季節の変わり目が曖昧なこの土地で、それでも日々の移り変わりを感じられるのは日の長さくらいのものだ。ボランダストリートの一角、とある喫茶店の窓際から傾き始めた太陽を見て思う。あと3時間ほどであの太陽は地に沈むことだろう。
ふかふかの一人用ソファに背を預けて僕はコーヒーと皿に盛り付けられたソフトクリームを楽しんでいた。この喫茶店は僕の行きつけの店で、40代のおっちゃんが切り盛りしている。いかつい風貌と太い指先に似合わず、甘いもの好きのおっちゃんが器用に作るチョコパフェに惚れて以来、僕はここに入り浸っているのだ。
時刻は4時を少し回ったところ。店内に飾られた時計を見て僕はかすかに首を傾げた。おかしいな。もうとっくに来てもいい時間なのに。
向日葵のような笑顔を思い浮かべながら窓の外の人通りを眺める。ここ最近、日課になりつつあるリンちゃんへの個人教師はもう二週間になった。学校終わりのリンちゃんは大抵真っ先にここに来るので、4時前には勉強会が始まっているのだけど。
何かあったのかな?
そう思いつつもたいして心配はしていなかった。昨日別れたときは別段変わった様子はなかったし、あの年頃なら他にやりたいことも出来るだろう。ちょっと寄り道、なんてこともあり得る。
それから数分後、ミント味のソフトクリームをあらかた片付けたときにリンちゃんは店に現れた。動きやすそうなキャミソールにホットパンツ姿。頭のリボンは相変わらずだ。
「ごめんね、カイにぃ! ちょっと遅れちゃった!」
「いいよいいよ、そんなに待ってないし。それより……」
困り笑顔のリンちゃんの隣に視線を向ける。いつぞやのリンちゃんと似たような、白地に黒と黄色のアクセントが入ったセーラーを着て、黒ベースに黄色いラインが入った短パン、膝下までの黒いブーツを穿いた黄色い髪の男の子が立っていた。
「ほらほらなにしてんの! レンもちゃんと挨拶して!」
僕の目線を追って気付いたのか、仏頂面のその子を前に押し出して、リンちゃんは怒ったように言った。僕のすぐ近くまで来た男の子は、険しい顔つきで、
「どうも。レン・ミラトーンです。いつも姉がお世話になってます」
と素っ気無く挨拶をしてきた。
「君がレンくん? 初めまして。僕はカイト。会えて嬉しいよ」
僕はにこやかに笑って手を差し出す。しかし、レンくんは僕の手をすぐには握らず、値踏みをするかのように僕を睨め回した。瞳には若干の警戒の色が見える。
なんだろ、もしかして嫌われてるのかな? 笑みが少しばかり引き攣った。
「よろしく……」
微妙な間を置いて僕の手を握ったレンの表情は、やはり固い。こころなしか視線も冷たく感じた。
「こら! なによその態度! レンの方から言い出したんでしょ、一緒に行くって」
ぷんすかと表すのが最適な表情で、リンちゃんはレンくんの頭を叩く。
「ぃって! なにすんだよこのブス!」
レンくんは顔をしかめて言い返した。すると勢いよくリンちゃんの頭から湯気が上がった。
「な・ん・で・す・って~?」
額に青筋を立てたリンちゃんがレンくんの頬をぐい~っとつねる。負けじとレンくんがやり返そうとするが、僕がそれを遮った。
「二人とも落ち着いて! お店の人が困ってるよ!」
見ると、店長や店員を含めた数人の視線が注がれている。それに気付いた二人は一瞬バツが悪そうにしたあと、フンとそっぽを向いた。
なんだか今日は荒れそうだなぁ。と思ったとき、レンくんがぽつりと呟いた。
「ったく。警戒心なさすぎんだよ、リンのやつ」
「なんか言った?」
「なんでもない!」
たぶん誰にも聞こえないように言ったのだろう。だが偶然にも耳に届いたその内容から、僕はぴんと来た。この子、リンちゃんを心配してるんだ。
どこの馬の骨とも分からないような男と一緒に二人きりで勉強会。確かに女の子にとっては不用意この上ない状況だ。喧嘩中で素直になれないながらも、彼は好きな姉の身を案じてここに付いてきたんだろう。
疑問が氷解すると同時に微笑ましい気分になった。これならこの二人が仲直りする日も近いに違いない。
「どうぞ二人とも席に着いて。今日は僕の奢りだよ」
「え!? ダメだよカイにぃ! そういうのはナシ!」
いつもは勉強料だと言って頑なに自腹を払うリンちゃんだ。当然の反応だった。レンくんもびっくりしている。
「いいんだよ。お近づきのしるしってやつさ」
そう言って二人に笑いかけて見せる。だって僕はこの姉弟が好きになったんだから。心の中でひっそりと思った。