きさつのけんし 作:サイコロステーキ
なんかいっぱい評価ついててビビった(小並感
ある時、鏡壱はいつものように修行を抜け出して山の中をぶらぶらと歩き回っていた。
よく晴れ、雲も少なく、頬を撫でる風は柔らかい。思わず眠気を誘われる心地の良い陽気であった。日当たりのよい地べたに寝転べばもう意識が落ちそうである。欠伸と一緒に出てきた涙を袖で拭う。さてさてどうするか、鏡壱は考えていた。
普段ならばそろそろ煩い師匠が雷を落としにやってくる頃なのだが今日はその気配がない。非常に穏やかである。それがどうにも引っかかるが違和感は忘れ、これ幸いとサボることにしようか。
ごろごろと寝転がりながら空の雲を眺め、目を瞑る。
…。
……。
………。
「………来ないと来ないでなんか調子狂うな」
非常に面倒くさい弟子である。
修行をサボって叱られると鬱陶しそうに敬遠するくせに構って貰えないとそれはそれで寂しくて面白くない。なにより、いつも追いかけてくるから来ないと何かあったのではないかと心配になってくる。
あの雷親父に限ってとは思うものの、何かしら事故にあって怪我をしたのではないか。己も知らない病を実は抱えていて体調を悪くしたのではないか。もしかしたら何か厄介事に首でも突っ込んで大変なことになっているのでは。と、不安になると止まらないのである。
「あぁ、クソ。なんで俺がジジイの心配なんぞしなきゃならんのだ」
言葉とは裏腹に立ち上がった彼は普段生活を共にする山小屋へと足早にかけていった。
「む?なんじゃ鏡壱。今日のサボりはもう終わりかの?」
小屋まで戻ると何やら雑嚢に荷を詰める慈悟郎がいた。
「なんだよ、元気じゃねぇか」
どうやら自分の心配は杞憂であったらしい。無駄なことをしたと思う反面、何事もないようで良かったと安堵していたりする。
「??…なんの話かは知らんが、丁度良いところに戻ってきた。儂はこれから用事を済ませるためにしばらく出掛ける」
どうやら慈悟郎は出掛けるための荷造りをしていて自分を追いかけてこなかったらしい。
「ほーん。そっか、いってら」
「他人事ではない。お前さんにも頼み事があってな、隣町まで出掛けてもらうぞ」
「え゛」
ひらひらと手を振り、適当に見送ろうとすると慈悟郎は鏡壱の襟を掴み、捕まえた。
「隣町には馴染みの薬師がおっての。普段の生活や修行で使う薬を卸してもらっておる。いつもは儂が受け取りに行くのじゃが、さっきも言ったが用事を済ませねばならん。代わりにお主が行って来るのじゃ」
「嫌だよ、隣町遠いじゃん!面倒くさいじゃん!薬ってあれだろ、いつも薬箱目一杯詰めてくるやつだろ!?絶対重いじゃん!」
「甘えたことばかり抜かすな馬鹿弟子」
バシンと杖で叩かれ、有無を言わさずに薬箱と遠出用の荷物をまとめたであろう雑嚢を手渡し、家の外に押し出される。
「いってぇ!?何でもかんでも文句言うとすぐ叩きやがって!暴力反対だクソ爺!」
「男が情けないことを言うな!薬の代金と路銀、あとはお前さんの小遣いもこの銭袋に入れておる。とっとと行ってこんか!」
そう言ってジャラジャラと音をたてる銭袋を鏡壱の顔面めがけて投げつけると、慈悟郎もまとめていた荷物を持ち、家を出る。
「ああ、そうじゃ。忘れるところじゃった」
「なんだよ、まだあんのかよ…」
銭の塊が見事に額に命中し、痛みに耐えかねて額をさする鏡壱。そんな彼に慈悟郎は手に持っていた長細い袋を差し出した。
「これは?」
怪訝な顔で鏡壱は慈悟郎に問う。
「開けてみよ」
言われるままに口を閉じた紐を解くと中から出てきたのは一振りの刀だった。鏡壱は慈悟郎に視線をやる。彼が頷くのを見て鞘から刀身を抜いた。
「……これ日輪刀だろ。なんでこんなもの…」
色変わりの刀と呼ばれる特殊な鉄で打たれた刀。鬼を唯一殺すことの出来る武器。その刀身には雷の呼吸に適正があることを示す稲妻のような黄色の紋様が奔っていおり、おそらく慈悟郎が保管している日輪刀のうちの一振りだろう。
だが何故こんなものを渡すのか。
「隊士でもないお前さんに渡すには早いモノだが、どこで鬼が出るかは分からん。備えあれば憂いなし。身を守るための武器くらいは持っておくのじゃ」
「こんなもん持たされたって俺は鬼の頸なんて斬れないぞ。技なんて1個も覚えてないからな」
「それでも良い。持って行かず、抵抗すら出来ずに喰われるのは嫌じゃろう。それがあれば鬼を殺せる。適当に振り回したって運が良ければ頸が斬れる。ないより遥かにマシじゃ」
