何処か別の世界で、慌ただしく対応する艦橋のクルー達が近付いて来る。
そう、艦長の現実に…。
そして…。
視線を落とした先の見詰める左の手の平。
そこに残る感触はアタッシュケースの重さではなく…。
世界の運命を左右する【パンドラの箱】の重さだった。
遠くで、
「…。」
響く。
それは、
「…長。」
次第に。
近付き、
「艦長。」
呼び掛けとなる。
声の主へ、
「すまない…。」
視線を向ける艦長。
咎める事も無く、
「正体不明のモビルスーツは、現在三機。」
淡々と、
「確認されました。」
報告する副艦長。
顎を右の親指と人差し指で、
「スリーマンセルか…。」
掴み、
「セオリー通りだな…。」
考える姿の艦長は、何処か上の空であった。
そのまま…。
艦長は、顎を掴んだままで。
副艦長は、話し掛けたままで。
そこだけが時間が止まる。
再び、
「ふむ…。」
動き、
「世の中に[まさか]は無いか…。」
一人で納得する艦長。
表情にも、
「どう言う意味でしょう?」
理解不能だと出る副艦長。
質問の答えだと言わんばかりに、
『フッ…。』
ゆっくりと副艦長に視線と共に不敵な笑みを送る艦長。
その笑みに…。
視線の奥の瞳に…。
『決意。』
そのものを見る副艦長。
艦長の右手が、肘掛けに装備されている小型コントロールパネルへ伸びる。
思い出す暗証番号。
それをゆっくりと確実に打ち込む。
終えると同時に、
『カシャ。』
小さな音と共に、肘掛けの下側が二十センチメートル程、前方にスライド。
そこに見えたのは、名刺を平置きにした窪み。
そう、あの鍵が収まる場所。
襟元のボタンを外し、首に掛けられていたチェーンを手繰(たぐ)る艦長。
そして、現れるアノ鍵は透明なケースに入っていた。
徐(おもむろ)に、
『バリッ!』
力を込めケースを割る。
それは、二度と戻れない今との決別の様でもあった。
その行為が、
『コトリ…。』
音を出し、アノ鍵を窪みに収めた艦長。
待っていた。
確かに、そう言っていた。
窪みの周りから幾つもの薄い緑の光の筋が伸び、鍵の内部にプリントされた基盤を走り回る。
やがて、光が中央に鍵の中央に収束し、緑の光の円を作った。
点滅。
それは、緑の光の円が行う確認作業。
変色。
緑が、赤に!
その色が伝えるイメージが、周囲に緊張をもたらす。
点滅。
それは、赤の光の円が行う確認作業。
散る。
赤の光が、緑の光が通って来た回路(みち)を逆に走る。
それは、同じく鍵の中を駆け巡ると、窪みの外へと走り出る。
『カチン。』
小さく響く音が、飛び出た肘掛けの一部を元の位置に戻したと報告する。
表示。
一番大きな艦橋の天井に取り付けられているものを始め、部屋の呼び出しインターホンに至るまでの大小のサイズ、用途にかかわらず艦内の全てのモニター画面に、それは起きた。
表示された進行状況を示す円形のゲージ。
円形なのだが、プログレスバー。
その中央にあるのは鍵穴のアイコン。
上部が円形、下部が三角形でお馴染みのアレ。
進行を現れしているであろう目盛が、進み面積を増やしていく。
ALL一色。
何とも変な合成語ではあるが、この言葉通りに円形のプログレスバーを、赤が染め上げる。
目の前のモニター画面を何事かと、
「えっ!?」
見ていたオペレーターの女性が上げた驚きの悲鳴。
プログレスバーの中央の鍵穴のアイコンが、突如消えた。
同時に、ブラックアウト。
それが、同じく全てのモニター画面で起きていた。
『ブォーン。』
低い唸りを伴う音と共に再起動されたモニター画面。
否。
再起動されたのは、この戦艦そのもの。
そして、画面に表示される…、
【P.R.M .T.E】
の文字。
それを確認し、ゆっくりと頷き肘掛けの受話器へ伸びる右手。
ストッパーの外れる、
『カチャリ…。』
小さな音が艦橋内に響き、
『カチッ』
艦内放送のスイッチが入れられた。
次の言葉の頭文字の形に口が開き、肺より送られる息に備える。
徐に始め、
「艦長より全クルーへ。」
間を取り、
「艦長より全クルーへ。」
繰り返した。
響くのは人の発するもの以外の音。
それ程に、重みのある口調だった。
間をリズムとした話方は、内容にリアリティを持たせる。
「現在より、【パンドラの箱】の情報を解禁とする。」
「これは、全人類の未来に関わるものである。」
「加え、本艦は指揮艦としての任務に付くことになる。」
「各自、更新されたデータに即時対応しろ。」
考えれば無理難題であるが、誰一人として異論を唱える事なく、モニターに向かった。
戻す受話器が、
『カチャ。』
ストッパーに収まり、艦内放送を終える音。
だが、それは…。
【パンドラの箱】の底に、残されているはずの[希望]を願いながらも、不安な未来の海原へ漕ぎ出した音でもあった。
体は無意識に、両膝に立てた腕の先で指を組み顎を乗せた艦長。
〘それにしても…。〙
その姿は、考え事をしていると語る。
〘【P.R.M .T.E(プロメテ)】とは、なんとも皮肉の効いた名前だな…。〙
口元が、
『フッ…。』
皮肉の効いた、
〘我々、人類が異文明の高度な英知を盗んだ咎人(とがびと)なのだな。〙
笑いを浮かべる。