いあ、いあ!
いあ、いあ!

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いあ、いあ!


男2人がお互い相手の推しになったらどうなりますか

 目を開けると、惚けた顔をしたゆかりさんがいた。

 事態をつかめずにいると、ゆかりさんが一言。

「イアちゃん…?」

 いま、なんて?

 

 

 言いたいことは山ほどあるがそれは後回しにして、ひとまず頭を整理したい。

 あたりを見渡せば、見覚えのあるカラオケボックスの一部屋。大学のそばにあり、たびたび利用していたカラオケ店のように思える。しかし、ここに来た覚えはない。つまり、誰かにここに連れてこられた可能性が高い。それにしては机の上に並んでいる飲みかけのメロンソーダが不可解だ。まるでしばらく歌った後のような…。

 

 そして、目の前にいるのは、どこからどう見ても我が愛しの結月ゆかりさん。

 …いや、現実に来たゆかりさん可愛すぎる。

 髪の毛さらさらで、艶があって、お目々ぱっちりで、ほんのり頬が赤く染まっていて可愛いなぁ!可愛いなぁ!

 

 まわりを見渡して若干心が落ち着いたところで、自分に目を向ける。

 視線を下ろせばピンクを基調とした超ミニスカートに黒のキャミソール風のトップス。そして視界の端にはロングの銀髪。もしやと思って入口ドアのガラス窓に姿を写してみれば、あらまぁイアちゃんじゃないですかーやだー。

 

「いやいや、まさかそんな」

「イアちゃん…本物のイアちゃん…!」

 

 これだけ時間を置いたのに未だトリップしている様子のゆかりさん。

 自分がイアちゃんになっている状況とゆかりさんの反応を合わせて考えると、予想されることが一つあるわけで。

 あたりを見渡せば、おそらくイアちゃんのものだと思われるスマホがあった。カメラ機能を鏡がわりにして、ゆかりさんに渡してあげる。

 

 

 

「え…ゆかりさん!?」

 

 やっぱり。

 

 

 

 

「で、やっぱりゆかりさんの中身はイアちゃんの狂いの某友人なわけね」

「そういうイアちゃんも、中身はゆかりさん狂いの某友人か…」

 

 しばらく情報交換をしてから、改めて確認するようにお互い呟いた。

 

 どうしてこんなに冷静かって?

 知らんのか。この世にはTRPGという遊戯があってですね…。

 

 それはそれとして。色々調べた結果、分かったことがある。どうやら、今自分たちがいるのは「結月ゆかりがナレーターやらゲーム実況やらしている」世界で、「イアがアイドル兼歌手としてライブやら音源の配信やらをしている」世界らしい。日付は記憶のある最後の日にち、時刻は夜19時を回ったところだが、最後の記憶は昼間だった気がする。

 そして驚いたことに、ゆかりさんとイアちゃんは同棲しているようだ。お互いにご飯やら生活必需品やらの話をしていた履歴がスマホにあったのだ。

 

 そして、その…意図したわけでは無いけれど、たまたまスマホで撮った写真を見ていた時に見つけちゃったわけです。

 ゆかりさんの寝顔。

 いやー、可愛すぎる!

 これは反則レベル。緩み切った顔で、ちょっと笑顔になっているくらいしちゃって。

 

 それはそれとして、記憶もないままこんな状況に放り込まれて、どうしろと言うのか。

 

「で、ゆかりさん。どうします?」

「とりあえず…歌いましょうか」

 

 

 

 我々は現実逃避を選んだ。

 

 

 

「すごい!ゆかりさんが目の前でゆかりさんの曲を歌ってる!」

「すごい、喉からゆかりさんの歌声が出る…」

 

 

「イアちゃん!イアちゃんが現実に追いついた!」

「イアちゃん、歌うますぎでは…? 自画自賛ではなく」

 

 

「イアちゃんかわいい!」

「いやいや、ゆかりさんだってかわいい!」

 

 

「ゆかいあは正義」

「真理でしかない」

 

 

 お互いがお互い(の外見)がこれ以上なく好きで、そして中身が自分のよく知った気のおけない仲となってはどうなるか。

 答えは「限界オタクがにじみ出る」でした。ゆかりファン、イアファンの皆様申し訳ない。

 

 調子に乗って二人で自撮りからのTwitter、インスタ投稿のコンボを決め、お互いの持ち曲を歌った動画を撮影からのTwitter、インスタ投稿で追い討ちをかけたところでお互いに満足した。

 

「そろそろ帰る?」

「帰りましょうか」

 

