よう実 Aクラス昇格RTA Dクラスルート   作:青虹

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ここに書くネタがなくなったので初投稿です。


3月 裏話 その1

 3月に入り、暖かくなってきた頃。

 それに釣られるようにしてクラスの雰囲気も緩んできた。

 一之瀬潰しとそれに伴う噂の流行、そして学年末試験の終了。

 それに加えて学年末特別試験まではもう少しある。

 

 が、つい先ほどそういうわけにもいかなくなった。

 クラスの空気は一変、緊張感に満ちていた。

 それもそのはず『クラス内投票試験』で退学者が出てしまうのだ。

 

 試験内容は至ってシンプルで、自身が持つ賛成票と批判票を3人ずつクラスメイトに投票する。

 そして他クラスからの投票も合わせて最も多くの批判票を集めた生徒は退学。

 最も多くの賞賛票を集めた生徒には、プロテクトポイントという退学を取り消すポイントが与えられる。

 

 生徒はみな退学の危機がすぐそこに迫っているとあって殺気立っている。

 例えば仲のいい生徒と同盟を結んだり、仲の悪いクラスメイト同士で小競り合いをしたり。

 愛の目の前でそわそわしている生徒も前者のうちの一人だった。

 

「軽井沢さん、こんなところで何してるの?」

「ひゃあああああ!?」

「そんなに驚くこと……?」

 

 愛と軽井沢は普段から会話をする仲ではないため、話しかけられて戸惑うのはわかる。

 それを加味しても驚きすぎではないか。

 まるで幽霊に遭遇したみたいな。

 

「え、ええええっと八遠さんどうしたの?」

「まずは落ち着こう。はい息を吸って、吐いて。もう一回吸って、吐いて」

 

 そのままだとどう考えても会話が成立しそうになかったので、一旦落ち着かせる。

 

「こんなところで何してたの? 誰かを待ってたりする?」

「べ、別に何もないわよ」

「綾小路くんとか?」

「ち、違う! ……違うって」

 

 違うというのであれば一度その話は横に置いておこう。

 

「それにしても学校側も酷い試験考えるよね。今まで退学者がいないので強制的に退学者を出させますだなんて」

「ほんとよね。信じられない」

 

 軽井沢は目立つ立場にいる以上、人気もヘイトも集めやすい。

 不安げに髪を触る彼女の心情は何となく理解できた。

 

「それで今は仲のいい子とグループを?」

「そんな感じ。自分には絶対に投票しないって子がいるだけでも安心だしね」

「私には無理そうだなぁ……」

 

 Aクラスのことだけしか考えていなかった愛はクラスメイトとの交流をあまりしていない。

 今のようにたまに話すことはあれど、裏切らない友人というのはいない。

 

「あんたは大丈夫なの?」

「一応それなりには頑張ってるつもりだし。体育祭とか、テストとか」

 

 賛成票は仲の良い人に投じればいい。

 誰に批判票を入れるかとなると、評価基準は少し変わってくる。

 もちろん気に食わない人で良い。だが仮にその人が高い能力を有していた場合以降の特別試験で痛い目を見ることになる。感情論のみで投じると、痛い目を見るかもしれないのだ。

 ゆえに結果を残している愛は批判票候補になれど投票される確率は低い。

 

「Aクラスに上がるということを考えたら、同じくらい嫌いな人を比べて優秀な人とそうでない人だったら優秀な人を残すよね」

「……そうね」

 

 この試験の本質は自分が退学しないように立ち回るのではなく、誰を退学させるかにある。

 自分以外の誰かを退学させれば必然的に自分は生き残る。むしろ後者の方が安全と言える。

 

「ところで、綾小路くんとはうまくいってるの?」

「ふぇ!? な、何もないから!」

 

 特別試験の話題に飽きた愛が再び恋愛話を振ると、軽井沢はたちまち顔を赤くさせた。

 

「ちなみに付き合ってるの?」

「付き合ってないわよ! あ、綾小路くんが私のこと好きなのはただの噂だから!」

「それはね。じゃあ軽井沢さんは綾小路くんのこと好きなの?」

「そ、それは……。き、嫌いではない……し」

 

 あ、ダメだ。顔が大好きですと言っている。

 文字通りのツンデレという感じ。

 だが落ち着け軽井沢、その先は地獄ぞ。

 そう言いたいが、恋は盲目と言うし、もう手遅れなんだろうなと愛は思う。

 

