よう実 Aクラス昇格RTA Dクラスルート   作:青虹

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競馬場に行ってたらめっちゃ時間が経ってたので初投稿です。

あと戦闘描写が苦手すぎてモチベ下がってました。サボってる間に捜索で紹介とかされてたのに、ほんとすまねぇ!


10月 裏話

 自分が天才であり不可能はないと自負している愛だが、弱点がないわけではない。

 あまり恵まれた体つきではなく、どちらかといえば非力な方である。

 例えば須藤に力勝負を挑めば当然負けるだろうし、それ以前に他の女子に負けることもあるだろう。

 筋力トレーニングをして体を鍛えようにも、0円生活では栄養失調になりかねない。ハイリスクなのだ。

 

 しかし、技術でカバーすることはできる。

 先日、堀北学が生徒会長を辞した。彼は武術に精通しており、愛が挑めば即座に返り討ちに遭うことは目に見えている。

 いくら天才でも、結局天才でしかない。

 天才だからと言って、常に頂点に君臨できるわけではないのだ。

 生徒会長が南雲に代わり、理事長が一時的に月城に交代することで高度育成高等学校は武力に対して甘くなる。

 高い戦闘力を有していれば、その間は有利に事を運ぶことができるようになる。現状だと愛はその手を使えず、逆に非力であることを利用されてしまうかもしれない。

 

「堀北先輩、今お時間はありますか?」

「ああ。……お前はDクラスの八遠だったか」

 

 こうして愛が堀北学に接触していたのも弱点をカバーするため、そして選択肢を増やすためでもあった。

 

「ご存知だったんですね」

「よく鈴音と行動しているだろう。それにお前は目立つことばかりしているからな。嫌でも耳に入ってくる」

「確かにそうですね」

 

 心当たりしかなかったので肯定する。とぼけたところで意味はないだろう。

 

「で、要件は何だ?」

「堀北先輩に武道を教えてもらいたいと思いまして」

「……何故だ?」

「堀北先輩は色々な武術の段位者だと聞いています。それに、生徒会長が南雲先輩に交代するので」

「確かに南雲は実力主義の面を強めていくと話していたが……なるほどな」

 

 学は納得したように小さく頷き、愛を見下ろした。

 

「残念ながら私にはそちらの方面は一切手を出したことがありませんから。それに、南雲先輩に反対しても無駄なのは目に見えています。であれば適応するほか道はありません」

「なるほど。お前の言い分はよく分かった」

 

 見定めるような鋭い目だが、愛は決して視線を逸らすことなく見つめ返す。

 

「だが……いや、分かった」

「どうしたんですか?」

「教えるのはいいが悪用はするなと言おうと思っただけだ。ただ、卒業してからはどうしようもできないからな」

「あはは。しませんよ、そんなこと」

「ならいい。だが、力を持つということには責任が伴うことは忘れるな」

「もちろんです。あくまでも自己防衛のために使うだけですから」

 

 現2年生や来年度入ってくる新1年生、そして同級生たちとの戦い。今後特に、龍園などは容赦しなくなるだろう。

 それに、坂柳を守ると約束したからには何があっても遂行しなければならないと考えている。

 

「それで、時間はどうするんだ?」

「平日は空いているので、その時間にでも」

「週5日、ということか?」

「もちろんです」

 

 愛は力強く頷く。しかし、学の表情は僅かに曇っている。何故だろうかと愛は首を傾げた。

 

「本当にそれでいいんだな?」

「はい、大丈夫ですけど」

「ならいい。だが、体調管理だけは怠るなよ」

「分かってます」

 

 0ポイント生活を続ける愛の身を案じてくれていたのだろう。

 それよりかは愛が倒れた時、学のせいになってしまうという可能性が頭を過ったからなのだろう。

 だが、愛はこれまでもテニスに必要な体力づくりを0ポイントで行ってきた。体調管理には自信があった。

 

「では、明日から始めるということでいいな?」

「はい。よろしくお願いします」

 

 愛は一礼して、踵を返した。

 

 

 

 ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 学との特訓が始まって1週間少々。部活の大会の時期と重なっている愛は、暗くなってからもテニスの練習に没頭していた。

