無人島試験から程なくして、再び特別試験が始まった。
船上試験と銘打たれた今回の試験では、主に思考力が問われる。干支になぞらえて12に分けられたグループ。その中に1人いる“優待者”を発見するのが目的だ。
それと同時に、大量のポイントが獲得できる貴重な機会でもある。
愛は今回の試験に際して、知識の存在を少しだけ恨んでいた。
知識のせいで、この試験のカラクリが分かってしまっている。謎解きとも言える試験で初めから答えが分かっているのは興醒めだ。
とは言え、Dクラスが正解に辿りついていないのに解答すると怪しまれるのは自明の理。解を導き出した龍園も最終日に動いたのだから、それに合わせればいいだろう。
それまでは結果1を狙えばいい。こちらでもプライベートポイントが貰えるのだから、メリットがないというわけでもないのだ。
話し合いは自己紹介をして優待者が出るまで待ったり、トランプやら優待者予想やらをするだけの予定で、起伏のない展開なのでわざわざ話すまでもない。あと知っている人がほぼいない。
「堀北ちゃん、ちょっとそこに座って」
「はぁ……」
唐突に指示され理由を問いたい堀北だが、聞いたところで無駄だと経験から知っている。追求せず、指示されたベッドに座ることにした。
「よいしょっと」
「八遠さん……!?」
「なんか落ち着くんだよねー……」
愛が腰を下ろしたのは、堀北の足の間。体重を後ろに預ければ、堀北の体にもたれられる。
後頭部に吐息が当たり、むず痒さを感じた。
「どいてくれないかしら」
「やだ」
足をぶらつかせ、上機嫌に言う愛に堀北はため息を溢すことしかできなかった。
「この試験、何を問われてるか分かる?」
「思考力だと言われたわ」
「そう、つまり考える力ってこと」
一概に考えると言っても何を考えるのか。
目指す答えは、優待者の法則。現時点で愛だけが知っている試験の到達点だ。
試験の答えを得た愛は、テストでカンニングをしたのと同じ。他の生徒よりも圧倒的に有利であり、勝たなければならない試験だ。
今すぐ猪グループの試験を終わらせることも可能だが、綾小路や高円寺から怪しまれてもおかしくない。
出来るだけ自然な勝ちを目指す。そして、この目で誰が
「堀北ちゃんのグループ、凄いことになってるね」
「そうね。意図的に組まれたと言っても過言ではないわ」
その答えを聞いた愛は試すように問う。
「ところでさ、優待者の法則ってあると思う?」
「突然ね……私はあると思うわ。グループ分けが意図的に行われたものだとしたら、必ず何処かにあるはずよ」
「ふむふむ、じゃあ考えてみる?」
机の上に置いてあったノートとシャーペンを引き寄せ、ノートに記入していく。
意外と丁寧な字は、一時期通っていた書道教室で得たものだ。
最初の出展でいきなり最優秀賞を獲得し、それ以来面白みを感じなくなって辞めたのは言うまでもない。
「んー、堀北ちゃん、何か考えはある?」
そう尋ねると、堀北は少しの間思案する。
前日に綾小路に問われた話題を、改めて追求していく。成績は違う可能性が高いと既に出ている。
次は入試の際の評価。一致しているように見えたが、生徒が結果を知り得ないということで可能性を消す。
その後も、新たな考えが浮いては消える。有力な案が出ることはなかった。
「んー、すぐには出ないか」
「まずDクラスの優待者が誰なのか把握しておいた方がいいと思うわ」
「だよねぇ……」
しかし、伝達するときに何処かから情報が漏れるかも知れない。特に、曲者の龍園らがどこで聞き耳を立てているか分からない。
小さな紙などにメモをした方がいいだろう。
あとは平田に協力を依頼して、情報を集めるだけ。
「うまくいけば450クラスポイント。Aクラスを目指すなら落とせないよね」
「1年生の間にAクラスに上がることもあるかも知れないわね」
「それ出来たら英雄じゃん」
首肯する堀北に、愛は微笑みの仮面を向ける。
Aクラスの資格を持たざる者にAクラスの座を得る資格などなく。それは堀北も例外ではなかった。
愛が百合のような空間を作っているのには、もちろん意図があってのこと。依存されていると思わせれば、堀北も依存しやすくなる。