「ぶっちゃけ綾小路くんのことどう思ってるの?」

「いつも何考えてるか分からないし、無表情だし。でも約束はちゃんと守ってくれるしカッコいいし。でもたまに常識知らずで抜けてるところが可愛くて──」

「そっかあ。良い方向に行くといいね。応援してるよ」

「……ありがと」

 

 これは長くなるなと思ったので、話を遮って強制的に終わらせた。

 愛には少しカロリーが高い話だった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「これはまた、面白い試験が始まりますね」

「クラスから一人退学者を選ぶ試験だもんねぇ」

 

 軽井沢と別れたあと、愛は坂柳と共にカフェを訪れていた。

 ちょうど、学年末試験で満点だった生徒を対象にコーヒー一杯が無料になるキャンペーンが行われていたためだ。

 当然満点の二人は、タダでコーヒーを飲むべくこの店を訪れていた。

 しばらくは世間話をしていたが、話題性に富んだ投票試験の話へと次第に移っていった。

 

「いいよねぇ、Aクラスは楽そうで」

「そうでもないですよ」

 

 いつもと変わらぬ口調で言う坂柳は、カフェラテを小さな口に流し込んだ。

 

「有栖ちゃんの中では誰を退学させるか決まってるんでしょ?」

「はい。葛城くんにしようかと」

「おいおい、いくら八遠といえどそれを話しても良いのかよ」

「何か問題でも?」

「まあ私はクラス全体を動かせるほどの影響力は持ってないからね」

 

 あの眩しい頭の男を思い浮かべながら、橋本の疑問に答える。

 それと同時に、坂柳の言葉が偽りだと見抜く。

 坂柳がそんなにあっさり終わらせるわけがないというのはこれまでの付き合いで十分に理解していた。

 

「葛城くんなのは嘘だね」

「どうしてそう思われたのですか?」

 

 若干声を弾ませた坂柳が次を急かす。

 

「葛城くんは確かに有栖ちゃんと敵対関係にあるから選びそうだとは思うけど、でも退学させるには惜しいよね」

「そうですか? いつ彼が攻撃してくるかわかりませんから、今のうちに退学させておいた方がいいと思いませんか?」

「今の状態からどうやって反撃するのさ」

 

 葛城と戸塚だけが現状坂柳派に属していない。しかし愛へのポイントは同調圧力に負けて払っている。

 また、無人島試験で敗北を喫した葛城に対して坂柳は愛の協力も相まってAクラスの地位を確実なものにしていた。

 いくら葛城が反抗しようとしてもこの実績差では協力しようと思う生徒は現れないだろう。

 

「本命は戸塚くんだよね」

「ええ、その通りです」

「じゃあなんでわざわざ葛城くんの名前を出したのさ」

「万が一戸塚くんが他クラスから賞賛票を集めてきた場合、葛城くんが退学することになってしまいますから」

「まあ戸塚くんにそんなことができるかって言われると……」

「あくまでも万が一に備えてですよ。それにその方が反応を楽しめますしね」

 

 絶対それが本音だろうなという確信はあったが、口にはしなかった。

 坂柳に奢ってもらったブラックコーヒーの味に顔を顰めながら愛はBクラスの方針を考える。

 この試験は退学者ゼロに対する特例措置として行われることになっているのだが、愛はクラスの足を引っ張るのにちょうどいい試験と考えていた。

 目の前の坂柳も、戸塚の退学を逆らった末路としての見せしめになると考えているに違いない。

 

「らしいやり方だねぇ」

 

 ストレートに言えば、性格の悪いやり方。

 持ってきたシュガーを投入しながら、愛はそう返答した。

 

「あんた、本当に性格が悪いわね」

「仕方ありません。これは必要な犠牲ですから」

 

 言わないようにしていたのに、神室が愛の努力を台無しにしていく。

 

「これでよし」

 

 味の調整を終えて、ほっと一息ついた愛はクラスの方針を考える。

 この試験は自らが退学しないように立ち回るのではなく、他の誰かを蹴落とすように立ち回る必要がある。

 今クラスメイトが行っている、グループを作って批判票を投票しないようにする行為は最適解ではない。

 

「愛さんはどうする予定なのですか?」

「今考えてるとこ」

 

 正直誰でもいいのだが……ここはやはり山内しかいないか。

 元々突出した分野はなく、運動でも勉強でも全く成長が見られない。あと気持ち悪い。

 

「きーめたっ」

「どなたにされるのですか?」

「山内くん」

「ああ、あの」

「そうそう」

 

