アンケの結果、圧倒的多数で番外編設置だったので設置しました。目次のリンクから飛べます。
また、想像以上に文字数が多くなりそうだったので2回に分けます。範囲はほんへと同じです。
太陽の熱気は鬱陶しい程に増し、外に出ることすら躊躇われるようになってくる7月。夏休みに入ってすぐ、1年生は豪華客船に乗せられて、文字通りのクルーズ旅行を楽しんでいた。
それは一時的なものであり、数日後には無人島試験が行われるのだが、一部の頭が切れる生徒以外は浮かれて遊び更けていた。
「堀北ちゃんは、ずっとここにいるの?」
「外は暑いというのに、わざわざ出る必要なんてないじゃない」
「だねー。日焼けもしたくないし」
ベッドに腰かけた愛は、足をぱたぱたと揺らしながら気怠そうに言った。
100万単位の金額を払わなければ乗れないような豪華客船のサービスが使い放題。今頃他の生徒は船のサービスを満喫している頃だろう。
しかし、生憎2人には一緒に行く相手がいなかった。愛からすればいないこともないのだが、相手は部屋から出ることを拒んでいた。
「堀北ちゃんは船の中を探索したいとか思わないの?」
「そんなことをするくらいなら、本を読むか勉強をするわね。というか、わざわざあなたと一緒に行く理由がないわ」
「そういうのに理由って要らないんだよ」
その言葉を聞き入れることもなく、堀北は再び本に目を落とした。
船が出港してから3日。十分に船上生活を満喫した頃だろう。しかし、この後すぐ特別試験が始まる。
それを知らせるかのように、アナウンスが入る。
『間もなく当校が管理する無人島が見えてきます。上陸する前に島の周りを一周します。是非テラスまでお越し下さい。
「有意義……?」
堀北が首を傾げた。試験が始まることが分かっていれば有意義な景色の意味も嫌というほど理解できるのだろうが、現時点では何も説明がない。真相に辿り着いたのはごく僅かだ。
「なんか珍しい野生動物でもいるのかなー? 人と獣のハーフでもいたりして」
「そんな下衆な輩には制裁を下す他無さそうね」
愛は身震いした。堀北による制裁など、恐ろしくてたまらない。
「それにしても、これから何するんだろう」
「さあ。そんなこと聞かれても、私も分からないわ」
生憎、この部屋の窓は島の反対側しか映さないらしい。ここから島を見ることは叶わない。
「でも、島に着いたってことは船から降りるんじゃないかな」
愛がそう言った瞬間、ジャージで外に出るように放送で指示が入る。端末以外の荷物は全て部屋に置き、端末は下船する時に担任の先生に預けるように、とのこと。
「島に上陸するだけなのに、持ち物には厳しいのね」
「ただバカンスをする、ってわけじゃないのかも」
「嫌な予感がするわ」
他のルームメイトが帰ってこない間に制服からジャージに着替えてしまうことにした。
「はぁ、堀北ちゃんってほんとスタイルいいよね。嫉妬しちゃうね」
自身と堀北を見比べ、肩を落とした。
堀北の方が背が高いし、胸も大きい。そもそも、絶壁の愛からすれば同級生はほぼ全員自身より大きい。
「……ちょっと触らせてよ」
「嫌よ。遅れたらどうすると言うの?」
「……」
八遠愛は、やりたいことを見つけたら止まらない人間である。2000万ポイントを以てAクラスに昇格するというのもそのせいだ。
今の愛のやりたいこと。目の前の自分には無いものに触れることだった。ストレートに言えば、堀北の胸を揉むことである。
愛は手を合わせて頼み込む。
「お願い! 先っぽだけだから!」
「その方が大問題だと気づいてるのよね?」
スーッと愛の右手が伸びる。しかし、堀北はそれを許さない。
「……ダメ?」
「ダメよ」
「触らせてくれなかったら協力を止めるって言ったら?」
「そこまでの重要な問題ではないでしょう?」
「重要だよ!」
もう片方の手も伸ばしたが、やはり止められてしまう。
