ナルトの世界に転生したと思ったら、なぜか生まれたのは水の国でした。   作:八匙鴉

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 ――拝啓、天国のお父様へ。

 私のお母様は天使の顔を持つ悪魔でした(泣)

 

 というか、どこの世界に実の娘を嬉々として死地へ送るような真似をする母親がいるのですか。そこのとこ私は真剣に問い正したい。

 

 そんなことを私は、霧隠れの里のトップシークレットともいう水影棟の中に潜入してからグルグルとずっと考えている。

 …いや違うか。これは()()じゃなくて()()だったね。

 だってそれが証拠に、今私の頭の上では侵入者の来訪を告げる警報器が棟中でけたたましく鳴り響いているのだから。

 私はその音を聞きながら、もう後には引けないんだということをしみじみと感じている。

 

 とりあえず正面入り口に居た見張り二人は、術で派手に棟の中に吹き飛ばし、その身体をもってして鉄鋼造りの正門を思いっきり開けてもらった。

 物凄い轟音と共に建物が大口を開けて私を招き入れてくれる。

 そして当然鳴り響く警報器。

 

 「…さてさて、どうなることやら」

 

 思わず溜め息を吐いて一歩足を踏み出す。

 棟の構造なんて地図が無ければ分からないが、とりあえず水影の部屋は最上階だろう。地位の偉いものが高い場所にいるというのはどの話でもセオリーだ。

 

 とはいえ今日の私は水影に特に用は無く、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、としか聞いていないのだから、適当に棟内を走り回って引っ掻き回し、程よいところで撤収すれば良いだろう。

 

 付け焼き刃ではあるけど、体術や忍としての身のこなし方なんかも、一通り母さん達に教わってきた。

 とは言っても、私は忍として訓練された人間じゃないから、せいぜい一般人から最低限のものを扱えるアカデミー程度に上がったくらいのものだけど。

 母さん曰く、「貴方はチャクラの扱いは飛び抜けて才能があるから、それだけでも全然問題ないわ」とのことで。

 とりあえず火遁・水遁・雷遁・土遁・風遁、それぞれ使えることをホムラさんに確認してもらってここに来ている…のだけど。

 

 「それでもやっぱり素人に任せる仕事じゃないよね…何考えてんの母さん…」

 

 正直ここに来て、話に流されてしまった自分に後悔している。

 やっぱり嫌だ、無理だ、と大声を上げてでも抵抗すれば良かっただろうか。

 どうもこの国で感覚が麻痺してしまったのは、母さんだけではなく私のほうもだったらしい。あるいはチャクラが自在に操れるからと万能感に浸っていたのか。

 

 「しまった…意識したら震えてきたかも………」

 「居たぞ!侵入者だ! 捕まえろ!」

 「おっと、ヤバ…」

 

 聞こえてきた声と足音に慌てて顔を隠す面を付けて、声とは反対側へ走り出す。

 

 「なんだアイツは…天狗の仮面の女、…か?」

 「そんなのどうでもいいから早く捕まえろ!」

 「そこの面の奴、止まれ!」

 

 足を止めるためだろう。クナイや手裏剣といった飛び道具が自分の手足に場所を問わず投げつけられる。

 それを避けれるものは避け、無理そうならば手前で風を巻き起こしてはたき落とした。そして時おり牽制のために小さな水の塊を作って追っ手へと飛ばす。

 それは私が水鉄砲の出す水をイメージした威力を伴わない普通の水だった。

 それなりの速さで飛び出す弾は、相手に怪我こそさせないものの、剥き出しの手や顔に当たればそれなりに痛いように出来ている。

 そしてその狙いどおり、驚きから一瞬足の止めた追っ手の視界から私は逃れるように死角へと走った。

 

 「うわっ!? なんだコレ! ……ただの水、か?」

 「気にするな、大した威力じゃない! 追い込んで捕らえろ!」

 「……――」

 

 いくつもの角道や十字路を狙いに付けられぬようジグザグに曲がって、ようやく階段を見つけた。何で面倒な構造なんだ。

 一足飛びに段を駆け上がり、踊り場の手すりを掴んで片手を軸に飛び越えれば、1拍遅れて追っ手達が投げたクナイが背にした壁に突き刺さる音がした。…危ない危ない。

 すぐに後ろを振り返って、追っ手が階段に迫る直前を見極め、私は練りに練ったチャクラを使って大量の水を作り出した。

 床の全部を飲み込む程の量の水。それを階段の上から下へとさながら滝のように落とす。傾斜も相まってそれはまるで津波のごとく流れ落ちた。

 

