よう実 Aクラス昇格RTA Dクラスルート   作:青虹

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早速予定が狂ったので初投稿です。

少し遅れて申し訳ないです。次回はなんとか月曜日に投稿できるように頑張ります。


1月 裏話

 年が明け、愛たちが連れてこられた場所は林間学校だった。

 しかし、林間学校とは言えその規模は大きく、広大なグラウンドと校舎が2つ。その他にもいくつかの施設が存在しているようだった。

 バスから降りると男子とは別れ、愛たち女子は分棟に誘導される。ここでまず、試験を行う際に共に行動する『グループ』を結成することになる。最初に学年毎にグループを作り、その後そのグループを3学年で1つにする。結果はどうやら、このグループ毎で決定されるらしい。

 愛はグループ分けで一定の働きかけを考えているが、何も決まっていない現段階では静観する事に決めていた。愛が狙っている人物はただ一人で、最後まで余ることがほぼ確定していたからである。

 愛はその人物さえ同じグループになることができれば他は誰でも良かったので、8割ほど進んだら、あるいは一之瀬の所属グループが決まりそうなタイミングで声をかければ良いと考えていた。

 

「グループを決め始めた頃かと思いますが、皆さんにお伝えしたいことがあります」

 

 まず学年毎に分かれてグループを決めることになったのだが、早々に坂柳が動きを見せた。全員の注目が集まったことを確認すると、坂柳は続きを話し始める。

 

「ご覧の通り、私たちはAクラスが9人のグループを1つ作ることに決定しました。なのであと6名お待ちしております」

 

 そのグループには坂柳を始めとして、神室などAクラスの主力が集まっているようだった。愛としてはこのグループに入ることも一つの手段だ。

 

「一つ言っておくけど、Cクラスの人たちは一切受け付けないから」

「どういうことかな、神室さん」

「一之瀬、あんたのことが信用ならないのよ」

「ちょっと待って、帆波ちゃんが信用できないってどういうこと!?」

 

 早速雲行きが怪しくなってきたな、と思いながらも愛はこのままことの行く末を見守ることにした。

 

「一之瀬、あんた大量のポイントを持ってるでしょ」

「……もしそうだとして、それが何か関係あったかな?」

「大アリよ。もしCクラスに何かがあって……例えばAクラスでの卒業が厳しくなったりしたときに、自分だけそのポイントを使ってAクラスに逃げようとか考えているのでしょう?」

「違うよ。私はもしCクラスから退学者が出たりしてポイントが必要になった時のために一時的に預かっているだけ!」

「そうだよ! 帆波ちゃんなら大丈夫だって、みんなで決めたんだから!」

 

 一之瀬に加勢している生徒は確か白波だったか。一之瀬のことが好きな生徒、という印象だ。他に特筆すべき点はない。

 

「そうかしら? 私は到底信用できないけどね。他人に金を預けるようなこと、できるわけがない」

 

 確かに、現在の一之瀬の評価は『お人好し』というものが最も優勢だ。しかし、いくら一之瀬のような人間でもどこかに必ず悪の部分があって、どこかのタイミングでそれが爆発するかもしれない。

 それまでただの一般人だった人が突然巨万の富や名声を得たことで傲慢な部分が表に出てくるという話もよくある。

 しかし一之瀬の場合は過去に万引きを犯したことがある、というものだ。動機は妹が欲しかったものをどうしてもプレゼントしたいというものなのでこの話とは少しズレてしまうし、一之瀬の裏の部分はもっと別のところにあるという可能性もある。

 

「でも、帆波ちゃんは今までそんなことしなかったし──」

「本当にこれからもそのポイントを私利私欲のために使わないと言えるわけ? 人は極限まで追い込まれた時に本性を表す。そんな時でも一之瀬は自分を犠牲にして、クラスのためにそのポイントを使う。そう言い切れるわけ?」

「もちろんだよ! 今まで一緒に戦ってきて、そうだって自信を持って言える!」

「たかが9ヶ月で、そんなに信じきってしまうなんてね。とにかく、あんたたちが一之瀬のことをどう思っていようが、その疑惑がある以上信用することはできない。これが私たちAクラスの考えよ」

