火葬曲   作:海月大和

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ニコニコで動画に投稿されたNO.D様の火葬曲を小説化しました。よろしくおねがいします。

原曲様 → https://www.nicovideo.jp/watch/sm6074567


プロローグ:焔と少女 1.楽譜(スコア)の焼き場って知ってるか?

 赤々と燃え上がる楽譜たち。月明かりを浴びて歌うツインテールの少女。

 

 楽譜(スコア)の焼き場と呼ばれる場所に僕はいた。

 

 街の外。だだっ広い草原は夜の星々を眺めるには最適の場所であろうが、僕の目が映すのは月でも星でもなく燃え尽き灰になる楽譜たちとそれを弔う1人の少女だ。

 

 優しい、しかし切なさを伴う彼女の歌声に僕は惹きつけられ、誰にも届かなかった楽譜たちの最後の輝きを目に焼き付ける。

 

 涙が出た。

 

 僕の楽譜があの中にあるからじゃない。美しい絵画のような光景が何故か胸に強く迫ってきたのだ。

 

 生涯忘れない、忘れることのできないだろう光景。この儀式に立ち会うきっかけは、1人の友の言葉だった。

 

 それは今日という日が何事もなく始まり、僕と彼女の運命が交差する少し前のこと。

 

 退屈で憂鬱な日々に埋もれていた僕の日常がゆっくりと変わりはじめた日の、何の変哲もない朝に時間は巻き戻る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小鳥たちの合唱が聞こえる。

 

「んぁ……?」

 

 心地よいまどろみに浸っていた僕は、自分の間抜けな声によって意識を取り戻した。頬に当たる硬い木の感触。起き抜けの目を刺す強い日差し。瞼を持ち上げれば、机の上に乱雑に置かれた五線譜が目に入る。無意味に動かした指にぶつかったペンが、ころころと転がって床に落ちた。

 

 どうやら、作曲の途中で寝てしまったらしい。変な体勢で寝たおかげで張ってしまった首筋を揉みながら、僕は机から頬を離し、背凭れに体重を預けた。

 

 どこまで書いたっけ?

 

 机上に散らばった五線譜に目を落とす。真ん前にある紙に書かれた終止線を見つけて、僕はようやく思い出した。

 

 そうだった。夜更かしして一曲仕上げたんだっけ。

 

 しょぼしょぼの目を擦り、僕は出来上がったばかりの曲を掻き集める。とんとんと端を揃えて並べ替え、机の引き出しから取り出したクリップで紙束を留めた。

 質素極まりない壁掛け時計を確認すると、朝をとっくに通り越して昼に近い時間だ。思い出したように腹が鳴る。曲も出来たことだし、僕は外出することに決めた。

 

 伸びをして立ち上がり、半開きのカーテンを開いて窓を押し開けると、ヴァイオリンの音色が聞こえてきた。見れば、向かいのアパートの窓からシックな色合いの音符がぷかぷかと流れ出てきていた。人の頭ほどもあるそれは、風に乗るシャボン玉のように広がって散っていく。

 顔を下に向ければ、ストリートミュージシャンがギターを掻きならし、カラフルでポップな色つきキャンディみたいな音符を垂れ流して歌っていた。

 

「やってるなぁ」

 

 僕は気分良く呟いた。

 ここは音楽のメッカ。ポリヴォラ。音楽がカタチになる街だ。

 今日もこの街は音に満ち満ちている。

 

 

 

 

 顔を洗い、服を着替え、水を一杯飲んで、出来上がったばかりの曲と財布を肩掛けバッグに突っ込んで。僕は住み慣れたアパートを後にした。

 

 玄関から一歩外に出れば人の行き交うストリート。人通りに混じって僕は歩き出す。

 

 空きっ腹をさすりつつ、人の流れに合わせて植木の並ぶ歩道を歩いていくと、僕の視界にホットドック屋のフードワゴンが見えた。ラジオからは店主の趣味なのか、落ち着いたクラシックが流れてくる。機械的なグレーの音符は、やっぱりちょっと味気ない。録音した音楽より、生演奏のほうが何倍も味わい深いのだ。

 

 とまあ、それはさておきだ。丁度いいな。腹ごしらえをしていこう。

 

「おじさん、ホットドッグひとつ」

「毎度!」

 

 景気のいい声を出すおじさんからホットドッグを受け取り、歩きながら頬張る。そうして行く内に目当ての通りに差し掛かったので、あっという間に腹に収めたホットドックの包み紙をくしゃくしゃに丸めてゴミ箱に入れ、角を折れて目的地を目指した。