堀北は芯の強い人間だが、自立しているように見えて本当は弱く脆い。堀北学に認めてもらいたいからという理由で作られた模造品だ。
突き放され続けた堀北には、承認欲求が人より強く現れている。春休みに和解し、それは解消されたがそれまでに呑み込んでしまえばいい。
知らぬ間に毒に侵され、堕ちていく。底無しの、堕落の沼へ。
愛が離れた時、堀北鈴音はどんな反応を見せるのだろう。
「ふぁ……眠いから寝るね」
「せめて布団で──」
堀北の言葉を無視し、体を預ける。背中に柔らかな感触を受けながら、意識を闇に飛ばした。
✳︎ ✳︎ ✳︎
目覚めて最初に目が映したのは、部屋の天井だった。あの後堀北が運んでくれたらしい。
当の本人は、机に突っ伏して眠っていた。寝落ちするまで考えていたのか、ノートが僅かに黒くなっていた。
試験まではもう少し時間がある。もう少し寝かせた方がいいだろうと思い、愛は自らが使っていた布団を堀北にそっと被せた。
時刻は7時半過ぎ。同室の女子の姿が見当たらないので、朝食を食べに行ったのだろう。
堀北を置いて朝食を食べにいくのは流石に可哀想だ。人に見られてもいい格好になっていないので、起きるまでの間は身嗜みを整えるべきか。
秋の山を連想させる茶色の髪を備え付けの櫛で梳いていく。
入学してから一度も美容院に行っておらず、肩辺りで切り揃えていた髪は胸元まで到達している。
1ヶ月に1cm伸びると言われているので、卒業する頃には36cm。もしかしたら今の堀北と同じくらいにまで伸びるかも知れない。
今は楽でもそこまで伸びると手入れが大変そうだ。なるべく早くAクラスに昇格して、自由にポイントを使えるようにしなければならない。
それとも、結えてポニーテールにするのもありだろうか。
そんなことを考えていると、部屋で物音がした。布団らしきものが擦れる音だったので、堀北が目を覚ましたらしい。
「おはよ、堀北ちゃん」
「おはよう。今は何時かしら?」
目を擦りながら現れたが、寝起きが悪いタイプの人ではなかった。
「7時45分だね。みんな朝ごはん食べに行ったっぽいし、私たちも準備して行こ」
「ごめんなさい、待たせてしまうかもしれないわ」
「私も手伝えることがあったら手伝うよ?」
「でも、迷惑じゃ……少しだけ、手伝ってもらえるかしら」
「そそ、それでいいの」
またしても1人でやろうとした堀北に無言の抗議をすると、素直に愛の指示に従った。
いつ見ても、堀北の髪は長い。だが、すれ違いが原因とはいえ思い切ってショートにすることが出来ないので、愛からその提案をすることはしない。和解するまでお預けだ。
それでも全体に手入れが行き届いており、愛は素直に感心していた。
「堀北ちゃん、あれから何時まで起きてたの?」
「1時くらいだった気が──」
「嘘」
鏡越しに、僅かに堀北の目が泳ぐのが分かった。
間違ったことは言わないと自負していた堀北だが、やはり間違っていると自覚してかつ後ろめたさを感じていれば顔に現れるものらしい。
嘘を隠すことに慣れておらず、愛が問い詰めて行くとより顕著に現れるようになり、堀北が全容を口にするまでに時間はかからなかった。
「で、3時まで起きてたの?」
「……仕方ないじゃない。何としてでも優待者を探し出さなければならないのだから」
愛は呆れ顔で小さく息を漏らすと、堀北の耳に顔を近づけた。硬直した堀北をほぐすように、柔らかな口調で語りかける。
「気持ちは分かるけど、無理しすぎたらダメだよ? 走り続けるのも大事だけど、たまには立ち止まって横を見て。ちゃんと頼るべき人がいるはずだよ。堀北ちゃんはもう1人じゃないから」
「……ごめんなさい、私が間違っていたわ」
「分かってくれればそれでいいの」
墜ちるところまで堕ちればいい。
完全に愛に寄り掛かった時、Dクラスは終わりを迎えるだろう。流石に可哀想なので救済だけはしてあげようとは思うが。
部屋を出たのは8時過ぎ。綾小路を連れて向かったカフェの空席は僅かしかなかったが、待つことはなかった。
一面に張られたガラスから無限に広がる海が広がっていて、太陽の光が反射して水面が輝いている。
それも相まって、出されたコーヒーがより美味しさを増しているように感じる。
