きさつのけんし 作:サイコロステーキ
流行りにのって思いついたものを適当に書き留めました。
続くかは不明。
人里から多少離れた山の中。
この山はある程度人の手で整備され、ある一点、空気が山の下より極々薄いということを除けば人間でも生活しやすくなっている。
「イヤぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!」
そんな山中で汚い悲鳴が響く。
「くんなよ!くんなよ!俺はもう沢山だ!!こんな修行いつまでもやってられるかァ!!!」
「いい加減にせんか、馬鹿弟子!大人しく修行場に戻るんじゃ!!」
山の斜面を疾走し、逃げる少年を義足の老人が追いかけていた。
まるで瞬間移動のようなデタラメな速さで踏み込み、少年を追う老人。なんの躊躇いもなく手にした杖で少年をぶん殴ろうとするが、彼は振るわれる度にひらりとそれを躱していた。杖を振り上げる度にチラリと老人に視線を向けるとまるで何処に打ち込まれるのかが分かるかのように躱していくのだ。
「ヒエッ!?おい、今頭狙ったな!?あんたの馬鹿みたいな速さでぶん殴られたら頭蓋が割れるわ!!!死ぬわ!!!」
「軽々躱しておいてよく言うわ、戯け者!!」
老人の名を桑島慈悟郎と言った。
彼は鬼殺隊と呼ばれるとある組織で最高位の剣士、鳴柱にまで登り詰めた人物である。多くの鬼を殺し、人を助け、その足を失くしてからは育手として弟子を育て上げてきた。それはそれは優秀で誉れある剣士である。
そんな彼は今とある少年を弟子に取り、鬼殺の剣士にせんと育てていた。些か、否。かなりやる気や性格に問題があるどうしようもない弟子ではあるものの、その能力は非常に優れたものであると慈悟郎は確信していた。ゆえに厳しくも愛深く弟子に稽古をつけていた。
その愛が弟子に伝わっているかは別にして。
「いい加減にしろよクソ爺!俺は鬼狩りなんかにゃ絶対ならねぇからな!!」
「ならんというのならそれでも構わん!とにかく修行を放り出すことは許さん!!」
「剣士にならねぇのになんで修行がいるんだよ!?大体なぁ、このご時世に刀振り回してるのなんかイカれとヤクザぐらいだってわかんねぇのか!?」
今が下剋上上等、刀一本でどこまでのし上がれる戦国の世ならいざ知らず。太平の世となって久しく、文明開化も遂げ、近代国家へと進むこの明治の世でのし上がるのに必要なのは知力であって武力ではない。
今も振られ続ける杖を躱しながら少年、鏡壱は慈悟郎に文句を叩きつける。
「この馬鹿弟子が!世の為、人の為に戦う鬼殺隊の役目をイカれなどと一緒にするでない!」
そう言った慈悟郎は異様に低く腰を落とした前傾姿勢をとった。鏡壱はやべと、慌てて回避しようとするが一歩遅い。
独特の呼吸、その音と共に稲妻が迸り、バリリリという空気を引き裂くような轟音が響く。
「霹靂一閃 神速」
まさしく雷電。先程までの瞬間移動地味た踏み込みとは比べるのもおこがましいほどの速さで慈悟郎が鏡壱に迫る。音すら置き去りにした杖は強かに鏡壱の胴を打ち抜き、悲鳴を上げることすら許さず彼の意識を奪った。
「全く、手のかかる弟子じゃ。逃げ出す弟子を止めるのに神速まで使わんといかんとは。儂が老いたか、それともこやつが天の寵児か」
手間をかけさせおって、そう漏らし疲れた様子を見せる。倒れた鏡壱の襟を掴み、ずるずると引きずりながら今まで爆走してきた道を慈悟郎は戻っていった。
普段鏡壱と二人で暮らす小さな山小屋まで戻ってきた慈悟郎は未だ意識の戻らない鏡壱を布団に寝かせると自分も囲炉裏の前に腰を落とした。鉄瓶で湯を沸かし、茶を淹れる。ずずっと一口啜り、阿呆面で眠る弟子を眺めた。
この少年は数年前に自分が引き取り鬼殺の剣士としての修行をつけている。名を鏡壱、名字はない。そもそも鏡壱という名も自分がつけたモノで、親が与えたモノではない。
ある時少しばかりの用事を済ませるために慈悟郎は普段住まう山を離れ、遠くの町へと出掛けた。その際に町の外れで物乞いをしていたのが鏡壱だ。
その様子を慈悟郎は今でもよく覚えている。