 正確に、壁の同じ場所へ何度も打ち込んでいく。まるで機械のように。

 しかし愛は決して満足しなかった。夏の全国大会での敗戦が頭から離れなかったのだ。

 初めて4ヶ月程度だったから仕方ない、とはならない。今まではそれで負けたことがなかったのだから。書道もピアノも、それだけの月日があれば最優秀賞を取ることは可能だった。

 それが小学生の頃で、相手も経験が浅かったからなのかもしれない。しかし負け無しだったことは事実なのだ。

 

「これじゃ勝てない……!」

 

 相手はテニスの突出した才能があったのかもしれない。それと同時に、膨大な量の練習と経験を積んできたのだろう。

 技量は自身の才能で補えても、経験はどうしようもない。部活の練習では実戦形式の練習を増やした。少々物足りないが、こればかりはどうしようも無い。

 技術に関しては、放課後に学との武術の鍛錬を始めたため部活に参加できず不足してしまう。それを補うためにこうして励んでいたのだ。

 初めて負けたことによる屈辱。そして勝ちへの執念。それが愛を突き動かす原動力だった。

 

「八遠さん……?」

 

 しかし、いるはずのない誰かの声によって一時中断を余儀なくされた。

 

「こんな時間に何してたの? 堀北ちゃん」

「それは私の言葉よ」

「いや、テニスだけど……。もしかして、堀北ちゃんはテニスを知らない?」

「そういうことじゃないわよ。分かって言ってるわよね?」

 

 ベンチに腰を下ろしラケットとボールを隣に置くと、堀北にも座るように促す。

 水分補給に取り出したペットボトルはやはり水だった。十分に飲んだあと、愛は口を開いた。

 

「もしかして、ご飯ちゃんと食べてるか気にしてる?」

「……違うわよ」

「おっ、図星?」

「……倒れられたら困るじゃない」

「堀北ちゃんがデレた!」

「何を言っているのよ」

 

 堀北は呆れてため息を溢した。

 

「じゃあ堀北ちゃんが手料理を振る舞ってくれるなら考えてやろうじゃないか」

「……八遠さんの分の食費は自分で払いなさいよ」

「えっ」

「えっ、って何よ。あなたの分まで用意するとなると食費が増えるに決まっているじゃない」

「払わないけど」

「Aクラスに上がりたいから、かしら」

「そうだよ」

 

 今更隠す必要はない。迷わず肯定した。

 

「Aクラスを目指したい気持ちはわたしにも分かるわ。けれど、一人で上がろうとする理由だけは分からないの」

 

 Aクラスに上がるのはクラスポイントによるもので十分狙える。堀北にとって、それでもプライベートポイントにこだわる愛の動機は分からなかった。

 

「別に大した理由じゃないよ。誰も達成したことがないって聞いた時、なら自分が“最初”になろうと思っただけ。サッカー選手になりたいって思うのがかっこいいからっていうのと同じようなものだよ」

「けれど、クラスポイントでDクラスからAクラスに上がることもまだ達成されていないわ」

「そうだね」

 

 確かに堀北の言う通りだ。Dクラスは落ちこぼれが集まる場所であるが、今年は違った。愛や綾小路、高円寺など、明らかにDクラスにいるべきではない器の生徒がいる。

 初めての快挙を達成するには十分な環境が揃っていた。

 

「けど、それじゃダメなんだ」

「何がダメなのか私には分からないわ。どんな方法であれ、Aクラスに上がることには変わりないもの」

「本当にそう思う?」

「どういうことかしら」

 

 ちょっと待ってねと一言断ると、愛はジャージを羽織る。10月下旬の夜風は汗をかいた愛の身体を冷やしてしまっていた。

 

「堀北ちゃんはさ、5月の最初に茶柱先生が話していたこと覚えてる?」

「もちろんよ。……忘れもしないわ」

 

 落ちこぼれが集まるDクラスの中でも、クラスポイントを全て吐き出したクラスは今年が初めて。

 このクラスが落ちこぼれ中の落ちこぼれだと遠回しに言っているようなものだった。

 

「今、綾小路くんとかがAクラス昇格を目指して動いてる。でもそれっておかしな話だと思わない? 一部の人だけが頑張って、後の人はそれについて行くだけ」

「けれど無人島ではみんな──」

「あれくらいは誰でもできる。ちょっと探索に行って、帰ってきたらのんびりする。それだけだし。なんならそれすら上手く行ってなかったよね」

「……」

「ポイントで食料は買えたから、実際の生活よりは楽だった。軽井沢さん達なんて余計なものを買ってたでしょ。無人島試験なんて言ってるけど、そこまで過酷じゃない」

 

