火葬曲   作:海月大和

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18.君の味方

「火葬パーティーだ!」

 

 ミクに席を譲る形でカウンターに移動したケイが、隣に客が居ないことをいいことに両腕を大きく広げる。自信満々の表情は俗にいうドヤ顔というやつだ。

 

「仮装パーティー?」

 

 その場に居合わせた皆が首を傾げる

 

「って、あの変装して参加する………?」

 

 小奇麗なブラウスにホットパンツ、似合いのニーハイブーツを身に着けたミクが目をぱちくりさせて呟く。

 

「ああ、違う違う。コスプレじゃなくて燃やす方の火葬な」

 

 背を逸らし、カウンターに両肘を付いてひらひらとケイは右手を振った。

 

「大量の楽譜をステージに並べてよ、歌と一緒にぼんっと燃やすのさ。野外ステージに何本も火柱が立ち上る。どうだ?」

 

 良いパフォーマンスになるだろ? とケイはしたり顔で面々を見回す。大胆不敵とも言える構想に面食らったメンバー達は、各々が思案顔でケイの提案を吟味しているようだ。

 僕自身に限って言えば、ケイの言っていることには肯定的だった。抑えるのが難しいなら逆に利用してしまえ。発想の転換というやつで、いかにもケイらしいとてもクールな発想だった。

 

「もちろん事前対策は入念に行うつもりだぜ。安全安心が最優先よ。スタッフとも充分に打ち合わせるつもりだしな」

 

 重ねてケイが不安を取り除きにかかる。楽しそうに飄々と語るが、彼の眼は真剣だ。発起人としての責任は重々承知している。そんな雰囲気があった。

 

「いいんじゃないか? 面白そうだ」

 

 口火を切ったのはギタリストのニックだった。一同の視線を浴びながら、彼は軽々と言葉を継ぐ。

 

「火葬パーティー。結構じゃないか。いっそ派手に弔ってやった方が湿っぽくやるより断然良いだろ? なぁ?」

 

 そう言って、僕に同意を求めた視線を寄越す。

 

「そうだね。僕も賛成だ」

 

 あえて僕も気負いなく言ってみせる。緊張の極地にあるミクに対する配慮のようなものだった。縮こまって成り行きを見守る彼女は、自身の身の振り方に関わることだというのに口を挟む余裕もないらしい。

 

「俺は一向に構わない。演出に関することには口出ししないつもりだ」

 

 どっかりと腰を据えたグレイグが低い声で意見を述べる。無骨な印象通り、彼は自分の演奏が出来ればそれでいいタイプのようだ。

 

「ちょっと。外野で盛り上がるのは勝手だけど、主役の意見もちゃんと聞かないとダメよ」

 

 クリスがやんわりと皆に注意を促した。彼女の言う主役とは、言うまでもなくパーティーでメインを務めることになるミクのことだ。ライブ慣れしている他のメンバーと違って、ミクは正真正銘の初舞台で、しかも重い十字架を背負っているようなもの。

 

「わ、私は……」

 

 俯き、膝に乗せた拳を震わせて、ミクは口ごもる。細い肩は不安に押しつぶされそうなほど華奢で、この場に出向いてなお、彼女は迷いを振り切れないでいるのだろう。

 

「大丈夫」

 

 彼女にかける言葉は、自然と僕の口から零れ出た。

 

「君は思いっきり歌うことだけ考えればいいんだよ」

 

 ミクの視線が僕の顔に注がれる。安心させるように、微笑んでみせるとミクの顔色が少しだけ和んだ。

 

「そうそう、面倒な段取りはぜ~んぶこの俺に任せな。一から十まで全部面倒みてやっから」

 

 ケイが自慢げに鼻を鳴らした。クリスが気遣わしげにミクの拳に手のひらを重ねる。ニックは口の端に茶目っ気を交えて穏やかにミクを見守る。グレイグは何にも動じない岩のように腕を組んで鎮座する。

 皆が皆、ミクが歌うことを肯定していた。一人の少女の身を案じていた。もっと言えば、少女の未来を案じていた。

 

「大丈夫」

 

 僕はもう一度繰り返す。

 

「皆、君の味方だよ」

 

 だから、何も心配しなくていいんだ。そういう気持ちを込めて、僕は彼女に微笑みかける。

 

「……ありがとう、ございます」

 

 ミクの目じりから一粒、涙が零れた。

 

「私、歌います。精一杯歌います。歌わせてください!」

 

