きさつのけんし   作:サイコロステーキ

2 / 5



とりあえずカッコつけて名前をつけた立志編なるものまでは練れたので頑張って書こうと思います。






第2話

 

 

 

 

 

ビュンと木刀が風を斬る音がした。

 

先日の脱走の罰として通常の鍛錬に加え、地獄の素振り1万回を慈悟郎に課された鏡壱は黙々と木刀を振っていた。

 

呼吸を整え、正眼に構えた刀を振り上げ、振り下ろす。そして残心。この一連の動作を淀みなく行ってようやく1回。

 

元々この修行は刀の正しい振り方を覚えるためのもの。ゆえに鍛錬の中にはじめから組み込まれており、刀を握らされた頃は1日に百回と非常に可愛げのある数字だったのだが、鏡壱が脱走を繰り返す度に増えていき、今では1万回となった。

 

終わるまでは家の中に入れてもらえないし、飯も食わせてはもらえない。当然途中で逃げだせばさらにキツイ仕置が待っているし、こっそり手を抜いて休んでいると慈悟郎にぶっ叩かれる。

 

どうしたって逃げられない。

それを自らの体験をもってよく理解している鏡壱はいつからかこの鍛錬に真面目に取り組むようになった。当然だが剣士の道に目覚めたとかそういうことではない。逃げられないのなら早く終わらせよう。ある意味当然の答えを導き出し、彼は精力的にこの鍛錬に取り組むようになったのだ。

 

 

 

 

最初の一回目、脱走の罰として増え続けた素振りの1万回を終えるのは1日かがりであった。日が昇りきる前に振り始めても、終わるのは日が沈んで随分と経ってからである。

ちなみに当然放り出して遊びだすと考えていた慈悟郎は真面目に剣を振る弟子を二度見した。というか、1日でしっかり終わらせたことに仰天した。ハッキリ言って今の鏡壱には無理だと慈悟郎は考えていた。体力的に1万回はどうあっても無茶であり、こなせなくとも少しは真面目に剣を振ることを覚えさせねばと思い、課した鍛錬であったのだ。それを大真面目にこなしてしまったものだからやはりと弟子の才能を再確認し、翌日からの鍛錬に気合が入った。鏡壱は死んだ。

 

 

 

 

次に課された時はずっとかかる時間が短くなった。日の出前に始めれば正午を過ぎ、陽が傾き始めた頃には終わったのである。

 

あまりに早く終えるもので驚いた慈悟郎は何があったのだと鏡壱を問詰めた。

 

真面目に剣士としての鍛錬をしない彼は刀の振り方こそ覚えど初心者に毛が生えた程度の腕しかない。ゆえに達人である慈悟郎から見れば無駄まみれの動きでぎこちなく刀を振っていた。

確かにそんな様であった以前の鏡壱とは比べものにならないほど構えは洗練されており、刀を振る姿に無駄はなかった。お手本通りの完璧に型に則った剣閃では済まない。さらにその先の領域にまで到達している。彼は自らの肉体に最も適した形で刀を振っているのであろう。剣の振り方を正しく覚え、そのうえで自らの技術として完璧に習得しているのだ。

 

ただ惑うばかりの慈悟郎に鏡壱は自分なりに導き出した最適解へ刀の振り方を矯正したのだと、簡潔に答えた。

 

だが慈悟郎が聞きたかったのはそういうことではない。どうすればそんなことが出来るのかということを聞きたいのだ。

武術とは剣術に限らず地道な鍛錬を積み重ね、その道の果てを目指すものである。自らの剣の腕も長い研鑽の果てに得たものだ。そんな自分からしても唸るほどの技術を弟子が一朝一夕で覚えてきた。その衝撃は計り知れないものである。

 

「別になんでもないだろ。前回は1日ずっと剣を振り続けた。そんだけ振れば刀を振るのに必要な筋肉も、躰の動きも理解できる。ジジイが剣を振るのもずっと見てきたからな。必要以外の無駄を判別するのは簡単だった。あとはそれを削れば良いだけじゃねぇか」

 