 風邪を引いていた堀北でも6日目まで参加していた。雨が降らなければ、最後まで参加できていただろう。

 それに加えて、ポイントの管理は主に平田が行っていた。他の生徒は平田の指示に従って探索に行くだけであり、綾小路がいなければ最下位だった可能性が高い。

 

「無人島試験に勝てたのは綾小路くんのおかげ。船上試験は私が頑張ったおかげ。どうせ他の子は何もしてないのにまるで自分が勝ったかのように思ってるんじゃない?」

「それは……」

 

 堀北の脳裏に浮かんだのは、3日目の深夜の光景だった。同室の女子生徒は勝ちが確定したことに喜んでいた。気持ちは分かるが、彼女らは何も貢献していない。確かにそれに憤りを感じていた。

 心当たりがあった堀北は思わず目を逸らした。

 

「何もしてない子がAクラスで卒業して好きな進路を選べることに私は納得がいかない」

 

 Dクラスの生徒が30人Aクラスで卒業するよりも、坂柳がAクラスで卒業する方がよっぽど価値がある。そう愛は考えていた。

 

「……理解できないわ。あなたのやっていることは裏切りに等しいわよ」

「へぇ、堀北ちゃんはそう思ってたんだ」

「たとえ能力がどれだけ低くても、彼らは試験に真剣に向き合っているわ」

「あの堀北ちゃんがそんなことを言い出すなんてね。4月の時は一匹狼だったのに。誰に影響されたんだろ」

 

 からかうように愛が言うと、堀北は顔をしかめた。その話はするなと言いたげだった。

 

「けど、人はそんなにすぐには変われないんだよ。実はちょっとだけ分かるなって思ってるでしょ」

「……っ」

 

 最初の中間試験で、堀北は須藤たちを切り捨てようとしていた。愛と綾小路の助け舟のおかげで無事乗り越えることができたが、もしいなかったら3人は退学していたに違いない。

 元々、堀北はそういう人間なのだ。一人になることを選んだのも堀北の目に学がそう見えたからであり、その期間の方が圧倒的に長い。

 いくら変わろうとしても、すぐに変わることができるわけではない。

 

「それでも許せないわ。これはあなたのためよ」

「……」

 

 しかし愛が唯一見誤ったのは、堀北の精神面の強さだった。いくら揺さぶりをかけても、堀北は折れることはなかった。

 

「あははっ」

「何がおかしいのよ」

「堀北ちゃんのいいところ、ようやく見つけた気がする」

 

 堀北は天才ではない。愛からすれば、凡人の集団の中で頭半分ほどだけ抜け出したくらいの存在でしかないと思っていた。

 しかし、決して諦めない心の強さだけは本物だった。

 

 

 

──だからこそ、征服のしがいがあるというものだ。

 

 

 

 愛は立ち上がり、堀北を見下ろす。

 

「どうしても止めたいんだったら、力ずくで止めてみてよ。暴力は人を支配する1番手っ取り早い方法なんでしょ?」

「……っ、それは」

「じゃあこうしよう。私と堀北ちゃんはこれから、暴力で勝ち負けを決める。簡単に言えば殴り合いだね。堀北ちゃんが勝ったらクラスポイントでAクラスを目指すことにする。けど、堀北ちゃんが負けたら私はプライベートポイントでのAクラス昇格を目指す。そして負けた方はこれから卒業まで、勝った方の言いなりになること」

「……分かったわ」

 

 躊躇いながらも、堀北は肯定の言葉を口にした。愛は満足そうな表情を浮かべると、堀北と距離を取った。

 

「……まさか、あなたと戦うことになるとは思わなかったわ」

「そう? いつかこうなるとは思ってたけど」

「違うわ。試験で戦う可能性はあったかもしれないと思っていたけれど、こうして拳を交えることになるとは思わなかったのよ」

 

 愛と相対する堀北が一歩分の距離を縮めるが、愛は変わらず笑みを浮かべて堀北を見つめ返している。

 

「じゃあ堀北ちゃんはまだまだってわけだ」

「ええ、そうね。私は未熟者よ」

 

