運命の眷属   作:正直者ライアー

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蘇る

 薄暗いけど思っていたよりは明るい。敵は醜悪だけど思ったよりは強くない。ギルド支給品の質の悪い両手剣を片手で扱い敵を斬る。今自分がいるこここそダンジョン、冒険者の夢だ。

 取り敢えずは雑魚を倒してお金を稼がなければいけない。といってもそこまで切羽詰まっているほど貧困なわけではないのだが、お金はあった方がいいに決まっている。長年、毎日沢山の時間剣と弓を触ってきた自分にとってこのゴブリンとかいう小さく醜悪な敵は相手にならず、強敵を求めてさらに階層を降りたい気持ちに駆られるがギルドのアドバイザーにも初日だからと二階層以降の階層の立ち入りは禁止されていたため大人しく雑魚を狩っていた時だった。突然、耳を劈く咆哮が響いた。この雑魚が出すとは思えない咆哮だ。剣を構えて警戒すると遥か後ろに気配を感じた。

 それは咆哮をあげながら自分に駆け寄って来る。この階層には合わない極めて異質な雰囲気。2メートル以上の屈強な体躯に牛の頭。手には棍棒を持っていて既に誰かを殺したのか、血がついていた。今までとは違う様子や違う種類の敵が現れたら逃げろと主神達やアドバイザーは言っていた。これは逃げても良いのだろうか。初級冒険者が沢山いるこの場所でこのモンスターを野放しにして良いのだろうか。そう考えた瞬間身体は動き出した。両手剣を脇にとって駆ける。牛頭のモンスターはもう一度咆哮をあげて棍棒を構えた。そして互いに武器を振る。モンスターの棍棒とハールの両手剣は火花を上げてぶつかる。ハールは怯むことなくもう一度剣を振るとモンスターの棍棒がモンスターの手から離れた。ハールはその隙を見逃すことなく呆気にとられたようなモンスターの首を剣で断った。

 

「やった、、、」

 

緊張が急に切れて座り込んだ。疲れてはいるが脳を満たすアドレナリンのせいで頭は冴えて身体はよく動く。ハールは首を断たれたモンスターの死体と力に耐えきれずに持ち手から折れた両手剣を交互に見た。その時、誰かの叫び声が響いた。使える武器を持ってはいなくてもハールの身体は動いた。

 

 

 

 

 

 ダンジョンに来たのは今日が初めてだ。しかしまるで歩き慣れた道を駆けるかのように叫び声の位置とそこへの行き方は分かった。目の前の角を曲がれば目的地だ。全速力で走るとそこには先程のモンスター、そして壁に追い詰められた白い髪の少年がいた。

 ハールはモンスターに飛びつき、その首を腕で締め、首を折るために力を掛けた。

 

「逃げろ、少年!早く!」

 

 少年はいきなり現れた自分の姿を見て唖然としている。

 

「逃げろと言ってる!はやく行け!」  

 

暴れ回るモンスター。ハールは振り落とされないようにしっかり腕を固め、歯を食い縛りながら力を込める。すると、視界に金の真っ直ぐな髪が入り込んだ。遠い昔、僕はその髪を見たことがあるような気がした。

 その瞬間モンスターの抵抗は無くなった。飛び散る鮮血。腕を離して地面に降りた。白い髪の少年はトマトのように真っ赤になり、自分も銀の髪を赤に染めた。

 

「あの、大丈夫ですか?」

 

自分達に向かって金の髪の少女はそう言った。ハールが礼を言おうとした時、横の少年は奇声を上げて逃げ出した。首を傾げるハールと少女。そして響く笑い声。 

 暫く唖然としていた二人はハッとし、ハールは少女にお礼を言った。

 

「助かりました。ありがとうございます」

 

「大丈夫です。貴方はレベル1の冒険者、、ですか?」

 

「はい」

 

返事をすると少女は驚いたような反応を見せた。

 

「怪我はないですか?」

 

身体を確認するが目立った傷は無い。なんとか無傷で済んだようで少し安心しているとぞろぞろと沢山の足音と話し声が聞こえてきた。

 

「アイズ。この階層のミノタウロスは全て討伐出来たかい?」

 

「うん。この階層に来たのは二体だけ。一体は私が倒したけどもう一体は誰かが倒したみたいで通路に倒れていた」

 

