お昼のピークを過ぎて店が落ち着きを取り戻してきたこともあったのだろう。
買い出しを頼まれたピアレスは、街の騒がしさに首を傾げたがあと少しだからと一先ず思考から追い出す。
次の瞬間、ヒラリと揺れるワンピースの裾がクッと引っ張られる感覚に後ろを振り返った。
違うとまだ幼い少年が瞳いっぱいに涙を浮かべ、ピアレスは慌てて目線を少年に合わせて落とすためにしゃがみ込んだ。
「……迷子になってしまったの?」
落ち着けるようにと頭を撫でてやれば、泣かないようにと頑張っているのだろう。
グッと唇を噛み締めながら小さく頷いた。
そんな少年に大丈夫だよと声をかけながら手を握って微笑むと、連れ立って歩き出す。
周囲に注意を払って両親を探すのは、普通の人には難しい事であってもピアレスには簡単なことだ。
彼の纏う空気に似ている大人を見つけ、その中でも焦っている者を特定すればいい。
人通りの多い道と騒がしい道を避け、着実に両親の方へと近づいていく。
暫く進んだ先で、少年がパッと手を離し、顔を綻ばせ両親を呼ぶ。
もつれそうになりながらも駆け寄って、待ち構えていた両親に飛びついたのを見届けると、ピアレスは人混みに紛れるようにその場を後にした。
「あのね。目が隠れてるお姉ちゃんがね。ここまで連れてきてくれたんだよ」
そう言って振り返った少年に続いて顔を上げた両親は、あれと首を傾げる息子に頭を撫でてやる。
息子の言う目の隠れているお姉ちゃんが誰だかは分かっていたが、何も言わずに姿を消した彼女の意志を尊重し、名前をあえて出すことはしなかった。
いつかまた会えた時にでもお礼を言いなさいと告げた両親の言葉に、少年は確かに強く頷くのだった。
少し遠回りをしてしまったが無事に買い出しを終えたピアレスは、どういうわけか店への道を少し急ぎ足に戻っている。
本人にもどうしてだかは分からないのに、一刻も早く店へ戻らねばと何かがピアレスを急かし立てていた。
店への階段を駆け上り、しかし扉は静かに開けて中の様子を除くように息を潜める。
ゆっくりと周囲を見渡したが、特に変わったことは何もない。
「ただいま戻りました」
緊張感から解放されたこともあり、ホッと息を吐き出しながら笑みを浮かべてシャクヤクに荷物を渡した。
ピアレスから荷物が相手の手へと渡った次の瞬間。
シャクヤクはドロリと音を立てながら黒くよどんだ液体へと溶けて消える。
「いやっ!!!」
ガバリと自身の悲鳴で跳ね起きて荒い呼吸を繰り返し、辺りの見慣れた景色に全身に入っていた力を抜いた。
昨日は結局帰りもいつも通りゆったりと帰って来たし、渡した荷物も笑顔で受け取られたあと、普通に仕事に戻っている。
考えれば夢だったとすぐにわかったはずなのに、この言いようのない不安は何なのだろうか。
どくどくと未だ音を立てて鳴り止まぬ心臓を落ち着けるように、深く深呼吸を繰り返してふらふらと力の入らない足で鏡の前まで歩く。
顔を合わせた自身の瞳が淡く光っているのを見て、ピアレスは哀しげに瞳を閉じた。
(……誰かに何か良くないことがおきてしまうのですね。いえ、もうおきてしまっているかも)
これから起きうるかもしれない最悪の事態に一抹の不安を抱かずにはいられない。
自分自身ならば構わないが、周囲の親しい者に及ぶ可能性も捨てきれないのだ。
――せめて未来のことならば、自分自身に降り注ぐ厄災でありますように。
ピアレスは祈るように手を胸元で合わせると、強く天に届くようにと願うのだった。