 坂柳と山内には面識があった。山内を数日の拷問ののち市中引き回しと火炙りの刑に処したくなるところだが、当然坂柳の策の一つなのでグッと堪える。

 山内が自らアクションを起こせるわけがないのだ。

 

「山内? 誰よ」

「先月少しだけ利用させてもらった方です」

「……」

 

 思い当たるところがあったのか、神室は何も言わなかった。

 その表情は少し歪んで見えた。

 

「であれば、彼を利用しても?」

「煮るなり焼くなりしてどうぞ」

 

 山内がどうなろうと知ったことではない。

 

「フフ、ではそうさせてもらいます」

 

 Aクラスの方針は後日坂柳の考えも合わせて決めるとして。

 あとは一之瀬たちがどう乗り切るか、それだけだ。

 

 

 

 ***

 

 

 

『帆波ちゃん、今時間ある?』

『私は大丈夫だよ!』

『じゃあ体育館裏に来て』

『ええっ!?』

『嘘だよ。今から帆波ちゃんの部屋行くけどいい?』

『ごめん、部屋片付けるからちょっと待ってて!』

『準備できたら教えて』

『りょーかいっ!』

 

 龍園たちがどうするのかはさておいて、一之瀬がどうやって足りないポイントを補填しようとしているのかだけは把握しておく必要があった。

 龍園は無人島試験での敗北によってポイントの獲得手段を失っており、その影響で一之瀬は退学取り消しのために不足しているポイントを得る手段を失ってしまっている。

 またしても南雲との恋愛を条件に救済されてしまうのは愛としても非常に困る。

 

『準備できたよー!』

 

 一之瀬の部屋の前に到着して少しして、その連絡が届いた。

 インターホンを鳴らすと、私服姿の一之瀬が現れた。

 それなりの厚着なのにラインが……ッ! と心の中で歯軋りしながら愛は一之瀬の部屋へと上がった。

 

「麦茶でいいかな?」

「味のある飲み物ならなんでもいいよ」

「許容範囲がすごく広いね」

 

 一之瀬は苦笑いを浮かべながらお茶とお菓子を準備していく。

 

「これくらいしかなくてごめんね」

「いやいや全然。私からしたら有料のものは全部高級品だから」

 

 誤ってお菓子を購入しようものなら、愛は夜な夜な頭を壁に打ち付けることになるだろう。

 

「んー、塩美味っ!」

「独特な感想だね……」

「ここまで塩を感じたのは実に久しぶりだね」

「0ポイント生活ってそんなに大変なんだ」

「そりゃあもう大変よ。時々、なんで私は無事なんだろうって思うし」

「想像以上に過酷だね!?」

 

 改めて、お金の偉大さを痛感するばかりである。

 Aクラスで卒業した後の就職先として石油王はあるのか、確認をとってみたいところだ。

 

「ふぉし、ふぁんふぁいにふぁいひほうふふぁ」

「口の中のもの飲み込んでからにしようね」

「ふぁいっ! ……ゲホッゲホッ!」

「落ち着いて食べればいいのに……。大丈夫? お水持ってくるね」

 

 そう言って背中をさすりながら水を差し出してくれる一之瀬はやはり聖人だ。

 

「ごめん、迷惑をかけちゃった」

「気にしないで。それよりも普段は見られない愛ちゃんの一面が見れて満足!」

 

 それはそれで恥ずかしいのでやめていただきたいと愛は切に願った。

 

「それじゃあ本題に入ろっか」

「今度の特別試験のことだよね?」

「そう。帆波ちゃんはどうやって退学者を出さずに乗り越えようと思ってるのか気になるからね」

「にゃはは、バレてたか」

「うん。バレバレ」

 

 愛の言葉に笑って返事をする一之瀬だったが、当然現状だと退学者を出してしまうことになる。

 Cクラス全員のプライベートポイントをかき集めても2000万には到底届かない。

 

「今のところポイントは足りてる?」

「ううん、全く」

「具体的には?」

「600万ポイント弱は足りてないかな……」

「そっか、結構足りないんだ」

「そう……だね」

 

 一之瀬の表情が曇る。もしもポイントを借りるのであれば南雲から。

 しかし、その代償はあまりにも大きい。

 

「これも全部私のせいだよね……。クラスを導けなかった私の責任」

「そうかな」

「だって愛ちゃんや坂柳さんは4月からものすごくポイントを増やしているから」

「いや、私は特に何もしてないけどね」

「そんなことないよ。愛ちゃんはいつも活躍してる」

 

 確かに体育祭でポイントをかっさらって行ったり、テストで満点を取ったり駅伝で無双したりしているがその程度だ。

 

