ナルトの世界に転生したと思ったら、なぜか生まれたのは水の国でした。 作:八匙鴉
「首領、こちら制圧終わりました。そちらは如何ですか?」
時はそろそろ亥の刻を回ろうかという頃。
突撃隊として編成されていた彼は、作戦の修了を告げるべく、前首領の跡目を継ぎ、此度一族の頭目と成られたカオリの下へと駆けた。
今作戦、別の部隊を率いていた彼女は彼が走るまで別の者と計画を詰めていたのか、普段の穏やかな顔を隠した真剣な面持ちで彼の同僚たる同じ仲間たちと話していたが、声をかけた彼の存在に気づくと彼女はその表情を幾分か和らげた。
「そう。お疲れ様ホムラ。こちらも今しがた完了したところよ」
「…随分と楽に終わりましたね。里から応援が無いということは、シキ様が上手くやったということでしょうか?」
言ってホムラは捕らえたばかりの目標物を目に入れた。
そこには縄で縛りあげた麻袋の束がある。中に詰めてあるのは勿論、人だ。
それが誰であるのかは、自分達の存在を世間に公にするような事があればきっと想像がつくだろう。
「そうね。やっぱりあの子に任せて正解だったと思ってるわ。…私の目に狂いは無かったってことかしら」
そう言うわりには物寂しい顔を見せるものだ。
彼女の表情は、決して大役を全うした自分の娘に対して誇るような親の顔ではない。
「…余り嬉しそうじゃありませんね。もしかして心配ですか?」
ホムラにしてみれば、屋敷で見たあのシキの胆力を鑑みるに、彼女の心配は杞憂に思えるが、きっと彼女には彼女の──母親として見た視点での何かがあるのだろう。
そしてまるでそれを肯定するように、彼女は──カオリはどこか遠くを見つめている。
「心配…と言うのかしらね、これは。私にもよく分からないのよ。あの子は物心ついた時には既にあのような感じだったから…」
「──? 随分と漠然とした返事ですが、どういう意味でしょう。私にはシキ様ほどの使い手ならば何も心配する必要は無いように思いますが」
分からなくて首をかしげるホムラにカオリは返事に窮するのか、少し困った顔で笑った。
「そうね。確かにシキの持つ力はすごいわ。あの子は大国の忍以上…ううん、それすら霞むような素質を秘めているかもしれない。でも私にはその力が少し歪に見えるのよ」
「それは…」
そうでしょうね。と言う言葉はあまりに不謹慎な気がして飲み込んだ。
あの歳で既に並の上忍以上の性質変化を扱う上、あの膨大とも言えるチャクラの量は、彼女を普通の人間だとは言い難いものがある。…しかし、それも今まで一人も前例が居なかったというわけでもない。
確かに数は数えるほどだが、五つの性質変化全てを扱える忍者も、人の手には余るような巨大なチャクラを有していた者も中には存在したのだ。
だからホムラは続けそうになった言葉をこらえて、別の言葉にすり替えた。
「それでも、シキ様が有能なのは違いありません。使えるならばそれが何であっても使うべきです」
「忍は道具──誰かが言ってた言葉ね。でも私はあの子を忍として育ててはいない…。きっと血も涙も無い親だと恨まれるでしょうね」
風神家一族の一人娘として生まれたカオリだが、彼女は夫との間にシキを儲けたときに身体を壊して前線を退いた。
争いから遠く離れた辺境の村に越し、療養という名の暮らしを続け、そこでたった一人の娘と共に二人で過ごしていたのだ。
そんな平和な中で育った子供はさぞ穏やかに成長した事だろう。争いを知らず。この世の歪みを知らず。だけども、
「…たしかに、今はそうでもきっとシキ様にも分かるときがきます。力を持つものはそれを使う義務があるのだと。ここは例えただの子供でも、戦わなければ生きられない世界なのだから」
「誰かが立たねばならないならば、先陣を切るのは我等の役目──父様の言葉ね。…ほんと酷い世界だわ…ここは」
そう呟いて空を仰ぐ顔が哀愁に包まれようと、ホムラはそれをわざと見ない振りで過ごした。
…
……
キュン…と耳のそばを高い音が通り抜けて何回目だろうか。時には本棚の影を、机や椅子を、果ては床を転がりながら死の幻影を振り払って避けた弾の数はもはや両の手では足りない。
そうやって少しずつ少しずつ削られ、磨り減らされた精神はもう限界に近い。
「…ふん、随分としぶといネズミだね。逃げるだけなら大したものだよ、君」
「ぜぃ……は……そ、それはどうも…」
「でももう息も絶え絶えみたいだし、そろそろ疲れたろう。どうだい? 一つ休みをいれないか? なあに簡単なことさ。少しここで永眠るだけだよ」
「いま明らかに不穏な当て字をされましたよね?」
眠ると読んでも永久にとか多分そういう意味がつく感じの。
「俺、これでも忙しい身の上でさぁ、君にばっかりかまってる暇無いんだよね」
「だからもう帰るんで放っといて下さいって、さっきから何度も言ってるでしょう」
「君バカなの? 堂々と水影棟に忍び込んで機密を盗んだかもしれない人間をのこのこ帰せると思うのかって、俺も散々答えてるでしょ」
そう言って、やぐらから弾き出された水の塊が背にした土遁の岩壁に穿たれた。