「あの頭のない死体か。ギルド支給品の両手剣の柄が近くに落ちていたから誰か初級冒険者が倒したんだろうね。その冒険者が無事だといいよ」

 

やってきた集団の先頭にいる金髪の小人族の男性と少女は話している。ハールは礼も言えたし立ち上がろとすると青年の声が聞こえた。

 

「おいトマト野郎。待てよ」

 

トマト野郎と言われてすぐ自分のことだと分かった。服も血で真っ赤になり、髪ですら真っ赤に染まっている姿はトマトとしか例えようが無かったみたいだ。ざわざわとうるさかった場が静まり全員がハールとその青年へと目を向ける。

 

「なんでしょう?」

 

「お前、レベルは?」

 

「、、、1です」

 

「お前、名前は?何処のファミリアだ?」

 

「ノルン・ファミリア所属、ハール・ノルン・レガリアです」

 

「聞いたことねぇファミリアだな」

 

「さっきのは無謀だったんじゃねぇのか?」

 

自分でもそう思っていた。一度倒したことのある敵とはいえ素手で殺しにいくなど無謀にも程がある。

 

「、、、まぁ逃げ出すよりかはマシだろうけどよ」

 

青年はボソボソと何かを呟いた。

 

「もう行って良いですか?」

 

「ああ。行け」

 

そうして背中を向けて歩き出そうとすると少女は自分を呼んだ。

 

「ハール、、さん。私、アイズ。アイズ・ヴァレンシュタイン。前にどこかで会いましたか?」

 

ハールはそう言われて記憶を遡る。森の家には割と来客は多かったからその内の誰かだろうか。それにしても脳内にこの少女の記憶は無かった。

 

「すみません。覚えていません」

 

「そう、ですか。すみません。変なこと言って」

 

「いえ。そう言えば僕の主神のノルン様はロキ様の神友だそうで。貴女の主神にどうかよろしくお願いします」

 

そう言い、礼をして歩き出した。今度は自分を止めるものは居なかった。

 

 

 

 

 

 地上で魔石の換金を終え、宿に戻る。

 

「おかえり。ハール。怪我はないかしら?」

 

「怪我は無いが剣が折れた」

 

「やっぱり実力に合った剣を使わないとダメかしら」

 

換金したお金をウルドに渡すと突き返された。

 

「それはハールが稼いだお金だから貰えないわ。ハールが好きなように使いなさい」

 

「分かった。それなら貯めて剣を買う金にするよ」

 

ウルドは微笑んで頷く。

 

「そう言えば、今日は外食にするわ」

 

「そうか。どこに行くんだ?」

 

「この間ロキに案内してもらった店よ」

 

 そして日は落ち、四人で豊饒の女主人の扉を潜った。沢山の冒険者の視線を浴びる。その多くはハールの右目、生々しい傷へと向かう。ずっと前に受けた傷のはずなのにそれはついさっき受けた傷のように生々しく残ってた。

 

「ハール。どうしたの?」

 

ヴェルダンディが様子の変化を感じたようで尋ねてきた。口数が少なく基本的に控えめなヴェルダンディだがその分家族のことをじっくりよく観察しているようで少しの異変でも正確に気づく。

 

「いや。やっぱり視線が気になるな。オラリオに入った時からだが」

 

「気にしなくて良い。ハールは綺麗」

 

「ありがとう。ヴェル」

 

だからこうして毎回勇気をくれるのも元気をくれるのもヴェルダンディだったりするのだ。

 四人で揃って席ついて料理を頼んだ時だった。

 

「ご予約のお客様ご来店でーす!」

 

 店員がドアを開けるとそこからはこの間見た神がいた。

 

「あれっロキじゃん」

 

「奇遇でしたね」

 

ウルドとスクルドがそう話すのが耳に入る。ぞろぞろと入ってくるロキファミリアの団員。そして冒険者の騒ぐ声がより一層強くなったと思って見るとそこにはアイズが居た。そして歩くアイズと目が合った。

 ロキファミリアが全員席につき、乾杯をして好き放題食べ出すとウルド達はロキへと向かっていく。ロキの眷属達とも話をしながら酒を飲むウルド達をみなハールは一人で食べるアイズの横に座った。

 

「こんばんは。アイズさん」

 

「こんばんは。ハールさん」

 

「奇遇でしたね」

 

「うん」

 

運ばれてきた酒を口に運ぶ。

 