そう言った慈悟郎の顔にあるのは心配。純粋にこちらの身を案じているのであろう。
鏡壱は隣町までのお使いに何を大袈裟なと笑ったが、その好意は受け取ることにして刀を鞘に戻し、袋に仕舞った。
薬箱を背負い、刀の入った袋を肩にかける。銭袋は懐にしまった。準備を整えた鏡壱に同じく準備を終えた慈悟郎。
「さ、行くぞ、馬鹿弟子」
「へいへい」
そんなこんなで山の麓まで二人で降りたが、自分が向かう隣町と慈悟郎が用事を済ませに行くという場所はどうやら方向が異なるらしい。
分かれ道で隣町へと向かう自分の背中に慈悟郎が大声で叫んでいた。
「よいか、薬代に手をつけてはならんぞ!多めの小遣いじゃが無駄使いせんようにな!安全を心がけて行けよ!くだらないことで怪我せんようにな!それから…」
「もう餓鬼じゃねぇんだ、要らん心配だっての!!」
「とにかく気をつけるんじゃぞー!!」
どうやら心底己のことが心配らしい師匠。彼は自分のことを1人でお使いにもいけない童だとでも思っているのだろうか。
確かに、麓の町までは修行をサボってよく遊びに出掛けていたが、隣町まで1人で出掛けるのは初めてだ。距離もずっと遠いし、行ったこともない町だから自分が不安になっているとでも思っているのだろうか。
距離があるから日帰りでは厳しいだろうが、街道は整備されており、道に迷うようなこともない。それとも道の途中で野宿をするかもしれないからと心配しているのか。
子供の短い足とはいえど、呼吸を覚え、ちょっとやそっとでは疲れない自分の足だ。まだ太陽が中天を超えぬ今ほどから向かえば日が沈む前には少なくとも町までたどり着けるハズだ。
「心配しすぎだっての。まったく呆れたもんだ」
普段は遠慮なく杖でボコボコにするくせにこういう時だけはまともな保護者面だ。まったく都合の良いジジイである。
それからそれから。
薬箱を背負い、とてとてと街道を鏡壱が行く。
途中で夜盗にでも出くわせば話す事もあるのだが、生憎そんなこともなく。行く道はどこまでも平和であった。たまにすれ違う人に声をかけられてもキョドって声を出せずに軽く会釈をして誤魔化す鏡壱がいたとかなんとか。
変わらずとてとて進めば陽が傾き、空が茜に染まる頃。
ようやく鏡壱は隣町までやってきたのだった。
「お、おお…」
鏡壱は往来を眺め、声を漏らした。
彼の住む山の麓の町よりもずっと大きい。人も多いし、建物も多いし、なにより日も沈もうというのにまだ人が出歩いている。どうやら夜も営業するらしい店には煌々とした明かりが灯っていた。
慈悟郎の話に聞いた帝都の中心街とは比べものにならぬだろうが、それでもここまで大きな賑わいのある町には初めてきた。
そんな町に圧倒されながらボケーッと突っ立っていたがやがて邪魔だと気づき、道の端によった。
「いかんいかん。あんまり呆けていると田舎者だと思われる」
パシパシと頬を叩き、喝を入れる。
「何を気後れしてるんだ、鏡壱。ビビることはなにもない。とっとと薬屋探して、薬貰って帰るぞ!」
よし、と改めて往来の中に身を運ぶ。
さて薬屋はどこだろう。誰かに聞くのがやはり手っ取り早いか。自分を奮い立たせて道行く人に声をかける。
が、
「あ、あの、すみません」
声が小さいというか、勢いがないというか、鏡壱の言葉は誰にも反応してもらえずにいた。
せっかく気づいてくれてもボソボソと下を向いて喋る彼に呆れてそのまま自分の道に戻ってしまう。
暫く続けたが結果は芳しくなく、結局また鏡壱は道の端にいた。
まさか自分がここまで人と話すのが苦手とは。今になってようやく気づいた自身の人見知りに多大なショックを受け、項垂れる。確かに普段まともに話すのは慈悟郎だけで、麓の町の顔見知りも元々慈悟郎に連れられ紹介してもらった人達である。自分で作った知り合いとかいない気がした。
どうすればいいんだ…頭を抱えていると、
「もし、そこの君。どうしましたか?」
穏やかに声がかけられた。
顔を上げるとこちらの様子を心配そうに見遣る妙齢の女性がいた。
「え、あ、あの…」
こちらが吃るとその様子が可笑しかったのだろう、女性はコロコロと優しげに笑う。
「ふふ、お喋りは苦手ですか?」
「あ、あの!俺、薬屋を探してて!それで、あの、何処にあるのかなって…」
意を決して勢いよく喋りだしたものの、やはり身知らぬ人と話すのが苦手らしい。最後の方はごにょごにょと喋ってしまった。