雪もちらつく寒空の下、襤褸に身を包み地べたに座りひたすらにニコニコと笑みを浮かべていた。その姿ははっきり言って異様だった。
燃えるような緋色の髪を持ち、瞳が蒼い。黒髪黒目が基本の日本人からは浮いた容姿。それに加え顔の左側、額から頬にそして首元の鎖骨あたりにかけて焔のような奇妙な痣がある。
あまりに気になるもので声をかけると、その笑みのまま自分に眼を合わせたのだ。その時の感覚と言えば筆舌に尽くし難いものだった。まるでこちらの全てを見透かすかのような無機質で熱のない視線。ぞわりと身の毛がよだった。得体の知れないものと出会ってしまった。そんな言い表せぬ感覚。元はその名を轟かせた鳴柱ともあろうものがまだ歳も1桁だろう少年に怯むとは。そんな驚愕と混乱の中、当の少年が口を開いた。
「お金がないのです。もう4日も食ってはいません。どうか少しばかりの銭を恵んではくれませんか」
汚い身なりに、いやそれ以上にその小さな身体に見合わぬ丁寧な口調で穏やかに語りかけてきたのだ。
「……お主、名は?」
「ありません。私の両親は私に名前というものを与えてはくれませんでした」
「ならば親はどうした」
「母は私のような得体の知れない者を産んで精神を患い、いつしか何処かへ消えました。父は私を穢れの子と呼び、ここから暫くの場所にあった小さな寺へ捨て、やはり何処かへ消えました」
自分のことなのに他人事のように淡々と話すその姿はやはり異様としか言いようがなく。それもこんな幼い少年がそう話すものだからやはり気味が悪い。
「しかし寺はなくなってしまいました。ある晩悍しい怪物がやってきたのです。私の他にも居た子供たちを喰い殺してしまいました」
鬼が出たか。
慈悟郎はその怪物というものに心当たりしかなかった。だがよく生き残ったものだ。話を聞く限りでは他の生存者はいないようにも思える。おそらくは自力で逃げてきたのだろう。もしも鬼殺の剣士がその場へとやってきたのであれば行き場もない少年を独り放り出しはしないだろう。
「よくも鬼から逃げ切ったものじゃな。まだまだ死ぬ定めではないと見える」
「逃げる?逃げてなどいません。私達の面倒を見てくれていたお坊さんが怪物を殴り倒しました」
またも慈悟郎は驚愕した。
殴り倒した?鬼を?寺の坊主が?日輪刀も持たない一般人が鬼を殺したなど到底信じられなかった。
「信じられん。どういうことじゃ、何があった?」
彼は数瞬の逡巡のうち口を開いた。
「正しくはお坊さんが殴り倒し、彼が怪物を抑えつけている間、私が寺にあった鉈で刻みました。首を切ろうと、心の臓をえぐりだそうと、頭蓋を割ろうと死なぬのです。ですが夜が明け、日が差すと怪物は灰になってしまいました」
「結局残ったのは私とお坊さん、そして彼が守った少女が1人。あとは皆死にました。そのあと町の人達がやってきてお坊さんが子供たちを殺したのだと言って彼を連れて行ってしまいました。残った少女も何処かへ去ってしまいました。私は行く宛もなく、ここで慈悲を乞うているのです」
「父の言っていたとおりは私は穢れの子。よろしくないものを引き寄せて不幸を齎すのでしょう。だから首でも切ろうかと思いましたが、怖くなってしまいました。まだ死にたくないと思ってしまいました。両親にも、寺の皆にも災いを齎したあとでなんと都合が良く、醜いものだとは分かっておりますが……」
「もうよい」
慈悟郎は聞いて後悔した。
鬼に人が殺される。それはどれだけ惨たらしいことかをよく知っている。知っていたはずなのに彼の異様な雰囲気に飲まれ喋らせてしまった。喋るということはまず間違いなく彼はその時のことを思い出している。
「……まだ話し終えてはいませんが?」
聞くべきではなかった。
思い出させるべきではなかった。
表情こそ変わらなかったものの先の逡巡は思い出すことを拒もうとしたのではないか。
「もうよいのじゃ」
話を遮られて不思議に思ったのだろう、首を傾げる彼。その顔は最初と変わらずニコニコとした笑みを浮かべたまま。だが先程の話を聞いたからだろうか。それは異様なイカれの雰囲気ではないように思える。どんな苦しみも押し殺してなお必死に笑顔でいようとする、そんな歪な姿に見えた。