 

 街の中心地、ボランダストリート。

 

 だだっ広い道の両脇にはレンガ造りの建物が立ち並び、楽器屋、楽譜屋、ライブスタジオ、劇場、喫茶店エトセトラエトセトラがずらりと軒を連ねる。

 いたるところで路上ライブが催され、わいわいがやがやと活気に溢れていた。情熱的な赤色、透き通るようなクリアブルー、高貴さを感じさせる紫紺、陽気さを弾けさせるレモンイエロー、様々な音楽記号がそこかしこに飛び交って、さながらお祭りのようだ。

 

 今でこそ見慣れた光景だが、名の知れた作曲家になることを夢見てこの街を訪れた当時は、現実離れした風景に心奪われたものだった。

 それから一年と九ヶ月。未だ持ってヒット曲の一つも飛ばせない身ではあるけれど……。鞄の中に収められた曲は一ヶ月かけて書き上げたもので、それなりに自信がある。今日はこれを楽譜屋に売りに行くところなのだった。

 

 楽譜屋は楽譜を買い取り店先に並べ、アーティストは気に入った楽譜を演奏権ごと買って演奏する。有名アーティストの目に留まれば、一気に名を広めることも夢じゃないのだ。事実、そうやって全国に名を知られた作曲家は少なくない。

 

 そういう意味では、ここポリヴォラはロマンに溢れた街と言えるだろう。

 

 目新しいグループやソロ歌手の路上ライブを通り過ぎざまに見物した僕は、ストリートに何軒かある楽譜屋のうちの一軒へ足を向けた。

 所狭しと楽譜が並べられた店内を一直線に横切り、カウンターへ。

 

「おう、カイトか。久しぶりだな」

 

 顔馴染みの店長が挨拶してくる。この店は無名のアマチュアからプロまで、幅広く楽譜を扱ってくれる店だった。

 

「久しぶり。早速だけど、一曲仕上げてきたんだ」

 

 鞄から出来立てほやほやの新曲を取り出して店長に手渡す。

 

「どれどれ」

 

 店長は渡された楽譜をぱらぱらとめくった。本当に読んでいるのかと疑わしくなるくらいのスピードだ。それから一度紙束を整え、今度はじっくりと読み始めた。

 

「どうかな?」

 

 僕の声に期待が混じるのも仕方ない。あれこれと試行錯誤して仕上げた力作なのだ。

 

「3500……いや、4000だな」

 

 真剣な表情で楽譜を精査した店主が言う。僕は耳を疑った。

 

「ちょっと待ってくれよ。いくらなんでもそれはないだろう?」

 

 せめて一万はいくと思っていたのに、半分以下だって? 冗談じゃない。

 

「4000だ。それ以上は出せん」

 

 食ってかかる僕に頑として言い放つ店主。

 

 俺の鑑定に文句があるってのか、小僧、あぁん? そんな啖呵が聞こえてきそうな迫力に、僕はぐっと言葉に詰まる。しかし、このまま付け値で買われるのは我慢ならなかった。

 

「……分かったよ。他を当たる」

 

 ふてくされたように言って、僕は分からず屋の店主に背を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ~……」

 

 何度目かの溜め息がこぼれた。

 

 あれから目ぼしい楽譜屋、楽器屋を巡ったけれど、どこも最初に入った店とほとんど変わらない評価しかしてくれなかった。玉砕十二件目の店の前で、僕はがっくりと項垂れる。

 

 なんてことはない。分からず屋なのは僕の方だったのである。

 

 この曲の何がそんなにダメだって言うんだ? さっぱり分からない。色々悩んで、考えた末に出来た僕の苦労の賜物なのに。

 

 僕はぼんやりと空を見上げた。ファンキーなグラデーションの音符がふらふらと飛んでいる。石をぶつけて落っことしてやりたくなった。

 

いけない。思考がダメな方向に向かってる。

 

 僕は軽く頭を振って負の思考を振り払った。

 

「どうしようかな……」

 

 とっとと楽譜を売っぱらってハーゲンダッツでもやけ食いしようか、なんて自暴自棄なことを考えてとぼとぼ歩いていると、僕の後頭部に軽い衝撃が走った。

 びっくりして振り返る。

 

「よっ、どうした兄弟。しけたツラしてんな?」

「ケイ」

 

 僕は後頭部に手を当て、空手チョップの形で手を挙げる友達の名を呟いた。ビジネススーツに身を包んだケイは、サングラスをちゃっと外して胸ポケットに差し、にかっと笑った。