 堀北の目はしっかりと愛を捉えている。何があっても屈しない、そんな決意を感じた。

 

「けれど、それは今の話。いずれは──っ!?」

 

 堀北が慌てて回避行動を取ったが、読まれていたのか既に目の前には愛の拳があった。咄嗟に目の前で腕を組み衝撃に備える。

 愛の一撃を耐え凌ぎ、堀北は反撃の時を探る。

 

「それじゃダメなんだよ、堀北ちゃん」

 

 愛は堀北に一歩、また一歩と迫る。次の攻撃に備え、堀北は警戒体勢を崩さない。

 

「向上心があるのはいいこと。けど、堀北ちゃんが階段を上がっている間に他の子も同じように登り続けているんだよ」

「私がそれ以上のペースで登ればいいだけの話よ」

「その通り。でも大変じゃない? 急ぐのって。階段を登るだけでも疲れちゃうのに、一段飛ばしで上がると余計に体力を使う事になる」

「それでも構わないわ。私はそう決めたの」

 

 兄である学に追いつくため。実力を証明するため。自身の人との接し方に誤りがあったことを認め、変わろうとしている。当然それが平坦な道ではないことを堀北は理解している。

 

「もしも楽に階段を登れる方法があるとしたら? もしもゴールまでの近道があるとするなら?」

「──っ」

「みんなが一生懸命登っている中、自分だけ楽できるとするなら? 堀北ちゃんはそれでも地道で苦しい道を選ぶ?」

「どういうことかしら? そんな方法、あるわけないじゃない」

「それはどうかな?」

 

 愛は堀北の目の前まで迫ると、歪んだ笑みを浮かべた。

 

「私の言いなりになればいい。堀北ちゃんは私が言うことだけを聞いていればいい」

「冗談はやめてもらえるかしら。それは私の実力ではないわよ」

「それは本当かな? 無人島試験の時のこと、もう忘れたの?」

「……」

 

 風邪を引いてリタイアした後。堀北は何もできなかったのにもかかわらず、クラスのヒーローだと祭り上げられた。忘れるはずもなく、堀北は口を開くことができなかった。

 

「堀北ちゃんは基礎能力はあるからね。天才の私の指示に従っていれば、もっと持て囃されるだろうね──」

「ふざけないでくれるかしら!」

 

 突然、堀北の右腕が愛を強襲した。瞬時に愛は回避行動を取ったが、頬をわずかに掠める。

 

「あなたは自分がAクラスに上がることができればいいだけでしょう!? 今までは少なからずクラスに貢献していたわ。だから協力していた。けれど、Aクラスにポイントを横流ししているようなあなたの言うことなんて聞けるわけないじゃない!」

 

 堀北は叫んだ。ここで愛を自由にさせると暴走してしまうと思ったから。先程見たあの笑みは櫛田が本性を現した時のものと同じようなものだった。

 

「ふふっ、堀北ちゃんって本当に正義感だけは一人前だよね」

「それの何が問題なのかしら」

「わかってないなぁ」

「──うっ!?」

 

 今までとは桁違いの速さで堀北の懐に潜り込むと、腹に一撃を叩き込む。何もできずに吹き飛ばされ倒れ伏す堀北の前髪を掴み、顔を持ち上げると、愛は子供に言い聞かせるように囁いた。

 

「過程はどうあれ、最後に勝った方が正義なの。堀北ちゃんがいくらヒーローを気取ったところで私に勝てなきゃ意味がないんだよ」

「分かってる、わよ……!」

 

 痛む体を言い聞かせ、堀北は立ち上がる。距離を取った愛はそれを笑みで歓迎した。

 

「さすが堀北ちゃん。まあ、こんなに簡単にくたばってもらっちゃあ困るんだけどね」

「ちなみにあなた、何か習っていたのかしら?」

「何も習ってないよ。最近ちょっと勉強はしてるけど」

「明らかに少しやっただけでできる領域を超えているわよ」

「そんな常識、私に通用すると思わないでよね!」

 

 地面を蹴り、駆け出す愛。同じくまっすぐ向かってくる堀北が突き出す拳を、身を翻して躱すと空いた背中に蹴りを放つ。しかし堀北もギリギリのところで回避すると反撃を仕掛けてくる。

 

「ぐっ!?」

 