「夜3時まで起きていた堀北ちゃん、優待者に関して何か分かったのかな?」
「……まだ何も分かってないわ。ただ、干支が怪しいとは思うの」
「堀北、それは夜更かししすぎじゃ」
「途中で寝落ちしたらしいから、もししなかったらオールだっただろうね」
「健康リズムにはうるさい人だと思っていたんだが」
堀北が申し訳わけなさそうに目を逸らした。いつも責められる側だからか、綾小路の口調が僅かに弾んでいるように感じる。
「綾小路くん、話し合いの状況はどんな感じ?」
「Aクラスが黙秘を決め込んでいる。それから、軽井沢が手に負えない状況だ」
「あー……確かにねぇ。平田くんでもいれば楽だっただろうけど」
「同感だ」
綾小路のグループは問題なく原作通りに進んでいる。
愛も綾小路に猪グループの状況を伝えた。自己紹介をして結果1を目指すことは決まったが、そこから全く話が進まない。
初顔合わせが多いからか、話し合いが進まないのだ。
「思考力が何を意味してるのか、だよね」
「それはどういうことだ?」
「なんていうか、グループ内での話し合いだけだと今のAクラスみたいに沈黙しちゃうところもあるでしょ? そうすると優待者が誰か以前の話になっちゃうと思うの」
つまり、優待者の発見に話し合いは必須ではないということ。ちゃんと考えれば優待者が誰かなど話し合いがなくとも見えてくるのだ。
それが
「メールを見ても『厳正なる調整の結果』って書いてある。優待者が作為的に選ばれてるってことだよね」
一見すると、話し合いで優待者を炙り出すことが正規のルートに見える。
優待者の法則を探し出して的中させるのは裏ルートだ。
「なるほどな、いい話を聞かせてもらったぜ」
3人の空気を壊して割り込んできた、1人の男子生徒。彼は先ほど空いたすぐそばの席の椅子に逆向きに座った。
「出た、龍園こけるくん」
「ジョークはその辺にしときな」
愛の記憶が正しければ、既に龍園は2敗している。つまり全敗だ。それでも余裕の笑みを崩さない龍園には、一発逆転の秘策があるのか。
「クククッ、お前がXであることは分かってんだよ、チビ」
「負け犬の遠吠えかな? そもそもあの作戦は堀北ちゃんが考えたものだしね。私は天才の堀北ちゃんを手伝っているだけだよ」
ゆったりとした時が流れるカフェだが、愛と龍園の周りだけ異様に空気が張り詰めている。
「何言ってんだ、鈴音は体調不良でリタイアしただろうが」
「そんなだからコケるんだよ、ドラゴンボーイくん」
沸点が低い龍園のことだから、胸ぐらを掴むような真似をするかと思ったが、グッと堪えていた。カフェで騒ぎを起こすようなことはするべきではないので、無理矢理押さえ込んだようだ。
「どちらにせよ、君じゃDクラスには勝てない。それだけは確かだよ。Bクラスくらいなら勝てるかもだけど」
「ハッ、俺たちはBクラスみたいな低い目標は持ってねえ。Aクラスしか見てねえんだよ」
「それなのに大変だよねぇ。Cクラスの足に私たちがしがみついて引きずり落とそうとしてるわけだから」
現状、CクラスはBクラスに上がるどころかDクラスに転落しそうになっている。
Aクラスを目指すのは、夢のまた夢だ。
そう考えていると、龍園がそういえばと言いながら口角を上げた。
「テメェAクラスにクラスポイントを譲渡したらしいじゃねぇか」
「なんの話?」
「テニス部のヤツから聞いたんだよ、お前は6月にあったテニスの大会で150ポイント手に入れているはずだ。1年で出場したのはテメェだけだから、本来Dクラスが加算されてなきゃおかしいだろうが」
「それは本当なの?」
逆になぜ今まで気づかなかったのか不思議なほどだ。
情報を漏らした子には帰ったら罰を与えなければと思いながら、愛は首肯した。
「テメェの目的は何だ? 2000万ポイントを集めてAクラスに上がることか?」
「もしそうだって言ったらどうする?」
「八遠さん」
「関係ねぇよ。俺の前に立ちはだかるヤツは全員ぶっ飛ばすだけだ」
「あくまでもやり方を変えるつもりはないんだ」
「ああ」
それでいてくれなければ困る。変に変えられたら、知識が無駄になるから。龍園は龍園のままでいればいい。
「Cクラスなんて眼中にないから好きにすればいいけど」
