よう実 Aクラス昇格RTA Dクラスルート   作:青虹

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5月 裏話

 堀北鈴音は戸惑いを隠せないでいた。

 クラス分けが能力順であること。何より、自分自身に底辺の烙印を押されていることが判明したこと。

 学力だって学年トップレベル。運動も武道を嗜んでいたから、悪いわけではない。

 

 ……一体何が駄目だったのだろうか。私は()()()()()()()()()()()何が足りていないのだろうか。

 兄さんに憧れて、今までずっと背中を見て追いかけて育ってきた。髪を伸ばしたのだって兄さんの好みだと聞いたから。

 

 ……マイナス思考をしている場合ではない。

 堀北は邪念を振り払う。

 幸運なことにも、自身が優秀であると証明する方法はある。Aクラスに昇格することだ。2000万ポイント集めるというのも一つの手段だが、過去の最高獲得者でも1600万ポイント程度。それも詐欺行為を働いて、だ。

 堀北はすぐにその選択肢を捨てた。そんなことをするのは相当な変人だ。それに、そんなやり方は自分自身が納得いかない。自分の実力でAクラスに上がった、と言えないからだ。

 

「堀北ちゃん、どうしたの? そんなに難しい顔して」

「……何でもないわ」

「もしかして、Dクラスにいることが不服だって思ってる?」

「……そう、ね」

 

 話しかけてきた少女──愛の目は堀北の机の上に広げられたノートに向けられていた。そこには、数分前まで行われたホームルームで茶柱先生が話していたことが簡潔に書かれていた。

 

 Aクラスに上がるためには、Aクラスのクラスポイントを上回る必要がある。

 進学率・就職率100%という学校一の魅力の恩恵を受けられるのはAクラスのみ。

 そして最後に、必ずAクラスに上がると大きめな字で書かれていた。

 

「堀北ちゃんはAクラスに上がりたいんだ」

「そうよ」

「そっかそっか」

「何かおかしいことでも言ったかしら?」

「ううん。私もおんなじだし」

 

 そう言う八遠に、堀北は内心驚いていた。

 彼女はホームルームの時、悔しがる素振りを全くしていなかった。それどころか、高円寺と共に軽口を叩いていたほどだ。

 しかし、悔しいからAクラスを目指すということに愛は当てはまらなかった。

 

「追われる立場より追う立場の方がいいじゃん。シマウマとライオンみたいにさ」

「……そう」

 

 確かにそういう考え方も出来る。しかし、堀北や八遠たちDクラスが無能だという事実を一方的に押し付けられてしまったのだ。

 堀北が納得のいかないのは当然のことだ。

 

「まあ、手伝ってほしいことがあれば言ってよ。友達なんだし」

「勝手に友達認定しないでくれるかしら?」

「つれないなぁ……」

 

「困ったら頼っていいんだからね」と言い残して高円寺のところへ向かった愛を堀北はしばらく見ていた。

 

 八遠愛はこの前のテストで満点。水泳でも1位に輝いた。コミュニケーション能力も決して低くない。

 茶柱先生の言ったように、学力だけで判断しないとしても愛はDクラス落ちする要素が見当たらなかった。

 もしかしたら、愛は過去に何かあったのかも知れない。それとも、あれは仮面を被っているだけなのか。

 少なくとも、軽井沢にポイントを貸してくれと頼まれて、本当に返してくれるのかと迫っている愛に堀北はなぜか親近感を覚えていた。

 

「……お前、本気でAクラスを目指すのか?」

 

 突然堀北の左側から無気力な声が聞こえ、声の主の方へ首を向けた。

 彼は机に肘をつき、頬杖をしていた。いつも通りやる気が感じられない男だ。

 

「そうよ。私はDクラスにいるべきではないもの」

「すごい自信だな……」

「そうよ。私はその分だけ努力したと自負しているもの」

 

 綾小路が一瞬高円寺の方を見た気がして、堀北は綾小路を睨んだ。

 

「……彼と一緒にしないでくれるかしら?」

「いや、ほとんど同じだと思うんだけ──痛っ!?」

 

 綾小路が腕を痛む場所、右腕を押さえる。堀北の手には、いつの間にかコンパスが握られていた。

 

