ゼロの使い魔 桜の亡霊   作:十和田 道

3 / 6
第二話 決闘騒ぎ

 ルイズと軽く喧嘩をしてしまった幽々子は、関係回復と己の空腹とを天秤にかけることになり、結果として食堂に来ていた。

 メイドに「ルイズの使い魔だ」と告げれば、ビクビクされながらも料理が用意される。ルイズの使い魔というのは、かなり良い身分なのではと改めて感じた幽々子。

 しかし、やはり料理の味に比べれば些細事であった。

 

 豪勢な料理を美味しくいただいた幽々子は、ルイズと喧嘩したことを思い出し頭をひねっていた。

 ルイズのあの様子、かなり厄介なコンプレックスを抱えているのは火を見るより明らか。かつての従者は簡単に立ち直るタイプだったのだが、ルイズは一筋縄ではいかなそうである。

 

 とりあえず散歩でもしようと歩き出した幽々子は、何かが床に落ちているのを見つけた。

 

 何かとは、小綺麗な小瓶。拾い上げてみるとそれは、どうやら香水のようであった。

 周囲を見渡すが、香水を使いそうな身なりの者は一人しかおらず、持ち主にあたりをつけた幽々子は、その金髪の少年に声をかけた。

 

「もし。この香水、あなたのものじゃない?」

 

 声をかけられた少年、【ギーシュ・ド・グラモン】は、幽々子の手に持たれたそれを見てバツが悪そうな顔をすると、つっぱねるように返答した。

 

「いや、それは僕のものではないね」

 

 自分のものではないと言う彼に、幽々子は疑問を抱いた。予想通り、この香水は彼のものであろう。

 ではなぜ自分のものでないと言うのか。

 

「ああ!それは【モンモランシー】の香水!

 ギーシュ!今はモンモランシーと付き合っているのか!」

 

 ギーシュと相席していたマリコルヌがそう言った。

 

 ほうほう。この香水はガールフレンドから貰ったものなのか。道理で、可愛らしい瓶なわけだ。

 幽々子は呑気にそう感じていたが、ギーシュにとってはそうでなかったらしい。

 それどころか、ギーシュ以上に深刻に受け止めた者がいた。

 

「ギーシュ様、そんな……」

 

「ケ、【ケティ】……それは勘違いで──」

 

 話を聞いていたらしい茶髪の少女が、ギーシュに悲しげな視線を送っていた。

 弁解しようとするギーシュ。しかし、彼にとって更に都合の悪い存在が迫っていた。

 

「ギーシュ。その女の子はどうしたの?」

 

「も、モンモランシー……」

 

 痴情のもつれを原因とした闘争の場。

 そう。まさしくこれは俗に言う修羅場というものである。

 

 浮気がバレた男性が、2人以上の女性に責められる。

 箱入り娘だった幽々子は男女の色恋事情に疎く、目の前で繰り広げられるドラマに心を踊らせていた。

 

「そんなギーシュ様……あの日の言葉は嘘だったのですか……?」

 

「ちょっと!あの日ってなんのことよ!」

 

「い、いや、あれは、ちょっと乗馬を楽しんだだけで──」

 

「だけじゃないです!!」

「だけじゃないわよ!!」

 

 ケティという少女は涙を流しながら走り去ってしまった。対してモンモランシーはギーシュの顔に平手打ちをかますと、ズカズカとその場をあとにした。

 残されたギーシュは頬にできた紅葉模様をおさえながら、「彼女たちは薔薇という存在をわかっていないようだ」と自分を正当化していた。

 

 その光景を食後のデザートとして楽しんでいた幽々子だったが、ギーシュに睨まれ風向きが変わったことを悟る。

 

「どうしてくれるんだい。ルイズの使い魔」

 

 ギーシュはそう言った。

 

「君のせいで2人の少女の名誉が傷つけられた」

 

 ギーシュはあろうことか、修羅場の原因は幽々子にあると主張し始めた。途中、マリコルヌとは別の友人から「浮気が原因だろう」とツッコミを受けていたが、無視した。

 