「で、でも──」

「千尋ちゃん大丈夫だよ、私は気にしてないから。千尋ちゃんがそう言ってくれるだけでも十分だよ」

 

 一之瀬は何ともないと取り繕うとしているが、内心は穏やかではないだろう。善人として過ごしてきたのにも関わらず、ここにきて真逆の評価を突きつけられたのだから。

 さらに万引きの過去を想起させているとすれば、それは悪循環の始まりだろう。

 

「というわけです。6人はBクラスとDクラスから受け入れます。希望者は早く名乗り出ることをお勧めします」

 

 一瞬、坂柳が愛に視線を送ったが、愛はそのグループに加わる予定はない。

 

「ふん、そんなのこっちからごめんだし!」

 

 白波が坂柳にそう言い放ち、この件は一旦終結を迎えた。しかし、問題はまだまだ山積みである。真鍋が軽井沢とは組みたくないと騒げば、伊吹は堀北だけは無理と愚痴を零す。

 

「愛さんは私のグループには入らないのですか?」

「まあね。今回は別で見張っておきたい人がいるから」

「そうですか、それは残念です。今回も敵同士ですが、お互いいい成績を残すことができるように頑張りましょうね」

「頑張ろうね」

 

 その見張っておきたい人である一之瀬は、今もグループ決めに奔走していた。自身のクラスであるCクラスからの協力は得られているものの、Aクラスの生徒をはじめやBクラス、Dクラスの一部の生徒との連携はうまく行っていないようだった。

 このままだと時間がかかりすぎてしまうことが予想される。

 

「堀北ちゃん、一之瀬さんの手伝いをしてきてほしい。このままだといつまで経っても終わりそうにないから」

「わかったわ。一応、あなたの希望を聞いてもいいかしら?」

「一之瀬さんと同じチームになるようにしてほしい。よかったら堀北ちゃんも同じチームでどう?」

「……考えておくわ」

 

 現時点で一之瀬と堀北の交流は無人島以外では無いに等しいが、あの2人なら上手いことまとめてくれるだろう。

 しかし、しばらく観察していると時間がかかることには変わりがないことがわかった。ここで騒いでもいいことは何もないのにな、と難航しているグループ決めの様子を眺めながら愛はため息を溢した。

 

 

 

 ***

 

 

 

 林間学校での1日は生活そのものが特別試験ということで、朝から予定が詰まっていた。

 まず朝6時すぎに備え付けのスピーカーから大音量の音楽が流れて強制的に目覚めさせられる。その後、点呼をして清掃を行う。

 寮のように掃除機があるわけではないので、一人一人に配られた雑巾で床や壁を掃除することになる。1グループが担当する範囲は広く、想像以上の重労働だった。

 数日前まで別の団体が使っていたのか、それとも学校側が常に手入れを行っているのかはわからないが、汚れの残りやすい隅、物と物や壁との隙間に埃が溜まっているということはなかった。

 

 決められた時間いっぱい掃除を行い一息つけるかと思いきや、間髪入れず座禅を行うために部屋を移動する。そして担当する先生からいくつかの説明を受ける。

 座禅を行う座禅堂では立っているときでも座っているときでも、左右どちらかの手で握り拳を作り反対の手でそれを包み込む。そしてそれを鳩尾の高さに持っていく。これが叉手という基本の姿勢だという。

 また、座禅とは瞑想の1つで、精神統一のために行われるのだという。禅は禅宗の修行の最も基本のものだ。禅とは、心が動揺しなくなる状態を意味する禅那の略語であるのだという。

 心の動揺が解消されると判断力や一貫性の向上が期待できる。これは今後の特別試験だけでなく、社会に出てからも重要な要素でありアドバンテージになりうる。

 座禅を行う際はあぐらをかき、足は太ももの上に乗せる。これを結跏趺坐(けっかふざ)という。

 そして心は無にする。自身という存在を捨て去り、物体が座っているという感覚が大事なのだという。

 禅を行う時間は線香が燃えている時間とされる30〜40分。しかし、今回は初回であるため5分で終了した。

 