「きっと私はリーダーに向いていないんだと思う」

 

 一之瀬の言葉を否定することはせず、続きに耳を傾ける。

 

「私って人より優しすぎるからさ。坂柳さんや堀北さんみたいにみんなを力強く引っ張っていけないんだよね」

 

 一之瀬が言ったことは尤もだろう。リーダーは一定の非難を受けながらも、結果のためには非情な決断をしなければならない場合がある。

 そう言う状況で、一之瀬はあまりにも弱すぎる。

 クラスメイトを大切にしたいと言う気持ちが強過ぎて最適解を選べない。それが一之瀬の決定的な弱点だ。

 

「帆波ちゃんにしかない強みもあるよ」

「本当?」

「もちろん」

「・・ありがとう」

 

愛がフォローを入れると、一之瀬の表情が少しだけ明るくなる。

 

「……ちなみにアテは?」

「南雲先輩、かなぁ……」

 

 やはりといった感じではあるが、愛も一之瀬の立場で退学者を出すことを禁じられた場合同じ選択を取っているだろう。

 

「けど、あの生徒会長全くいいイメージないんだよねぇ。この前の林間試験然り。帆波ちゃんには申し訳ないかもしれないけど『クズ』って表現が一番似合ってる」

 

 もしも一之瀬が南雲の女になったとして。いくら南雲がそういう一面を見せたとしても一之瀬は優しすぎるが故に抜け出すことは難しいだろう。

 それに、一之瀬はとても優秀だ。南雲に明け渡すわけにはいかない。

 端末を操作し、ある画面を見せる。

 

「私は今これだけのポイントを持ってる。これだけあれば退学は阻止できると思う」

「いやでも……」

「勿論ポイントは後から返してもらうよ。あと、他クラスへの賞賛票は私の言う通りに振り分けてもらおうかな」

「でも……」

 

 それでも渋る一之瀬に、呆れてため息をこぼす。どこまでもお人好しだ。

 

「いいから首を縦に振る! 友達が困っていたら助けるのが常識でしょ?」

「ありがとう……! ほんとに、ほんとうにありがとう……!」

 

 大粒の涙を流す一之瀬が愛の正面から抱きついてくる。

 本当にたまたまなのだが、身長差もあってか愛の顔面に一之瀬の大福が押しつけられる形になってしまった。

 窒息しそうになるが、その分一之瀬の匂いと柔らかさは一生分感じられたと思うので我が生涯に一片の悔いなしといったところか。

 とにかく、愛は満足だった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 山内春樹という男はどうしようもない男である。

 入学初日から、ピノキオなら壁を突き破っている勢いで嘘を吐きまくったこの男は、気持ち悪い方の変態でもあった。

 胸がデカいからという理由で佐倉の連絡先を求めたり、先月はただの噂を信じ込んで教室内で大声で吹聴して回って空気を乱したりした。

 極め付けには、入学当初からの成長が全く感じられない。

 

 暴力事件というキーイベントを剥奪された須藤ですら若干マシにはなってきているというのに、この男はその兆しが全くない。

 挙げ句の果てには、ペーパーシャッフル試験で全てを愛に任せっきりにしようとしていたほどだ。

 

「山内くん、真面目に勉強しないと私たち退学になっちゃうよ?」

「へーきへーき、八遠が満点取って俺が少し取ればセーフなんだからさ。それより遊びに行かね?」

「ダメだって! もし退学になっても取り返しはつかないんだよ?」

「へーい」

 

 と言った具合に。当然毎回である。

 挙げ句の果てには無断欠席をした。

 

 おそらく櫛田なら制御できていただろう。

 この山内という男の性癖が巨乳なのが全て悪いのだ。

 

 この頃から、この試験で山内を追放しようと心に決めていた。

 勿論録音済みである。

 この場で反撃に出なかったのはこの録音データを公開する際に愛の被害者感をより際立たせるためだ。

 

 攻勢に出たのは投票日の2日前。山内が愛の噂を流し始め、クラス内に蔓延してきた頃を選んだ。

 

「悪いけれど、帰るのは少し待ってもらえないかしら」

 

ただし、先鋒は堀北である。

愛一人で片付けてしまってもよかったのだが、このイベントは堀北にとっても重要である。

何せ、今の堀北は兄の鼓舞を受けて立っているのだから。

 

「私なりに、この試験にどう向き合っていくかずっと考えていたわ」

 

入学時よりも従順になったクラスメイトは誰一人として帰ることはなく、堀北の話に耳を傾けていた。

 