「よそ見してると足元を掬われるぜ」
「他人の心配をする前に自分の心配をすることを勧めるよ」
「ハッ、ほざいてろ。行くぞ、伊吹」
「あ、居たんだ。スパイちゃん」
「テメッ……!」
「殴ったら訴えるよ?」
「知ってるわよ!」
厄介者の撤退を確認したところで、コーヒーを口に含む。無糖の苦味がヒートアップした心を穏やかにさせる。
「八遠さん。さっきのはどういうことかしら」
「龍園くんの言った通りだけど」
「なぜそんなことをしたのか教えなさい」
「何でってそりゃAクラスに上がるためじゃん」
目的が揺るぐことはなく、達成するためならどんな手段も使う。Dクラスが敵に回ったところで、愛には敵わない。
「それは1人でってことかしら」
「うん。堀北ちゃんだって分かってるでしょ? 今のDクラスはAクラスに上がる資格なんてない。だから私1人でAクラスを目指すの」
未だに愛から視線を外さない堀北を他所に、コーヒーを啜る。
「Aクラスに上がりたくなったら言ってよ、協力してあげるから」
「それは……必要ないわ」
僅かに戸惑いを見せた堀北。心当たりがあるのだろう。クラスメイトを信じたいが、Aクラスの器がないこともまた事実。
しかし、根底にあるのはそんなものではない。
「私がAクラスに上がるのは兄さんに認めてもらいたいからなの。だからこれだけはあなたに頼れない」
「……そっか」
そう言っていられるのはいつまでだろう。
✳︎ ✳︎ ✳︎
試験が始まって3日。今のところ狂いなく進んでいて、明日優待者を的中させればこの試験は幕を閉じる。
法則探しも僅かながら進展を見せていた。とは言っても干支が関係ある程度だったが。
優待者が2人しか分かっていないので、正解にたどり着くのが困難なのだろう。
この日最後の話し合いを終え、部屋に戻った愛。
1日の疲れを落とすべくベッドに飛び込んだところで、船内放送がけたたましく鳴り響いた。
『猪グループの試験が終了しました』
「は?」
想定外の事態が愛を襲い、理解に数秒を要した。
聞き間違いでなければ、猪グループの中に裏切り者が現れたということになる。
さらに、続いて3グループの試験の終了が伝えられた。そのうち2グループがDクラスなので、狙ったのだろうか。
「猪グループって、八遠さんのグループよね?」
「うん」
誰よりも曲者で、愛やDクラスを狙いそうな人間。心当たりはあった。法則にたどり着いて実行したのも彼だけだ。
「とにかく、平田くんと綾小路くんと話し合った方が良さそうだね」
「そうね」
綾小路に連絡を入れ、返信が来る前に部屋を出る。
しかし、部屋を出たところで人がいることに気づき、足を止める。
「よぉ、どうだ今の気分は」
不敵な笑みを浮かべた首謀者の龍園。一泡吹かせたと思ってか気分が良さそうだ。
「今まで散々好き勝手してくれたからな、そのお返しだ。ありがたく受け取れ」
「どちらかと言えば押し付けだけどね」
受け取り拒否できないしねと心の中で付け加えた。
「頑張って優待者の法則を見つけたんだね。だけど上のクラスに上がりたいのに下から追い抜かれそうになるのを防ぐのに必死な、噛ませ犬のことを気にかけてる時間はないから」
一之瀬程度であれば勝機はあるし、実際に学年末試験では卑劣な手ではあったが大勝している。
しかし、その程度では愛や綾小路、坂柳には勝てない。
「でも、君がこんなに早く動くとは思わなかったよ。そこは素直に褒めてあげる」
「いつまでそうやって余裕ぶっていられるだろうな」
「そのセリフ、そのまま返すよ」
龍園翔は信じて疑わない。どんな人間も、何度も挑めば屈すると。勝つべきは自分であると。
龍園翔は気づかない。何をしても届かない人間がいると。
龍園は愛から堀北へ視線を移す。
「鈴音、チビに随分と懐いてるじゃねえか」
「馬鹿言わないでもらえる? 同じ部屋になったから一緒に行動することが多いだけよ」
「龍園くんって推理外すことが多いよね。ひょっとして頭悪かったりする? まあ、下らない作戦しか思いつかない時点で──」
「それ以上言ったら殺すぞ」
愛の口を遮って、殺気立つ龍園。それでも愛は余裕の表情を崩さない。
