麦わら帽子が沈みそうになるのを、その場の誰よりも早く察知したのだろう。
女は数多の攻撃の刃が向かう彼を庇うように前へと飛び出した。
――私のささやかな願いを叶えてくれた貴方に、最大限の恩を返しましょう。
たとえそれが、世界を敵にまわす事だとしても。
最後にこの身が、朽ち果てて消えてしまおうとも……。
静かにその瞳を開け、のろのろとした動作で起き上がる。
何か夢を見ていた気がするが、何だったのかは思い出せずふと窓の方を見やれば、ぼんやりと辺りが色づき始めた頃だった。
また今日も一日が始まるのだと、小さく息を吐き出してぐっと身体を伸ばし、ベッドからゆっくりとした動作で動き出す。
洗面所で顔を洗い柔らかなタオルで包み込むと、顔を上げながら目元を深い青のリボンで覆い隠した。
目の前の鏡に映ったのは、-瞳を隠した状態ですら、いやむしろ隠している状態であるが故の危うい美しさを持つ絶世の美女-いつもと変わらぬ自身の姿。
その瞳に、自身に宿る能力については母親から既に聞かされていて、見え過ぎてしまうその瞳を隠すのは必然だった。
なにせ、いくら隠していても何もかもが見えてしまうのだ。
あくまで、母親から教えられた能力を隠すために過ぎず、本人には絶世の美女という自覚が一切ないのが
扉のすぐ近くに飾ってある母の写真に少女―ピアレス―は行ってきますと挨拶をして、一度身を抱え込むように腕で抱きしめた。
部屋から出て少し歩いた先、階段を下れば見えてくる、店へと続く扉を押し開き
「レイさん、シャッキーさん。おはようございます」
今日も見慣れた二人の姿に、ホッと息を吐き出して挨拶の言葉を交わすと、早速開店準備と自身の仕事を始める。
あっという間に半分を片付けるピアレスの姿に、二人は随分と手馴れたものだと、まるで娘を見守るかの様に暖かな視線を送るのだった。
木々の生い茂る孤島で母―ヴァーチェ―と二人で暮らしていたピアレスは、7歳の誕生日を迎えた翌日にプレゼントとして、普段は出ることを許されない外へ連れ出してもらった。
そのまま連れてこられたのはシャボンディ諸島の一角に佇む、シャッキー’S ぼったくりBAR。
ヴァーチェが消息不明になる前に、古くからの知り合いであったレイさんことレイリーの元に預けられてから、もう随分になる。
時折、ぼうっと外を眺めては、ヴァーチェの無事を願わずにはいられない。
もちろん客の誰もピアレスが、よそを見ていることには気付けないほどの仕事の出来っぷりであるが故に、シャクヤクも黙認しているわけだが。
ありがとうございましたとお客様を見送って、ホッと息を吐き出したピアレスに、お疲れ様の言葉とともに指の間に挟んだ白い紙をピラピラとふるシャクヤクに近寄る。
差し出された白い紙を躊躇いなく受け取るも、しかし何か分からずにピアレスは首を傾げた。
「ちょっとお使い、頼んでもいいかしら?」
フッと煙を宙にはきだして告げたシャクヤクは、未だ帰らない過保護気味なレイさんのいないうちにと悪戯な笑みを浮かべる。
そんなシャクヤクにクスクスと小さく声を立てて笑ったピアレスは、間を空けることなく頷くのだった。