お前以外と態度に出るんだからさー」
「それでなんのようですか」
「つれないねぇ。……現状何が外界の法則に触れるかわかんねー。割とお偉いさん方も焦ってるのさ、だから二人で完成しなさそうだったら話しかけろ。手助けしてやるから」
この先輩将軍は力こそ自分よりも劣るが、その分指揮や作戦、技巧に優れている。そんな彼が手助けというのだ、本人も忙しいだろうにそれだけ上も余裕がないのだろう。
将軍という肩書きの重さは一ヶ月の間に身にしみた。
雑務に作戦、上からのつつきなど様々だ。
そして一番は、将軍だからこそ矢面に立つこともあるということ。
俺はいわばそういうところの身代わりの一つなのだろう。
「わかりました。それでは、時間ですのでこれで。」
「おう、天津気博士によろしく」
軽く頭を下げその場を立ち去る。
いつものように第2層に行くとまだ彼女は来ていないようだった。
(そういえば、最近は温度が下がってきていたな……鍋などいいかもしれない)
軽く手足を振り腰の刀に手をかけ技の準備に入る。
精神を統一する前にふと思ったのがご飯のことなどと、苦笑をこぼし息を吐く。
頭に一滴。
時間だ。
心の中で型の一つを思い浮かべ、理想の動きを脳に浮かべ丁寧になぞる。
刃を鈍らせるなとただ真っすぐに天に向かい刀を振り抜き、流れるように鞘へと収める。
一つ一つの太刀筋を確かめるように手に持つ刀と自身の調子を見ていく。
「ふぅ……」
鞘に収めた刀を左手で押さえ大きく息を吐く。
そこで見られていたことに気がついた。
彼女だ。
「お疲れ様。」
「ああ。……みていてたのしいものでもないだろうに、よく見に来るものだ。」
「そうかしら。一生懸命取り組んでる姿はその……かっこいいし楽しいわ」
「……」
そっと顔を彼女から背ける。剣を振ったからだろうか多少なりとも体温が高い。
思わず褒められたことに喜びのような思いと照れくささのようなものを感じ、じっとできずに落ち着くためにと刀に触れていた。
ゆっくりと呼吸を整えると、それを見計らったように彼女の口が開く。
「今日のデバイスはどう?」
「……出力は従来のものの1.4倍程度、ただ刀身が重く慣れるのには時間がかかる。それと本来の肉体強化自体もあまり効果が見られていない」
「ありがとう。じゃあこの規格はダメね……量産性に富んで且つコストを安くするのは難しいようね」
頼まれていたデバイスの評価を素直な気持ちで答える。
おそらくは、訓練前に先輩将軍に言われた事と同じだろう。
外界の法則、それはこの惑星独自のものであるのだから、順応するにはそれ相応の時間がかかる。
「しょうがないだろう。今なお、この惑星の法則は我々の知っているものと異なっていることしか、わかっていないのだから」
「そうなんだけどね……」
どこか影のある顔をする彼女に心がざわつく。
今までの彼女と自分の関係ならばそんなことにも気づかなかっただろうと、口元が少し緩んだ。
緩んだ口をぎゅっと締め、少しだけ上擦んだ声で呟いた。
「……天津気」
「何かしら?」
「このあと時間はあるだろうか」
先程までとは一転して、微かに頬を赤らめ目を見開いた彼女が少しだけどもりながら言葉を返した。
「この、あと……あるけど、どうしたの」
「このリヴァイアサンでも多少の気候の変化はある。そのため温かいご飯でも……どうかと思ってだな……」
照れているのか、恥ずかしがっているのかはわからない。むしろ怒っているのかと疑いさえ浮かんでくる。しかしそれでも、先程までの落ち込んだような顔は見たくなく、流れるままに言葉をかけていた。
「あ、そ、そうね……じゃあ食堂でいいかしら?」
「あ……いや、その、だな……天津気がよければだが……部屋で食べないだろうか」
少しの間。どれくらい経っただろうか体感は5分ほど、しかしおそらくはそんなには経っていないのだろう。その誘いを聞いた彼女は頭を抱えその場に座り込んでいた。
これは……どうしたらいいのだろうか……
確かに未婚の女性に対していきなり部屋に誘うというのは、大変配慮に欠けた誘いであったのは事実。しかし、しかしだ……食堂に誘って飯というのもまた先輩将軍のようにからかってくる輩が出るかもしれない。
そうなれば、彼女にも迷惑がかかるだろう。しかし、二人で食べるというのは彼女にとっては嫌なことだったのかもしれない。
心が締めつけられるような感覚を覚えるがそんなことを顔にもださず、伝えねばと彼女の頭に手を置いた。
「すまない、こちらの配慮が足らなかったな。あまり食堂で大事になるのも考えていたが……やはり、男の部屋を選択肢にするのは控えるべきだった。」
今はただ、こちらを見て欲しくはなかった。他人の目など気にせず、ただ守りたいと思っていた自分だが、いつの間にか弱くなっていたのかもしれない。
彼女を困らせたくはなかった。影のある顔をさせたくなかった。ただ、それだけを思っていた。
自分がどんな表情なのかも自覚してない頃に、彼女に手を取られた。
そのまま立ち上がる彼女はすっきりとした表情をしていた。
「ごめんなさい、大丈夫、むしろあがっていいの?」
「こちらが誘ったんだ。上がっていただけると……助かる」
「っふ……助かるってなによそれ。いいわ、なら向かいましょう」
「ああ、そうしよう。」
初めはその可憐な容姿に惹かれ、なおも関わりたくはなかった。
今はその綺麗な顔を泣かせたくも困らせたくはなかった。
たった一ヶ月でここまで関わってしまった。
初めの気持ちと今の気持ちはどちらも元を正せば同じなのだろう。
しかし、それを自覚してしまうのが今はたまらなく怖い。
その気持ちをそっと押し殺し、ただ彼女を守るなら己がいいなとそっと心に潜める。
「それで、ご飯は何を食べるの?」
「鍋でも作ろうかと思っている。」
「いいわね、私も手伝いましょうか」
「ああ、そのほうが早く出来るだろう」
二人で並び、一歩の隙間を空けなら部屋へと向かった。