きさつのけんし   作:サイコロステーキ

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筆が止まって、あ、これは不味い。エタるかも、となっていたがなんとか書き上げることが出来た。長くなったので分割しましたが。

エタるときは、
兄上、私はそれ程大そうなものではない。このSSなど凌ぐモノが今この瞬間にも産声を上げている。彼らがまた同じ場所まで辿り着くだろう。
って言っとけば許して貰えるって聞いた。




第5話

 

 

 

 

 

静かな夜明け。

遠くから鳥の囀りが微かにだけ聞こえるような。しんとして、朝特有のひんやりとした空気。

 

鏡壱が目を覚ますと既に千華はおらず、どうやらもう起きているらしかった。炊事場の方から僅かに物音がして、なにやら寝起きで空っぽの空腹を刺激する良い匂い。どうやら朝餉の準備でもしているらしい。

 

毎朝修行の時間だと叩き起こしてくる雷親父と共にでなければ朝の目覚めとはこんなにも緩慢で気の抜けたものだったか。

そんなことをぼんやりと考え、鏡壱は欠伸を1つ噛み殺す。目尻の涙を拭い、眠っている間に固まった体を伸ばした。どうにも気は進まないがこのままという訳にはいかない。軽く頬を叩き、気合を入れる。覚悟を決め、温い布団から出た。

 

 

 

 

 

厠で用を足し、庭にあった水桶で顔を洗えば洗濯物を干しに来たらしい千華にあった。

 

「おはようございます、鏡壱君。随分と早いのね」

 

「おはようございます、千華さん」

 

変わらず優しげに微笑む彼女。何気ない世間話をしながらもテキパキと竿に洗濯物を干していく。

 

「手伝いますよ」

 

「いいえ。昨日も言ったでしょう?家事は女の仕事。男子の貴方が気にすることではないのですよ」

 

「昨日は炊事場に入るなって話だったかと…」

 

料理も洗濯も同じことですよ。家事は女の仕事です。あっという間に終えてしまった千華はコロコロと笑いながらよく覚えていましたね、と鏡壱の頭を撫でる。

やはりどうにも心地が良くて、目を細める。

痴呆ではないのだからと覚えていて当然。そう主張するが彼女には全く関係ないようで、むしろ難しい言葉を知っている、物知りねとさらに撫でられる始末。

 

「さて、朝ご飯にしましょうか。やはり大したものではないですが、気に入って貰えるように頑張ったのですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

千華に出された食事に舌鼓を打った鏡壱。

やはり美味かった。

 

今は食後のお茶を啜る。

 

「もう日が昇って随分立ちましたから薬屋も開いていると思いますよ」

 

「そうですか。ならそろそろ行こうかな」

 

元々の目的は薬の買い付けである。

営業時間終了後に辿り着いてしまったので千華に出会い、その好意で一泊させてもらうことになった為、正直忘れかけていた。

 

膨れた腹が伝える充足感。どうにも動く気になれない食後の気怠さに苦しみながらも出掛ける準備を始める。

 

「1人で行けますか?この辺りの道は入り組んでいるでしょう。昨晩歩いた道はわかっていますか?」

 

「ん、ちょっと怪しいですがなんとかなると思います」

 

羽織に袖を通し、荷物に失くしたものでもないかと確認する。銭袋も、袋に納めた刀も肝心の薬箱もある。雑嚢は自分が詰めたものではないから分からないが、まあ大丈夫だろう。

 

「どうにも心配になりますね。私も付き添いましょう」

 

「いや、これ以上迷惑をかけられませんって!大丈夫、大丈夫です!これでも勘の良さには自信があります。適当に進んだって着きますよ!」

 

「それでどこが大丈夫なのでしょうか…」

 

こちらを気遣っているだろうが鏡壱の根拠のない自信に一等不安を覚えた千華。やはり自分がついて行かねばと思わせるには十分だった。

 

「たしか膏薬がもう切れかけでした。行けばなにやら目に留まるものもあるかもしれません」

 

そう言って立ち上がった彼女も出掛ける準備を始めたようだ。

 

鏡壱はもう自分が何を言っても聞いては貰えないことを理解した。世話をかけてばかりで申し訳ないが、あまり道なんて覚えてなかったので助かるのは間違いない。それにまだ千華と居られる、なんとなくそれが嬉しく思えた。

 

「あ、そうだ」

 

懐に納めた銭袋から硬貨を数枚取り出す。薬代というのが如何ほどかは分からないが普段自分が貰っている小遣いと変わらぬくらいであれば、それがジジイの言っていた多めの小遣いとやらに違いはないだろう。