 座禅が終わると朝食の時間だ。今回は学校側が用意してくれたのだが、次回以降は自分たちで用意しなければならないらしい。料理を苦にする生徒は少なそうだが、約40人分の食事を用意しなければならない以上、重労働になることは間違いない。そういうことを苦手とする生徒が多くいることが予想されるため、その過酷さは想像以上になるだろう。

 

 その後行われる授業では、午前中は基礎体力作りの持久走を行うようだ。苦しそうな生徒が多々見受けられたが、部活動にかなり力を入れている愛にはウォーミングアップになる程度だった。

 ただペース配分は自由とのことなので、途中から単独でペースを上げて走ることを決めた。

 山の中で走ることは都会の真ん中で走るよりも数倍心地よかった。それはこの場所が広々としていて、空気が澄んでいるからだろう。呼吸のたびに取り込まれる冷えた空気は極上の燃料だった。

 周回数を重ねるごとに他の生徒の息遣いがシャットアウトされていく。自身の呼吸と森のさざめきを重ね、感覚が研ぎ澄まされていく。どれだけ走ったか、何周したかなどとうの昔に忘れてしまったが、愛はどこまでもいける気がしていた。

 

 そんな時間も終わりを迎え、昼食の時間を迎える。朝食もそうだったが、学校での食事と比較して内容は健康志向なものになっている。それが物足りないという声を聞くが、山菜定食勢からすれば十分豪華で濃い味付けに感じた。

 もしかすると、今までの山菜定食はこの試験のためにあったのかもしれない。

 

「八遠さん、持久走速かったね、びっくりしちゃった」

「あはは、走っていたら気持ち良くなっちゃってここの空気が綺麗だからつい」

「そうだよね。学校で走る時とは違ったかも」

 

 中国から来たという王美雨ことみーちゃんと走っていた一之瀬も似たようなことを感じていたらしい。

 

「空気が綺麗だからかもね。いいリフレッシュになったかも」

「随分と試験を楽しんでいるようね」

「あ、堀北さんここ空いてるよ」

「ありがとう、一之瀬さん」

 

 そこに堀北も加わり、3人になる。

 

「実際試験なんて楽しむくらいのつもりでやらないと精神的にキツイでしょ」

「すごいなぁ、その考え方。私にはちょっとできないかな〜。にゃはは」

 

 無人島試験の頃までの一之瀬であれば可能だったかもしれないが、5月からポイントを減らし続けた結果Cクラスに降格してしまったためだろう。

 これまでクラスを引っ張り続けてきた立場だからこそ、人一倍責任を感じているに違いない。

 

「緊張しすぎも良くないからね。頑張りすぎると痛い目に遭うから」

「体が固まりすぎては本来の力を発揮できなくなるものね」

「そういうこと」

 

 愛が楽観的に見えるかもしれないが、ちゃんとミスがないようにと気をつけてはいる。それでAクラス入りが遅れては今までが無駄になってしまうからだ。

 

「皆さん、お疲れ様です」

「お疲れ〜」

 

 続いて椎名も合流する。椎名は空いていた愛の隣の席に座った。

 

「最初はどうなることかと思いましたが、今のところはなんとかなっていますね」

「一之瀬さんのおかげだよ」

「そんなことはないよ」

 

 一之瀬は謙遜しているが、このグループをうまくコントロールできているし雰囲気も悪くはない。一之瀬と同じグループになる上で不安要素だったAクラスは今回はいない。

 リーダーの動きができるのが一之瀬だけでなく堀北もいたのも功を奏していると言える。

 櫛田と同じグループがいいなどと言っていたのを止めておいて良かった。堀北からのアプローチがなくても、愛が櫛田の過去を知っていることがバレない動きは変わらないので、ここでグループが違うからといってこの先に大きな影響を及ぼすとは考えにくい。

 

「堀北さんはさ、あの状態のクラスをどうやってここまで立て直したの?」

 

 