「殺せるなら殺してみなよ。チキンな龍園くんには一生無理だろうけど。行こ、噛ませ犬に構ってる暇なんてないし」
「そうね。顔を見るだけでも不愉快だもの」
龍園が狙いを定めたのはわずか4グループ。法則を発見したのであればもう少し攻めてもいいはずだが、日和ったか。何であれ、残り──竜グループ以外は落とせる。甘えで50万ポイントを取り損ねたのは大きいが、残り6グループを逃さなければ高円寺のものも含めれば7グループ的中させたことになる。
250クラスポイントと、350万プライベートポイント。40人で山分けすれば、一人あたり87500ポイント獲得。この加算は決して小さくない。
龍園に背を向け、愛と堀北は指定した場所であるテラス席に向かっていた。
間も無く夜10時を迎えるため、夜風に当たって感傷に浸りたいと考える人以外は出歩かない。
愛たちは到着すると、人気の少ない場所を選んで腰を下ろした。平田と綾小路はまだ姿を現していない。
「いやー、さすがにこれは想定外だね」
「八遠さん、本当に勝てるのよね?」
「任せてよ、私だって法則考えてるんだから。アイツに負けるなんてあり得ないから、大船に乗ったつもりで堂々としてりゃいいの」
法則自体は知っている。龍園は自ら導き出し、答え合わせができていないのに対して愛は模範解答を手にしている。答えを写すだけの戦いに、敗北は存在しない。
「優待者がまだ二人しか分かってないから、ここで聞き出せたらいいんだけど」
「僕らもちょうど伝えようかなって思ってたところなんだ」
「おっ、来た来た。まず座って」
遅れてやって来た綾小路と平田を、向かいの席に座らせる。
「ちょっと想定外だったね。もう龍園くんが動いてくるなんて、思っても見なかったよ」
「最終日が妥当かなって思っていただけに、してやられたなぁ」
平田の呟きに、愛が反応する。
「それで、最後の優待者は誰なのかしら?」
「最後の優待者は、軽井沢さん。残念ながら、さっき試験が終了してしまったけど」
「残りの南のグループも終了している。裏切り者が正解していたら大ダメージだ」
綾小路の言うように、このまま試験を終えると50ポイント失い、痛手となる。
「だから、僕たちも優待者を見つけ出さなきゃいけない。八遠さんも、堀北さんも協力してくれるよね?」
「もちろんよ。Aクラスを目指す為には、ここで足踏みをしている場合ではないもの」
「私も協力するよ」
二人が頷くと、平田は安心した表情を浮かべる。が、すぐに真剣な表情へ戻す。
協力を得られたところで、あと1日で法則を見つけ出さなければ勝ちはないのだ。
「堀北さんたちも法則を考えて欲しい。僕たちも考えるから。もし見つかったらいつでも言ってもらいたいんだ」
「もちろんだよ。寝る間も惜しんで考えなきゃ。オールしちゃうもんね!」
蒼宣言する愛に、堀北は疑惑の目を向ける。
「昨日、ちゃんと寝ろと言ったのはどこの誰だったかしら?」
「堀北ちゃんはちゃんと寝てね!」
「理不尽よ……」
「堀北も大概──」
「何か文句でも? 綾小路くん」
「理不尽だ……」
何にせよ、これからが山場であることに間違いない。
法則を見つけなければ負けが確定してしまう。
「二人は法則に関して何か分かったことある?」
「ううん、まだ辿りつけてないよ」
「こっちも同じ感じかな。堀北ちゃんが干支が怪しいんじゃないかなって予想は立ててるんだけどね……」
振り分けられたメンバーを五十音順に並び替え、干支の番号──鼠なら1番目、牛なら2番目──の人が優待者。少し頭を使えば簡単に辿り着きそうなものだが。
遅くとも2日目には辿り着く自信が愛にはある。
ともかく、仕掛けどころは深夜だと見ている。この時間なら、誰からも見つかることなく解答できるはずだ。
その後、少しだけ意見を交換して解散。あとは、その時を待つだけだ。
部屋に戻り堀北が寝たことを確認した愛は、月明かりに向かって冷ややかな笑みを浮かべた。
✳︎ ✳︎ ✳︎
深夜2時。暗がりの中で、愛は動き出す。
「堀北ちゃん、起きて」
隣のベッドで眠る堀北を揺すり起こす。
鬱陶しそうな表情を浮かべながらも、目を擦りながら堀北は愛を視界に捉えた。
「見て、これ」
一枚の紙を渡すと明かりを点けて眺め始めた。