「君にはマナーというものを教えてあげなければいけないね。ルイズの使い魔。君に決闘を申し込む!」

 

 幽々子は、どうすれば良いのかを考えていた。

 何度思い返しても、自分は悪くない。が、この少年は止まりそうな雰囲気でもなかった。

 

 幽々子を知る者であれば、決闘などただの自殺行為であるとわかるのだが、幸か不幸かこの世界に彼女の実力を知る者はいなかった。

 そしてギーシュからしたら運の悪いことに、幽々子は、かなり好戦的な少女でもあった。

 

「ええ、いいわよ」

 

「よし!ではこのあと、ヴェストリの庭で待っている!」

 

 そう言って、ギーシュは取り巻きを引き連れて行ってしまった。

 ルイズの知らぬところで、事件は進んでいく。

 

 

 

@@@@@@@@

 

 

 

「みんな!決闘だ!ルイズの使い魔が決闘するぞ!」

 

 誰かが騒ぎ、その噂はまたたく間に広がっていく。

 ヴェストリの庭には、ちょっとした競技場ほどの観客が押し寄せていた。

 庭に面した部屋の窓からはいくつもの顔がのぞいている。本来決闘を止めるべき立場である教師陣すら、事の行く末を観戦していた。

 

 そもそも、今回の決闘は貴族と平民の間に起きたものだ。メイジ=貴族であるハルケギニアにおいて、この決闘を止める魔法使いはまず居ない。

 

「決闘は規則で禁止されていると聞いたのだけれど?」

 

 庭に着くやいなや、幽々子はギーシュにそう問うた。

 庭に向かう途中、心優しい生徒からその旨を聞いたのだ。

 

「なに、あれは生徒同士の決闘が禁止されているだけさ。僕は貴族で、君は使い魔だ」

 

「なるほどねぇ」

 

 すらすらと回答してみせた彼。

 流石に何も考えていないわけではないらしい。

 

「さあ!時間が惜しい。準備はいいかな?」

 

「ええ。いつでも」

 

 ギーシュは薔薇の意匠が施された杖を振り、オリジナルのゴーレム【ワルキューレ】を発生させた。

 

「僕はメイジだ。魔法を使うのは、何もおかしくないだろう?」

 

 有利に立ったつもりでいるギーシュ。対する幽々子は持っていた扇子を一振りし、周囲に桜の花びらを模した『光の弾』を発生させる。

 

 魔法が使えるらしい幽々子に、ギーシュは作戦を練らなければならないと気づく。しかし相手に隙を見せる訳にはいかない。

 

「『青銅』のギーシュ。参る!

 さあいけワルキューレ!」

 

 ただ突進するだけのゴーレム。その攻撃をふわりとした動きで回避すると、幽々子は桜吹雪をゴーレムに浴びせた。

 花びらは触れた部位を抉るように弾け、ゴーレムはみるみると小さくなり、すぐに砕け散ってしまう。

 

 自分のゴーレムがなすすべもなく撃破された様子に驚愕するギーシュ。しかしそれ以上に、抱いた感情があった。

 

(なんて美しいんだ……)

 

 ギーシュの生み出したゴーレムは青銅。桜吹雪の中に佇むその姿は、とても絵になっていた。

 美しさを重んじる彼は、この景色を生み出した幽々子に敬意を抱いた。

 

「だが!僕も負けるつもりはないんでね!」

 

 ギーシュは再び詠唱し、新たにゴーレムを6体生み出した。

 この魔法は決して簡単なものではない。ギーシュはただならぬ努力を重ね、ただでさえ難しいゴーレムの制御を、6体同時に行って見せた。

 その実力を見て歓声が上がる。さすが、軍閥貴族の子息と言えるだろう。

 

 統率の取れたゴーレム達は、幽々子の放つ花びらを槍で弾きながらつき進む。

 

