今にも消えてしまいそうだった。放っておいたら、いつの間にかふっといなくなってしまいそうだった。ミクのことが気になったのは、そんな彼女の危うい雰囲気を感じ取っていたからなのかもしれない。
盛大な拍手に囲まれて舞台を降りる彼女には、もうそんな危うさはなくなっていて、それを心から良かったと思う自分がいた。
笑顔で観客たちに手を振っていたミクは、僕と目が合うと嬉しそうな顔をして小走りに近づいてきた。
「カイトさん!」
僕の手を胸の前で握って、キラキラした笑顔を向けてくる。
「すごかったです!みんなわーって喜んでくれて!私もう胸がいっぱいになりました!」
カイトさんのおかげです! そう言って笑う彼女の頬は紅潮していて、舞台の熱がまだ尾を引いているようだった。
「楽しかった?」
考えるより先に出てきたのはそんな言葉だった。ミクは一瞬きょとんとしたあと、はい!とっても!と満開の笑顔を見せる。
「そうか。良かった」
自然と上がる口端に気付きながら、僕はとても満たされた気持ちで呟いた。彼女はもうどこにも消えたりしない。そんな気がした。
「ミク」
今まで僕らを見守ってくれていたケンジロウさんがミクにそっと声をかける。ミクはケンジロウさんに向き直り、彼の涙の跡を見て居住まいを正した。
「良いステージだったよ。ミクは私の自慢の孫だ」
にっこりと微笑みかけるケンジロウさん。
「おじいちゃん……」
その言葉と笑みに胸を突かれたのか、ミクの瞳が潤んだ。腕を広げるケンジロウさんの胸に抱きついて呟く。
「ありがとう。大好きだよ」
互いを抱きしめる二人を見て、ルカさんもひっそりと浮かんだ涙を拭うのだった。
「カイトさん!」
そうやって温かな光景に和んでいると、背後から声がかかった。振り向くと双子の片割れ、レンくんが立っていた。若干興奮気味な気がする。
「すごかったです!あの曲!あんなにすごい曲を作れるひとだったんですね!尊敬しますカイトさん!」
宝石のように目を煌めかせ、僕の手をぎゅっと握ってくるレンくん。
「あ、ありがとう」
普段のクールさとは程遠い勢いに少し戸惑っていると、レンくんも自分の状態に気がついたのか、はっと我に返って手を離した。
「す、すみません。つい興奮してしまって……」
「いいんだよ全然。びっくりしたけど、嬉しいよ」
恥じ入るように頬を紅くして謝るレンくんにそう言って、それからリンちゃんの姿がないことに気がついた。
「レンくん。リンちゃんは来てないのかい?」
あんなに楽しみにしていたようだし、来ていないとは思えないのだが。
「リンですか? あいつならいま……」
「あった~! あったよ~! レン~!」
レンくんが言うが早いか、リンちゃんの嬉しそうな声がこちらに飛んできた。ぴょんぴょんと跳ねながらレンくんの隣にまで来たレンちゃんは、僕を見ておお!といった顔をした。
「カイにぃ! すごかったねカイにぃの曲! 歌ってた女の人もすごかったなぁ!」
にへ~っと笑うレンちゃんはとても幸せそうである。うん、いいことだ。
「ほんとに見つけてきたの? よくやるよ」
呆れた様子のレンくんが目を向けているのは、リンちゃんが持っている……楽譜?
「へへ~。置かれたとこばっちり見てたもんね! 私の記憶力の勝利だよ!」
ぶい!と胸を張って指を立てるリンちゃん。事情を飲み込めない様子の僕を見て、レンくんが説明を始めた。
「こいつ、荷物に楽譜を入れてたのを忘れてて、荷物検査に引っかかったんですよ。それで書きかけの楽譜を没収されて。さっき、やっぱり諦めきれないから探してくるって飛び出していったんです」
「なるほど。そんなことがあったんだね」
あいかわらずリンちゃんはアグレッシブである。でも、そうすると……。
「それ、燃えてない楽譜があった、ってことよね?」
成り行きを見ていたルカさんが口を挟んできた。燃えていない楽譜という言葉に反応して、ミクとケンジロウさんもこちらへ寄ってくる。
そこへ。
「ミク・ハツネさんですよね。少しお時間よろしいでしょうか?」
礼服を着た、というか、礼服に着られた感じのする猫背の男性がミクに声をかけた。
「はじめまして。わたくしこういう者です」
ふにゃっという感じで笑った彼は、名刺を一枚、彼女に差し出す。ミクが受け取った名刺を覗いてみると、そこにはこう書かれていた。
『Supernatural Power Laboratory(超能力研究所)』と。