見開いた目。
小刻みに上下する頬。
小さく開かれた口。
総じて、放心状態。
自分の行為で起きた事が、許容量を遥かに超えていた。
[惨劇]
まだだ。
[人災]
足りぬ。
[厄災]
暴風。
穿たれた穴より、真空がコロニー内に満ちる空気を吸い出す息吹の風。
それは、正に!
風穴。
そこから…。
木が…。
車が…。
そして…。
人が!
無慈悲な真空の空間へと放り投げられた。
ようやく、
「そ、そんな…。」
絞り出す声は、
「つ、つもりは…。」
自らの行為を正当化しようと努力する。
その後ろで、
『銃口誤差補正完了。』
AIギンガのアナウンスが流れる。
急激な気圧の変化に、自分の仕事を思い出す備え付けの装置。
風船。
それは、開いた口が吐き出す命を守る白い玉たち。
吸い出させる速度と同じ速さで穿たれた風穴に向かう。
破裂。
群がる白い玉たちが歓声を上げ、仕事を始める。
それは、粘るゲル状に変わり、互いに手を繋ぐと風穴を塞いでいった。
風穴だったものを穴に変える。
更に白い玉は押し寄せ、穴だったものに変えると、装置は満足げに、白い玉を吐き出すのを止めた。
そう、空気と命の流出は止まった。
空。
その先に見える、天井の街並み。
ビームの圧力は、左腕を消し飛ばし、モビルスーツを後ろへと転倒させていた。
後悔。
遠心力による人工重力を背中に感じながら、自分の軽率な行いを悔やむ。
そして、思い出す自分達の任務を…。
ターゲットの偵察。
只、それだけ。
だが、出世の欲望に駈られ大きな手柄を上げようと得られたのは、自機の左腕大破であった。
数時間。
数分。
数秒。
否!
一瞬。
それは、我を取り戻すまでに要した時間。
操縦桿を引き、
『グォォォン。』
モビルスーツの上半身を少し起こす。
視界。
正確には、一つ目の奥のカメラから繋がるコクピットのメインモニター。
そこに、浮かんだ疑問の答えが映る。
ビームライフルを構えた状態のままに、ただの像の様に微動だにしないターゲットのモビルスーツ。
それが、今だ自分の機体が健在な理由であった。
そして、一つ目の奥に新たな疑問が浮かぶ。
故障か?
否。
稼動状態を示す両目に、全身各所の輝きも健在であった。
鳴る、
『ピピピッ。』
告知音。
友軍機の接近をメインモニターが、小窓を開き背面の状況を映しだす。
正確には、接近するのは一機。もう、一機は離れた場所から全体を見渡している。
この状況を表す[潮時]の言葉が浮かぶ。
*[潮時]は、物事をするのに良い時期。チャンス。
再び、
〘まだ、やれる!〙
点る野心の炎。
半ば融解したマシンガンを離し、自由になった右腕で人工の大地を掴み、身を捩る。
立て直し。
片腕でバランスを保ちながら、両の脚を立てて行く。
片膝立ち。
ようやく、左膝を地面に押し当て、右膝を立てた。
残った右腕を、
『グイッ。』
音を出し引き上げる友軍のモビルスーツ。
その助けで、行程を省略し立ち上がる。
無くした左腕が、
『グラッ…。』
機体を偏心(へんしん)させ、直後バランサーが働き機体を安定させた。
同じ擬音だが、
『グイッ。』
方向が違えば、
『グイッ。』
意味が異なる。
友軍機が引くのは後ろ。
それは、引き上げの合図であった。
この状況を考えれば、当然であろう。
体を捻り反動を付け友軍機の腕を、
『ガィーン。』
払う金属の擦れる音が響く。
拒否。
その仕草であった。
払った右腕の先…。
右手が、腰の後ろへと回され視界から消える。
再び現れた右手が握っていたのは…。
腕よりも少し短い棒の先に、扇状の塊が付いた得物(えもの)。
それは、我々が知る【斧】と酷似していた。
踏み出す右足。
追い、越える左足。
繰り返され、速度が増していく。
そう、駆けているのだ。
肩口に構えた【斧】に威力を付ける為に。
突き出した左腕の先に開かれた掌。
それが、意味するのは古今東西[待て!]である。
そう、駆け出した右腕だけのモビルスーツの行為を止める仕草。
しかし、その仕草で止まるものが殆ど居ないのは、最早セットであるとも言える。