そこには、程よい硬さの座り心地の良い椅子が用意されていた。
更に、小さな灯りで作った瞬きが歓迎した。
その奈落の名前は【コクピット】と言う。
使う者と使われた者を地獄へと落とす匣(はこ)。
ギンガの脳裏に、
【パンドラの匣】
浮かんだ言葉が身震いを誘発し恐怖を演出した。
それを否定したのは無意識。
伸ばした右の人差し指が、並ぶスイッチの一つを入れた。
ハッチと呼ばれる蓋がコクピットを外界と遮断し、密室空間を作り上げた。
一瞬の暗闇がギンガを包む。
目の前に起き上がるコントロールパネルの灯る光が点滅し、何かの要求を始めた。
そこに伸びる右手は、それが決まり事だと知っていた。
そっと触れたパネルが手の形を縁取る。
『パッ!』
そんな音を出しコクピットが、目を覚ます。
不規則で、
『ピッ…。』
順番に点る光が、
『ピッピ…。』
次第に匣の中を、
『ピッピッピ…。』
満たしていく。
『○☓△□●✖▲■…。』
おそらくは言葉。
驚き引いた右手が、パネルを再びギンガに見える様にする。
聞き返すは、
「何だ?」
人の性。
返答は、
『ピッ…。』
音の後に、
『言語変更。』
先程と、
『修正完了。』
同じ声のアナウンス。
続き、
『遺伝子にパイロット情報の一部を検知。』
気付く、パネルに映し出されている暗闇に浮かぶ光の渦。
知っている名前で、
「星雲?」
その渦を呼ぶ。
その言葉を聞かなかったかの様に、
『正式なパイロットと認証。』
アナウンスは淡々と続けた。
暫時。
それは、アナウンスの内容を理解するまでに要した時間。
振る首は、
「パイロットって…。」
コクピット内を見回す。
その結果は…。
驚き。
見開いた目が、
「知っている…。」
その衝撃の大きさとなる程に。
半開きの口から、
「何で、俺は…。」
自分への、
「見た事もないものを知っているんだ…。」
問い。
答えはのは、
『その質問の解答を…。』
先程と同じ、
『私は持ちません。』
アナウンスの声。
驚きの顔を、
「今…。」
違う驚きが、
「私って…。」
上書きし、
「お前は、誰だ!」
声の出処を探し首を振る。
つぶさに、
『私は【ギンガ】…。』
答えるのは、
『このモビルスーツ【ガンダム・ギンガ】の制御AI…。』
アナウンスの声。
三度目の上書きは、
「ギンガ…。」
驚きを通り越し、
「俺と同じ名前?」
無表情に近くなる。
またも、
『その質問の解答を私は持ちません。』
同じ答えだが、
『ただ、遺伝子にパイロット情報があるという事です。』
続きがあった。
その返しが、
「AIなのに…。」
ギンガの表情に、
「人間みたいな答え方する?」
異なる驚きを浮かび上がらせた。
頭の中を、
〘俺の知らない間に技術は進んでいるって事か?〙
考えが巡る。
『アラート!』
警告音の響が、コクピット内を埋め尽くす。
『アラート!』
警告色の赤が、コクピット内を染め上げる。
続き、
『敵モビルスーツ接近。』
アナウンス。
そして、正面の壁が風景に変わる。
映し出されたのは天井。
円筒形コロニー特有の寝転がった状態で見える空の街並み。
音と、
『ピッピ。』
共に注釈線が指す風景の一部。
それに釣られる視線。
『熱源…。』
アナウンスを遮る音と振動。
訂正。
音は、爆音。
振動は、強振。
体を支える場所を探した両手は、
「クッ!」
この為に用意されたのではないかと思えるレバーを握る。
左右に振る首は、
「今のは?」
無意識にモニターの向こうに原因を探る。
当然の様に、
『敵モビルスーツの攻撃です。』
答えるAI。
恐怖が全身を駆け巡り、
「俺は…。」
具体的な、
「死ぬのか…?」
イメージへと昇華される。
トリガー。
引き金。
スイッチ。
その辺りであろう言葉で形容されるもので、遺伝子に組み込まれた記憶が蘇える。
それが、本人の無意識を刺激した。
その痕跡が、瞳の奥に映した星雲であったのだが、誰も見る者はいない。
押し込むレバーが、
『グィ!』
目覚めろと音を出す。
踏み込むペダルが、
『グィ!』
立ち上がれと音を出す。
全身を震わせる規則的な小刻みの鼓動が、モビルスーツから人間へ伝わる。
それは【目覚めの時】の合図。