 何度か()()を繰り返したあと、腹に蹴りを入れて愛は堀北を壁に押し付けた。

 

「堀北ちゃん、もう降伏しなよ。私には勝てないから」

「……っ」

「気づいてたでしょ。ずっと弄ばれてるって」

 

 初めから疲れていた愛の方が不利だった。しかし、蓋を開ければ一方的な展開が続くばかり。

 

「これ以上の抵抗はやめて、私の言うことを聞いて。これ以上堀北ちゃんを傷つけたくないから」

「……それは本音かしら」

「さぁね」

 

 このまま抵抗を続けても、堀北に勝機がないのは目に見えている。であれば、一度降伏して、反撃のタイミングを窺えばいい。

 愛が目的を達成するためには特別試験で勝つことが重要であり、Bクラスまでは押し上げてくれるだろう。

 

「……分かったわ。好きにすればいいじゃない」

「それでいいの」

 

 愛が力を緩めて解放すると、堀北は力なく崩れ落ちた。

 

「なんでそこまでして抵抗するんだか……」

「今のあなたに言っても分からないわよ」

「ふぅん。ま、興味ないから聞こうとは思わないけど」

 

 なんとか立ち上がった堀北だったが、ふらついて再び倒れそうになる。

 

「……そうね」

 

 秋の冷たい風が肌を撫で、時の流れを感じる。互いに言葉を交わすことはなく、虫の鳴き声と堀北の荒い息遣いを耳に入れながら、来月の戦いに向けて脳を回転させるのだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ただいま〜!」

「ただいま、じゃないわよ」

 

 愛は自身の部屋には戻らず、堀北の部屋に上がり込んでいた。

 

「大丈夫、明日は休みだから」

「そういう問題ではないでしょう?」

「JKなら無意味にお泊まり会するから確かにそういう問題ではないね」

「はぁ……」

 

 諦めたように堀北はため息を漏らした。良くも悪くも愛は一度やると決めたら絶対に引かない性格だということを堀北は分かっている。意地を張って言い返すだけ無駄なのである。

 

「着替えはどうするつもり?」

「持ってきてないよ。堀北ちゃん家にお邪魔しようと思って出たわけじゃないからね」

「そうよね……」

 

 堀北と激しく戦った上、その前には自主練に励んでいた。そのおかげで身に纏っている服は汗に濡れている。公園から戻ってくるまでの間に体は風で冷やされてしまっているはずだ。さほど遠くないとはいえ、今の状態で冷たい風が吹く外を歩かせるわけにはいかなかった。

 

「極めて遺憾だけれど、今日は私の服を貸してあげるわ」

「えっ、ほんと!?」

「本当だから、早く入ってきなさい」

「せっかくだし、一緒に入らない?」

「入るわけないじゃない」

「堀北ちゃんが一緒に入るって言ってくれるまで入らないから」

「ほんと強情ね……」

 

 またしても堀北が折れる形となり、二人で風呂に入ることになった。

 

「やっぱり狭いじゃない」

「私の部屋の湯船は広いからいけると思ったんだけどな……」

「大きさは変わらないわよ」

「私が小さいって言いたいんだね!」

「別にそこまで言ってないわよ……」

 

 一人で使うことを前提に作られた湯船では向かい合って浸かることができなかったので、愛が堀北に背を向けてもたれることで入ることに成功した。

 

「うんうん、座り心地は抜群だね。特に背中の辺りが」

「あなたの脳は時々思春期男子になるのね」

「違うよ。これは……憧れだね」

「それっぽくごまかしても無駄よ」

「胸大きくなったでしょ」

「ストレートな表現もやめなさい」

 

 途端に目を光らせ、堀北に向き直って手を伸ばしてくる愛の手を抑える。

 

「私の成長分を奪うなんて……酷い!」

「この世には個人差という言葉があるのよ」

「やめて! 現実を突きつけないで!」

 

 風呂で暴れる愛を抑えながら、堀北はふと疑問に思った。

 

「八遠さんはどうしてDクラスになったのか心当たりはあるのかしら?」

「突然だね。……心当たりはないよ。私は私に正直になっていただけだし」

「櫛田さんと同じだと思っていたけれど……どうやら違うようね」

「櫛田ちゃん……?」

「いえ、こちらの話よ」

 