上から鼠グループの順で書かれており、その横に名前が書いてあり、そのうちの一人が丸で囲まれている。紛れもない優待者の法則。それが一枚の紙に記されていた。
「これは……」
「やっと見つけたんだ〜。いやぁ、本当にオールするところだったよ」
そう言いながら、愛は苦笑いを浮かべる。
「どうやって見つけたのかしら?」
「干支がヒントだって言うのは確信してた。じゃなきゃわざわざ干支を使う必要はないでしょ?」
「そうね」
「じっと見てても何も分からないし、って思って並び替えたら3人と一致したからこれかなって」
クラス順ではなく五十音順に並び替えてあり、優待者らしき人物が丸で囲まれている。
一通り見ると、堀北はルール説明の時に言われた言葉を思い出した。
「クラスの関係性を無視しろとはこういうことだったのね……」
「そ、私もそれを思い出してこれに行き着いたからね」
無い胸を張ってドヤ顔をするが、睡魔による欠伸に邪魔をされる。
「……ずっと考えていたの?」
「だって、勝ちたいじゃん。龍園にあれだけ言ったんだし。負けたら、恥ずかしいどころの話じゃないよ」
端末を手に取り、平田に電話する。
寝ているだろうと思ったが、数コールほどで繋がった。
「平田くん、今大丈夫?」
『うん、まだ起きてたから』
平田も優待者の法則について考えていたのだろうか。すぐに繋がるのも納得だ。
「もしかして、優待者のこと考えてた?」
『うん、少しでもクラスに貢献したいからね』
既に十分貢献しているだろうという突っ込みを抑え、本題に移る。
あのね、と言って少し間を開ける。
「やっと優待者の法則が見つかったんだ」
『それは本当かい!?』
「……平田くん、気持ちはわかるけど今深夜だよ?」
『ごめん、ちょっとはしゃぎすぎたね』
綾小路だけが起きればいいのだが、高円寺が起きると面倒なことになる。
「出来れば今からやりたいんだけど、大丈夫?」
『深夜だよ?』
「この時間だからこそだよ。昼間は誰かに見られる可能性がある。だけど、この時間帯はみんな寝ているでしょ?」
『そうだけど……』
深夜に起こしてしまう申し訳なさからか、消極的な平田。
「多分、龍園くんは私たちを一番警戒してる。船に乗り込んでからウザ絡みしてくることが多いから。昼間に端末を集めてたら勘付かれるだろうね」
『分かった。何個集めればいいのかな』
「竜以外の6個かな。竜は櫛田ちゃんだからね」
クラス全体に顔が利くのは平田だけ。軽井沢グループとの仲が悪い愛ではこの役は務まらないので、平田の存在はかなりありがたい。
「綾小路くんも呼んでほしい。確認は多い方がいいから」
『うん、任せて。テラスに集合でいいかな』
「そうだね。私たちは先に行って待ってるから」
『僕たちも早く行くよ』
電話を切ると、愛は顔を堀北に向けた。
「行こっか」
「嫌な予感はしてたのよ……」
「確認は多い方が確実だからね。多分3時くらいにはまた寝れるから」
嫌な顔を浮かべながらも、堀北は素直に愛に付いていく。
テラスは予想通り閑散としており、冷えた海風が頬を撫でていく。
縁に腕を乗せ身を乗り出すと、夜空一面の星空が顔を覗かせる。太平洋のど真ん中、どこにも人工の光はなく空は幻想的だった。
「記念に一枚撮っておこうかな」
「八遠さん、星が好きなのね」
「そうなんだー。真っ黒な空の中でも力強く輝く星々──いいと思わない?」
「……そうね」
興味深そうに堀北が空を見上げる。風によって髪が靡き、それを手で押さえる。
そんな姿が星空とマッチしていた。
その場から数歩下がり、端末のカメラを向ける。そしてボタンを押すとシャッター音と共に切り抜かれた。
「……盗撮よ」
「いやいや、これを撮らないわけにはいかないって」
堀北は一瞬顔を顰めたが、愛の幸せそうな表情を見ると責める気も霧散してしまった。
「こうやって星空を見るの、いつぶりかなぁ」
「ここに来てから見ていなかったの?」
「引越してからかな。もともと田舎に住んでたから、夜は星が綺麗だったんだ。けど都会に引っ越してからなかなか見れなくって」
夜くらいおとなしくしてればいいものを、繁華街ではネオンが煌々と輝き昼と同じような空気感を作り出すのを助長している。