 潤んだ瞳に決意を乗せて。少女は決然と宣言をした。ぐっと両拳を握り締めて決然と一同を見返すミクの表情からは、一切の躊躇いが払拭されていてやる気が漲っている。固く閉じた殻が破られ、明るい兆しが隙間から零れ出た瞬間だった。

 

「いよぉし! よく言ったミクちゃん! つーわけで……」

 

 パチンと指を鳴らし、嬉しそうにケイが声を上げる。そして、

 

「リリィちゃーん! ワインちょうだい。赤の濃い~やつ」

 

 カウンターの向こうにいる金髪ロングヘアの女店主に向けて注文を出した。黒く艶のあるヘソ出しジャケットを着たその女性はこちらを振り向き、はいはーいと愛想よくオーダーを受ける。

 

「なにが『つーわけで』なのよ。打ち合わせ中にお酒飲む気?」

 

 クリスが渋面を作ってケイを咎めた。非難の色を含んだ視線がケイを射抜く。

 

「堅い事言うなって。今日は単なる顔合わせなんだからよ。大して重要な話もしないし」

 

 飄々と、というよりもへらへらといった態度でケイはクリスの注意を受け流した。すると、その言を受け取ってかニックとグレイグが相次いで手を挙げる。

 

「それなら俺はウォッカをもらおうかな。もちストレート」

「では俺はウイスキーをロックで」

 

 ボトルとグラスを手にしたリリィという女性が、は~いと明るい返事を返してくる。

 

「あなたたちまで! またそんな強いお酒頼んで……。ぐでんぐでんに酔いつぶれたって知らないわよ」

 

 クリスは眉間を揉んで呆れたように言葉を漏らした。それから釘を刺すように三人に言う。

 

「言っとくけどあたしは飲まないわよ。車で来てるんだから。それと飲みすぎ禁止ね」

「へーきへーき。加減くらい出来るって」

 

 ニックが軽く言い放ち、グレイグが同意するように頷く。ケイに至っては、もう既に赤い液体が注がれたグラスを片手に持ち、くるくると回していた。

 

「はぁ、この飲んだくれたちはまったく……」

 

 マイペースな男三人に向けて溜め息を吐き、クリスは僕とミクを視界に入れる。

 

「あたしはジンジャエールでも頼もうと思うけど、あなたたちはどうする? コークでも頼みましょうか?」

「わ、わたしもジンジャエールでいいです」

 

 まだ場に馴染めないミクが控えめに主張した。

 

「それじゃ、僕も同じで」

「分かったわ。マスター、ジンジャエールを三つ頂戴」

 

 クリスがオーダーを頼むと、ウイスキーとウォッカのボトルを手にした金髪碧眼の女性がにっこりと微笑む。透明に近い液体の入ったグラスと、茶色い液体に丸い氷を浸したグラス、それとしゅわしゅわと泡立つ茶色がかったハチミツ色のグラスをトレイに載せて、リリィと呼ばれたまだ年若い女性は僕らのテーブルに近付いてきた。

 

「なぁに? 今日は皆してお楽しみね。なにか面白いことでも始めるつもり?」

 

 それぞれのグラスをテーブルに置きながら、リリィさんはケイに問いかける。

 

「おうよ。近々新人ちゃんのお披露目パーティーがあってな。今日はその顔合わせだ」

「あらあら、それは面白そうね」

 

 リリィさんはころころと笑い、悪戯っぽく口端を歪めた。

 

「もちろん、私も仲間に入れてくれるんでしょう?」

「ああ、大歓迎さ。チケットが出来たら持ってくるよ」

「まあ嬉しい。じゃあ私も常連さんに声を掛けておこうかしら」

「そいつぁ頼もしい。ぜひ頼むよ」

「分かったわ。それじゃ、またね」

 

 リリィさんはウインクを一つしてカウンターへ戻っていった。ごほん、とケイが咳払いをして、ワイングラスを目前に掲げる。ミクを除く四人が示し合わせたようにグラスを掲げ、一拍遅れてミクもそれに習う。

 

「そんじゃま、ミクちゃんのデビューが無事成功に終わることを祈って」

 

 ケイが微笑みを湛えて皆を見回した。リラックスした表情でそれを聞く三人と、緊張に身を固くする一人。集まった面子を睥睨して、ケイはにやりと口角を吊り上げる。

 

「乾杯!」

「「「「乾杯!」」」「か、乾杯!」

 

 キィン、とガラスを打ち鳴らす澄んだ音が酒場に響いた。

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