身体が熱い。虫の知らせと似た不安感に襲われて目を開いた。瞬間、視界に映り込むのは火。恐怖を驚愕が凌駕して、叫びになる声が逆流して息が詰まる。取り敢えず逃げなければいけない。そうして黒煙に包まれる家の中を走って玄関を出た。熱い夜風が頬を撫でる。辺りを見回すと全面赤い。燃えて崩れ落ちる家々。おかしい。眠る前までは静かでなにもなかった筈だ。狼狽えていると空を黒く大きな影が覆った。見上げるとそこには黒く巨大な龍が飛んでいる。立て続けに起こる最悪に腰を抜かして地面に座り込む。すると自分を指す声が響いた。声の方向には自分の母親と父親。父は鎧を身に纏い、剣を握りしめている。
「マリア。ハールを連れてはやく行くんだ。マリア、ハール。愛している」
父は母と母に抱えられた僕の頬にキスをする。そして振り向く。そこには先程の黒い龍。
「まぁ待て、黒龍。俺を殺さなきゃここは通れんぞ」
暫く逃げただろうか。金縛りのように僕を縛っていた恐怖が薄れた頃だった。またあの咆哮が耳に飛び込んだ。そして振り向くとそこにはあの黒い龍。先程と違って何本か牙と爪は折れていて、口元には血が付いている。そしてその血が誰のものなのかはもう既に分かっていた。
「そう上手くはいかないわよね。ハール。先に行ってなさい。もう走れるはずよ」
「でも、、、」
行きたくない。母と一緒にいたい。逃げようとしない僕を切り裂くべく黒い龍は爪を振り下ろした。額から大きく切り裂かれ右目は潰れる。母は僕の名前を叫びながら自分の前に立つ。
「はやく行きなさい!!!」
涙を流しながら、掠れた声で叫ぶ母から無理矢理顔を逸らして走り出した。堰を切ったように流れでる血の混じった赤い涙を振り撒き、声にならない叫びを上げながら小さな身体で走る。決して後ろは振り返らない。
暫く走り、見知らぬ森の中に入り、追ってくる気配も無くなり、足を止めると身体がふらついた。目が回り、その場に倒れ込む。もう十分逃げた。もう十分苦しんだ。これが悪い夢であって欲しい。そうでないのなら、自分も死にたいと思う中、焼けるような右目の痛みに顔を歪める。痛みに包まれた中、意識の底へと落ちていった。
悪い夢であって欲しかった。目覚めればまたいつものように朝ごはんが有って、家事をする母がいて、仕事の支度をする父がいて欲しかった。そして二人にいつものようにおはようと言って、頭を撫でられたかった。
だけど開けた視界は半分しかない。これは悪い夢などでは無く、紛れもない現実だ。
しかしそうだとしたらここは何処なんだろう。心が落ち着くようや不思議な匂い。それに僕は柔らかいベッドに横になっている。錯乱していて記憶は曖昧だが自分は森の中で倒れたはずだ。
「あら?起きたのかしら?」
右側から女性の声が聞こえる。首を右に倒すとそこにいる女性が見えた。
「森の中で倒れていたから私が抱えてきたのよ。危険な者ではないわ。安心して」
感謝を口にしようとするが声が出ない。
「無理はしなくていいわ。気持ちは伝わるから」
「ねぇ、君、村の人よね?」
ゆっくりと頷く。女性は僕の頭を撫でた。
「可哀想に。こんなに小さいのに」
「みんな!彼が目が覚めたわ。来て頂戴」
女性がそういうと二つの足音の二人の話し声が僕に近寄る。そして僕の目の前には三人の女性が並んだ。
「紹介するわ。私はウルド。よろしくね。この子はヴェルダンディ」
「、、、よろしく」
「この子はスクルド」
「よろしくね!」
「君、帰る場所がないんでしょう?それならここで暮らしなさい。部屋も有るし食べ物の余裕もあるの。それに私達君みたいに可愛い弟が欲しかったの。私達の家族になりなさい」
家族も失ってひどく傷つけられた後に包帯のように優しく自分を包む温かさに涙が溢れ出た。
「寂しかったのね」
再び頭を撫でられる。誰とも知らない女性達だがそこに母と父と同じものを感じた。
ハールはそのまま三人の元で日々を暮らした。そして彼女らが神だと知るも兄弟のように仲良く対等に暮らした。剣と弓の稽古に勉学。力と技と智を高めながら日々を過ごし、時に笑って時に泣いて。怒る時もあったし、それ以上に喜ぶ時も沢山あった。沢山の感情に触れて、彼女達と同じく優しくなって、強くなって賢くなった。やがてハールの身長は伸びて、声は低くなって顔つきは精悍になった。そうして彼が18の誕生日を迎えた日の事だった。
いつもは賑やかなリビングは静まり返っていた。
「みんな。誕生日を祝ってくれてありがとう。話がある。これは僕がずっと前から決めていたことだ。十八になったら、って決めてたことだ」
「なに?言って頂戴」
不安げに言うウルド。ハールは深呼吸をして、ウルド同様に不安そうにしている彼女達の前で言った。
「僕はオラリオに行く」
彼女達は少し驚いた。そしてまたウルドは不安そうに言った。
「それは君一人だけで行きたいってこと?」
「いや。そういうわけではないさ」
すると三人はどこか安堵した様子を見せる。疑問符を浮かべるハールにウルドは言った。
「それなら、私達も連れて行きなさい」
「え??良いのかい?」
ハールは驚いてそう言った。
「みんなはここに居たいのかと思ったんだけど、良いのかい?」
「私達はここに居たいんじゃなくて、ずっとみんなで居たいのよ。ハール。君さえ良ければ私達も連れて行って。ね、そうよね」
ウルドがそういうとヴェルダンディとスクルドの二人も笑顔で頷く。ハールは自分だけ真面目になって、覚悟していたことに馬鹿らしくなって笑った。
「そうだよな。みんな一緒じゃなきゃね」
「ハールは冒険者をしたいの?」
ハールはヴェルダンディにそう頷く。すると三人は顔を見合わせて笑った。
「それなら提案があるんだ!」
次にスクルド。三人で同じことを考えて話す姿をみるとまるで台本でもあるかのようだ。
「提案?」
「ええ。前にオラリオの冒険者は神の眷属になり、背中に恩恵を刻んでもらうって話したわよね」
ハールは頷いた。
「私達の眷属になりませんか?」
三人は笑顔でそう言った。この三人から貰った恩恵。それはそれは強そうだ。恩恵自体はどの神に刻んでもらっても変わらないのだろうけど、どの神に刻んでもらうよりも気持ちや想いというものが籠もっているのだろう。
「是非、お願いします」
また笑い合う。そして四人でオラリオに行くことを決意したのだ。