物思いにふける艦長の脳裏に蘇るのは、あの日の事。
月面都市フォン・ブラウン。
そこに隣接する軍事基地。
降下するエレベーター。
その匣は、貸し切りであった。
こんな時、階数を表示するパネルを無言で見つめるのは人の性。
停止と共に、
『ポーン』
軽い音で到着を知らせた。
開いた扉の先は、薄暗い廊下。
人通りどころか、人の気配さえ無い。
一瞬の躊躇の後に、足が体を匣の外へと運ぶ。
廊下の先の角を幾つか曲がり、
「こんな場所があったのか…。」
口の中で感想を言わせた場所。
そこが指定された部屋。
右の人差し指をインターホンへかけ、口を次に出す言葉の頭文字に整える。
音が、
『フォーン。』
来たと伝える。
音が、
『ガシャ。』
解ったと返した。
肺から送られた空気が、喉で声に変換される。
その直前。
インターホンからの、
「入りたまえ。」
命令。
口は、
「はい。」
違う形となった。
自動扉の開閉音が、
『ウィーーン。』
入室を許可した。
掲げた右腕の、
『バシッ!』
形が対峙する人物への敬礼を作る。
続き、口が形を整え始める。
またも。
その言葉が、
「堅苦しいのは…。」
口の形を、
「無しでいこう。」
変えさせた。
そして、
「はい…。」
同じ言葉を変換した。
違和感。
この部屋に入ってから感じる何か。
無意識に始まる自問自答と目の動き。
目の前のソファーセットにか?
奥の執務机の上官にか?
その横の女性秘書官にか?
それとも、部屋の全体にか?
それぞれに、質問と共に送られる視線。
だが、答えるものなどいない。
人懐こい。
軍人よりも営業職のサラリーマンと言った雰囲気。
年は艦長よりも少し若いが、全体的に丸いフォルムは小太りと言われる。
そんな上官が執務机から立ち上がり、
「かけたまえ。」
ソファーを勧めた。
この言葉が自問自答の終了宣言となった。
そして無意識に、
「失礼します!」
堅苦しくするのは軍人としての性。
ソファーへ腰を下ろすと同時に、
「コーヒーでよいかね?」
聞いてくる。
考える間もなく、
「はい。」
反応で返していた。
首を秘書官へ向け、
「コーヒーを二つ頼むよ。」
命令ではなく、お願いをした。
無表情で、
『こくり。』
軽く頷き了解とした秘書官は、向きを変え、
『くるり。』
部屋の隅へ頼まれたコーヒーを入れに行く。
その後ろ姿を無意識に視線で追う艦長。
その声で、
「艦長職。」
視線を戻すと目の前に上官が腰を下ろしていた。
向ける顔の表情は、
「就任おめでとう。」
声と共に優しい笑顔の上官。
咄嗟に、
「ありがとうございます。」
返すのも軍人の性。
重圧。
プレッシャー。
気迫。
鬼気。
放つ気の質が、
「さて…。」
変わり、室内を満たす。
前のめり。
それは艦長の身体が反射的に防御の姿勢を取った結果であった。
部屋の空気に何か異質なモノが混じり、粘りを伴い重くなる。
そんな時間が静寂と共に流れる。
凛と響く女性の声が、
「失礼します。」
時間を動かし音を戻した。
陶器独特の音を出し、
『カチャン。』
置かれる湯気を上げるカップ。
艦長へ勧め、
「冷めない内に…。」
自分も手を伸ばす上官。
言われ、
「はい。」
手を伸ばす艦長。
熱い一口。
驚き。
その味もあるのだろうが、何よりも自分の口の中が乾いていた。
染み渡る水分は、砂漠に降る雨の如く口の中を潤していく。
そう、緊急が口の中から喉を干上がらせていたのだと知る艦長。
その表情を、
「合成だが…。」
見てか、
「いけるだろう?」
笑みかける。
しかし、放つ重圧に似た雰囲気は変わらない。