火葬曲   作:海月大和

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11.転機

 泥のように眠りこける僕を起こしたのは、アパートの呼び鈴だった。連続で鳴らされるベルに気付いた僕は、のっそりと寝床から這い出して、眠りへの誘惑に抗いながら訪問者を迎え入れた。

 

「寝てたのか?」

 

 尋ねてきたのはケイだった。彼は床に積まれた音楽雑誌やテーブルに転がる空き缶を見やりながら、寝ぼけ眼の僕に言った。

 

「うん。……今、お茶出すよ。散らかってるからベッドにでも座って待ってて」

「おう」

 

 欠伸交じりの僕の応対に気を悪くするでもなく、ケイは言われたとおりベッドにどっかりと座り、足を組む。ぴしりと着こなしたビジネススーツの膝に皺がよった。

 

 台所に立った僕は棚から急須とお茶っ葉を引っ張り出して、湯飲みを二客手に取る。やかんにミネラルウォーターを注いでコンロにかけ、手持ち無沙汰な間に顔を洗った。いくらかすっきりした頭で思う。

 

 そういえばケイが尋ねてくるなんて珍しいな。

 

「今日はどうしたの?」

 

 僕の部屋を観察していたらしいケイが僕に目を向ける。

 

「ああ、ガドの親父さんから聞いたんだ。お前が面白い曲を書いたってな」

「それでわざわざ? ケイ、暇なの?」

「昼まで寝てる奴が言うことかよ?」

 

 確かにそうだ。僕は返事の代わりに肩をすくめた。何がおかしいのか、にやにやしながらケイが言う。

 

「親父さんが言ってたぜ。若ぇやつはちっとばかし目を離すといつの間にか変わりやがる、とさ」

 

 にやつくケイの目線は楽譜が散乱する机に注がれていた。目聡いなぁ、とケイの旺盛な好奇心に呆れていると、やかんから蒸気が吹き出し、水が沸騰するぼこぼこという音が聞こえてきた。ちょっと温めすぎたか、と僕は慌ててコンロの火を消す。

 

 茶の葉を入れた急須に熱湯を注ぎ、無骨な湯飲みにお茶を注いでいく。最初は少なく、数回に分けて淹れるのがポイントだという、うろ覚えの知識を使ってお茶を淹れ終えた僕は、ケイにあつあつのお茶を手渡した。

 

「サンキュー。ってなんだこの飲み物?」

 

 湯飲みを覗き込んだケイが、疑問の声を上げる。

 

「あれ? ケイ、緑茶は初めてだっけ?」

 

 そういえば、前に来たときはケイの好みに合わせてコーヒーを出したんだった。数週間前の記憶を思い出す。習慣的に、無意識にお茶の種類を選んだせいで、今回は故郷の味をチョイスしてしまったらしい。

 

「お~、これが噂のグリーンティーってやつか」

 

 呟いて、ケイは緑茶を一口含む。舌の上で転がして、こくんと喉を鳴らした。

 

「どう?」

「ふぅん。ま、悪かないな」

「そっか。良かったよ」

 

 口に合わなかったらという僕の心配は杞憂に終わったようだ。合わないなら合わないでしょうがないけど、自分の国の文化はやっぱり受け入れられたいものだ。

 

 隅に追いやっていた足の短いテーブルをベッドの傍に移動させ、自分の分のお茶を置く。朝方まで使っていた椅子を回転させて、僕は腰を下ろした。物珍しそうに緑茶を味わっていたケイは、組んだ足を解いてテーブルに湯飲みを置き、おもむろに切り出す。

 

「“楽譜(スコア)の焼き場”に行ってきたんだろ?」

「うん」

「どうだった?」

 

 僕の反応を窺うように、楽しげにケイは訊いてきた。実際、面白がっているのだろう。

 

「まあ、すごいところだったよ」

 

 色々あったことを説明しようかどうか迷った僕は、結局短い言葉でごまかした。

 

「そうだろうな。あそこは……そう、『衝撃的な』場所だ」

 

 至極曖昧な僕の表現がお気に召したようで、ケイは上機嫌に笑う。ケイもかつてあの光景を見たんだろうな。そう思わせる言い方だ。もっとも、どう感じたかには違いがあるみたいだけれど。

 

「で、新しい曲を書いたと」

 

 自身の膝に頬杖を突いて、意味ありげな視線を僕の背後に送る。その視線の先には、机の上に散乱した新譜があった。

 

「読んでみる?」

「おう」

 

 先だっては、僕の書いた曲をつまらんと一蹴したケイが、興味津々といった感じで新作を所望する。自分で言うのもなんだけど、僕なんかが書く曲をどうしてそんなに読みたがるのか、ちょっと疑問だ。喜ばしいことなのだけど、少し腑に落ちない。

 

 そんなことを考えながら、ばらばらに散らばっていた紙をまとめて順番どおりに直した僕は、それをケイに手渡した。

 

「へぇ?」

 

 一枚目に向き合ったケイが呟く。瞬間、笑みを消して真剣な目で曲を読み始めた。眼球が目まぐるしく左右に流れ、紙を繰る軽い音が連続する。黙々と新譜を読み進めたケイは、最後の一枚まで目を通すと瞳を閉じた。

 

 今しがた読んだ曲を脳内で再生しているのだろう。やがて目を開けたケイは、口の端が吊り上がるほどに深い笑みを浮かべ、

 

「面白ぇ」

 

 と言葉を零した。

 

 意外な評価に僕は驚く。ケイには過去幾度か批評をもらったけど、こんな感想を漏らしたのは初めてのことだ。

 

「この曲、名前は?」

「名前?」

 

 はたと気付く。そういえば題名なんて考えたこともなかった。僕は名前名前と呟きながら頭を悩ませる。

 

「ええと、火葬曲……かな」

 

 考えた末に出てきたのはこんなタイトル。

 

「火葬曲、ね。ますます面白ぇ」

 

 さらに笑みを深めたケイは、僕へ目を向けてこう言った。

 

「なあカイト。この曲、あの緑髪の子のために書いたろ?」

「分かるの?」

 

 再び僕は驚く。一度読んだだけでそこまで看破するなんて。

 

「舐めんな。俺はプロだぜ。これくらい分かるっての」

 

 言いながら、ケイは楽譜を僕に突き返す。さすが、天下のKK様にはお見通しというわけか。尊大にも思える台詞に、僕は感心するやら呆れるやら、複雑な心境で自作を受け取った。

 

「ま、事情を知ってりゃ俺じゃなくたってピンとくるがな」

 

 ケイは小声でそんな言葉を付け足す。それから、とんとんと人差し指で膝を叩いた。

 

「カイト、もう四つ、楽譜を書けるか? ピアノとキーボードとギターとドラムで四つだ」

「もちろん書けるよ。っていうか、書くつもりだったけど?」

「なら書いてくれ。で、どれくらい時間が掛かる?」

「4・5日あれば」

 

 突然どうしたというのだろう? 矢継ぎ早なケイの質問に、僕は戸惑うばかりだ。何かを計算しているのか、ケイは忙しなく人差し指を動かす。

 

「よし」

 

 とんと指を下ろしたケイは、一人納得した様子だ。

 

「その曲、ミクって娘に歌ってもらうつもりなんだろ、カイト?」

「そりゃ……出来ればそうしたいと思うよ」

 

 何から何まで見透かされていることに居心地の悪さを覚えながら、おずおずと僕が答えると、ケイはすっと立ち上がる。

 

「それなら――」

 

スーツのポケットに手を突っ込んで、にやりとケイは笑った。

 

「派手にいこうぜ」

 

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