 「がふっ…、ごぼっ!?」

 「うああああぁぁっ!?」

 

 突然流れてくる水に対処出来なかった忍たちが波に飲まれていく。現代じゃ時には家さえ流す被害のそれだ。威力についてはここで説明するまでも無いだろう。

 

 もれなく一人残らず流されていった事を確認した私は、ようやく落ち着いて先に続く通路を振り返った。…いや、今もまだ警報は鳴っているからそうそう気を抜いてるわけにはいかないけれど。

 

 「さて、次だね。この階はどうしようかな……」

 

 それにしても、当てもなく道をさ迷うというのは、存外心許ないものだと、私はその場で疲れたように肩を落とした。

 

 「とりあえず下手な怪我はさせないように考えてはいるけど、戦闘のプロ相手にそれがいつまで持つか……。これがただの脅しだと分かれば、あっちも本気で追い掛けて来かねないだろうし…」

 

 あんまり長居はしない方が良いのは分かる。警備は上に行くほど厳しくなるだろうし、かといって既に出入口は封鎖されているだろうから今さら下に戻ることも出来ない。

 手っ取り早いのは人の少ない場所を見計らい、窓なり壁なりを突き破って逃げることだけど……今すぐ飛び出したんじゃ母さん達に任された陽動の意味がない。まだもう少し粘ってこちらに彼等の目を引き付けておかないと。

 

 「…とりあえずもう少し上ろうかね」

 

 何の対策かは知らないが、ものの見事にフロアにバラバラに設置されためんどくさい階段を探して、私は再び通路を行った。

 

 

 …

 ……

 

 「現在状況はどうなっている!? 誰か報告しろ!」

 

 水影棟の中枢、その中央の部屋では、腕に額当てを巻いた男が部下達に報告を求める声を上げた。

 そしてそれに呼応するように、入口のすぐそばで直立不動していた伝令係りが声を張り上げる。

 

 「報告します! 敵は追っ手を振り切りつつ上階へ逃走中! 何やら可笑しな術を使うようで、こちらの手が思うように出せない状況ですが、今のところ致命傷を負うような事態には至っていません!」

 「…不味いな、狙いは水影さまか? 警戒体制を強化しろ! 棟にいる中忍以下の者は下から、上忍は上から追い詰めるんだ。これ以上敵に好き勝手させるなよ!」

 「了解!」

 

 指示を受けた伝令が再び走り出すのを背に、男は歯噛みした。

 

 「くそっ、主要な忍達が大名家の護衛に出払っているときを狙われるとは…まさか反乱分子どもの仕業か? だとしたら不味いな…」

 「――っ、ほ、報告します!」

 「今度はなんだ!?」

 

 今度は先程出ていった者とは別の伝令兵だった。

 余程焦っているのか、転がり込むようにやって来た人物に思わず男は苛立った気持ちのまま怒鳴り付ける。

 しかしそんな男の気など知る余裕も無いのか、走ってきた彼は続ける。

 

 「会合のため霧隠れに向かっていた大名家の方々が何者かに襲撃を受け、現在我が里の忍と交戦中! こちらに至急応援を要請しています!」

 「な、なんだと!? …くそっ、やはり罠だったのか! 水影様が狙われているなら、此方から出せる要員は無い……これが狙いだとしたら敵は相当な思いきりの良い奴だ」

 

 男は焦った。たった一人の襲撃者に良いように翻弄されているのを思えば、敵は恐らく相当な腕をしている。

 そして大名たちを襲った別動隊も、それを見越してこの人物を寄越したのだとしたら、その本気さはいかがなものか。

 

 「兎に角一刻も早く侵入者を捕まえるんだ! 恐らく後はないぞ!」

 

 男は焦燥にかられるままそう叫んだのだった。

 

 

 …

 ……

 

  

 バタバタと自分を追い掛けてくる足音が背中から迫ってきた。

 それを尻目に見やりながら、私は走っていた足に力を込めて更にその場を大きく跳躍した。

 吹き抜けのホールのような場所に出て、そのまま三角跳びの容量で壁を足場に上へ上へと登っていく。

 途中追いついてきた忍達が投げてきたクナイが頬をかすり、ひきつるような感触と共に下を向くと何人かの忍が印を組んでいるのが見えた。

 

 「火遁――」

 

