火葬曲   作:海月大和

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27.火葬曲

 ケイ達の素晴らしい演奏で盛り上がった会場は、無名の新人の登場を万雷の拍手で歓迎した。壇上に上がったミクにケイが二言三言の言葉をかけている。あまり緊張しなくていいとかそういった類のことだろう。マイクを渡されたミクはそれでも緊張の面持ちを隠せないようだった。

 

 ケイが自身のピアノでスタンバイの態勢に入る。クリスやニック、グレイグもいつでも始められる状態だ。つかの間の静寂が訪れた。

 

 ミクの視線が泳ぐ。緊張がピークに達しているのだろう。がんばれ、と心の中で応援する僕と、不意にミクの視線が交わった。

 

『だ、い、じょ、う、ぶ』

 

 声には出さず、ゆっくりと口の動きで言葉を伝え、ぐっと親指を立てて笑って見せる。どうかミクの気持ちが楽になりますようにと祈りを込めて。

 

 その思いが通じたのか、ミクの口元が綻んでどことなくほっとした顔になった。すぅっと息を吸い込んで、彼女は歌い始める。

 

『壊れていく喜びも、やがて消える哀しみも』

 

 ケイのピアノがミクの歌い始めに合わせて奏でられる。

 

『思い描く全てを抱いて、いま焔を闇に浮かべる』

 

 ニックのギターがピアノの音と合わさり、序盤のインパクトを演出した。背後ではグレイグのドラムがリズムを下支えしている。

 四種の楽器によるイントロ。僕のイメージ通りに音が紡がれていく。ああ、すごいなぁ。僕の作った曲がプロによって音を与えられているんだ。静かに感動を噛み締める。

 

『楽譜(スコア)の焼き場はここですか?』

『棄てられ、音のないカナシイ歌が』

 

 ドラムの力強い鼓動とキーボードの繊細な長音がミクの歌声を彩る。観客たちの反応は上々だ。先のプロ達の演奏と同じくらい良い笑顔でリズムに乗っている。

 

『声を』『私の声が欲しい?』

『尽き果て、消える宿命だけれど』

 

 客席のあちこちに積まれた楽譜、その音符や五線譜が赤く色づいていく。

 

『燃え上がれ哀しみよ。最後に輝かせてあげるわ』

 

 キーボードやピアノが軽やかに踊る。楽譜の山が煌めき始めているのに客席の皆も気づき始めた。なんだろうと興味深々に眺めている。

 

『報われぬ悲歌(うた)のため、火を焚べ荼毘に伏せ』

 

 サビの直前。キーボード、ピアノは一層激しく曲を盛り上げ、ギターがひと鳴きアクセントを加える。

 

『きらめいては消えていく。今際のことばの綴じ目』

 

 そのとき、予想だにしない出来事が起こった。ミクの歌で激しく燃え上がる筈の楽譜たちはそうはならず、一斉に弾けたのだ。

 まるでポリヴォラのホログラム音符のように、音楽記号が立体となり宙に飛び上がった。それどころか五線譜すらも紅の線となって赤い音符たちと踊り出す。

 

 『美しく映える音景に、あれはカゲロウ? 未来(まえ)が見えない』

 

 そんな不可思議な状況にも関わらず、ミクは歌うことを止めず、演奏もやまない。焔のように揺らめく輪郭を持った紅の音符が客席をくまなく巡っていく。観客達は幻想的な光景に思わず感嘆の声をあげた。

 

『燃えては灰に消えゆくメロディ』『新たに熱を燈されるハーモニー』

 

 曲は続いていく。ミクはとても楽しそうに歌っていて、いま自身の周りで起こっていることなんて関係ないといった風だ。それは穏やかで喜びに満ちた時間。何にも心を縛られず、自由に歌うことが出来る幸せを精一杯享受しているようだった。

 

 ずずっ、と隣で鼻を啜る音が聞こえた。見れば、ケンジロウさんが壇上のミクを見ながら滂沱の涙を流している。

 

「いけませんね。この歳になると涙もろくなってしまって」

 

 僕の視線に気付いたのか、涙を拭いながらケンジロウさんが恥ずかしそうに笑う。ルカさんが気を利かせてケンジロウさんにハンカチを渡した。

 無理もない。ケンジロウさんはずっとずっと願っていたのだ。こんな風に思い切りミクが歌えるようになって欲しいと。そのために種を蒔き続け、いま、その芽がやっと顔をだした。

 

「ああ、妻にも。妻にも見せてあげたかった。あの子の、この楽しそうな……」

 

 目頭を押さえ、万感の思いとともに吐き出すケンジロウさんにつられて、僕の目にもじわりと涙が出てくる。同じく涙声になりながらルカさんが言う。

 

「もったいないですわよ、おじさま。ちゃんと見ていてあげないと。あの子の晴れ姿」

「ええ、ええ。そうですね……。しっかりと目に焼き付けましょう」

 

 曲は二度目のサビが終わり、終盤へと差し掛かっていた。観客の間をくまなく巡っていった紅い音符たちは、流れ、ミクの周囲をぐるぐると回っている。

 

『壊れていく哀しみも やがて消える喜びも』

『思い描く全てを抱いて いま焔の海に溶け逝く』

 

 曲の終わりに合わせるように、掲げたミクの手に導かれるように、焔のような音符たちは渦を巻いて上空へと登っていった。そしてぎゅっと寄り集まったかと思うと、花火のようにぱっと弾けてふわりと消えた。

 同時に演奏が終わり、しん……と夜の静寂が戻ってくる。

 

 一拍の間を置いて、割れんばかりの拍手が観客席から沸き起こった。

 

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