「もし揉ませてくれなかったら、制服のボタンを盗んじゃうよ」
「地味な嫌がらせはしないでもらえる?」
「じゃあ」
堀北は諦めたようにため息を漏らす。このままお互い引かなかったら本当に遅れてしまうだろう。愛は今も諦める気配を見せない。
「……少しだけよ」
「ありがとう堀北ちゃん! 大好き!」
小学生のような笑顔を以て、愛は至福の時間を堪能することにした。
✳︎ ✳︎ ✳︎
豪華客船から降り、無人島の土を踏む。
常夏の太陽が生徒達を照らし、鬱陶しい程の熱を送っている。
予定では1週間のバカンスとなっているが、そんなものは欠片もない。やりようによっては出来なくもないが、普通ならやろうとは思わないだろう。
雑談に興じる他の生徒を他所に、愛は静かに森を見つめていた。
「どうしたんだ? 堀北。疲れた顔をしているが」
「黙りなさい」
「あ、はい」
綾小路の気遣いを、辛辣な言葉で突き返した。心当たりはあったが、あまり触れない方が良さそうだ。触らぬ神には祟りなしということわざもある。
「八遠さん、さっきのは本当に重要な問題だったの?」
「もちろん。あのまま拒否されてたら、今頃シュレックみたいな顔色でゾンビみたいな表情をしてたんじゃないかな」
「想像以上に大問題だったのね……」
こめかみに手をやる堀北とは対照に、愛はこれからの特別試験へのやる気に満ち溢れていた。それと同時に、堀北の好感度がさほど下がっていないことに喜びすら感じていた。
いよいよ、特別試験が始まるのか。記憶によれば、これから無人島で1週間生活をするのだとか。
「これより、特別試験を始める」
静まり返ったところで、拡声器を用いてAクラス担任の真嶋が言った。
無人島試験用に支給されるポイントをうまく使って、1週間を乗り切るというものだ。しかし、残ったポイントはそのままクラスポイントに加えられるために、試験は一層複雑になっていく。
確かに、池の言うように全員がポイントを消費せず1週間を乗り切ったら300ポイント獲得できる。しかし、この試験はそう簡単に出来ていない。支給されるものの中にテントがあるが、どう考えても数が足りていない。その上、40人分の食料を毎度毎度集めてくるのも不可能だ。
だからこそ、この試験では持ちポイントをどう効率よく使っていくかという力と、クラス単位での生活となるため、協調性も求められる。
それに加え、追加ルールであるリーダー当てのための情報収集能力。
一見ただの無人島試験に見えて、多岐にわたる能力が要求される試験なのだ。
「八遠さん」
「ごめん堀北ちゃん。今行く」
堀北に声をかけられて、既に真嶋の話が終わっていたことに気づいた。
小走りで追いつき、並んでDクラスが集まる場所へ向かう。
「特別試験かぁ……。何だか、やっとこの学校の本性が現れたって感じだね」
「そうね。特別試験を境に、クラスポイントに大きな変動があることは目に見えているもの」
一際大きな声を響かせていたのは、Dクラスだった。活発な意見交流ではなく、ただの口論であることを除けば、希望はあったが。
4月にポイントを全て失い、須藤を避け、低空飛行を続けているDクラス。団体行動が求められる試験において、こうなることは必然だと言える。
現に、口論の内容は『ポイントを使うか使わないか』という前提以前のものなのだ。
40人が共同生活を送るためには、多少のポイントの使用は避けられない。
内容が『何をどれだけ買うか』であればまだ良かった。どこまでが無謀であるか弁えられているからだ。
他のクラスは移動を始めているというのに、Dクラスは一歩も前に進まない。
「さっきから不満そうな顔をしているけれど、止めなくていいのかしら?」
「私が言っても聞かないでしょ。堀北ちゃんが言っても聞いてくれないのと同じ」
クラスメイトとの関係が十分とは言えない愛と、ごく限られた関係しか持っていない堀北。口論の中心となっている池や幸村、篠原、軽井沢を止めるには力不足だ。