 何が来るのかと身構えた一瞬、聞こえてきた台詞に少し焦る。

 ゴオ――!と唸りあげながら迫ってくる巨大な火の玉に、いよいよ彼等に余裕が無くなってきたのだなと悟りながら、相殺する為の技にチャクラを込めた。

 目の前で起こる激しい爆発に、反動で飛んだ体を制御して一旦落下防止策の手すりに着地する――つもりだったのだけど…。

 

 「――どわっ!?」

 

 ……しかしそこは付け焼き刃の技術が損をした。ものの見事に足を滑らし後ろへと勢いよく落ちて床を転がったのだ。しかもちょうど背中側にあった部屋の扉を派手な音で壊して中に転がり込んで。

 

 「あいたたぁぁ~……」

 

 痛む節々に呻きながら頭を起こす。

 ここはどこだ。目の前には今しがた壊してしまった扉が見える。が、左右に広がる奥行きの良さだけでも部屋は相当に広そうだ。

 所々装飾の成された壁や柱が豪華だし、何かの来賓室だろうか。

 

 「――随分下が騒がしいと思っていたら、君が騒ぎの原因か」

 

 そんな風に考えていたら背後から突然そう声が投げられ、ひっ!と肩が跳ねた。思わず焦りから背中に冷たいものが流れる感覚を感じる余裕もなく。恐る恐る振り返り、そこに居た人物を見てさらに血の気が引いた。

 小柄な子供みたいな体型に童顔の風貌。

 しかしてその姿から溢れる雰囲気(オーラ)は紛れもない強者の証し。

 

 自分の記憶の中におぼろ気にあった人物の姿と、今目の前にいる彼の姿が一致する。

 

 《――四代目水影 橘やぐら――》

 

 「マジですか……」

 

 出会うべきではないものと出会ってしまった。冷や汗が止まらない。心境はさながら蛇に睨まれたカエルか…。

 

 「ここに何の用?――――なんて聞くだけ野暮か。…僕を殺しにきたんだろ?」

 「………」

 

 何て言ったら正解なのか分からない。下手な言い訳は直ぐ様に首を跳ねられそうな空気さえ孕んでいて喉が緊張で渇く。

 

 「答えないってことは肯定と受け取るよ?」

 「あ……」

 「ん?」

 

 殺気が視線に乗ってやって来る。

 怖い、正直怖すぎる。こんなの14年間ただの村娘として育っただけの自分が相手にして良い相手じゃないでしょうよ。…なのに何で出会うかな私。運が悪かったなんてもんじゃない。

 こんなことなら下手な時間稼ぎなんてせずにさっさと退散すべきだった。

 

 ……あそこから飛び降りれば助かるかね?

 

 思わず追い詰められかけた思考に、水影の後ろにそびえる立派な大窓へと視線が移る。

 多分、下は川だ。棟に入る前に周辺を調べておいたが、ぐるりと囲むように大河が流れていたのを確認している。ここからかなり高さはあるけど、目の前の人物と戦うよりは助かる可能性も…。

 

 「……!! …って、っうわ!?」

 

 視線を少しずらしただけなのに、次の瞬間には何か鋭利な刃が目前に迫っていた。慌てて顔をそらして避けるとそれは半円を画いた水の刃だった。

 空気を裂くように放たれた水が、背後にあった支柱の一本を易々とえぐって弾け消える。

 

 「あ~れ、避けられちゃった。見た目どんくさそうなのに、意外と反射神経は良いんだ。――じゃあ次ね」

 

 そんな軽い口調で次の術が放たれてくる。

 

 っていやいやいやいや!無理無理無理無理!

 

 それはマシンガントークならぬマシンガンウォーターとでも言えば良いのか。降ってくるのは鉛の弾ではなく水の弾だが、その威力たるやさっきの自分の水鉄砲ごときの比じゃない。

 当たれば死ぬ。撃たれ所によっちゃあ即死だ。

 それが壁や天井を抉りながら私の方へと照準が向けられ続けている。 

 さすが三尾の人柱力というか、無尽蔵のチャクラとそれをコントロールしてみせる抜群の技量で術を使い続ける彼は、やっぱり人間兵器だ。こんなの一人間が戦って勝てる相手じゃあない!

 

 母さんたちは、こんなのを相手にしようとしてたの? 

 やっぱり無謀だ。いくら国の危機でも、やれる事とやれない事の差は大きい!

 

 「帰ったら慰謝料請求してやるからな~…!」

 

 今ごろ屋敷で参謀として計画の真っ只中だろう実の母に向かって、私は情けない声を上げるしかなかった。


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