 会話が途切れたタイミングで、一之瀬は堀北にそう切り出した。

 堀北は頭を悩ませた。

 このクラスの課題が解消されたわけではない。マイナスがゼロになった程度で、生徒の能力値はCクラスの方が上である。

 現在のこの結果がどこに起因しているかといえば、その大部分は愛と綾小路によるものだった。

 変に綺麗事を口にしても、一之瀬への嫌味にしかならないと判断した堀北は一之瀬に残酷な現実を突きつける選択をした。

 

「私たちのクラスは立て直しに成功したわけではないわ。今でも団結力で言えば一之瀬さんたちの方が上だとはっきり言えるもの。私たちが結果を出すことができているのは個人の力が大きいわね」

「……そっか。夏は堀北さん大活躍だったもんね」

 

 一之瀬はクラス一丸となって試験に取り組み結果を残したいと考えている。しかし、自分たちの上を行ったクラスはその真逆を行く戦いを続けてきているのだという。

 文字通り、真面目な人ほど痛い目を見る理不尽がそこにはあった。

 

「確かに堀北さんたちみたいに最後は個人の力が必要なのかもしれないけど、私は今のやり方を変えたくない」

 

 一之瀬からすれば、今の言葉は一つの宣言だったのかもしれない。しかし、その眼からは不安や戸惑いが、その声からは震えが、確かに感じ取ることができた。

 

「Cクラスの人たちには相談したの?」

「ううん、してない。ここで弱音を吐いたらダメだなって」

 

 確かに、リーダーが揺らげばそれは水面の波のように広がっていく。

 しかしそれが仇になっているのではないかと愛は考えた。Cクラスが徐々に後退していく原因も、一之瀬にあるのではないかと。

 

「一之瀬さんは強いね」

 

 愛は一之瀬を擁護する選択をした。一之瀬が前に進むためには、過去との決別──つまり一之瀬のリセットが必要だという結論に至ったからだ。

 これから活発になるであろう一之瀬潰し。本人からすれば辛い時期になるだろうが、ここを越えなければ一之瀬帆波が前に進むことはない。

 それに、まだほぼ他人の域を出ない今それを話したところで、考え方を改める可能性は低い。

 

「にゃはは、そんなことはないよ」

 

 一之瀬には変わってもらわなければならない。ただのお人好しから一之瀬帆波へと。

 そうしなければ、使い物にならないから。

 

 

 

 ***

 

 

 

 午後は座学だった。外を見やると男子が持久走を行っている。男女では午前と午後の日程が入れ替わるらしい。

 今回は初日ということで何を学ぶかという説明を受けた。ここでは、試験の評価項目の一つである『社会性』について学ぶことが大半だ。学校で行われる授業をここでも行うというわけではないらしい。

『社会性』ということは、将来働く際のルールやマナーといったことがメインとなってくることが予想される。下級生である1年生からすれば、先輩という目上の人と共同生活を送ることを考えると『社会性』を学ぶ機会は至る所にあると言える。

 

 そして夕方に2度目の座禅を行い、夕食を終えると消灯時刻の22時までは自由時間だ。

 2、3年生の先輩が部屋にやってきてババ抜きをすることになった。

 全員が一斉に遊ぶことは不可能なので、各学年から3人ずつ参加するということになった。

 愛は一回戦目から参加することになった。3年生からは佐藤、上田、深見という生徒が、2年生からは安藤、木村、服部という生徒が参加し、1年生は愛の他には一之瀬とDクラスの木下が参加するようだ。

 ペアになっているカードは1組だけあり、4枚からのスタートだ。

 トランプを選ぶ順番は時計回り。右隣に一之瀬が座っているため、愛のカードを一之瀬が選ぶことになる。

 最初の2巡は動きがなく、3巡目以降になって手札を減らし始める生徒が現れる。愛の手札は順調に減っているとは言えず、1人抜けたあとようやく2枚とすることができた。

 その後もペアがなかなかできなかったものの、下から3番目、つまり7番目に上がることに成功した。

 最後に残ったのは一之瀬と佐藤だった。

 

「一之瀬さんって彼氏とかいないの?」

「いないですよ〜」

「でもモテるんじゃない?」

「そ、そんなことないですよ」

 