最初は一発だったものが二発に、四発に、十六発にと増やされていき、そしてやがて最後はまるで機関銃のように水が放たれ続ける。
堅牢になるよう多大にチャクラを込めて作った壁はその猛攻に耐えられぬとあっという間にボロボロと崩れ去った。
舌打ちを打ちたくなる気持ちをなんとか押さえ込んで、シキは新たな壁にチャクラを送り込んだ。
こうなったらもうただの我慢比べだ。お互いに尽きるということを知らない膨大なチャクラを当てに無駄な足掻きを続ける。
「…硬いなあ…。君ほんとになんなの? チャクラは中々のものを持ってるみたいだけど、扱いきれてないし動きはてんで素人。なんだかちぐはぐな奴だね」
チャクラコントロールは酷く悪いのに、何だか術は普通に発動してるし、燃費のわりには本体がガス欠になる素振りもない。
普通ならおかしい状況に、意味が分からないとやぐらが愚痴るが、そんなのはこっちがぼやきたい。
「…忍術なんて、ようは魔法みたいなものでしょ。呼び方が違うだけで、体内で魔力やらチャクラやらの精神力を練って、明確なイメージと共に術を出すのは魔法も忍術も変わらないよ…」
よくあるファンタジー世界の話と同じだと思えば、そう難しいものとも自分には思えない。だがこの世界でそんな話をしても、当然誰も理解できるものじゃないだろう。
現に目の前で里の最高司令官とも言える国のトップは、シキの言葉に難しい顔をしている。
「…ほんとに意味が分からないよ。──もういい。どうやら君とはこれ以上話していても無駄みたいだ。次は本気で行こう」
「……っ!?」
そう言った瞬間のやぐらの顔から表情が抜け落ちた。同時に目の前にかざされた手のひらには、どす黒い色のチャクラの塊が現れる。
「(何あれ、黒い螺旋丸? ……じゃないな。アレは…確か)」
「さあ、これで終わりだ」
何処かで見覚えのある光景に背中がゾッとする。とっさにシキはやぐらに向かって叫んでいた。
「ば…っ!? あんたまさかこの部屋ごと吹き飛ばすつもり!?」
「へえ、君にはこれが何か分かるの?」
「そんな馬鹿でかいチャクラの塊、二つと知らないわよ! それは尾獣のチャクラでしょう!?」
そうだ思い出した。その禍々しいまでの巨大なチャクラは人柱力の中に封印されている尾獣たちのチャクラだ。彼らが己の膨大なチャクラを使って放つ迷惑極まりない術なのだ。
「こんな狭い場所でそんなもの使えば建物が…ううん、ここら一帯が吹き飛ぶわよ! あんたここにいる皆を巻き添えにする気!?」
「いいよ、別に」
「は?」
あまりにあっけカランと発せられた言葉に、思わず呆けた声が喉から出た。
彼の言葉に温度が無さすぎて、一瞬何を言われたのか分からなかった。
「いいよ、別に。面倒だから壊してしまおう。全てを壊して瓦礫に変えて、そして無くしてしまえば一番手っ取り早いよね。うんそうだよ、そうしよう。全部壊して無くして灰にして、立っているのは俺一人だけ。うん実にシンプルだ。楽で良い」
「………」
こいつは何を言っている。意味が分からない。全部無くす? それが一番簡単だ? そんなの…そんな考えが…。
「…そっか、やっぱり今の貴方はただの操り人形に過ぎないんですね」
人の心が無い。知っていたけどここまでとは想像してなかった。せめて仲間意識くらいは……と思っていたけど、これは当てが外れた。
目の前には全てを灰にする巨大な力が迫ってる。後ろは壁だ、逃げ場など無い。
目に見える《死》がそこにあった。
(…やばい、人って結構あっさり死ぬんだなぁ。こんなことにならなきゃ、もう少しくらい長生きしたかったんだけど…)
「悪りいが、そう簡単にはくたばってやらねえよ」
「え?」
突如目の前が目映く閃光に包まれ、余りの眩しさに目をつむる。その一瞬に誰かの黒い背中がシキとやぐらの間に割りいるのが見えた。
(…この、人は…)
「…次から次へと、今日は呼んでもないのに人が多いね」
「それは悪かったなぁ。水影やぐら。その命、この俺がもらい受けに来てやったぜ」
「君が? 俺を? くく…ふはは…はーっはははは! 馬鹿じゃないのぉ? あ~お腹いたい…」
「…ちっ、おいそこのガキ」
「え、は?」
たった数秒で目まぐるしく変わる状況についていけなくて馬鹿みたいに呆けるシキを、背中越しに睨み付ける男が言う。
「ぼけっとすんなてめえ、死にたくなきゃ今すぐここを離れやがれ!」
「いや、てか貴方は…」
「ああ!? 聞こえなかったのか! とっととここを」
「二人とも逃がさないよ。君たち纏めてここで…」
「ちっ!」
「うわ!?」
混乱するシキを他所に、男は苛立った様子でシキの襟首を掴み上げた。
その巨体に見合う筋骨が軽々とシキを持ち上げ、身の丈ほどもある武器を持っているのにも関わらず、まるで重さなど感じていない様子で大きくその腕を振りかぶり、
「いや、ちょっと待っ!」
「後は自分でなんとかしやがれ!」
そうして力いっぱいその腕を振りきった。
ガッシャ──ンッッ!! と、粉々に砕けたガラス。いくつもの破片と共に落ちる体。
胃が浮くような不快感に襲われたのも束の間、シキの体は冷たい水の中に落ちていった。