「単純に、アレに関わりたくないってのもあるけど」
「そう」
愛は額の汗を拭い、吐き捨てるように言った。
「ポイントは使わないとどうしようもないように作られてる。テントだって足りていないし、衛生面への配慮にもポイントは使わなければならない。大事なのは、リーダー当てでどれだけ取り返せるかってこと」
「3クラスとも的中させることができれば、150ポイントね。なら、150ポイントまでは使ってもいいことになる」
「そゆこと。無駄な消費を抑えれば、もっとポイントは増えるだろうね」
体調を崩してリタイアしたら−30ポイント。10人がリタイアするだけでポイントを全て吐き出してしまう。我慢するだけでは、この試験は乗り越えられない。
「……それに、私だってあの簡易トイレは困るし」
女子が屋外で、しかも簡易トイレを使ってお花を摘んでいる様子など、想像もしたくない。
人は1日に6〜7回排泄物を排出するのがちょうど良い回数だという研究結果もある。つまり、20人の女子が毎日6〜7回──これ以上はやめておこう。
「それに、簡易トイレだけが問題じゃない。水や食料にも同じことが言えるわ。その度に口論をすると考えると頭が痛くなるわ……」
「だね……。ポイント云々の前に、これから7日間ちゃんと生活できるかすら不安になってきたよ……」
最終的には綾小路の暗躍のおかげでDクラスは1位で試験を終える。しかし、この状況を目にするとどうしても不安が募ってしまう。
「私としてもこの試験はあまり好ましく思えない。彼らと集団生活を送りたくないもの」
「これまた随分とストレートな……」
「事実を言っているだけだもの」
「だとしてももう少しオブラートに包もうとかしないの……?」
思ったことを口に出来るのはとても大切な能力なのだが、それが仇となることもある。
アメリカなど海外へ行けば、そういう文化が根付いている。しかし、日本には本音と建前を使い分ける文化が存在し、堀北のような人間は嫌われやすい。今の堀北が孤独でいいと豪語している以上現時点では気にする事はないのかも知れないが。
とはいえ、一人でAクラスに上がることなど余りにも無謀だ。必ず他人の力が必要となるからだ。
そもそも、前例がない以上どれだけ困難な戦いを強いられるか、予想できない。必ず限界が来るということだけは分かるが。
口論の果てに、池たちがようやく出遅れたことに気づいたようだ。慌てた様子で平田に迫ると、我先にと数名で森の中へ。遅れを取り戻すために拠点となるスポット探しへ出向いた。
「じゃあ行こっか」
「そうね」
森の中に入ったところで綾小路も合流、集団の最後尾を3人進んでいく。
「なんだか厄介な試験になりそうだね」
「いきなり喧嘩していたからな。この先が思いやられる」
綾小路も2人と概ね同じ意見だった。
しかし、悲しいことに3人ともにこの状況を打開する力は持ち合わせていない。クラス全体に顔がきく平田と櫛田だけが頼みの綱だ。
「そういえば堀北ちゃん、なんか体が重そうだけど大丈夫?」
「ええ、問題ないわ」
「本当かなぁ」
小声で堀北の体調を気にして声をかけると、額をペタペタと触り出した。
堀北は狼狽したが、これといって抵抗する様子もない。
「ちょっと熱いけど、本人が大丈夫って言うなら問題はないか」
「きついのならすぐに言ってくれよ」
「いつか善処出来るように前向きに検討出来たらしておくわ」
「それ絶対に言わないやつだよね」
先ほどの口論に関して愚かしいと考える堀北だが、Aクラスを目指しているため、根底にある考えは同じだ。自らのリタイアで無意味に30ポイントを失うことを良しとしない。
「頑張るっていうならいいけど。30ポイントって結構痛手だしね」
「そこで勝敗を分けることだってあるからな」
この特別試験然り、卒業時のポイント然り。Aクラスが独走する今、1ポイントでも多く欲しいというのが共通認識だ。