「そして、一つの結論に至ったわ」

 

少し間を置いて、堀北は続ける。

 

「この試験で誰が退学すべきか。それは山内くん、あなたよ」

「は、はあ!?何で俺なんだよ!」

「それは今から説明するわ」

 

突如自身の名前が挙がった山内は取り乱しながら言い返す。

それに冷静に対処する堀北を見ながら、兄との和解は出来そうだと愛は胸を撫で下ろした。

予定通り堀北が山内の悪行を晒し上げ、協力者だった櫛田にも厳しく問い詰めていた。

 

「はいはーい!こっちにちゅーもく!」

「どうしたんだね?八遠ガール」

「みんなに聞いて欲しいものがありまーす!」

 

堀北の話がひと段落したタイミングで、右手にレコーダーを掲げた愛が突然立ち上がった。

そして注目が集まっていることを確認して、それを再生する。

流れたのは、ぺーパーシャッフル試験の時の愛と山内が勉強をしている際の会話。

 

なんとか勉強をさせようとする愛と、面倒がる山内。

堀北による追及もあり、山内に向けられる目はさらに冷たくなる。

 

「思ったけどさ、山内くんって私を退学させようとしてるよね。この時といい、今回といい」

「そ、そんなわけないだろ!」

「でもさ私、山内くんに2回も退学させられそうになっているわけ。私、そんな人がいると落ち着かないよ」

 

本当に山内が愛を退学させようと思っているわけがない。本当に思っていたとしても、山内では愛を退学させることができるわけがない。

だが、愛の話に嘘はない。

 

「私は堀北さんに賛成。こんな人と同じクラスってだけで吐き気がする」

「お、おい・・!」

「八遠さん、以上かしら」

「うん、みんなの参考になればいいかな」

 

これ以上話すことのない愛は大人しく席に着く。

 

「以上が私の見解よ。最後に、ここにいる全員の意見を聞かせてーー」

「ちょっと待って堀北さん」

「何かしら」

 

話を進めようとする堀北に待ったをかけたのは平田だった。

 

「話の腰を折らないように聞かせてもらったけど、僕はこんな形でのやり方はおかしいと思う。仲間同士で蹴落とし合うなんて間違ってる」

「それ以外に方法はないわ。この試験に抜け穴なんてない」

 

それは平田の悪あがきだった。

この先必ず起こる現実から目を背けたいだけの、わがまま。

 

「受け入れられるわけないじゃないか。僕はただ・・誰ににも欠けてほしくないだけなんだ。山内くんだって、綾小路くんだって、退学を望んでいない。望む退学なんてあるわけがない」

「平田くん、一回落ち着こう。論理が破綻しているよ」

 

平田と堀北の押し問答に愛が割って入る。

 

「みんな退学を望んでいないのなんて当たり前だよ。高校中退なんて学歴、残したくないでしょ。だから蹴落とし合うんだよ。自分が退学したくないから、代わりに誰かに退学してもらう。そうすることで自分を守るんだ」

「そんなの、おかしいよ・・!」

「おかしいと思うのなら、解決案を提示すること。これ常識」

 

愛がそう言おうが言わまいが、平田はおそらく理解している。この状況を回避することは不可能であり、自分が無茶苦茶なことを口走っていることを。

 

「これ以上は意味ないね。堀北ちゃん、意見聞いちゃおう」

「そうね。私の意見に異論がある人はーー」

 

 しかしそれは『ガタン!』という音によって再び中断されることになる。

 

「止めろと言っているんだ」

 

 先ほどよりも数段低い平田の声。

 善人平田の思わぬ本性に、教室が騒然とする。

 

「じゃあ代わりの方法はあるの? 特別試験のルールを変更するの? 退学者救済の2000万ポイントは用意できるの?」

「この話し合いは間違ってる」

「おい私の質問に答えてくれーい」

 

躊躇なく圧を振りまく平田と、それに怯まない愛。

教室内の誰もが、行く末を固唾を飲んで見守っていた。

 

「じゃあ当日まで何もしない? みんな退学の危機に震えながら当日を迎える? 私はそれでもいいけど」

 

 平田が修羅の表情で愛との距離を詰めていく。

 

「それに私はこの情報は開示しておくべきものだと思ったから今こうして話してるんだ」

「黙れ・・」

「でも実際この問題を解決しておかないとこのクラスは上を目指すことはできないと思うんだけ──」

「八遠、ちょっと黙れよ」

「無理。というか人のお話は最後まで聞こうねって習わなかったの?」

 