「それお酒ですか?」

 

「ああ。そうですよ」

 

「ハールさんって何歳ですか?」

 

「18ですね」

 

「私より2歳歳上、、、。あの普通に話していいですよ。さんもいりません」

 

「分かった。アイズ。やっぱり敬語は慣れないな。アイズも普通に話してくれ。さんもいらない」

 

「分かった、ハール。、、ねぇ、ハール?」

 

「どうした?」

 

あの時、アイズに昔に会ったことがないかと聞かれた時、自分は覚えていないと言った。しかしこの少女とは何か話した事があるような気がする。それほどまでに自然に話せるし、アイズと名前を呼んだことだって何度もある気がした。

 

「あのミノタウロスを倒したのってハールだよね?」

 

「ああ。そうだよ。僕だ。首を切った時に速さに耐えきれなくて剣が割れてしまってな。だから二体目のミノタウロスとは素手で戦ってたのさ。あの少年を見殺しにする訳にはいかないしね」

 

そう言うとアイズはくすりと笑った。ずっと無表情で話しているから急に笑い出すとは思わずハールは意外と感じながらアイズを見る。

 

「ハールって面白いね」

 

「そうかな?」

 

「うん。普通は素手で向かってかないしあんな風に倒そうとは思い付かない」

 

この笑顔をハールは見たことが有った。遥か底に眠る記憶が段々と蘇る。

 

「アイズ、、。思い出したよ。やっぱり僕達は会ったことがある」

 

「思い出すの遅い。ハールっていう名前の違う人かとも思ったし本当に忘れられてたなら、もう思い出してもらえないなら悲しいと思った」

 

ハールはアイズに謝る。酒を口にしながら昔の話をする。

 

「最初森の中に倒れているアイズを僕が見つけてあの家に運んだんだよな」

 

「うん。そう」

 

「で、酷い怪我しててウルド達と治療したな」

 

「あの時はまだ私6歳だった」

 

「そうだな。で剣の稽古している僕を見て私もやりたいって言ってよく一緒にやってたよな」

 

話せば話すほど失われていた昔の記憶が蘇って鮮やかに色をつけていく。そう話しているとダンジョンで会ったあの狼人の青年の声が聞こえた。

 

「そういえばアイズ!あの話してやれよ!」

 

「あの話って?」

 

「トマト野郎の逃げた方のやつの話だよ!その場にいたもう一人が素手でミノタウロスに向かってくあいだずっと怖がっててよぉ」

 

「すんでのところでアイズが細切れにしたんだけどよぉミノタウロスのクッセェ血浴びてトマトみたいになっててなぁ。それにうちの姫様助けたやつに逃げられてやんの」

 

「ありゃ傑作だったぜ」

 

その声を聞いてハールは先ず周りを見回した。そして白い髪と震える肩を見つけて困ったように眉間を押さえた。

 

「ハール。ごめん。ミノタウロスが逃げたのは私達のせいなのに」

 

「いや。僕は別にいい。けどそこに逃げ出した方のトマト野郎くんがいるんだ」

 

アイズはハールが指を指す方向を辿る。まだわぁわぁと騒ぐ狼人の青年。するとその少年は徐に立ち上がり、そのまま走り出し店を出て行った。

 

「どうしよう、、、」

 

「と、いうかアイズが謝ったり悩んだりする問題ではないだろ」

 

もう一度狼人の青年の方向をみると同じファミリアの団員からは既に制裁が加えられていて縄で吊るされて、他の団員やロキ様、それにウルド達に指を指されて笑われていた。

 彼らを一瞥すると自分は立ち上がる。そして自らの主神たちにそれそろ帰らうと声を掛ける。

 

「もう帰るの?」

 

「ああ。もう十分に食べたし飲んだしな」

 

「、、、そう」

 

「久しぶりに話せて楽しかったよ。また会おう。アイズ」

 

そう言い歩き出した。そして宿に着いたハールは主神達をベッドに寝かすと森の家から持ってきたナイフと弓矢を持って静かに部屋を出た。向かうのはダンジョン。恐らくダンジョンにあの少年はいるんだろう。

 

 

 

 

 

 あの白い無垢な魂とは違う全てを吸い込むような漆黒の魂。それは私の視線までもを終わりの無い深淵へと吸い込んだ。

 

「ああ。貴方が欲しい」

 

 

 


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