 

やめてくれ。今の僕に君のイケメンスマイルは眩しすぎるんだ。

 

「飯食いにいかねぇか?」

 

 ケイがポケットに手を突っ込んで言った。

 

「ちょっと待って」

 

 僕は財布を取り出して持ち合わせを確認する。鞄の中の楽譜の存在がちらっと頭を掠めたが、後で売っても値段に変わりはないだろう、と結論を下して、僕はケイに答えを返した。

 

「いいよ。行こう」

 

 ちょうど、やけ食いでもしたい気分だったしね。僕は心の中で独りごちた。

 

 

 

 ケイの行きつけだというその店は、本人のセンスの良さを反映するように洒落た内装をしていた。

 

 黒と白を基調に、艶のある木材を使って構成された店内は、飲食店というより喫茶店に近い雰囲気だ。店の奥には小さいけれどステージがあって、金髪の女性がキーボードを鳴らしている。淡いパステルカラーの音符がくるくると店内を回っていた。

 

「ん~、やっぱりクリスティーナのキーボードはいいねぇ」

 

 ケイは椅子の背を引きながらクリスティーナと呼ばれた女性に手を振った。クリスティーナもケイに気づいたようで、ウインクしてそれに応える。

 

「知り合い?」

「まあな。何度か一緒に仕事した」

 

 俺もう決めてるから。ケイはそう言ってメニューを僕に渡す。

 ケイは海鮮パスタを頼み、僕はサンドイッチとピラフとオムレツとサラダとスープとパフェを頼んだ。

 

「お前、なんか嫌なことでもあった?」

 

 テーブルにずらりと並んだ料理を辟易したように眺めて、ケイは僕に尋ねた。

 

「新曲の評価が思ったよりもずっと低くてね。ちょっと凹んでる」

 

 もう何軒も似たようなジャッジを下されたので、さすがに僕も自己評価に自信がなくなってしまった。最初のときよりも冷静に事情を説明できるくらいには、頭もクールダウンしている。

 

「見してみ?」

 

 ケイがフォークを置いて手を伸ばした。食べかけのサンドイッチを片手に鞄をまさぐり、僕は楽譜の束をケイに渡す。

 

「ふぅん」

 

 ぱらりぱらりと興味無さげに流し読みしたケイは、テーブルに楽譜を放って一言。

 

「つまんねぇ」

 

 ばっさりだった。言葉の棘が僕の額にぐっさりと突き刺さる。

 

 ど真ん中ストレートな物言いはケイの特徴だ。こと音楽に関しては尚更。それでも怒る気分にはならない。完成直後の興奮から冷めたおかげでもあるし、こう見えてケイはプロのピアニスト。ケインズ・カークランドと言えば、この街ではKKのニックネームで知られる、ちょっとした有名人だ。

 

 プロの率直な意見を聞けたと考えれば、僕の心の傷も浅くて済む。

 

「悪かないんだけどなぁ、小奇麗すぎるっつうの? ぶっちゃけしょぼい!」

 

 無造作に傷口広げないでよ。僕は抗議の代わりに、オムレツにフォークをぶっ刺して噛み付いた。

 

「お前、これ作るのにどれくらいかかったの?」

 

 パスタを口に運びながら、ケイが訊いてくる。

 

「一ヶ月」

 

 僕は正直に答えた。取り繕ったって仕方が無い。

 

「また眉間に皺寄せて、うんうん唸りながら書いたんだろ?」

 

 ケイは眉根をつまんで見せる。揶揄する響きに反発して、僕は不機嫌に言い放った。

 

「そうだよ。悪い?」

「悪いに決まってんだろ」

 

 コップの水を飲み干して、ケイは僕を指差す。

 

「だいたいお前、曲作るときにあれこれ悩みすぎなんだよ。もっとインスピレーションを大事にしろ」

「インスピレーションって?」

「こう、胸の奥からぐわ~っと溢れてくる熱い衝動だよ。分かんだろ?」

「う~ん……?」

 

 僕は首を傾げた。ケイの音楽論は、僕にはいまいちぴんとこない。悩まずに良い曲が書けるものなのだろうか?

 

 僕の心に自分の言葉が響いていないと察したのか、ケイは自分の音楽論を振りかざすのを止めた。

 そうしてパスタを平らげたケイは、二つ目のサンドイッチに取り掛かった僕に向けて、ぽつりと言った。

 

「なあ、カイト。楽譜(スコア)の焼き場って知ってるか?」

 

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