 幽々子もまけじと弾幕を張る。ゴーレムを桜吹雪と赤いレーザーが襲う。

 しかし、もはや質量兵器となったゴーレムは、普通の弾幕程度では足止めにしかならないようだった。

 

 ジリジリと距離を詰められていく亡霊。ギーシュは勝利を確信していた。

 彼の実力はかなり高い水準にある。ただし今回は、相手が悪かった。それだけである。

 悲しいかな、彼はちょうど良い相手との勝負の機会に恵まれない。これからも幾度となくどうしようもない格上とぶつかり続けるのだが、それは別の話。

 

 思っていた以上に粘るギーシュに、幽々子もまた、敬意を抱いた。

 しかしそれとこれとは別。お灸を据えてやろうと考える幽々子は遂に、蝶を周囲に纏った。

 

 その蝶は、触れるだけで命を奪う反魂蝶。

 一直線に放たれた蝶にゴーレムが触れると、弾けるように消え去った。その様子を見て、ギーシュはその蝶を脅威ではないと判断したようだ。

 ──濃厚な死の香りには彼も気づいていたのだが。

 

 

 幽々子の能力は、生きとし生けるものに死を招く──殺すだけなら蝶を介する必要も無い──という理不尽なもの。不老不死でも、生きているのなら効力を得られるだろう。

 しかし生きていなければ、殺せない。幽々子の天敵は「生きていないもの」なのである。

 

 ギーシュのゴーレムは、魂を宿してはいない。倒れないのは必然であった。

 が、彼は彼の背後に現れた蝶の存在に気付いていなかった。

 

 その蝶に触れれば、死ぬ。

 妖怪の一角をなす彼女にとってもまた、人の命は軽いものであった。

 とはいえ、少しばかり生気を抜いてやるだけのつもりの幽々子である。

 

 蝶が、まさにギーシュの魂を吸い取ろうとした瞬間、広場に怒声が響いた。

 幽々子の主人、ルイズの声だった。

 

「待ちなさいサイギョージ!!」

 

 ルイズはまだ広場に来たばかりだったのだが、その蝶があきらかにやばいものだと直感していた。

 幽々子が負けそうなのが癪だったのもあるが、それ以上に、第六感が決闘を止めろとうるさいのだ。

 

「…………」

 

 対する幽々子は、そもそも喧嘩を売られた側であって、勝てる決闘を邪魔されたこととに少しだけむかついていた。

 

 ルイズを一瞥した幽々子は、主の命令を無視すると決め、反魂蝶をギーシュの首に着地させた。

 ゆらゆらと着地した蝶は、役目を終えたように消滅する。

 

 その瞬間、ギーシュは死の恐怖に襲われた。

 

「決闘なんかしてんじゃないわよ!怪我したらどうするの!」

 

 ずいと詰め寄るルイズに説教を受ける幽々子。

 何も言わず、ルイズの言葉を受け止める姿に、ルイズは違和感を覚えた。

 ──この騒動の中心人物の声が聞こえないのだ。

 

「ギーシュ?」

 

 立ち尽くすギーシュを見ると、視線を幽々子に向けたまま固まっていた。

 

「ギ、ギーシュ?大丈夫……?」

 

「う──」

 

「う?」

 

「うわぁあああああああ!」

 

「ギーシュ!?」

 

 突然叫びだした彼に、その場にいた誰もが度肝を抜かれた。

 

「やめてくれ!僕は、僕はまだ死にたくない!く、くるな!僕を誰だと思って!思ってるんだ!」

 

 腰を抜かしたらしい彼は、それでもなお、手を使い地を這って何かから逃げようとしていた。

 おふざけでない、心からの叫び。あきらかに正常でない。

 

 その視線は幽々子に釘付けのままだ。

 

「嫌だ!死にたくない!死にたくないよ……」

 

 こんなものかと考えた幽々子は楽にしてやろうと歩み寄る。

 ギーシュにとってそれは、死神の歩く音に聞こえただろう。幽々子が手を下すまでもなく、ギーシュは気を失ってしまった。

 