さも当然のように言ってのけた弟子に戦慄したのは記憶に新しい。

そんな簡単な訳がない。お主のように一瞬で出来る者だらけならば世の中怪物ばかりじゃ。そんなツッコミも出るほどに慈悟郎は衝撃を受け、同時に自らが拾った童の才覚は途轍もないものということを三度思い知らされた。この子はまさしく天に愛された子。きっと誰にも勝る剣士になる、そう確信出来た。当然鍛錬に注がれる熱量も跳ね上がる。鏡壱はもっと死んだ。

 

 

3度目、4度目と課される度に鏡壱は最高に嫌そうな顔をしながらもいち早く終えるために鍛錬に励んでいく。慈悟郎の期待など知らぬが鏡壱は真面目に剣を振り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

そんな地獄の素振り1万回も今回でもう10回目を超えていた。

もはや鏡壱は1日中刀を振るようなことはない。本人曰く血の滲むような努力…余所から見れば難なくこなしているように見えた…の果てに半刻もあれば終えてしまうようになった。

 

「おーい、終わったぞジジイ」

 

「むぅ。この馬鹿弟子め、もはや罰にもならんな」

 

鏡壱自身も苦に感じない程に簡単にこなしてしまうようになった。どうにかこの馬鹿弟子を苦しめるための新たな罰を考えねばと思う慈悟郎。だが困ったことにこれだけ手早くこなせるのだからもはや刀を振るということは極めているということでもある。回数を増やせば良いという次元は当の昔に過ぎてしまった。

 

他に何をさせるかとなれば単純な筋力強化などの他には自らの扱う呼吸、その技を本格的に教えるくらいしか思いつかない。

 

全集中の呼吸、5つに分かれた基本の流派。

 

流麗にして華美、変幻自在の足運びを主軸とし、習得も比較的容易い水の呼吸。

足を止め、練り上げた技の威力をもって鬼を殺すことを主とした炎の呼吸。

まさしく岩のように硬い防御と単純な身体強化による力押しを行う脳筋の岩の呼吸。

暴風が如き荒々しい剣技をもって鎌鼬を生み出し鬼を切り刻む風の呼吸。

そしてなにより速さを求め、一瞬の間に鬼の頸を切り落とす事を考えた雷の呼吸。

 

当然、元鳴柱たる桑島慈悟郎が教えるのは雷の呼吸だ。

 

雷の呼吸は繰り返すが何より速さを求める。単純な剣の腕以上にどれだけの踏み込みを行えるかが全てを決める。どれほどの剣術の達人であろうと雷が如きその踏み込みが習得出来無ければ雷の呼吸とは言えず、逆にどれほど巧く踏み込める者であろうとその速さを活かして刀を振れぬのなら意味はないのだ。

ゆえに生まれついての才能や肉体的な条件に左右されやすく、習得や練磨が難しい。霹靂一閃を始めとした鬼の知覚すら置き去りにする速さでの一撃必殺の技は鬼殺を行う上で非常に有効ではあるのだが習得が難しいという欠点がやはり大きく、使い手も必然的に少なくなってしまった。

 

 

慈悟郎は鏡壱が雷の呼吸を覚えられないとは全く考えていない。それでも未だに教えていないのには理由がいくつかあった。歳の頃を考えれば彼の躰はまだまだ未完成だ。その上既に栄養状態は改善されたとはいえ鏡壱は欠食児であったために身体が小さい。

雷の呼吸の技は全身への負荷は勿論だが特に足腰への負担が大きく、未熟な躰で無理をさせればこれからの成長に悪影響を及ぼすかもしれない。

 

当然そんなことは慈悟郎の望むところではない。本格的な修行を施すのはまだ先にとすると、である。取り敢えずは全集中の呼吸だけでも覚えさせ、心肺機能を強化するのが妥当だろうか。

 

「のう、鏡壱。儂は最近お主に何を教えるかずっと悩んでいての」

 

「教えなくていいわ!剣士になんかならないって言ってるだろ!」

 

「それで今日は全集中の呼吸を教えようと思ってな」

 

「人の話を聞いてたか?」

 

鏡壱は自分の拒絶の意思に全く耳を貸さない師に文句をつけるが取り合ってはくれないらしい。

 

「全集中の呼吸というのはな…」

 

「ジジイがいつもしてる変な呼吸のことだろ」

 