 教室内が静まり返り重苦しい空気に包まれる中、愛は通常運転を貫く。

 

「僕のクラスに退学していい人なんていないんだよ」

「ごめんな、私の中ではいるんだわ」

 

 しかしこの状態でふざけるのはやはり無理があったようで、平田に胸ぐらを掴まれる。

 身長差のせいで顔が天井を向いていて恥ずかしいし苦しい体勢なのでやめてほしいところなのだが。

 

「いい加減にしろよお前。口を開けば不快なことばかり」

「平田くんが勝手に不快に感じてるだけでしょうが」

 

平田の拘束を振り解き、距離を取る。

 

「平田くんは何かを勘違いしているぞ?」

「そんなことはない」

「いいや、決定的な間違いをしているね」

 

 それは小学生や中学生による排斥と社会で行われる排斥の根本的な違い。

 

「平田くんの過去に何があってそういう思考になってんのか知らないしどうでもいいんだけど、これをいじめだと思っているのならそれは違う」

 

 平田が一歩近づいてくる。

 愛は口を止めない。

 

「子供のいじめは感情的なものばかり。好き、嫌い、楽しい、怖い。全て幼稚な感情から発生する無意味な行動」

 

 平田が鬼の形相でさらに近づいてくる。

 愛は話を止めない。

 

「でもこれは違う。能力の低い人間を排除し、組織の健全化を図る行為。組織全体に悪影響を及ぼす行為を行う人間を排除しなければ、大多数の平和は守られない」

「だけど、寄ってたかって一人を攻撃するのはおかしい!」

「私もそうなりかけたんだけど。君は私のことは守ってくれないよね。いやまあ守ってほしいとは一ミリも思ってないんだけど」

 

 要するに、今回はクラスの輪を乱すいじめっ子を排除する行為に等しいというわけだ。

 

「それに、暴力でなんでも解決できると思うなよ」

 

 再び掴みかかろうとする平田の腕を押さえ込みながら、愛はAクラス行きはいつになるのだろうかと思案する。

 平田があまりにも暴れるので、背負い投げをして大人しくさせる。

学に教わっていたおかげで、体格は大きな差はあるが綺麗に決まったように思う。

 

「一人の人間も守れないような男が情けなく喚くな」

 

 冷たい表情で平田を見下した愛は、すぐにいつもの表情に戻してクラスメイトに呼びかける。

 

「というわけでみんな、投票先はよくよく考えてねっ! それじゃあまた明日!」

 

 愛は、重苦しい雰囲気に似合わない晴れやかな笑顔で教室を後にした。取り残されたクラスメイトは固まったままだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 投票日当日。

 教室の空気は今までないほどカオスだった。

 今にも発狂しそうな山内と負のオーラで溢れる平田。それに寄り付かないようにする他のクラスメイトといつも通りの高円寺。

 

「おはよう堀北さん」

「おはよう。あなたは随分と余裕そうね」

「まあね。私が退学するわけないし」

「強気ね」

 

 愛は一之瀬にポイントを貸し付ける代わりにCクラスからの賞賛票を得ることにした。

 その数30。

 愛を退学させたければ70票近くの批判票が必要だが、他クラスからの組織票がなければ愛が退学になることはまずない。

 

「そもそも、私か平田くんか山内くんの3択の時点でほぼ確定みたいなもんでしょ」

「……それはそうね」

 

 結果を残してきた愛と、リーダーの平田。そして足を引っ張る山内。誰が退学するかは明白だ。

 Dクラス──龍園は何か手を打っているのか、そこだけが気になるところ。

 

 だが、それを気にしたところで結果が変わるわけでもないのは事実。

 その時が来るまで愛は山内に話しかけることにした。

 

「おはよ、山内くん」

「お、おはよう」

 

 通常運転の愛に対して山内は貧乏ゆすりをして落ち着かない様子だ。

 

「山内くんは退学回避できそう?」

「あ、当たり前だろ……!」

 

 渦中の二人の会話に、全クラスメイトが聞き耳を立てている。

 それを感じ取り、ニヤリと笑みを浮かべたのは愛の方。

 

「ちなみに私は批判票には山内くんの名前を書いたけどね」

「そうさ。君の敗北は決まっているようなものさ」

「何言ってんだよ高円寺。俺は退学にはならねぇって」

 

 高円寺の煽りに山内はそう返すが、その表情には力がこもっていなかった。

 

「そうかなぁ。みんな山内くんの名前を書いていると思うけど」

「そんなことはないよ。退学するのは僕だ」

 