「サイギョージ……あなたなにかした?」

 

 ルイズは震える声で、問うた。

 

「少しだけ、夢を見せただけよ」

 

 あっけらかんとこたえる幽々子だが、ルイズを始めとした生徒たちには通用しなかった。

 というのも、ここハルケギニアにおいて、精神に影響のある魔法は禁忌とされている。ギーシュの変貌は、幽々子が禁忌を犯したからであると、その場の誰もが確信していた。

 そうとわかれば、その場は大混乱だ。蜘蛛の子のように散っていく生徒たち。残されたのは、地に伏したギーシュとそのガールフレンド、ルイズ、そして幽々子の四人のみであった。

 

 禁忌を知らない幽々子は、ただルイズに微笑んでいた。なにがどうしたと言わんばかりに。

 

 ルイズは、今までの自分が馬鹿だったと認識した。

 自らの使い魔が、とても恐ろしい存在であると、やっと理解したのだった。

 

 

 

@@@@@@@@

 

 

 

 トリステイン魔法学院の最上階に位置する学院長室。

 そこでは二人の男が深刻な顔で向き合っていた。

 

 一人は召喚の儀を担当していたコルベール。対するはトリステイン魔法学院学院長【オールド・オスマン】。

 二人が唸っているのは、先ほどまで発生していた決闘騒ぎについてだ。

 正しくは、決闘に参加していた使い魔によって、である。

 

「これが、ガンダールヴの力……」

 

 コルベールがそう言った。

 ガンダールヴとは、ブリミル教の神、始祖ブリミルの使い魔とされる存在のことを指す。

 先日の召喚の儀で、幽々子に刻まれた使い魔の紋章がコルベールにとって見覚えのないものであった。もしやと思い、埃をかぶっていた資料をひっくり返してみると、なんと幽々子の紋章はガンダールヴのものと一致したのだ。

 

 あらゆる武器を使いこなすことができるというその力に、コルベールは慄く。

 

「いや、あれはガンダールヴとしての力ではないようじゃ」

 

 コルベールに対し、オスマンはそう言った。

 オスマンは200歳を超える大魔法使いであり、その実力は筋金入りだ。

 今回の決闘騒ぎも、彼が教師陣に黙認するよう命令し、観戦に勤しんでいたのだ。教師陣からの邪魔が入らなかったのは、それが原因だ。

 それくらい、彼の存在は大きいものである。

 

「だとしても、杖もなく、無詠唱で、複数の魔法の同時使用……」

 

「そして最後の、禁忌、ですか……」

 

 貴族に教鞭を振るうという立場である彼らにとって、公爵家令嬢の使い魔という存在は、かなり厄介なものであった。

 学院長室に重い空気が漂う。

 

「オールド・オスマン。これは私たちの手に余るのではないでしょうか。

 中央に報告するべき──」

 

 コルベールの言い分はもっともである。しかし、それには賛同できない理由があった。

 

 まず第一に、幽々子の力が不透明であること。真にガンダールヴの力を持つというのなら、彼女は一騎当千の戦闘力を持つということになる。下手をすると、深刻な犠牲が発生する恐れがあるのだ。

 

 第二に、ルイズの家格が高すぎること。トリステイン王国の重鎮、ヴァリエール公爵の令嬢(の使い魔)が禁忌を犯したとなれば、国家中枢の権力バランスが崩壊しかねない。

 ましてやその使い魔は、国教として崇めるブリミルの使い魔と同じ紋章を持つ。政治的のみでなく、宗教的にも扱いづらい存在なのだ。

 

 そして第三に、間違いなく面倒なことになるということ。オスマンにとって、すでに面倒ごとであるのは確かだ。しかし、中央の人間が出張ってくるのは、もっと面倒だと確信している。

 

「もう少し、様子をみるべきじゃろなぁ」

 

 結局、問題は先送りという結論となった。正しい結論と言えるだろう。




ちなみにですが書きだめはありません。
次の投稿はいつになるんだか……

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。