「それにしても、上のクラスを目指すって大変だな……」
突然、綾小路がそんな言葉を漏らした。堀北のやり方も、愛のやり方も、平坦な道のりではない。
「あなたは本当に上のクラスに上がることに興味が無いの?」
「別に不思議がることじゃないだろう。お小遣いが多ければ嬉しいし、運良くAクラスに行ければいいってくらいだ。事なかれ主義者のオレにとってはそれくらいで十分なんだ」
そんな上辺だけの事を言った。
愛はそんな綾小路の、堀北からの追及をいなす能力の高さに感心していた。堀北とて、勘が鋭い方だ。そんな彼女に対して、事実を交えることで自らを隠している。
「この学校に入学する人たちは、Aクラスだけの特権を活かすために入学したと思っていたのに。八遠さんはどうなの?」
「私も特権はそんなに意識してないかな。Aクラスに上がりたいっていうのは単純にそれがまだ誰も成し遂げていないからかな。ほら、世界で初めて何かを成し遂げた人って有名になれるじゃん。そんなもんだよ」
ここにいる3人が偶然違うだけであって、堀北の言うように、特権目当ての生徒が多いことは紛れもない事実だ。
一行が止まると、道の途中で程よく開けた場所に出たことに気づいた。スポットは無いが、休むには丁度いい。
平田はここで休憩すると言うと、先程のトイレの話題を解決すべく行動を始めた。
相も変わらず堀北がその輪に参加しないので、愛も口を出さない。
「綾小路くんはトイレは必要だと思う?」
「40人いるクラスであの簡易トイレ一つは確かに厳しいだろうな。ああいうものを使ったことがない人も多いだろうし」
「だよねー。中学の時なんて10人ちょっとがトイレに殺到しただけで混雑したからね。それで数分待たされるのは当たり前だったし」
「そ、そうなのか……。大変なんだな」
綾小路は驚いた表情で愛の話を聞いていた。ホワイトルームではそんなことは無かったのだろう。
「あとはテントもそうね。今のままだと半分くらいが野宿する羽目になるわ」
「流石に夏とはいえ、風邪を引くかもしれないな」
「そうなると結局ポイントを多く無駄にしてしまうもんね」
3人が視線を向けた先では、平田と幸村が言い争いをしていたが、明かに平田の方が優勢だった。
幸村も、トイレの設置は必要経費だと薄々察知していたのだ。
幸村が折れて、トイレの設置が確定すると、早くも平田は次の行動に出る。
「次は……さっきも意見が出ていたけど、ベースキャンプを決めるために僕たちも探索するべきだと思う。どこに腰を据えるかでポイントの消費にも大きく関わってくるからね」
平田はそう言って参加者を募ったが、名乗りをあげたのは男子生徒二人のみ。このままでは探索はできない。
「この中にサバイバルに精通した人とか……いないかな?」
そう平田が聞いたが、残念なことに平田の求める人材は既に探索へ出向いている。
他には名乗り出る様子もなく、外村という生徒が総スカンを食らった程度。このままでは事態は膠着状態になってしまう。
「あの、私でよかったら行くよっ」
そんな状況を打開すべく、櫛田が自ら志願した。
そのおかげか、数名の手が上がる。その中には愛と綾小路も含まれていた。
「あなた達が積極的に志願するなんて珍しいこともあるのね」
「まあ、何もしないよりはマシじゃない? それに、今の愛ちゃんはいつにも増してやる気だからね!」
「本当にそうならいいのだけれど……」
全員で12人。平田はこれを4つのグループに分けるように指示し、それぞれが思い思いに作っていく。
「やっぱりあなた達は余るのね」
「堀北ちゃんが言えたことじゃないよね」
「堀北が言えたことじゃないな」
「私は一人でいいもの」
残り物には福があるということわざがあるが、愛と高円寺が同じグループになったのは幸運だろう。
この中で唯一制御できると言っても過言ではないのだから。
「実に清々しい太陽だ。私の体がエネルギーを必要としているねぇ」