 佐藤が恋バナを振ると、途端に一之瀬の目が泳ぎ始めた。確かに一之瀬はモテる要素しかないよな、と心の中で佐藤に賛成する。

 美少女と言える分には顔がよく、性格もいい。さらには身長もそれなりにあり胸がデカい。とてつもなくデカい。

 あんなのダメ男製造機だろ、と言いたくなる要素しかない。少なくとも、愛はダメ人間にさせられるだろう。

 一之瀬は好きな相手がどんなにパチンカスでヤニカスだったとしても『ごめんね、ごめんね』って言いながら世話してくれるタイプだ。……ごめん、一之瀬。

 

「あっ」

「ふっふっふ、私の勝ち〜!」

 

 結局、佐藤の猛攻に耐え切ることができず一之瀬は敗北してしまった。

 その後もこんな調子でババ抜きと恋バナで盛り上がり、一之瀬が過去何度も告白されていたことや堀北が実はブラコンであることがバレかかったりしていた。確かに仲が深まったような気がしたところで初日が終了した。

 

 

 

 ***

 

 

 

 2日目から4日目まで同じような日程で試験は進んでいった。

 しかし5日目の持久走はいつもとは異なるものだった。

 

「今から皆さんには駅伝で走るコースを下見してもらいます。ルートは責任者に配布したのでグループ全体で共有しておくこと」

 

 一之瀬にそのプリントを見せてもらう。コースは山の中を往復する12kmで、かなりのアップダウンがあることが見受けられる。

 道は舗装されているようだが、足にかなりの負担が予想される。実際にこのコースを走るとなると、距離以上に疲労が蓄積することは容易に想像できる。

 

「また、この地点に昼までに戻ってこられなかった場合は減点されるので、それまでに戻ってくるように」

 

 時間はおよそ3時間ほど。距離だけを見れば不可能ではないが、アップダウンがどれだけダメージを与えるかによっては時間ギリギリか最悪足りないという事態に陥るかもしれない。時間設定はかなりシビアだ。

 心配事といえば、みーちゃんら運動が苦手な生徒だ。仮に足が痛み歩けない、となった場合に背負っていくことができれば問題は解決できるが、最も余力があると思われる愛が小柄なせいでそれが難しい。

 実際、折り返し地点にたどり着くのに半分以上の時間を要してしまった。高低差が思っていた以上にあり、ダメージの蓄積が早かった。

 

「今から急いだらギリギリ間に合うかもしれないけど……」

「これではペースを上げるのは難しそうね」

 

 実際みーちゃんの足は限界を迎えているのか震えている。もしかしたら豆ができているかもしれない。

 

「一回休もう」

「……そうね。時間はギリギリだけれど、そうするしかないわ」

 

 結果、出発する頃には残りは70分しかなくペースを上げ続けなければならない状況になってしまった。

 しかしみーちゃんの足のダメージは取れず、堀北がおぶっていくことになった。

 みーちゃんは申し訳なさそうにしていたが、駅伝でリタイアするよりはマシなので受け入れてもらっている。

 とはいえ堀北一人で背負い続けるのも限界があるので、定期的に一之瀬や木下のような運動ができるメンバーと交代している。

 幸いにも帰りは下りの方が多く行きよりも早いペースで戻ることができ、時間になんとか間に合わせることができた。

 

「ありがとう、2人のおかげで間に合ったよ」

「いや、むしろ私なんて何もしてないよ。小さいから誰かを背負っていくなんてできないしね」

「ううん、時間に間に合わせるためにどうすればいいか、一緒に考えてくれるだけでも嬉しいの」

 

 Cクラスは普段どのような戦い方をしているのだろうか。一之瀬の返答は疑問を抱かせる言い回しだった。

 

 その後の昼食でも、一之瀬は浮かない表情だった。愛の知らないところでAクラスからの攻撃が始まっているのかわからないが、今できることといえば一之瀬の負担をできるだけ減らして良い成績で終えることだけだ。

 

 

 

 ***

 

 

 