「なぜ笑うのじゃ。辛かったのだろう、苦しかったのだろう、悲しかったのだろう。なのにどうしてお主は笑う」
「私のような気味の悪い子供は泣いていたとして、きっと誰も手を差し伸べはくれないでしょう。なので笑っています。そうしたら少しでも他人様に良い印象を持って貰えるかもしれません」
そうしたら誰か助けてくれるかも。言外にそう言ってるのだろうか。
「違う。そうではない。子供は泣いて良いのじゃ。そうやって素直に心のままに行動出来る無垢こそが子供なのじゃ」
親に捨てられ、仲間は殺され、独りぼっちで、何処へも行けずにこんな雪の舞う露頭に取り残されている。
本当は泣きたいはずだ。叫び出したいのだろう。助けて欲しいのだろう。
でも、分からないのだろう。知らないのだろう。誰も教えてはくれなかったのだろう。
どうすれば胸の中で渦巻く感情を処理できるのか。どうすればこの現状を変えられるのか。どうすれば誰かに助けを求められるのか。
分からないから笑って誰かの慈悲に縋っている。
「泣いていても何か変わるわけではありません。無意味です。そのような暇があるなら別のことに時間を……」
「馬鹿者が!!」
思わず慈悟郎は怒鳴る。
すると彼は酷く驚いたように身体をビクリと震わせて、視線を逸らした。そしておずおずとこちらの様子を伺うようになる。ようやく無機質だった視線に感情というものが宿ったように見えた。
「その可愛げのない態度がいかんのじゃ!子供は子供らしく無意味なことをして、無意味な時間を過ごせば良い!!」
「ですが……」
「それじゃ!先程から儂が喋れば間髪入れずに反論してきおって!お主のようないけ好かない餓鬼は初めてじゃ!!」
慈悟郎は背こそ縮んで小さいが、声はデカイし、顔立ちは険しいしで子供から見れば結構恐ろしげな雷親父である。本人もその自覚はあって普段暮らす山の麓の町にで歩くときなど子供達は自分の顔を見ると瞬く間に逃げ出す。
だというのに目の前のクソ餓鬼はどうだ。逃げ出すどころか、こちらの言う事に一々文句をつけて反論してくる。全く持って可愛げがない。
「お主のようなクソ餓鬼は嫌われて当然じゃ!出逢って間も無い儂でもお主が可愛くないと思うのじゃからな!!」
「……そうですか。やはり私は産まれるべきではなかったのですね。見ず知らずのお方さえ不快にさせる。ここに在ること自体が…」
「何度も言わせるな、馬鹿者!!」
持っていた杖で少年の頭を叩く。
するとやはり酷く驚いた様子の彼は口をパクパクと動かし、何かを口にしようとする。
「まだ反抗する気じゃな!?もうその減らず口は叩かせんぞ!」
それより先に少年の口無理やり閉じる。
そして座ったままの彼の手を掴み、立ち上がらせる。
「儂と来い!そのひね曲がった性根を叩き直してやる!」
そんなことから数年。
未だ眼を覚まさぬ弟子を見遣る。
生意気だったクソ餓鬼はさらに生意気なクソ餓鬼へと成長していた。その成長はどうにかしてもっと真面目な人間に育てられなかったものかと考えることもあるが、概ね慈悟郎にとって嬉しいものである。
あのときのただ無機質に笑うだけの少年が今や叫び声を上げながら百面相をして走り回っている。確かにひねた性格は治らなかったかもしれないが確かに人間として健全な成長を遂げたハズだ。
「……ん…ここは…?」
「ようやく目覚めたか。馬鹿弟子」
「……ジジイ」
まだ意識がはっきりしないのだろう。
ぼんやりとしたまま上体を起こした。だが、うぐっと何か堪えるような声を出し、そして叫んだ。
「いってええええええええええええ!!!??」
「やかましいのう。起きたそばからそれか」
「痛い痛い痛い痛い痛い痛ぁぁぁぁぁぁぁぁい!?!?」
ごろごろと床をのたうち回り苦しむ彼を余所に慈悟郎は過去を懐かしむ間に冷めてしまったお茶を啜る。
「思い出したぞ!てめぇよくも手加減もなしに霹靂一閃決めやがったな!?防具もない生身の人間にあんなインチキ剣術叩き込むやつがどこにいる!?」
「ここにおるぞ」
「そういうこといってんじゃねぇよ!!」
うがああとのたうち回ることは辞めずに騒ぐ鏡壱。
今日も師弟は平和だった。