愛は、何としても高円寺をリタイアさせまいと固く決心して探索へ向かった。
真夏の熱は周囲の海も相まって湿気を伴っていて、体感温度は更に上昇していく。
額には汗が浮かび、そのたびにジャージで拭っていた。そのせいで、ジャージの袖はかなり濡れていた。
「暑い……」
「暑いね……」
一方の高円寺は何故か元気。暑さを物ともせず、愛と綾小路を気にすることなくどんどん先へ行ってしまう。
「……すまないが、高円寺はお前に任せていいか?」
「半分そのために高円寺くんと同じグループになったっていうものだからね。任されたよ」
綾小路は、近くの洞窟へ探索に行くのだろう。その事を察知し、綾小路と別れて一人で高円寺を追うことになった。
そう言っている間にも、唯我独尊を体現した男は自分のペースでどんどん先へ行ってしまう。
「急がないと」
愛は高円寺を追って先を急ぐ。
「ふむ、着いてきたのは八遠ガールだけかい?」
「うん。綾小路くんは見ていきたいところがあるって言ったから別れてきたよ」
やはり早歩きで歩く高円寺の隣を愛もピタリとつけて進む。そうでもしない限り、本当に高円寺を見失ってしまうだろう。
「ところで八遠ガール、今日の私はどうかね?」
そう言われて、隣の高円寺を見る。
カッコいいとは言えないジャージ姿。顔に浮かぶ大量の汗。
高円寺の求める解答とは程遠い。だから愛は。
「うん、今日も最高に美しいと思うよ!」
そう言うのだ。そうでもなければ高円寺との付き合いなどやっていけない。この数ヶ月で学んだ事だ。
「そうだろう。この私だ、どんな私でも美しいに決まっているのさ」
本人曰く『私の美は身に付けるものや身の回りのものを全て美しくする』とのこと。
愛は大して変わらないように見えるが、高円寺は本当にそう思っているらしい。
「それにしても、この道って無人島って割には綺麗だよね」
「ここは自然の森とは言えない。学校によって多少手を加えられているのだろう。少なくとも日中、彷徨って迷う確率は極めて低い。だからこそ、多少興味はあるがね」
そう言うと、高円寺は更にペースを上げる。高円寺よりも30cmほど小さい愛には、小走りでないと着いていけない速さだ。
「ちょっ、速いって高円寺くん」
「君が小さいだけだろう、八遠ガール」
「それ言うなし! 気にしてるんだから! ……せめて堀北ちゃんくらいあればなぁ」
下船前のひと時を思い出し、愛は一人目を伏せる。
世の中は本当に非情だと愛は改めて思った。
「何かあるといいね」
「私としてはどちらでも構わないがね」
「さては高円寺くん、リタイアしようとか思ってない?」
「フッフッフッ、流石八遠ガール。よく気づいたねぇ」
「だって元からそう言う人でしょ。無人島試験とか面倒だし、船に戻って自分の美により磨きをかけたいとか今もそんな事を考えてるんでしょ」
高円寺のことだ。考えていることは割と読みやすい。
「私だってそれだけを考えているわけではないさ」
「え!? じゃあ何考えてるの?」
「そこに気づいてこそ本当の天才だと私は思うのだがね」
そう思っていたが、そうではないらしい。いずれにせよ、高円寺の頭の中を知りたいとは愛は思わない。
「とにかく、リタイアだけはしないでよ。高円寺くんがマイペースで自由奔放で唯我独尊なのは分かったけど、Dクラス全体に迷惑をかけないで欲しいな」
「迷惑? 生憎私はそんな事を考えたことはないのでね」
「大人の世界は打算だらけなんだよ。いつまでも高円寺くんの自由が通る訳でもないし、他の誰かと足並みを揃える必要だってある。それに、高円寺くんが社長になるんだったら、部下のことを気遣ってあげることも大事だと思うよ」
「ふむ、八遠ガールは私に説教をするというのだね?」
高円寺の視線が愛を射抜く。
普段は見せない鋭い視線に、愛は一瞬たじろいだが、すぐに立て直すと負けじと睨み返す。
