プロローグなので短め
「ああ……」
青紫の和服に身を包んだ亡霊、【西行寺幽々子】はつぶやいた。
「私自身、だったのね……」
春になっても咲くことのない桜、『西行妖』。冥界に根を張るその桜には、何かが封印されていた。
その何かに興味を持ち、西行妖が満開になることで封印が解かれると推測した彼女は、幻想郷の『春』を集めることで桜を咲かせようとした。
すべては順調だった。
幻想郷に春は訪れず長い冬が続いていた。『春』を吸収した西行妖は次第に蕾を開かせていった。
そして彼女の計画を邪魔するべく、3人の人間が挑んできた。巫女と魔法使い、吸血鬼のメイドだった。
しかし、彼女は勝ち続けてしまった。亡霊になってから1000年の時を過ごしていた。強さも美しさも、人間なんぞに負ける気はなかった。
それでも、間一髪だった。お互いボロボロになったが、勝利したのは幽々子だった。
あと少しで満開というところに、今度は旧友である大妖怪が、計画の邪魔をし始めた。
大妖怪の名は【八雲紫(やくも ゆかり)】という。幻想郷の管理者であり、前述した巫女の直属の上司にあたる。
巫女を撃退したことが問題だったのだろうか、と判断した彼女は、幻想郷における決闘ルールを無視した本気の戦いに臨んだ。
そして、勝ってしまった。否、勝ったというのは、語弊がある。
本来勝てるはずのない相手を、黙らせることができたのだ。
それほどまでに、本気だった。旧友を唸らせるだけの覚悟が。
『あまりにも強すぎる能力』を使うことなく、ついに大妖怪を抑え込んでみせた。
「その結果が、これなのね……」
彼女の計画通り、西行妖は満開となった。
そして、なにかの封印が解かれた。
なにか、とは。
それは紛れもなく、彼女自身のことだった。彼女が亡霊たりえる条件こそ、その封印だったのだ。
封印が解かれたことで、彼女の肉体は1000年という老いをその身に受ける。亡霊としての体は消え去り、本体は老いによって朽ち果てる。元々ただの人であった彼女は、なすすべもなく絶命するしかない。
「幽々子……あなたその体……」
彼女に対し、大妖怪が声をかける。
みれば、拘束していたはずの腕が消えていた。
消えた自らの腕によって幽々子は自分の犯した過ちについて、反省することがあまりにも多すぎること、そしてその暇が無いことを悟った。
「ふふ……成仏、できるのかしら」
若気の至り、と表現することもできる。ムキになって親友と張り合った結果がこれか。
「紫。今までありがとう」
思い残すことは、この親友と、まだまだ未熟な庭師のことか。この程度の未練では、現世にしがみ付けないらしい。
──もう、遺言を残すこともできなさそうだ。
幽々子の絶命と同時に、西行妖はその花を散らした。
幻想郷の冬は終わりを告げ、春が訪れる。
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使い魔召喚の儀。
それはトリステイン魔法学院の生徒たちが必ず通る道の一つである。
その重要さは大きい。何と言っても一生を共にするパートナー『使い魔』と出会うのだから。
使い魔の姿形は使役する人物、つまり主人の能力に相応しいものとなる。そのため、使い魔となる生物の姿形は様々だ。
目玉の魔物や蛇、モグラやフクロウ。魔法を得意とする者はドラゴンすら召喚していた。
召喚の儀の会場である学院前の草原では、召喚に成功した生徒たちが使い魔とのコミュニケーションに勤しんでいた。
そんな中、ただ一人使い魔との出会いを果たせていない生徒がいた。
トリステイン魔法学院の生徒、ヴァリエール公爵家三女、【ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール】である。
彼女が杖を振ると、のどかな草原に不釣り合いな爆発が起き、激しい音が周囲の者の耳をつんざいた。
「なんで成功しないのよ!」
彼女の持つ魔法の才は文字通り致命的だった。
どんなに簡単な魔法であろうと、得られる結果は爆発。空を飛ぶことはおろか、光を放つことすらままならない。そうしてついたあだ名が『ゼロのルイズ』。
召喚魔法『サモンサーヴァント』は、世界の何処かに存在する生物を呼び出す魔法である。決して、爆発が起きるような魔法ではない。
すでに数えきれないほどの失敗、もとい爆発を起こしていたルイズに対し、周囲の生徒たちが野次を浴びせている。
「どうせ無理だろ」
「いい加減終わらせてくれよ!ゼロのルイズ!」
エスカレートする野次に、教師の【コルベール】が注意をするが、焼け石に水。生徒たちは一思いに罵声を浴びせ続ける。
ルイズは公爵令嬢であるが,周囲は遠慮なしに罵声を浴びせている。トリステインにおいて、魔法が使えないという事実は家の格をも汚すこととなるのだ。
ルイズはこの日をずっと楽しみにしていた。いつもはうまくいかない魔法も、召喚だけはうまくいくと思っていた。
強大で美しい使い魔を召喚することで、汚名返上ができると信じていた。
召喚される(はずの)使い魔のために、高級な藁だって用意した。
しかし、呼び出されるのは使い魔ではなく、いつもの見慣れた爆発のみ。ルイズの高貴な心にはヒビが入っていた。
ルイズは魔法こそダメだが、座学では常に学年首位を維持していた。成功こそしないが、誰よりも魔法に打ち込んで来た。
そんな彼女の努力を評価しているコルベールであったが、これ以上召喚の儀が長引いてしまうのは避けたかった。
「次が最後ですよ。もしダメでも、また明日やりましょう」
「ありがとうございます!」
ルイズはコルベールに一礼し、もう一度、杖を構え詠唱する。
(いい加減うまくいって!私はヴァリエール公爵令嬢なのよ!)