だが、ちゃんと聞こえたらしく彼女は答えてくれた。
「薬屋ですか?この道を進んで2つ目の角にありますが、……確かもうこの時間では閉まっていたと思いますよ」
「そ、そうですか」
ようやく掴んだ薬屋の情報。だがどうやら今日の営業は既に終えているらしい。
「教えてくれてありがとうございます」
女性に鏡壱は深々と頭を下げる。
「あらあら、礼儀正しいのですね。私も力になれたようで良かったです」
どういたしまして。そう微笑みながら女性は優しく鏡壱の頭を撫でる。慈しむように触れる手は子供扱いが過ぎると内心不満があったが不思議と嫌なものではなかった。
「薬屋は閉まってしまっているけれど君はどうするのですか?見たところ1人でお使いなのでしょう?家は近くなのかしら?」
心配するように尋ねる彼女。
「住んでいるのは隣町なので近くはないです。なので何処かで一晩過ごして出直してきます」
「まぁ、隣町から?遠いところからよく1人で来ましたね!一晩過ごすと言っても行く宛はあるのですか?」
「ないです…あ、でも適当に野宿でもするので心配ないですよ!」
どうやら心配を深めてしまったらしい。
慌てて彼女に自分は大丈夫だと伝えるが、遅かったようだ。
「良ければ私の家に来ませんか?大したもてなしは出来ませんが君のような子が1人で野宿というのも危ないでしょう」
「いや、そんなご迷惑をおかけするわけには…」
「良いのですよ。子供は遠慮なんてするものではありません」
有無を言わせない女性。さっと腕を掴まれた。
どうやら完全にロックオンされたらしい。
「え、いや、ちょっと」
「ああ、申し遅れました。私は
「あ、鏡壱です」
「ふふ、いいお名前ですね。よろしくお願いします、鏡壱君」
穏やかな物腰とは異なり結構強引なところのらしい千華に手を引かれて鏡壱は彼女の家に向かうことになった。
日が沈んで、空が紫紺に染まる。
邪悪を祓う日輪は隠れ、どこまでも暗く冷たい夜の闇が広がっていく。悍ましきモノ達の時間が始まる。
鏡壱が訪れた隣町に隣接した農村では悲鳴が聞こえていた。
「はぁ、はぁッ。助けてくれぇ、誰か!誰かァ!」
暗くなった畦道をよたよたと歩く青年。彼には本来あるはずの左腕がなかった。夥しいほどの血を腕のあった場所から流し、けれど歯を食いしばり、どうにか生きようと逃げている。
必死に声を張り上げるがその声は夜空に吸い込まれるばかりで誰の耳にも届かない。あまりにも虚しく悲鳴は響いた。
「おいおい、あんまり逃げるなよ。追いかけるのが面倒だろう?」
「ひぁ、ぅア」
背後から
「そんなに怯えるな、傷つくじゃないか」
ずるずる、水っぽいような、肉が潰れるような、ぐじゃりという音をたて何かを引きずる異形の怪物がいた。
ぐちゃぐちゃと何かを赤く濡れた口で咀嚼しながら異形の怪物……鬼は嗤った。
「お前の腕は不味いなぁ。やはり男はいけない」
そう、喰らっているのは目の前の青年から千切り、奪った左腕であった。右手に持っていたその肉を放り捨てると、鋭く尖った爪を青年に見せつけた。
「でも、もったいないからなぁ。しっかり殺して美味い部分は喰わないと」
「い、いやだ。助けてくれ、頼む…」
「笑せないでくれ、この状況で命乞いが通じる相手だとでも思っているのか?」
鬼は醜悪に笑みを深め、その爪を迷わず青年の胸に突き立てた。そのまま心臓を引きずり出して口元へと運ぶ。
生きたまま心臓を引きずり出された青年は声にならない悲鳴を上げ、程なく絶命した。
「キヒヒ、いい顔だなぁ。飯が美味くなる」
これほどはない、そう思うほどに絶望と恐怖に染まった青年の顔を眺めながら鬼は肉を抉りだし、貪る。
だがふと周りに目をやり、己の獲物は1つではなかったことを思い出した。
「ああ、男も喰わなきゃならないがこっちも喰わないとなぁ」
今まで引きずっていたモノ……ズタボロになった女の死体に目を向けた。
「女は美味い…出来れば男を喰ってからが良いが、こっちは殺してから時間が経っちまったからなぁ。味が落ちちまう。さて、困った。どっちから喰おうかなぁ」
感想の方で質問に何故鏡壱が一時とはいえ寺で集団生活を送っていたのに名前がないのかというのがありました。一応その答えは考えております。
立志編終えたあとに番外編とか小噺的なので名無しが鏡壱になった日とかやろうと思うので詳しくはそちらでになりますかねー(書くかは未定だけど