「それはDクラスのためか、それとも八遠ガール自身のためか。どちらだろうか」
「自分のためだよ。それがたまたまクラス全体のためになるってだけ。人なんてそんなもんだからね。全部自分のため。でしょ?」
「ハッハッハッ、気に入ったよ八遠ガール。いいだろう、リタイアはしないと誓おう」
「本当だよね?」
「ああ、本当だとも。私は有言実行する男だからねぇ」
そう高円寺は言ったが、かと言って100%信用できるわけでもない。もうしばらくは共に行動するべきだと結論付けた。
「そろそろ時間じゃない?」
「そのようだ。名残惜しいが、また明日来るとしようか」
来た道を引き返してDクラスの集団に合流すると、池が平田に嬉々とした表情で迫っているところだった。いいスポットを見つけたという池の先導で森の中を進むと、開けた場所に出た。大部分が木陰となっており、側には川も流れている。スポットはまだ占有されていないようだ。
平田にも好感触で、Dクラスはここで活動することになる。
支給されたテントを建てて最低限の準備が整ったところで、平田が口を開いた。
「まずはリーダーを決めないとね」
リーダーはこの試験において重要な役割を果たす。
スポットの占有もリーダーが行わなければならないし、それを他クラスに見つかれば1クラスにつき50ポイントを失う羽目になる。逆に、当てることができれば1クラスにつき50ポイント得られる。
「リーダーは僕や櫛田さんのような人じゃなくてあまり目立たない人がいいと思うんだ」
平田は全体を見渡し、そして続ける。
「僕はリーダーには堀北さんが適任だと思う」
少し離れた場所にいた、愛の隣に意識が向く。当の本人は少し驚いた表情を浮かべていた。
「私も賛成かな」
櫛田も平田に賛成すると、次第に他のクラスメイトも賛成し、リーダーは堀北という流れに。
「私も堀北ちゃんならいいと思うよ。ヘマなんてそうそうしないだろうし」
「……分かったわ。リーダーは私がやる」
「ありがとう堀北さん!」
リーダーがするべきことといえば、スポットの占有である。しかし、堀北が一人で更新するとその瞬間を他クラスの生徒に見つかって、リーダーを当てられかねない。
「じゃあ、こうやって囲んでやればいいんじゃね?」
「そうだね。それが一番確実なんじゃないかな」
またしても平田の同調から始まって、それがクラスの意見へと昇華していく。
その様子を眺めていると、改めて平田のクラスへの影響力の高さが窺い知れる。現状クラス全体の流れとして完全に平田に頼り切っている節がある。
今はそれでもいいが、いつかは打開しないとクラスは機能しなくなる。
リーダーに選ばれた隣の少女に目を向けて、愛も綾小路に協力しなければならないと思わされた。
✳︎ ✳︎ ✳︎
「……なあ、本当にこれでいいのか?」
「逆に綾小路くんは堂々と入れるの? 相手は殆ど面識のないBクラスだよ?」
2日目。Cクラスのバカンスを見送った後、Bクラスが陣取るスポットを覗くために、愛と綾小路と堀北は偵察に来ていた。
櫛田でもいれば、姑息な真似をする必要は無かっただろう。
「はぁ、この体勢きっつ」
「もう少し静かにできないのかしら? 見つかったらあなたの責任よ」
「そんなこと言われても……」
残念なことに、ここでも愛の低身長が遺憾なく発揮されてしまっている。綾小路と堀北は座って見ることができるが、愛は屈んだ状態でなければ見れなかったのだ。
そのせいで何度も体勢を直し、そのたびにガサガサという音が立っていた。
40人もいて、そんな彼らに気付かない筈は無い。
「何だ、お前たちは」
「あ、どうも。Dクラスの八遠愛です。Bクラスの様子を陰から覗き見していただけの下っ端です。怪しい人じゃないよ!」
「そういう人を怪しい人と言うんだが?」
愛は疲れたとばかりに茂みから這い出る。それに続いて、綾小路と堀北も姿を見せる。
「3人ともDクラスの生徒だな?」
