郊外。夜。厳重な持ち物検査とボディチェックをパスして僕はパーティー会場に足を踏み入れた。今夜のライブには“特別な舞台装置”を使用するということで、楽譜やそれに類いするものの持ち込みは禁止となっている。事前に告知され、周知されていたのでそのことに反発する人間はいないようだ。
石壁を敷き詰めたような無骨な舞台の周りには、照明やアンプなどの設備が設置されていて、そこを起点に扇状にテーブルや椅子が置かれている。招待された客たちはテーブルに乗っている料理に手を付けながら歓談に興じていた。足元には柔らかい光を放つ間接照明が置いてある。それがまた特別感を演出していて、どことなくドラマチックだ。
客席のなかには四角い金属製の囲いがポツポツと間隔を置いて設置してあり、その中には大量の楽譜が山となって積まれている。なるほどこれが一斉に炎に包まれたなら、さぞや会場は盛り上がることだろう。
会場を見回していた僕の目に、見慣れた人物の姿が映った。ケンジロウさんとルカさん、そしてミクの三人だ。手を降って笑顔を向けてくる彼女たちに、笑みを返しながら近づいていく。
「こんばんは、カイトさん」
ワイシャツにベストを羽織り、臙脂色のネクタイを締めたケンジロウさんがにこりと微笑む。隣のミクは、白地に青の装飾が入ったドレスを着ていた。ミニスカートに黒いニーハイソックス、胸元には青いチョーカーを巻いている。
「こんばんは、ケンジロウさん。ミク、いいドレスだね」
「あ、ありがとうございます」
褒められなれていないミクはやっぱりもじもじと照れてしまうのであった。かわいい。
「ハァイ、カイトくん。私にも一言ちょうだいな?」
黒をベースにして赤色を随所に散りばめた、大人っぽいドレスを着こなすルカさんが冗談っぱく言ってポーズをとった。
「こんばんは、ルカさん。今日も一段とお美しいですね。ドレスがとてもお似合いですよ」
「あら嬉しい。カイトくんったら褒め上手ね。ステキよ、いい男」
演技がかった感じで言ってみると、ルカさんはふふっと笑ってノリよく返してくれた。相変わらずユニークなひとだ。ケンジロウさんもミクも楽しそうに笑っている。
『あー、あー。テステス』
和やかな空気が流れる僕たちの間を、マイクテストの声が通り過ぎた。声の元へ顔を向けると、ステージの上でケイがマイクを持って立っている。
『レディース&ジェントルメン!今夜はパーティーに来てくれてありがとう!主催兼司会のケインズ・カークランドだ。よろしく!』
客席から大きな拍手が起こる。ありがとう、ありがとう、とそれを宥めながら、ケイはよく通る声で言う。
『楽しんでくれてるようでなによりだ。みんなボディチェックと持ち物検査はちゃんと受けた? 楽譜は隠し持ってないよな? 持ってるならスタッフにちゃんと渡してくれよ? でないとほんとにケツに火が着いちまうかもだからな』
ちょっとしたジョークを交えつつ、軽快にトークを飛ばしていくケイ。
『ところで今日はゲストを何人か招待してる。さっそく紹介しよう』
タイミングを合わせて舞台に照明が当てられる。すると、今までぼんやりと見えていたものがはっきりと目に映るようになった。それぞれの楽器の前でスタンバイするクリス、ニック、グレイグの姿だ。
『キーボーディスト、クリスティーナ!』
クリスはにこやかに観客に手を降った。
『ギタリスト、ニッキー!』
ギャィンとギターをひと鳴きさせるニックに、
『ドラマー、グゥレイグ!』
腕を組んで泰然と構えたグレイグ。
『そしてこの俺!』
両手で自分を指差すケイに少しの笑いが漏れる。
『さぁて、紹介も終わったところだしここで一曲聞いてもらおうか』
待ってましたとばかりに客席が沸く。用意されたピアノに向かいながら、ケイが曲名を呟きマイクをスタッフに投げた。
プロ四人による協奏が始まり、それにうっとりと聞き入る観客たち。街の外であるため、見慣れた立体音符は現れない。目を閉じて音を楽しむ人たちも多かった。笑顔が客席に広がる。その中で僕は気付いていた。ミクの体が小刻みに震えていることに。
「この演奏が終わったら、ミクの出番なんだよね?」
ミクの肩に手を置いて、僕は尋ねた。不安げな眼差しが僕を見上げる。
「そうです。これが終わったら……」
手をぎゅっと握りしめるミク。緊張や不安、恐れ、負の感情が胸中を渦巻いていることだろう。
「心配しないで」
ミクの震える手を包み込むようにルカさんが握る。
「いっぱい練習したでしょ? 自信を持って」
ね、と笑いかけるルカさん。ケンジロウさんはミクの頭を優しく撫でた。
「楽しんできなさい。笑顔を忘れずにね」
もうそろそろ演奏が終わる。ミクの出番はもうすぐだ。ミクは僕たちを順に見回して、目尻の涙を拭った。
「ありがとう。ルカ、カイトさん、おじいちゃん」
演奏が終わり、拍手が鳴り響く。再びマイクを手にしたケイが舞台中央で喋り始めた。
『サンキュー!サンキュー!さあみんな!ここでもうひとり、紹介したいゲストがいるんだ。いいかい?いいね?今日が初ステージのぉ~……ミク・ハツネ!』
客席の一角、僕たちの方を腕で示すケイ。ミクに向けられる眩いライト。
いってらっしゃいと背中を押す三人の手に送られて、少女は舞台へ向けて一歩を踏み出した。
「いってきます!」