 能力の傾向だけ見れば、愛と櫛田は同じようなタイプだと言える。欠点と言える欠点がなく、オールラウンダーな人。中学時代に起こした事件が櫛田がDクラスになった大きな原因だ。

 同じように愛にも櫛田と似たような過去があるのかもしれないが、愛と同じ学校だという生徒は現れていないし、そういう事件があったという話も聞いたことがない。

 

「堀北ちゃんってなんであの時間に外に出てたの?」

「少し風にあたりたかったのよ」

 

 愛から問いかけられ、堀北は答える。

 

「ほうほう、私が聞いてあげようじゃないか」

「あなたのせいで全て無駄になったわよ」

「解決したようで何よりだよ」

「解決自体はしてないわね」

 

 実際、堀北はDクラスをAクラスに導く方法を模索しているのであって、自身がAクラスに上がる方法を探しているのではない。しばらくは愛の指示に従うことにはなるが、いずれ彼女の野望を打ち砕かなくてはならない。Aクラスが──特に坂柳が──一枚噛んでいることもあり、簡単にはいかなさそうである。

 

「私思ったんだけど、堀北ちゃんってお姉ちゃんみたいだよね」

「は?」

「私より背が高いし、結構文句言ってくるし。でもなんだかんだ言ってノリいい時もあるし」

「私はあなたみたいな妹は勘弁よ」

「そう言いながら本当は好感度高いやつだよ」

「ありえないわね」

「あと胸が大きい」

「そういう発言は控えなさい」

「堀北ちゃんにしか言わないもんね」

「余計にタチが悪いわよ……早く体を洗いなさい」

 

 やっぱりお姉ちゃんみたいと騒ぎ立てる愛に体を洗わせようとすると、愛の髪がかなり伸びていることに気づいた。ポイントを使わない生活をしているのであれば、確かに美容院にもいけないだろう。

 

「八遠さん、かなり髪が伸びたわね」

「そうなんだよね。でも今までずっと短めだったし、伸ばすのもアリかなって。堀北ちゃんはバッサリ切ろうと思わないの?」

「別に思わないわ。この髪型は気に入っているもの」

「堀北ちゃんもイメチェンしたら?」

「そのうち、ね」

 

 そこで会話が終わり、愛は黙々と髪を洗い始めた。堀北はその様子を見つめていたがやはり、愛の体はかなり鍛えられていると思った。無駄な脂肪がなく、引き締まっている。おそらく、テニスの試合に勝つためにトレーニングを積んでいるのだろう。

 今まで才能だけで勝ち続けていたと思っていただけに、かなり意外だった。

 

「ん? どうしたの?」

「何でもないわ」

 

 たとえポイントでAクラスに上がるにしても、なるべく早くというのは悪手なのではないかと堀北は思った。仮に3年生になるタイミングでAクラスに移動したとしても、その後維持できなければその努力は無駄になる。

 一方卒業直前であれば、逃げ切り濃厚のAクラスか逆転確実の他クラスに移動すればAクラスで卒業できる可能性が高くなる。

 

「八遠さん、背中を洗ってあげるわ」

「ありがとう、堀北ちゃん」

 

 手のひらにボディーソープを出してもらい愛の背中に広げる。手を背中に滑らせると、体温が直に伝わってくる。

 

「終わったわよ」

「ありがと」

 

 洗い終わった愛に変わって、堀北は自身の髪を洗い始める。

 

「やっぱり堀北ちゃんの髪の毛って長くない?」

「確かに長い方ではあるわね」

「洗うの大変じゃないの?」

「確かに大変だけれど、ずっとこの髪型だからもう慣れたわよ」

「すごいなぁ。私だったらすぐに切りに行くもん」

 

 確かに堀北にもそういう時期はあった。けれども、切るわけにはいかない理由があった。そうして長く伸びた髪と付き合っているうちにすっかり慣れてしまったのだ。

 

「最初はあまり好きではなくても長く関わり合っていくことで意外と好きになる、そういうものよ」

「そういうものなんだ」

 

 その後、同じように堀北の背中を洗った愛が前も洗うと言い出したのを全力で止めた後、最初と同じ体勢でしばらく浸かった後風呂を出た。

 

「やっぱり少し大きいわね」

「でも堀北ちゃんのいい匂いがする」

「恥ずかしいからやめなさい」

 