「そうだよ。ちょっと偵察にね」
「あなたのせいで台無しになった気がするのだけれど?」
「お前たちはここで待ってろ。一之瀬に聞いてくる」
そう言うと、男子生徒は中心部で指示を出している女子生徒の方へ走っていった。
「最悪ね。これじゃあ何も成果が得られないじゃない」
「どうかな。Bクラスは結構雰囲気がいいって聞くし」
「でも、他クラスのオレたちに同じような態度で接してくれるのか?」
「そこはアレだよ。神頼みってやつ」
「ダメじゃない……」
堀北はこめかみに手を当てた。本当に大丈夫なのだろうかという不安で満たされていた。これで失敗したら、今後Bクラスの情報を得ることは難しくなる。
しばらくして、女子生徒が歩いてきた。
「君たちかな、Dクラスから偵察しに来たっていうのは」
「そうだよ。他のクラスがどうやって生活してるのかなって。あくまでも参考のためにね」
愛は奥に見えるテントやハンモックなどを見ながら言う。
愛としてはわざわざ出向かなくとも、Bクラスが行った対策は知っている。こうしてBクラスの前に姿を見せたのは、Bクラスから得た方法であるという事を肉付けするためだ。
それに加え、堀北と綾小路をBクラスと接触させることも兼ねている。
「だから、ちょっと見せてもらえないかなって。いいかな?」
「もちろんだよ。一番はみんなが無事に試験を乗り越えることだからね。そのためなら、Dクラスでも協力するよっ!」
「ありがと!」
一之瀬は迷いなく言い切った。向けられた瞳も、嘘偽りないと語っていた。
「とんでもないお人好しね……」
「だな」
既に愛の案内を始める一之瀬を追って、2人も歩みを進める。
飲み水やシャワーの水は井戸水を使用する事で節約したり、暑さを打ち水で凌いだりと知恵を絞って試験に臨んでいる。
無理なく堅実にという面では、理想的だ。
「一之瀬さん」
一通り回ったところで、1人の男子生徒が一之瀬に指示を仰ぎに来た。一之瀬が指示すると、すぐにその方へ向かっていった。
「今の生徒、随分と余所余所しいわね」
「彼は金田くんって言ってね、Cクラスの生徒なんだ。クラス内で喧嘩しちゃったみたいで、追い出されたみたい」
「ウチのクラスにもいたよね」
「ああ」
伊吹澪。一之瀬の言う金田という生徒と同様に、クラス内で揉めたらしく、初日の夕方頃に頬にアザを作った状態で見つかった。彼女は現在、Dクラスで保護されている。
「なるほど……龍園くんは何をしたいんだろう」
「今もポイントを浪費してバカンスを楽しんでいるわ。試験を放棄しているようにしか見えない」
「だよね。でも、一つ脅威が消えたと思うとありがたいよね」
しかし、龍園はそんな男ではない。勝ちにこだわるなど下らないと抜かしていたが、実際は誰よりも勝ちに執着している男だ。
この後も金田と伊吹のクラス全員をリタイアさせた後、一人無人島に戻って残りの時間をやり過ごし、全クラス的中という離れ技をやってのけかけた。
まだ龍園の本性が知れ渡っていないからこそ出来た作戦だと言える。
「あとはAクラスかな。まだ行ってないんだけど、どんな感じか知ってる?」
「うーん、行ってみたんだけど何も分からなかったよ」
「……分からなかった?」
「うん。洞窟に拠点を置いているみたいなんだけど、入り口をビニールシートで塞いでて中が見えないようになってるから」
「かなり慎重なのね」
坂柳不在の中、指揮を取るのは葛城だ。彼の性格を鑑みれば、それが妥当だろう。
もしこの試験に坂柳が参加していたらどうなっていたことか。
「ありがとう。とりあえず様子を見ることにするわ」
「うん、気をつけてね!」
Bクラスの拠点を後にし、今度はAクラスを目指す。場所はCクラスの拠点とは反対側に位置している。
「ごめん、私は一回戻るね」
「何故かしら?」
「エチケット袋のやつは時間かかりそうだし、早くから作業を始めた方がいいかなって。茶柱先生にも無理強いしなきゃだし」