 どこからともなく現れた平田がそう言う。

 投票日前日、平田は批判票に自分の名前を書くようにお願いしていたが……それは達成されそうにない。

 

「いや、平田くんは退学しないよ。ほら」

 

 愛が端末を操作し、ある画面を平田に見せる。

 そこには、平田を信じて賞賛票を入れてほしいと言う旨のメッセージがあった。

 

「平田くんはこの前あんな醜態を晒してしまったわけだけど、それまでに勝ち取ってきた信頼を覆すには至らなかったようだね」

「だねぇ。こんなメッセージを見せられれば多くの生徒は同情する。むしろ賞賛票が増えたんじゃないかな?」

「そんな……」

 

 そうなると、退学候補者はさらに絞られる。

 

「ちなみに、ずっと震えてるのは山内くんだけみたいだけど?」

「八遠、お前は心配じゃねぇのかよ!?」

「いや全く。だって私は特別試験や定期試験でそれなりに結果を出してるし。Aクラスを目指せるこの状況でわざわざ私を排除しようだなんて、頭おかしいんじゃないの?」

 

 あと危険なのは池や須藤といったあたり。

 しかし、愛が流した録音データの影響もあり彼らへの否定的な感情は多少薄れているようにも思える。

 

「……へっ」

 

 挑発とも取れる愛の言葉に、山内は鼻で笑った。

 

「もういいか。話しちゃってもさ。俺は退学しないんだよ」

「ほう? 理由を聞こうか」

「いいぜ、教えてやるよ」

 

 高円寺が興味を示す。

 

「何人俺に批判票を入れたんだろうな。20人か? 30人か? ひどいよな。でもいいぜ、今回は許してやるさ」

 

 ひどいのはお前の方だぞと教えたくなる気持ちを抑え、最初で最後の山内の活躍を見守る。

 

「このクラスで退学候補って数人だよな。俺か寛治、須藤、高円寺、綾小路に八遠。でもどれだけ賞賛票を集められるんだろうな」

「少なくとも私は10は堅いね。でも君がそんなに取れるのかな。ちょっと想像がつかないんだけど」

「そうさ。取れるんだよ」

「仲のいい友人が同情で君に賞賛票を入れても、精々4、5票だろう。それでも問題ないと言えるのかな?」

「いいんだよ、それだけあれば。そう、無駄なんだよ!」

 

 山内が拳を突き上げる。

 その目はどこか虚ろだ。

 

「俺はさ、坂柳ちゃんに賞賛票を20票もらうって約束してるんだよ。つまりクラスの大多数が俺に批判票を入れても退学にはならないんだよ!」

「で、証拠は?」

「は?」

「まさか口約束?」

「そうだよ。それの何が問題なんだよ」

 

 愛は思わずため息をこぼす。

 どこまでも無知で、どこまでも無能。

 それが山内春樹という生徒なのだと改めて実感した。

 

「どこかで遊ぶ約束ならそれでいいかもしれないけど、今回のは君の退学がかかってるんでしょ? だったら書面か録音か何かで形に残しておかないと。そんなんじゃ簡単に裏切られるよ?」

「坂柳ちゃんが俺のことを裏切るわけないだろ!」

「ぶっ、あはははは! よりにもよって私にそれを言う?」

「どうした。何がおかしい」

 

 ついに吹き出して笑い声をあげる愛に、状況を飲み込めない山内はそう問いかける。

 

「君は有栖ちゃんのこと何にもわかってないんだなって。しかも私たちが仲良いのは割と有名な話だと思うんだけど?」

「そんなことはわかってるんだよ! でも大丈夫なんだよ!」

「有栖ちゃんはそんな口約束は守らない。少なくとも君のことは捨て駒程度にしか見ていないと思うよ。好意を寄せられてるなんて勘違いしてたみたいだけど」

 

 そして、運命の時はあっという間に訪れる。

 

「山内。もう少し静かにしろ。お前の声が廊下にも響いていたぞ」

 

 茶柱が教室にやってきた。つまり、これから結果が発表されるということ。

 

「待たせたな。ではこれから結果を発表する。まずは賞賛票の上位3名から」

 

 教室が静寂に包まれる。

 まもなく退学者が発表されるのだから、可能性が低けれど自分かもしれないと思ってしまうのは致し方ないか。

 

「3位は櫛田桔梗」

 

 安心してか、櫛田は一つ小さく息を吐いた。

 

「そして2位は……平田洋介」

「……っ」

 