おかげで、星なんてその光で掻き消されてしまう。
「でも、また見れて良かった。帰ったらまたしばらくは見れそうにないしね」
そう言いながら、愛はその景色を目に焼き付けんと再び空を見上げる。
その横顔は普段見せる子どもっぽい表情とは打って変わり、懐かしいものを見る大人びた表情だった。
「……」
それと同時に寂しさや悲しさも内包している気がして、堀北は愛から視線を逸らすことが出来なかった。
愛が撮らないわけにはいかないと言ったのも納得できる気がした。
滅多に見れない表情。滅多に見れない光景。
どんなものでも切り取って保存できるように、シャッターを押すことが間違いであるはずがない。
シャッター音は鳴らない。堀北は自分の方が盗撮ではないかと思ったが、これでおあいこだ。
平田たちはもう少し時間がかかるのだろう。到着してから15分ほど経過したが、未だ姿を見せる様子はない。
愛と同じように夜空を見上げた堀北は、不思議な感覚に襲われていることを実感した。どうしても感傷に浸ってしまうのだ。
──目標である兄。いつからか突き放され、今も和解できていない。顔を合わせる度に出来損ないだと見放され、それでも
髪を伸ばしたのも兄が好きだという話を聞いたから。周囲の人と関わりを断ったのも兄がそうしているから。
武道もやった。勉強もやった。常に一人で背中を追いかけてきた。
それでもこの学校でも最高の生徒会長と言われている兄の壁は遠く高い。
あの時兄に追いつくためにAクラスに上がると宣言し、実際にDクラスは着実に追い上げている。
けど、けれど。それは本当に自分が貢献したからか?
無人島試験では熱を出し、キーカードを盗まれ。綾小路と愛の機転がなければどうなっていたか。
今回もそうだ。結局愛が法則に到達し、堀北は何も貢献していない。
ここまで、ただただ自分の無能さを示しているだけ。
間違っていたのだろうか、兄に追いつこうとすることなど。
本当は自分は兄に並ぶことすら許されない、矮小な存在でしかないのかも知れない。
「はぁ……」
「大丈夫?」
柄にもなく、弱気なため息が漏れ出てしまう。
愛に心配そうな目を向けられ、思わず海の方へ逃げた。
「大丈夫よ」
「ほんと? なんからしくないけど」
らしくない。愛のその言葉が何度も再生する。
そもそも
今まで兄の真似ばかりしてきた堀北鈴音にとって、らしいとは何を指すのだろうか。
「お待たせ、何してたの?」
「星を見てたんだ。今すっごく綺麗だから、見てみてよ」
弾んだ口調で平田に勧める。更に愛は綾小路も誘い、空を見上げた。
堀北も誘われたが、断った。
自分が自分でなくなるような感覚に襲われたくなかったから。今までの努力を全否定したくなかったから。
3人はひとしきり見て満足すると、堀北の座る席にやってきて椅子に腰掛けた。
「それにしても、綾小路くんが一番興味津々だなんてなんだか意外」
「こんな綺麗な星を見るのが初めてだったんだ、それくらいおかしくないだろ」
「普段無表情だから、そう思われるのも仕方ないわよ」
「……そういうものなのか」
そんな会話の横で、平田が端末を取り出す。愛が指示した通り6個だ。
「えっと、法則がこれね。優待者には丸が書いてあるから、その名前を打ち込めばオッケー。打ち終わったらみんなで確認して送信すれば終わりだよ」
眠たげな頭を無理矢理動かし、名前を打ち込んで確認していく。
10分ほどかけて何度も見直す。程なくして送信可能な状態になった端末が並んだ。
全て正解しているならば、300クラスポイントと300万プライベートポイントが手に入る計算になる。
「それじゃ、送信!」
6つの端末全てに送信完了の文字が浮かび、数瞬置いて深夜にも関わらず放送がけたたましく鳴り響く。
「これで全部正解だったら300ポイントだな」
「高円寺くんも正解だったら350ポイントだけどね」
「でも、龍園くんも法則に気付いているのなら僕たちの竜グループも当てられちゃうんじゃないかな」
それでも200ポイント。決して少なくない数字だ。無人島試験と合わせて500ポイント以上取り返すことになるのだから、大勝利だと言っても過言ではない。