「そう。なら、Aクラスは2人で行くことにするわ」
「ごめんね」
愛は堀北たちと別れ、一人で拠点に戻る。
早歩きで戻ると、平田が相変わらずの爽やかな笑顔で出迎えた。
「お疲れさま。……堀北さんと綾小路くんは?」
「Aクラスの様子を見に行ったよ。先にBクラスとCクラスに関して報告した方がいいかなって思って戻ってきた」
「ありがとう。じゃあ、話を聞かせてくれるかな」
「うん、いいよ」
Cクラスの意味なきポイントの浪費や、龍園の独裁体制。そして、Bクラスの確実性を重視した安定感の高い生活。それらを簡潔に伝えた。
「うん、なるほど。確かにテントの下にエチケット袋を敷くというのはアリだね。あれはポイントの消費もないから、とても有効だと思う」
「見た感じ2cmくらいの厚さがあったから、少し時間がかかりそうだね。それに、茶柱先生にも協力してもらわないといけない。早く戻ってきたのはそのためでもあるけど」
「じゃあ、早速取り掛かろう」
愛と平田は、側のテントの中にいる茶柱のもとへ向かった。
平田が呼ぶとすぐに顔を出した。
「先生、お願いがあるのですが」
「何だ?」
「簡易トイレに使う袋を大量に欲しいんです」
「……何に使うんだ?」
「テントの下に敷いて、敷布団として使おうかと」
茶柱は少し思案すると、テントから出て来る。
「分かった、承認しよう。だが、運ぶのはお前たちにも手伝ってもらう」
「もちろんです」
最初に集合した浜辺まで移動し、そこに設置されている本部へ。茶柱が事情を説明すると、すぐに用意に取り掛かった。
既にBクラスが行なっていることもあり、簡単に受け入れられたようだった。
「八遠、この案は誰のものだ?」
「Bクラスです。偵察に行ったら教えてくれたんです」
「本当か?」
「はい。Bクラスは想像以上にお人好しクラスのようで、偵察に来た事を伝えたら簡単に受け入れてくれました」
訝しむ茶柱に愛は淡々と説明する。
「これで足りるか? 足りなかったら自分たちで取りに来るといい」
「ありがとうございます」
段ボールいっぱいのエチケット袋を両手で抱え、足場の悪い道をひた歩く。多少の整備がされているとはいえ、舗装されているわけではない。
「平田くん、それ何?」
「エチケット袋だよ。これをテントの下に敷き詰めれば少しは寝心地が良くなるんじゃないかって八遠さんに言われてね。それで今もらってきたところ」
拠点に帰り、大荷物を持った平田に真っ先に気づいて近寄ってきたのは、平田の彼女の軽井沢だ。
平田の彼女というのは、軽井沢がクラス内の地位を確立するために作った偽りの関係だ。だからこそ、2ヶ月以上が経った今でも互いに名字呼びだ。
「へぇ……」
軽井沢は見定めるような目で愛を見る。
「することがないなら手伝って欲しいんだけど」
「……ごめん軽井沢さん、時間がかかりそうだから手伝ってくれるかな?」
「平田くんがそうやって言うなら手伝ってあげるわよ……」
平田が段ボールを置くと、渋々ながら中からエチケット袋を取り出す。
「ごめんね」
「気にしてないからいいよ」
愛も同じようにしていると、平田に小声で謝罪される。それに返事をすると、作り方を説明する。
それを聞き、2人も同じように作り始める。
すると、それを見た女子が集まって来る。手伝いという理由で平田に近づくためだろう。
しかし、愛としても人手が増えることはありがたい。
そのおかげで、予定していた時間よりも早く終えることができた。
しばらくして綾小路と堀北も帰ってきたが、特に成果は得られなかったという。
試験はまだ2日目だが、今のところ比較的順調に進んでいると言える。最初の口論のせいで不安が大きかったが、無事に和解しこうして軌道に乗り始めている。
このまま試験が終わればいい。誰もがそう思っているだろうが、このままで終わらせてくれないのが試験だ。
5日目。そこからが、本当の勝負だ。