「人の話を遮るでない!まぁ、それであっておる。儂の呼吸が普通のものではないとよく分かったな」

 

やはり目の付け所の良さは生来の才によるものか。

確かに通常の呼吸とは異なる独特の呼吸音など差は多くあるが、見かけの差はないも同然だし、しっかりと意識せねば同じ呼吸の使い手であっても気づかないだろう。もちろん何も知らぬ者が判別出来るようなものではないハズだ。

 

「他の人と比べて息を吸ったときずっと肺が大きく膨らんでるし、血の流れも勢い良くて全身に行き渡ってる感じだからな。見比べりゃすぐ気づく」

 

「そうじゃ。全集中の呼吸は通常の呼吸よりもより多くの酸素を肺に取り込み、血流に乗せて全身の隅々まで浸透させる技術……」

 

どうやら思いの外深い理解があるらしい弟子の言葉に同調するように説明をして、ふと気づく。

 

「ん?待て。鏡壱なぜそこまで知っておる?詳しく教えたことなどないじゃろう」

 

「そりゃ教えられたことはないけど、見てれば分かるわい」

 

「そ、そうか」

 

見てれば分かる。

果たして全集中の呼吸とはそういうものだっただろうか。身体能力の強化と言った分かりやすい効果ならともかく肺が膨らむだとか血流だとか見て分かるものか?という疑問が慈悟郎の中に溢れたが、他とは大きく異なる弟子のことだ。きっと彼だけに理解できる何かがあるのだろうと納得することにした。

 

「まぁ、理解してるのなら話が速い。今日からはお主も全集中の呼吸が使えるように修行をつけてやる」

 

「もう使えるぞ」

 

「いいか、とにかく肺に沢山の……なんじゃと?」

 

「もう使えるぞ」

 

習得のための説明をしようとするもう覚えていると平然と宣う弟子。耳が遠くなったかと聞き返すが返ってくるのは同じ言葉。

 

「いや、言っただろ。見てれば分かるって。真似するのなんて簡単だし、そもそも呼吸も習得してないのに素振り1万回とか出来るわけないだろ。俺は呼吸を覚えるのも併せて素振りの修行かと思ってたわ。え?なに?別の修行だったの?ふざけんな、呼吸もなしに1万回とか死ぬに決まってんだろクソ爺!」

 

なるほど、道理である。普通に考えてみれば呼吸の技も使わずに1日中剣を振るとかまともではない。どうやら弟子は呼吸を覚えた上で剣を振れと言われたと思っていたらしい。まぁ、普通ではない元鳴柱は呼吸なしで剣を振れと言っていたのだが。しかし何も教えてないのに呼吸を見て覚えたとかいう弟子は自分が最も普通ではないと気づくべきである。

 

慈悟郎が唖然としているとさらに彼は口を開いた。

 

「よく知らないけど常中?だっけ。あれも出来るようになったぞ。ずっと全集中の呼吸するだけだしな。大したことなかった。おかげで修行をふけて逃げ回るとき楽になったから覚えて良かったわ」

 

どうやら知らぬ間に呼吸を覚えた弟子は知らぬ間に常中まで覚えたらしい。

しかし、それをさらなる高みを目指すためではなく逃げ出すために使ってるという暴挙には今は目を瞑っておくとしよう。

 

もう儂が教えることなんてないのじゃなかろうか、そんなことを慈悟郎は考えていた。だって雷の呼吸とか教えなくても、このまま放っておけば自分で我流の呼吸とか剣技を生み出しそうである。

 

「儂はもうお主を最終選別に送り出してやろうかと本気で考えたぞ」

 

ちょっと天に愛されすぎではないだろうか、この馬鹿弟子。

 

 

 

 

 

 

今日も師弟は平和であった。

 

 

 

 

 

 

 






感想を頂いたのですがとても励みになります。ありがとうございました。ぶっちゃけ何人かの方に高評価頂いて、感想貰ってなかったらこの2話は投稿されなかったかもしれない。

感想の返信に関してなんですが作者は聞かれてもいないことを答えたり、まったく関係ない話をするのが得意なので余計なことを喋らないように取り敢えずあと数話になる予定の立志編終わったらまとめて返信しようと思います。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。