「それはどうしようもないわね。こちらがいくら細工しても通用しないもの」
「当事者の前で悪いけど竜は捨てるしかないか」
「仕方ないわね」
もしも龍園に櫛田の名前を当てられても、Dクラスの勝利で終わることは間違いない。
「あー、いい気分。今頃龍園くんはどんな顔してるかな」
清々しい表情を浮かべると、愛は隣の席に座る堀北の肩に頭を預ける。
堀北が動揺し、状況の把握に時間をかけているうちに愛は寝息を立てていた。
「相当疲れていたんだろうね」
愛は夜遅くまで起きていることが苦手で、日付が変わる前には眠りについているのが当たり前だった。
そんな人が突然夜中の3時まで起きていて、眠くないはずがない。
「八遠さんは私が連れて帰るわ。同部屋だもの」
「その方がいいだろう。オレ達が背負っていくと誤解を生みかねないからな」
「そ、そうだね……」
愛をおぶり、来た道を引き返す。
静まり返っていたはずの船内は、放送による大音量を皮切りに騒然とした空気に覆われ、混乱を極めていた。
廊下に人影はないが、部屋から声が漏れ出している。
誰かに見つからないように道を急ぎ、部屋へ辿り着く。中に入ると同部屋の女子2人も目を覚ましていて、堀北と愛の姿を見るなり疑問を口にした。
「堀北さん、これ何か分かる?」
八遠さんが、という言葉が喉元まで出かかって止まった。無人島試験の時、堀北がやったということにしたのは理由があるからに違いないと確信していたからだ。
「それは私
「ほんと!?」
堀北の背中で眠り続ける八遠に気づかず、女子生徒たちは喜んでいた。
その姿を見て、また一歩前進したのだと実感すると同時に憤りが募っていた。
これをやったのは愛であり、この女子生徒たちでもない。なのになぜ幸せを感じているのか。
「貴方たちは何もしていないじゃない。もしクラス全体で戦うことになったら、勝てないかも知れない。喜んでいる場合じゃないわ」
人に言えたことではない。けれど、ぬか喜びしているのは気に食わなかった。
愛をベッドに寝かせると、布団を被せる。
堀北もベッドに潜ると、おとなしくなった女子生徒を気に留めることなく瞼を閉じた。
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船上試験も幕を下ろした。
最後は龍園が裏切って、午後9時を迎えることなく放送が終わりを告げる事となった。
結果、AクラスとBクラスは大敗。CクラスとDクラスがポイントを伸ばした。
それでも龍園はいい気分ではなかった。
それもそのはず、Dクラスに負けたこと。櫛田が口煩く問い詰めてくることも相まって、余計にイライラが募る。
「私との約束はどうなったのよ!?」
「そんなの知るか。俺のクラスに少しでも有利に動くのは当たり前だろうが」
櫛田の要求は、堀北を退学させること。
それと引き換えに優待者であることを教えてもらい、竜グループを結果1にしようと考えた。
しかし、結局Dクラスに負けてしまった。おそらく八遠愛のせいだ。
長期的に考えて、結果3の方が利益が大きいという結論に辿り着くのは当然。櫛田のことは二の次だ。
龍園から見て堀北はそこまで脅威ではない。他の生徒よりも高い能力を有することは明白だが、警戒するべき人間ではない。堀北は葛城と同じタイプの人間だ。彼らは真っ当すぎる。
それよりも警戒すべきは八遠愛の方だ。
あの態度は辿り着いた法則に絶対の自信を持っているからこそ。
更に言えば、無人島試験のあの作戦も首謀しているだろう。伊吹から聞いた堀北の様子だと、あの焦りは嘘偽りないものだったらしい。
それに、2人は同部屋だ。堀北の体調の悪化に愛が気づかないはずはない。
「ククッ、面白いじゃねえか」
龍園翔は恐怖を知らない。だから、どれだけ負けても嗤う。止まることなく突き進み続ける。
彼は既に、次の戦いへ目を向けていた。
次はRTAパートです。裏話、書くのは楽しいけど更新があまりにも遅すぎるのでその2は断念しました。描いて欲しいという希望があれば感想欄にて教えてください。そのための番外編だから()
コロナにかかりたくないので失踪します。
みんなも引きこもろうね!働いたらそこで人生終了だよ(大袈裟)