 そしてあっという間に夜が更ける。消灯時間の22時を過ぎて、愛は眠い体を起こした。それはある人物と話をするためだった。

 外に出ると、昼間は心地よかった寒さが凶器と化して全身を襲う。山間部で標高もそれなりにあるためか、体感温度がより低く感じる。

 寒さ対策として上着を羽織ってきたものの、睡魔を消し飛ばした極寒はそれすらも意に解さないらしい。

 天を見上げれば、普段は見ることのできない美しい星空が広がっていた。冬の大三角がはっきりと見える。

 草木の揺れる音や虫の鳴き声以外の雑音がないこの空間でしばらく景色を楽しんでいると、土を踏みしめる音が聞こえてきた。

 それは今回愛が呼び出した人物──一之瀬帆波が発しているもので間違いなかった。

 

「どうしたの? こんな時間に2人で話がしたいなんて」

 

 日中ならともかく夜に人気のない場所で2人きりだ、いくらこの数日で打ち解けたとはいえ一之瀬が警戒しているのも無理はないだろう。

 

「あはは、そんなに警戒しなくてもいいよ。取引だとかそんなことするつもりないからさ」

「そもそもこんな時間に抜け出しても大丈夫なのかな……」

「大丈夫だよ。堀北先輩とかもこっそり抜け出して話してるみたいだし」

「ほ、ほんとかなぁ〜」

 

 愛は学校側は仮に気づいていたとしても気付かぬふりをしているのではないかと考えている。秘密裏の取引や駆け引きもまた、特別試験の要素の一つだからだ。

 今回はそれとは外れるが、同じように見て見ぬ振りをされるだろう。

 

「雑談はこの辺りにして本題に入ろうか。見られても困るしね」

「そうだねっ」

 

 何か覚悟を決めたかのように息を一つ吐くと、ゆっくりと話し始めた。

 

「一之瀬さんはさ、私がなんでDクラスだったのか考えたことはある?」

「……あるよ。八遠さんだけじゃなくて、堀北さんや平田くんたちもDクラスにいるのが不思議なくらいだもん」

 

 数値として現れる部分だけを見れば、Dクラスに振り分けられるべきではない生徒がこの年は多いのは事実。愛はその最たる例だった。

 しかし彼らにはDクラスに振り分けざるを得ない理由がある。

 

「今からする話はそこに関わってくる話。ちょっと昔のことだけどね」

「……それ、私に話しても大丈夫? いつも一緒にいる堀北さんとかではダメかな」

「この数日、一之瀬さんと関わってみて大丈夫って思ったから話をしようって決めたから」

 

 そう伝えてもまだ腑に落ちない顔をしていた一之瀬だが、引き下がる様子のない愛を見て、しばらく考えた末に首を縦に振った。

 それを確認して、愛は話を進める。

 

「あれは小学生の頃。昔からなんでもできた私には友達はおろか話す相手もいなかったんだ」

「ちょっと想像がつかないね」

「不気味に見えたんじゃないかな。考えていることが理解できなくて」

 

 ただ勉強や運動ができる程度であれば良かったが、愛は様々なことに手を出しては受賞し表彰されていた。最初こそ祝福されたが、次第に恐れられていった。

 

「最初は誰とも関わらないようにしていたんだけど、段々そうはいかないようになってきてね」

「それって……」

「いじめってやつだね」

 

 八遠愛への()()は次第に()()へと変わっていった。誰が主導したかはわからない。次第に、教室にそういう空気が蔓延していったのだ。

 

「上履きが消えた。教科書が消えた。机や椅子が消えた。いじめとしてはありふれたものだったね」

「怖くなかったの?」

「怖がる理由がないもん。少なくともあの世界の中では私が一番優れているという自覚があったからね。可哀想な子達だなぁって思ってたよ」

 

 原動力が恐怖であることがわかっている以上、愛が萎縮する必要性はどこにもなかった。軽蔑しか、心には残らなかった。

 

「言葉じゃダメだって思ったのかわからないけれど、だんだん殴られたり蹴られたりということが増えていった。5年生くらいだったかなぁ」

 

 一之瀬は悲しげに顔を伏せ、相槌を打ちながら話を聞いていた。

 