「あの男と一緒にしないでもらえるかしら」

「は、はい……」

 

 綾小路は美しき悪魔の脅しに屈する他なかった。

 

 

 

 ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 ──綾小路くん、八遠さん、今日は私が昼ごはんを奢ってあげるわ。

 

 堀北の誘いで、愛と綾小路と堀北の3人は食堂を訪れていた。

 綾小路机の上には、スペシャル定食が鎮座している。

 愛はそれを忌々しきものを見るように見つめていた。

 

「結局あなたは山菜定食なのね……」

「これが私の主食だからね」

 

 まずいと評判の山菜定食を何の躊躇いもなく愛は口に放り込んでいく。

 そんな愛を見かねた綾小路が、定食を食べかけた手を止めた。

 

「それ、まずくないのか?」

「うーん。そんなにかな。確かに最初はまずいって思ったけど、最近は慣れてきたからね」

 

 そう言うと、再び愛は山菜定食を頬張った。

 学校中でまずいと噂されているはずなのだが、愛が次々と食べ進めるせいで、もしかしたら本当は美味しいのではないかと思わされてしまう。

 

「これじゃあ奢ったことにならないじゃない」

「私は今、スペシャル定食を封印しているんだよ……」

「ああ、この前食べてたって噂を聞いたぞ」

 

 5月1日のことだったらしい。間違えてスペシャル定食を注文してしまったという。口頭で注文するはずなのに、そんなミスを犯してしまうものなのだろうかと堀北は疑問を覚えた。

 

「あれは屈辱だったね。山菜女と呼ばれるこの私がそんな過ちを犯しちゃったんだから……」

「おばさんたちもやっと山菜定食以外を注文してくれたと喜んでいたらしいしな」

「何でそんなことで有名になれるのかしら。というかその田舎臭いあだ名どうにかしなさいよ……」

 

 堀北は頭を抱えた。

 今日も今日とて愛に振り回され、本題を忘れそうになる。

 なんとか思考回路を復旧させると、綾小路の方を向く。

 

「ところで綾小路くん」

「何だ?」

「スペシャル定食、とても美味しそうね」

「そりゃスペシャルだもん。山菜定食しか食べない私からすれば号泣ものだね」

「……あなたには聞いていないのだけれど」

 

 すぐにこれだ。

 なんとか主導権を握ろうとしても愛が邪魔してくる。意識的にやっているのか分からないが、かなり厄介だ。

 

「ま、まあ美味しいけど」

「へえ、良かったわね。私の奢りで美味しいもの食べれて。私の奢りで」

「お、おう」

 

 やけに「私の奢りで」を強調する堀北。そんな彼女が次に発する言葉が碌なものではないことを薄々察した綾小路は、顔を引きつらせていた。

 

「今から言う私のお願いに協力してほしいのだけれど、いいかしら?」

「いや、でも──」

「食べたわよね? スペシャル定食。私の奢りで」

「協力させていただきます……」

 

 残念ながら、既に綾小路に退路はなかった。

 

「これから赤点組のために勉強会を行おうと思うの。池くんや山内くん、それに須藤くんね。彼らは平田くんが開催する勉強会には参加しないだろうから、綾小路くんに声をかけてきてもらいたいの」

「わ、分かりました……」

 

 たとえ友達とはいえ、彼らが勉強をするために重い腰を上げるとも到底思えない。赤点回避は一夜漬けでどうにかなると思っているタイプに違いない。

 綾小路は半ば諦めかけていた。

 

「できればあなたにも彼の手伝いをしてもらいたいのだけれど」

「え? 何で? 山菜定食は0ポイントだから、奢ってもらったとは言えないと思うんだけど」

「綾小路くんだけでは頼りないじゃない」

「じゃあ仕方ないか」

 

 愛は細めた目を戻し、納得したように手を叩いた。

 しかし、次に納得がいかなくなったのは綾小路だった。

 

「もう少しオレを信用してくれてもいいんじゃないか?」

「じゃあ間違いなく連れて来られるという自信があるのかしら?」

「うっ……」

 