 歌っているうちに、ゆかりさんは敬語がすっかり身についたようだ。

 散々はしゃいでお互い自分の声やら体やらに慣れた今、そろそろ行動を次に移すタイミングだろう。

 スマホを見れば、時刻は夜21時を回ったところだった。2時間ほど歌っていたらしい。

 

 受付で会計を済ませて外に出ると、夜風がスカートの中に吹き込んだ。夏も終わりが近づき、涼しい日が多くなってきている最近。自分の服装が気になり、あまり人前に出たくないこともあって、タクシーで家に向かうことにする。

 

 

 タクシーに乗ると、どうなるか。

 すぐそこに愛しのゆかりさんが座る。

 するとどうなるか。

 めっちゃドキドキします。

 ゆかりさんの方なんて恥ずかしくて向けるわけがない。

 この狭い空間で、ゆかりさんの匂いが充満して、頭がクラクラしてきた気がする。

 どうしてさっきまで散々目の前で歌っていたのに、こういう気持ちが起きなかったのか。それほどゆかりさんの歌に興奮していたのかもしれない。

 

 いや、それにしたって…ゆかりさんかわいい。

 

 あまりのゆかりさん成分に顔を上げることができず、自分の膝もとに目線を落とす。

 

 そこでようやく気付いた。

 この服装、凄くきわどいのでは?

 

 肩があらわになったトップス。体のラインがガッツリ出るほどタイトな作りで、その、胸やら腰やらバッチリわかるんですが。

 そして本当に短いスカート。これ、絶対に足を開いて座れない。ちょっとでも油断すれば、中が見えてしまいそうだ。そして、未だ確認はできていないが、きっとその下は…いや、考えないようにしよう。太ももすべすべだなとか、下着の感覚が心許なさすぎとか、考えてはいけない。

 考えないようにと頭を振れば、首元に感じる長い髪。胸元にもかかる綺麗な銀髪は、車内にときおり差し込む外灯の明かりでキラキラと輝く。

 

 かわいい女の子の体。

 いくら自分がゆかりさんにお熱だからといって、改めて女の子の体を感じてしまっては、悶々とするのもしょうがないはずだ。

 

 結局、家に着くまで、心が落ち着くことはなかった。

 

 

 

 タクシーが止まったのは、見知らぬ高層マンションの前だった。車から降りれば、残されたのは私とゆかりさんだけ。夜の静寂に煽られ、ふと寂しくなって隣を見れば、ゆかりさんが笑いかけてくれた。

 

「ほら、行きますよ。立っていてもしょうがないでしょう?」

「ゆかりさん…天使…」

「でしょう?」

「冗談になっていない」

 

 

 ゆかりさんの先導で、マンションの玄関を抜ける。夜ゆえに人気はないものの、豪華な受付や装飾は、マンションの格を見せつけているようだ。しばらく通路を歩き、エレベーターで向かったのは最上階。エレベーターを降りて廊下を見渡せば、このフロアには一戸しか無いようだ。

 

「ゆかりさん、これって…」

「いやぁ、思ったよりも、ここのゆかりさんとイアちゃんは稼いでいるみたいですね」

 

 

 玄関には表札は掲げられていなかったが、ゆかりさんが鍵を取り出して差し込むと、当たり前のように扉が開いた。

 

「ただいま、で良いのかな」

「良いんじゃないですかね。きっと」

 

 玄関をくぐれば、全く見覚えのない室内。白く輝く大理石の玄関の奥には、艶のあるフローリングが続いている。少し崩れて並べられたスリッパを履いて、中に入る。ゆかりさんはラベンダー色、私は淡いピンク。イメージカラーと同じだ。

 

 

 リビングにキッチン、浴室、ゆかりさんの収録部屋、私の簡易スタジオなど、至れり尽くせりな間取り。どこも掃除が行き届いており、まるでショールームのようだ。その一方で冷蔵庫の中には使いかけの食材が並び、洗面台には二人分のコップと歯ブラシが並んでいて、それはまるでカップルのような…いや、それはどうかわからないけれど。

 

「なんというか…見覚えはないのに、どこか安心しますね」

「こういうのデジャブっていうんだっけ…?」

「それで良いのかもしれないですね。どうします? シャワーでも浴びます?」

「そ、それなら私がお風呂入れてくるよ!」

 

 後ろからかかるゆかりさんの声は後回しにして、浴室に向かう。

 洗面所にあった浴槽のブラシや洗剤を持ち込んで風呂の準備をしつつ、頭は全く違うことを考えていた。

 