 手が袖から出切っていないし、丈も合っていない。しかし、いつもと違う匂いが全身を包み込むのは案外面白いと愛は思った。

 

「じゃあ堀北ちゃん、早速お願いがあるんだけど」

「……何かしら」

「お腹が空いたから堀北ちゃんの手料理が食べたいな。あ、逆らっちゃダメだからね」

「お願いとは名ばかりね……」

「そういう話だから」

 

 あまり乗り気ではなさそうではあったが、出てきた料理は意外にも本格的だった。

 

「簡単なものだけれど」

「私から見たら十分豪華だよ!」

「0円のものだけで作ったものよりは豪華になってもおかしくないわね」

「流石に高いものを要求したら私も罪悪感を感じるからね」

「あら、あなたにそんな感情があるだなんて意外ね」

「あるし! 私を何だと思ってるんだ!」

 

 そんな軽口を叩きながら、堀北が作った料理に箸をつける。

 

「美味しい」

「よかったわ」

「毎食作って欲しいくらいだね」

「あなたの罪悪感とやらはどこへ行ったのかしら?」

「それ位美味しいってことだから」

 

 当然ではあるが、学食の山菜定食を食べ慣れている愛からすれば普通の食事ですら美味しいと感じてしまう。流石の愛でも本能には抗えなかった。

 

「それじゃあ、堀北ちゃんにやってもらいたいことだけ伝えておこうかな」

「それはAクラスに上がるために、ということかしら」

「そういうこと。私がAクラスに上がりたいっていうのもあるけど、クラスとして上に上がっていくためにも必要なことだと思うから頑張って」

 

 堀北にはDクラスをまとめるリーダーを務めてもらうこと。特に須藤に関しては注意してもらうこと。それから綾小路の動きを報告すること。

 

「なぜ綾小路くんなのかしら?」

「綾小路くんが何をしだすかわからないからね。堀北ちゃんも感覚でわかってるかもしれないけど、彼の実力は私にも未知数だからね。今のところ私の邪魔をできるのは綾小路くんだけだと思ってる。お互いに不用意に干渉しないようにしようねって話はしてるんだけど、保険の意味も込めてね」

「……一理あるわね。わかったわ。メールで報告すればいいのね?」

「その通り。でも履歴とかはちゃんと消しておいてね。他の人にバレたくないから。あということ聞かなかったらさっきみたいに痛い目を見ることになるからね」

「そこまで言わなくてもやるわよ」

「そう思ってたら思いっきり裏切られたから今こんなことになってるんだけどね」

「……」

 

 兎にも角にも、脳内で次の特別試験のシミュレーションが出来たとしてもイレギュラーな動きがあればやり方を変えざるを得なくなるかもしれない。危険なのは綾小路だけではないが、今のところ最も監視しやすいのが綾小路だというだけである。龍園も同じように観察したいが、今の独裁状態では付け入る余地が無い。

 

「他に指示はないのね?」

「これからの指示は次の特別試験が始まってから。まだ内容が明かされていない以上、どうすることもできないからね」

「分かったわ」

「もしかしたら堀北ちゃんも一緒にAクラスに上がれるかもしれないから頑張ってね」

「クラスポイントで一緒に上がれるといいわね」

「つれないなぁ」

 

 今こうして反抗している堀北はいつまで見られるのかわからないが、なるべく早く従順にしなければならないと改めて決心した。

 

「じゃあそろそろ寝よっか」

「そうね」

 

 皿洗いを済ませ、ベッドに入る。どちらかがソファーで寝るわけでもなく、二人で一つのベッドを使う。

 

「狭くないかしら……?」

「大丈夫、船で慣れてるから」

「毎晩私の布団に潜り込んできたものね」

「私の本能が堀北ちゃんを欲して仕方がなかったらしい」

「悪巧みをしたような表情で布団に入ってくるあなたなら見たわよ」

「なぜバレた……?」

「そういうことは案外バレるものよ。学校でもそうだったでしょう?」

 

 確かに、小学校での悪戯は見つかりやすい傾向にあった。やることが子供だからだろう。

 

 

「おやすみ」

「おやすみなさい」

 

 そうして、二人は眠りへと落ちていった。




実は今回からパソコンでの執筆になったので失踪します。
M1チップ搭載Mac Proを使用しているのですが、文字の入力と同時に漢字への変換もしてくれて地味に便利。
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