「1年くらいは抵抗せずに我慢していたんだけど、やがて限界が来てしまった」

「つまり……」

「そう。6年生に上がってしばらくして、いつものように殴りかかろうとしてきた子にやり返してしまったの。家からカッターを持ち出してね」

「……っ」

「当時のことはよく覚えてない。今までの恨みが溢れてきて、自己防衛に必死だったのかもしれない。もしかしたら本気で殺してやるって思っていたかもしれない」

 

 だが当時ニュースで取り上げられることはなかった。学校が圧力をかけたのだろうか。

 

「Dクラスになったのは──」

「そう。平たく言ってしまえば殺人未遂。私の、一生許されない生涯付き纏う罪だよ」

 

 一通り話を終え、愛は悲しげな表情を浮かべる。

 一瞬、一之瀬の方に視線を向ける。暗闇と前髪のせいで表情は見て取れなかった。

 

「……ごめん。こんな話聞かせて」

「ううん。大丈夫」

 

 2人が沈黙し、聞こえるのは葉音や虫の鳴き声だけになる。それらが何曲か歌い上げたような錯覚を覚え──ようやく一之瀬が口を開いた。

 

「八遠さんは前を向いて歩き出しているんだからすごいよ」

「でも時々夢に出てくるんだ。私が実行しているところを俯瞰している夢を」

 

 その時、愛は何か柔らかく暖かなものに体が包まれる感覚を得た。一之瀬が愛を優しく抱きしめていたということに気付いたのは、数秒経ってからのことだった。

 

「大丈夫、八遠さんなら乗り越えられる」

「……ありがとう」

 

 愛から離れた一之瀬が手を差し伸べてくる。

 

「夜も遅いから、早く戻ろっ。試験はまだまだあるから頑張らないと!」

「うん、そうだね」

 

 その手を取り、愛と一之瀬は歩幅を合わせて来た道を戻る。突然建物の玄関前で一之瀬が足を止め、それに気づかなかった愛は手を引っ張られる。

 

「今から八遠さんのこと名前で呼んでもいい?」

「……うん」

「改めてよろしくっ、愛ちゃん! ……にゃはは、少し恥ずかしいな」

「よろしくね、帆波ちゃん」

 

 恥ずかしそうに目を逸らす一之瀬を見て、今日話をして良かったと愛は改めて思った。

 

 

 

 ***

 

 

 

 最終日。総合テストを終えて、生徒は校庭に集められた。夕方に差し掛かり寒さが気になるが、全校生徒を揃えることができるのはここしかなかったのだろう。

 そしてここで昼に行われた総合テストの結果発表が行われる。

 

「堀北ちゃん、予想は何位?」

「1位と言いたいところではあるけれど、上級生の結果次第ではどうなるかわからないわね」

 

 坂柳擁するグループはやはり強力で、駅伝では1位を取ったが他の種目ではどうかと言われれば微妙だ。

 とはいえ最下位は確実に免れているはずだ。

 

「でも最下位はなさそうだから一安心かな」

「あとは他の1年生グループがどうかよね」

 

 堀北は心配そうに他のグループを見回す。確かに、南雲の策略に気付いていなければ不安になるのも仕方がない。南雲が堀北兄を追い込むために橘を退学させようとしているなど普通は気づかないだろうから。

 

「とにかく、他の1年生グループが最下位グループの中で最も低い成績を取っていないことを祈るしかない」

「そうね。もしDクラスから退学者が出るようであれば、その時は受け入れるかどうか考えなければならないわ」

 

 退学を回避するためには2000万ポイントに加えてクラスポイントも要求される。愛にとっても、クラス全体にとっても大きなダメージになることは間違いない。

 

「でも、今回はBクラスから──ううん、1年生からは退学者は出ない」

「そう言い切れるのは何故──」

「これより試験結果を発表する。私語はやめなさい」

 

 堀北が何か言いかけていたが、それは教師の言葉に遮られてしまった。

 

「まずは1週間ご苦労だった。今日までの学びを通して様々なものを得られたと思う。それらは今後の学校生活にも活かしていってもらいたい」

 