 

「千華さん、千華さん」

 

「どうしました?」

 

「あの、これを」

 

普通に渡しても受け取ってくれないことはこれまでのやり取りで予想出来ていたので机の上に取り出した銭を置く。

 

「少ないですけどお礼です」

 

予想通り。受け取る気がないのだろう。一瞬驚いた顔をした彼女は次に眉間に皺を寄せ、どこか怒ったような、そんな雰囲気を醸して、机に置いた銭を手に取ることもなく口を開いた。

 

「鏡壱君、私はお金が欲しくて貴方を…」

 

「分かってます。けどそれとこれとは話が別です。ジジイ……あっ、えっと普段俺の面倒を見てくれる人が言ってました。受けた恩は必ず返せと」

 

彼女の話を遮り、強い姿勢で告げれば自分が折れることはないと悟ったのだろう。困ったような、申し訳なさそうな顔をして彼女は銭を手に取った。

 

「分かりました。本当は気持ちだけで十分ではありますがそれでは貴方の立場もないのでしょう。これはありがたく頂戴しますね」

 

こちらの想いも察してくれているのだろう。不承不承と言った感じではあるが銭を受けとってくれた千華に改めて感謝を伝え、頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、千華と共に家を出て、町の中央への道すがら。2人は他愛もない話を続けながら歩いていた。

 

「そういえば先程口にした、えっとジジイ…というのは?面倒を見てくれる方と言っていましたがお祖父様ですか?」

 

気なっていたのだろうか。

どうやら慈悟郎について知りたいらしい。

 

「違います。ジジイは昔、孤児だった俺を拾って育ててくれた人で、血縁関係はないです。ジジイって呼ぶのは単に年寄りだから」

 

こうやって口に出すと酷いものである。恩人を見てくれてでジジイ呼ばわり。とんだ恩知らずと思われても仕方ない。だが鏡壱には確かに慈悟郎に対する恩義は感じており、それが到底返しきれるようなものではないことも知っている。

 

「……孤児、だったですか…」

 

だが、どうやら千華の気を引いたのは敬う心を知らぬ不徳でなく、自分の昔の話なようだ。別に話して困るようなことはないのだしと説明することにした。

 

「昔の俺はだいぶ頭のイカれたクソ餓鬼だったので親に見放されて、捨てられてたんですよ」

 

今思い返しても昔の自分はとんでもないクソ餓鬼だったのだろう。というかジジイや麓の町の人との触れ合いを経て、覚えた普通というモノに照らし合わせて考えれば嫌でも理解出来た。目に見える感情もなく、淡々とモノを話す。何をしても無感動。そんなクソ餓鬼捨てられて当然である。

 

「可哀想に。貴方はこんなにも愛らしいのに…」

 

千華は力いっぱい鏡壱を抱き締めた。

きっと彼女は本気で自分の境遇を憐れんでいるのだろう。そんな彼女に説明を続ける。母親は心を精神を患い、父親は自分を捨てて消えた。そう告げれば、なお悲しそうに彼女の顔が歪む。

 

「ほら、俺って髪は緋いし、目は蒼いし。挙げ句の果てにこんな気味の悪い痣が顔の半分にあるから…みんな気味悪がるのは当然なんですよ」

 

慌ててフォローを入れるがどうにも上手く行ってないきがする。

 

冷静になると凄い特徴だと自分でも思う。

日本人など何処へ行ったって基本黒髪黒目である。たまに茶っぽいような髪をした人もいるが緋など他に見たことがない。蒼い目だってそうだ。

だがこの世にただ1人というわけではないらしい。麓の町の人の中に昔、日ノ本の中央で仕事をしていたという老人がいた。

彼に言わせると海の向こうからやってきた欧米という場所に住む人は己と同じように瞳が蒼いらしい。髪にしても緋い者がいるらしい。

日ノ本で異端でも海を渡ればそう珍しいものではない。もしかしたらお前の先祖の中には欧米人がいるのかもしれないな、そう老人は聞かせてくれた。きっと異様な風体に悩む自分を慰めてくれていたのだろう。

 

だが痣はどうか。

生まれついての痣は皆あるらしい。蒙古斑といい、生まれた赤子には痣がある。だがそれは歳を取るうちに消えてしまうようだ。稀に消えないこともあるらしいが、自分にあるものは明らかにソレではない。医術や人体構造に理解のある町の医者のお墨付きである。

 