 これから、自分の裸を見ることになるのか、と。

 

 この体になってからまだ半日も経っていない。そんな中でいざ自分の体を見るとなると、なかなか気恥ずかしい。しかし、体を汚れたままにするのも、忍びない。結局、入るしかないと自分に言い聞かせた。

 

 

 自室に戻ると、ベッドに服を並べたゆかりさんがいた。

 

「あ、イアちゃん。いろんな服がありましたよ!」

 

 ゆかりさんの目線の先には、クローゼットの中にあった二つのタンス。どうやら、片方がゆかりさんのものでもう一方が私のものらしい。

 

「あれ、もしかして、着替えも同じ部屋で…?」

「まあ、そうなんじゃないですか?」

 

 いや、そうなんじゃないですかって、憧れのゆかりさんと一緒に着替えられる訳ないじゃないですか!

 

 ゆかりさんを見てみれば、ゆかりさんもゆかりさんで顔赤くして視線を逸らしているし…やっぱり、イアちゃんファンとしては私の体を見るのも心にくるのかな?

 

「さては、私の体を見るのにドキドキしてる感じかなぁ…?」

 

 自分だけがドギマギしているのがどうにもシャクで、ちょっとゆかりさんを挑発させてやろう。そう思って、自分の中で一番あざとい方法をとった。

 床に膝立ちになってベッドに服を並べているゆかりさんに向かい、膝に手を当てて顔を覗き込む。

 ふふふ、この体制だと服の胸元から中が見えそうでドキドキするだろう…?ついでに顔も近づけて、ちょっと笑いかけて…。

 

「そ、そうですが何か。イアちゃんが好きなのは知っているでしょう?」

 

 …あれぇ?

 

 

 

 結局、あの後はお互い気まずくて言葉を交わせなかった。その悶々とした空気を壊したのは、風呂が溜まったアナウンスだった。

 恐らく寝巻きであろうパジャマと下着をつかんで、風呂に行ってくる宣言をする。

 

 

 

 自分の裸を見てもこれといってドギマギしなかったのは、朗報だった。これで自分に欲情していたら、本格的に意識の向かうところがないところだった。無論、今の自分であるイアちゃんの体が素晴らしく綺麗なのは言うまでもない。少しほっとして、頭からシャワーをかぶった。

 

 

 女性向けのいい香りのするシャンプーを3プッシュほどして、昔仕入れた女性の頭の洗い方を実践し、自分に満足していた矢先。どうにもゆかりさんを思い出してしまう。

 ゆかりさん、もとい中の人がイアちゃんのことを好きだとわかっていた。その上で挑発にも似た行動を取った訳だ。それなら狙い通りのはずなのだ。自分を見て顔を赤らめ、目を潤ませながら横目でこちらを見るゆかりさんの表情は。

 

「それにしたって、無理でしょう…!」

 

 あんなに可愛くて、健気で、今にも抱きしめたい。そんな表情を見せられては、我慢できなくても仕方ないレベルだった。そこをなんとか抑えた私は、相当頑張ったと思う。よくやった理性。

 シャンプーをシャワーで流せば、閉じたまぶたの裏には、またあのゆかりさんが浮かんでくる。

 

 いったい、何度私を誘惑すれば気が済むのか。

 

「イアちゃん、髪の洗い方がわからないので、教えてもらえませんか?」

 

 

ぷっちん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やってしまった…。

 湯船に浸かる私とゆかりさん。私が浴槽に浸かり、バスタブに体を預ける。そして、私の間にゆかりがいて、彼女を抱きしめる。ゆかりさんはちっとも嫌そうな素振りはなく…むしろ嬉しそうなくらいで。

 

「もう、イアちゃんとゆかりさんと言うことで良いんじゃないかなと思いますよ。ゆかいあは正義ですし」

 

 いや、そう言われましても。

 

「そもそも、こんな状況になった時点で、私たちがどうこうして元の自分たちに戻れるとは思えませんし」

 

 それはそうですが。

 

「だから、もう受け入れたほうが幸せだと思うんです」

 

 …………。

 

「イアちゃん。キス、しましょう?」

「は、はい」

 

 

 

 

 

 

 ベッドの上、お互い下着一枚。仰向けになり、ゆかりさんが馬乗りになって、私の顔を見下ろしている。両頬に手を当てられ、ゆかりさんから目を逸らせない。

 

「イアちゃん。お風呂場でのお返しです。今夜は寝かせませんよ?」

 

 いただきます、と言われた気がした。



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