 壇上の教師が挨拶を口にし、いよいよ結果発表へと移っていく。

 まず男子。1位は二宮倉之助という生徒がリーダーのグループだ。ここは堀北兄が所属しているグループで、順当だという空気だった。

 チラリと堀北の様子を見ると、その表情に変化は見られなかった。この結果が順当だと考えているのか、はたまた興味がないのか。愛は深く考えることはせず視線を戻した。

 そして綾小路のグループは3位。綾小路グループ消滅によって幸村との関係性がそれほど築けていないことが原因で原作の2位から順位を落としたのだろう。それでも上位に留まるあたり、機転を利かせていたのかも知れない。

 それよりも、これからの女子の結果発表の方が重要だ。堀北兄に気持ちの悪いニヤついた笑みを浮かべている南雲が何をしようとしているか、堀北兄は気づき始めている。

 堀北も様子がおかしいことに疑問を抱いているようだが、まだ真相にはたどり着いていなさそうだ。

 

 そして女子の結果発表。1位は綾瀬夏という生徒がリーダーを務めているグループだ。1年生グループのBクラスには櫛田など数名が所属しており、かなりポイントを稼ぐことに成功したようだ。

 そして愛たちは2位。納得できる順位には収まっただろう。

 

「最低ラインといったところかしら」

「上級生の結果も影響するからなんともいえないけどね」

 

 結果上では2位だが、学年別ではわからない。1位と逆転しているかもしれないし、他のグループに抜かれているかもしれない。

 いずれにせよ、今回の結果は十分成功に値すると言ってもよかった。

 

 そして結果発表は進み、最下位の発表。残念なことに退学者が出るらしい。

 3年の猪狩は、自身が責任者が務めるグループがボーダーに達していないということを聞いて、顔を歪ませた。

 

「責任者の退学は決まった。あと問題となるのは……」

「誰かが道連れになるのか、だね」

 

 3年の男子生徒、確か副会長だった男が南雲に詰め寄る中、道連れとして猪狩はある生徒の名を口にする。

 

「橘! コイツが足を引っ張ったせいで私たちのグループはこんな結果になったのよ! 当然橘も退学に決まってるじゃない!」

「橘書記が……!?」

「南雲と堀北兄はこの試験の結果で戦っていたんだ」

「綾小路くん、それが橘先輩の退学にどうつながるのよ」

 

 綾小路がやってきて、前生徒会長と現生徒会長の間で行われていたことについて話し始めた。

 

「南雲が堀北兄に戦いを挑んだんだ。どちらが優れているか、とな」

 

 だが、南雲が堀北兄に直接妨害行為を働いても堀北兄の退学が認められるはずもなく、男子グループでの妨害はグループ決めの段階で失敗に終わる可能性が高い。

 そこで考えたのが、女子グループで橘を退学させポイントを支払わせることで実質的な勝利を目指すことだった。

 

「堀北兄は確実に橘が退学することを防ぐ。Aクラスはクラスポイントを落とすことになるし、そうなると他のクラスにもチャンスが生まれる。橘の他のグループメンバーは全員南雲にポイントで買われているのだろうな」

 

 協力したメンバーが所属するクラスも当然クラスポイントを失うが、南雲からプライベートポイントを受け取っているためここで差が生まれる。

 プライベートポイントは初めに茶柱が話していたように、文字通り何でも買うことができる。クラスポイントも大事だが、プライベートポイントを保有していればしているほど逆転の一手の幅が広がる。

 猪狩を引き入れたということは、猪狩には退学のデメリットを超えるポイントを使って取引した可能性もある。

 学年全体を掌握すると、このような強引な手を打つこともできるというわけだ。

 Aクラスに昇格した後はAクラスで卒業したいと考えているので、またコツコツと貯めていく必要があるだろう。

 

「……兄さん」

「兄がAクラスで卒業できるのか、不安なのか?」

「……いえ、兄さんは必ずAクラスで卒業するわ」

 

 そう言う堀北の表情を目にして──愛は目を逸らした。




急いで次回分を書いてくるので失踪します。

待っとけよお前ら!(負け犬感)
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