顔の半分を覆うほどで首にかけてまでも不気味な痣がある。こんな自分を産んだ母親の苦痛はどれほどだったのだろうか。

出産とは女の大仕事。まさに人生をかけた一大事である。それはもう死ぬほど辛いのだと聞かされたし、実際に死ぬこともあるらしい。それほどまでの苦労で産んだ息子がこんな悍しい容貌であれば気が狂ったのも当然かもしれない。

 

母親は結局、姿を消す最後まで自分を息子と認めなかった。だが鏡壱がそれを恨んだことなど一度だってない。むしろずっとずっと申し訳なく思っていた。せっかく苦労をして産んでくれたのに、こんな自分に命をくれたのに貴方を満足させられる普通の子として生まれてこれなくてごめんなさい。それが鏡壱の思いであった。

 

「両親には悪いことをしたって思ってます。きっと2人は幸せだったのに、俺が生まれてなにもかも壊してしまった。俺さえ生まれてこなければってずっと思ってます」

 

生まれたこと自体が間違いだった。

 

小さく呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

パシン、と乾いた音がした。

 

一瞬遅れて自分がぶたれたことを理解した。叩かれた頬がヒリヒリと痛む。

 

「世には言って良いことと悪いことがあります。生まれたことが間違いだ、などと決して口にしてはなりません」

 

普段からは想像がつかないほどに語気を強めた千華に面食らい、口をパクつかせる鏡壱。温厚な彼女に問答無用でぶたれるとは考えてもみなかった。

 

「母君は命懸けで貴方を産んだのです。それを生まれた貴方が否定することだけは許されません」

 

ぴしゃりと言い放った彼女に気圧され、後退る。

 

「それに、きっと。貴方の母君は後悔をしていたのでしょう」

 

母親には後悔があったのだ、そう千華は語る。

全くの他人事のはずなのに彼女の表情は苦痛に満ちていて、どうしようもない悲しいが見えた。

 

「貴方を普通の子として産んであげられなかった、そんな後悔が」

 

普通でないことが悪いことなのだとして。普通に生まれることが出来なかったと悔いている息子がいるのだ。普通に産んでやることが出来なかったと悔いる母がいることの何がおかしい。

 

「だから心を狂わせてしまったのでしょう。本当に貴方のことを嫌い、憎んだのならば殺してしまえば良かった。違いますか?」

 

「そ、それは…」

 

狂ったあの母親も人の子。最低限の情があったからだ。そんなふうに否定するのは容易かった。けれど、千華の言うとおりに母親にそんな後悔があって自分を責めていたのだとすれば。

 

「そうしなかったのは貴方への確かな愛と、後悔があったからだと私は思うのです」

 

「―――ッ」

 

頭を鈍器で殴られたような衝撃であった。

 

無関心なのではなかった。認めていないのではなかった。

たしかに異様な息子に対する嫌悪はあったのかもしれない。それでも腹を痛めて産んだ我が子が可愛くないはずがない。そんな嫌悪に反する愛情と、普通に産んであげられなかったという後悔が母を苦しめ、狂わせたのかもしれない。

 

もし本当にそうだったなら鏡壱は動揺を抑えられなかった。

 

「だから鏡壱君。生まれた事が間違いなどと口にしてはいけません。貴方はたしかに望まれてこの世に生を受けたのです」

 

「……はい」

 

真偽は分からない。

肝心の母親は姿を消し、生きているかももう分からない。答えは闇の中に消えた。

けれど、そうだったのかもしれない。そんな可能性だけでも鏡壱にとっては大きなものだった。

 

「生まれたからには生きなさい、精一杯に。愛し、愛されること。自分の幸せを求め、誰かに幸せを与えなさい」

 

自分が満たされているのならば他はどうでも良い。そんな虚しい人間にはなるな。慈しむ心を忘れず、困る誰かに手を差し伸べられる人間になるのだ。

 

「自らの生に意味を見出し、大切なモノを積み上げ、最後は誰かに託すのです。それが生きるということです」

 

いつも通りに、いや、それ以上に優しく微笑んだ千華は鏡壱の頭を撫でる。そう語った彼女の姿がとても眩しく見えた。

 

 

 

 

 






指摘もありましたがこの立志編、作者も寒いことやってるなとは思ってますがどうかもう少しお付き合いください。なんとか楽しんでいただけるよう書いてるつもりではありますが中々難しいもので己の非才を嘆くばかりです。

話は変わりますがネタの解説はするもんじゃないと思ってます。なのでしません。が、素振りのくだりで疑問というかなんというかの声がいくらかあったので気になってます。
もうハンターハンターって皆知らないの…?

これがジェネレーションギャップか。

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