 やはり、平田は賞賛票を多く集める結果になった。

 やはりこの1年の働きは先日のマイナスを大きく上回っていたようだ。

 

「1位は──お前だ、綾小路」

「なんでですか!?」

 

 予期せぬ名前だったからか、山内が反射的に声を上げた。

 

「批判票の間違いではないんですか!?」

「いや。賞賛票の1位で間違いない。それも56票という素晴らしい結果だ」

「あなた、何をしたの?」

「いや、オレは何もしていない」

 

 綾小路の言葉に訝しげな目線を向ける堀北だが、今回綾小路は本当に何もしていない。

 今回何かしていたのは、その反対側に座る愛と坂柳の二人だ。

 

「そして最も批判票を集めたのはお前だ、山内」

「嘘だ!」

「いいや、35票の批判票が集まっている」

「さ、さんじゅうごひょう!?」

「すごいな……大人気だ」

 

 原作の33票をさらに上回る好記録を叩き出した山内は、無事に退学が確定した。

 

「嫌だ、なんで俺が退学しなければいけないんだ!」

 

 とうとう発狂し始めた山内を遠目から眺め、近くの席でなくて本当によかったと安堵した。

 

「なんで! なんでなんで! なんでこんなふざけた試験で!」

 

 それに関しては割と共感できるが、特別試験を中止させるのにプライベートポイントがどれだけ必要かわかったものではない。

 

「退室だ、山内」

 

 その後も山内は無駄に抵抗を続け、周りの生徒が哀れみの目を向けていた。

 ともあれ無事に山内が退学したため他のクラスの動向が気になるところで、解散となってすぐ坂柳と会うことを決めた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 坂柳とは学校の入り口で合流した。

 周りの生徒は退学を免れた安堵からか談笑する姿を多く見かけ、山内の発狂を一生分見届けた身としては非常にありがたかった。

 

「試験お疲れ様でした。それにしても山内くんのことは大変でしたね。こちらのクラスまで声が聞こえてきましたよ」

「それは本当に申し訳ない。でももう退学だから、これからはその心配はなさそうだけどね」

 

 おい山内、他クラスにも迷惑をかけているぞ。責任を取って退学しろ! あ、もう退学していたんだった。

 

「Aクラスは予定通りだったね」

「ええ。戸塚くんに退学していただきました。彼は最後まで葛城くんに傾倒していたようでしたし、ちょうど排除できて助かりました」

「それはよかった」

 

 1階の掲示板に張り出されていた試験結果を思い出しながら話を続ける。

 

「Cクラスは退学者なしだったね」

「そうですね。愛さんの協力もあり、2000万ポイントを支払って退学を取り消すことができたようです」

 

 愛が一之瀬にポイントを貸したことで、Cクラスは退学者を出すことなく試験を乗り切った。

 

「そしてDクラスですが、龍園くんが退学となりましたね。石崎くんが龍園くんの退学を回避しようと奮闘していたようですが、実を結ぶことはなかったようです」

「まあいいんじゃないの。本人も年明けてから無気力だったし」

「ですが、こんなにもあっさりと退場するとは思っていなかったので意外でしたね」

「しぶとい印象が強かったからね」

 

 物語の初めからずっと死亡フラグを乱立させ続けながらも結局エンディングまで生き残っている、そういう立ち位置が一番似合うだろうかと愛は思案する。

 実際のところ、早々に退場してしまったわけだが。

 

「そういえば、石崎くんは綾小路くんにも助けを求めていたようです」

「そうなんだ」

「ですが、流石の彼でも手の打ちようがなかったようですね」

「まあそうだろうね」

 

 Aクラスの賞賛票は全て綾小路に。Cクラスの賞賛票は全てBクラスに。

 龍園が賞賛票を得る手段はなかった。

 そして、退学を回避するだけのポイントも所有していなかった。

 

「龍園くんの退学は大きいね」

「ええ。これでDクラスの逆転の可能性はなくなったと言えるでしょう」

「そうだね。それなりの能力の人はいそうだけど、龍園くんみたいなリーダー気質の人はいなさそうだし」

「となるとこれからは三つ巴の戦いということになるでしょうか」

「そうだねぇ」

 

 とはいえ、まだ卒業まで半分に到達していないというのもまた事実。

 学年末試験を経て4月を迎えれば、新入生がやってくる。

 これからクラス人数が増えたり減ったりしながら戦いを続け、最終的にどのような結果になるのか愛は密かに楽しみにしているのだった。




もうすぐゴールデンウィークなので失踪します。
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