他の生徒たちは、ルイズ渾身の詠唱を見守っている。と言うより、身構えていた。
どうせ爆発するんだろう。そんな思いを誰もが持っていた。
ルイズの杖が強く光る。コルベールを始めとし、誰もが驚いた。
「おいおい、ついにきめるんじゃないか?」
今までに見たことのないほどの強い光と音。
ルイズをよく知る者でも、ついにと、期待をしてしまうほど暖かく、体に響いた。
それはもう、暖かすぎて火傷してしまうほど熱く、鼓膜が破れてしまいそうなくらいの。
「いてぇ!」
「きゃあ!服が!」
今年一番の爆発により、周囲は悲惨な状況となった。
また失敗。生徒たちは憤慨し、ルイズは落胆した。
「ん?」
ある生徒が気づいた。
「おい!何かいるぞ!」
爆発の煙の中に影が見えた。ルイズはついに、使い魔の召喚に成功したのだ。
(やった!ついに魔法が成功した!!)
最高の気分となったルイズだが、その熱は一気に鎮火する。
召喚された使い魔は、人型だった。青い不思議な服を着ている女性。
病的なまでに色白な肌と、つかむと折れてしまいそうな華奢な腕。
そんな存在が、爆心地で横たわっていた。
それだけなら良かったのだが、その首元からは大量の血が溢れ出していた。
「えっ?」
ルイズをはじめとし、その場の全員があっけにとられた。
そして誰もが、もう助からないと理解してしまっていた。
使い魔が召喚の時点で瀕死。かつてない現象にコルベールは頭を悩ませるが、生徒に残酷な指示を出さざるをえなかった。
「ミス・ヴァリエール、契約の儀を」
「コルベール先生!?」
「これは神聖な儀式だ。召喚をしたならば、契約しなければならない。それが決まりなのだよ」
もし使い魔が絶命したら、また召喚する機会を与えよう。
コルベールはルイズに契約を急ぐよう言った。
契約前に死なれては、いくらなんでも後味が悪い。
「はい……」
ルイズは意を決し、横わたる女性に近付いた。
女性は、自分と同じ、桃色の髪をしている。その体にはほのかに光る蝶が群がっていて、とても幻想的な光景であった。
(なんて綺麗なんだろう……)
死という美しさ。それの何たるかを、ルイズはなんとなく理解した。
「ファーストキスがこんなふうになるなんてね……安く、ないんだから……」
契約には主人と使い魔でキスをする必要があった。
まさか人間が召喚されるとは思わなかったルイズであったが、この際キスなど些細なことでしかない。
「……」
ルイズが詠唱し、そっとキスをする。すると、女性の手の甲に使い魔の印、【ルーン】が刻まれた。
するとどうだろう。女性の傷口がみるみるとふさがり、蝶たちが霧散したではないか。
「こ、これは……
どうやら、ルーンの力によってなんとか命をつなぎ留めたのだろうね。
ミス・ヴァリエール。君は図らずしも1つの命を救うことができたようだね」
女性の意識はまだない。
しかし、寝息で胸が上下しているのを見ると、もう大丈夫そうだ。
命を救った。魔法が使えたことの喜びと、瀕死の使い魔を召喚したこととで、ぐちゃぐちゃになっていたルイズの心は平静を取り戻した。
召喚の儀は終了し、生徒たちは空を飛んで校舎に戻っていく。ルイズとコルベールは、歩いて女性を医務室へと運んだ。
いつもなら、空を飛ぶ他の生徒たちに嫉妬するルイズだが、今日は違っていた。
なにが魔法だ。命を救うことに比べたら、なんとちっぽけなことか。
ルイズは生命の尊さを噛み締めた。