 綾小路は言葉を詰まらせた。勉強のことになると地蔵のように動かなくなる3人を、一人で全員連れてくることは不可能だと思ったからだ。

 とはいえ、愛も彼らと深い関わりがあるわけではない。櫛田のような魅力に溢れた女子が好みだということも心得ていた。

 

「でもさ堀北ちゃん。私たちでは間違いなく無理だよ」

「ああ。櫛田に頼るのが最善だと思うんだが」

「それはダメよ。何としてでも二人で集めなさい」

 

 堀北は櫛田のことを徹底的に嫌っている。しばらくするとこの構図が見事なまでにひっくり返るのだから、皮肉なものだと愛は思った。

 堀北は櫛田を遠ざけたいと思っているが、二人の中には櫛田を利用するという道しかなかった。

 

「ま、まあ頑張ってみるよ。ね、綾小路くん」

「そ、そうだな」

「不安でしかないわ……」

 

 堀北はこめかみを手を当てたが、仕事を押し付けられた二人もため息を漏らしていた。

 

「堀北ちゃんがぼっちじゃなきゃなぁ……」

「堀北の性格が良かったらあの3人もホイホイついてくるはずなんだけどな……」

「何か言ったかしら?」

「何も言っていないよ?」

「ああ」

 

 未来のことが分かっているとはいえ、本当に上手くいくのだろうかと愛は不安に苛まれた。

 

 

 

 ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 高度育成高等学校にある図書館。そこは高校としては多すぎるほどの蔵書数を誇り、本好きの生徒にとってはオアシスそのものだ。

 自習スペースも完備されているため、テストの2週間前になるとここを利用する人が増える。

 愛もその一人であり、この日も図書館に足を運んでいた。

 出入り口を潜った愛は、勉強する集団のうちの一団を見つけると、その方へ歩みを進める。

 その中の銀髪の少女を見つけると、声をかけた。

 

「やっほー、坂柳さん」

「こんにちは、八遠さん」

 

 愛が加わったのはAクラスの集団だ。一人でいたところにAクラスのかたまりを見つけて声をかけたのだ。何人かが愛の声に気づき、顔を上げた。が、すぐに自身の勉強へと戻っていった。

 4月末のテストで満点を叩き出したことがなぜか広まっていたため、すぐに坂柳に気に入られたのだ。

 愛は坂柳のノートを覗き込むと、不思議そうに見つめた。

 

「ってあれ? 範囲変わったの?」

「そうですよ。Dクラスでは知らされなかったのですか?」

「うん。……確認してきた方がいいかなぁ」

「その方がいいと思いますよ。このまま放置してテストの点数が悪化することに繋がりかねませんし。あなたには関係のないことかも知れませんが」

「一応行ってくるね」

 

 つい先ほど通ったばかりの出入り口を逆方向に潜った愛は、来た道を引き返した。

 たどり着いたのは職員室。2回ノックすると、中に入る。

 

「どうしたのー?」

「こんにちは、星乃宮先生」

 

 入るなり真っ先に声をかけてきたのは、Bクラス担任の星乃宮知恵。

 

「もしかしてサエちゃんに用事?」

「そうです」

「ふーん」

 

 そう言いながら顔を覗く星乃宮先生に、愛は僅かに後退りしていた。

 

「おい、ウチのクラスの生徒にちょっかいをかけるな」

「痛っ」

 

 パァン、と乾いた音が響いた。

 頭を抑える星乃宮先生の背後に立っていたのは、茶柱先生だ。

 

「八遠、何か用か?」

「あ、はい」

「え? 何々? 私も気になるなぁ」

「知恵はダメだ」

「えぇー?」

 

 これはウチのクラスの話だ、と星乃宮先生を振り払い、茶柱先生は愛を奥へと連れて行く。

 そこは生徒指導室だった。

 

「何でこんな物騒な場所で……」

「ここなら知恵も来ないからな」

 

 そういうことか、と愛は納得した。星乃宮先生は人は悪くないのだろうが、あの絡みは鬱陶しいと思ってしまうのが本音だった。

 星乃宮先生がそういう人だと知っていても、あれはかなり面倒だ。

 

「それで、用事とは何だ?」

「テスト範囲のことなんですけど、今日変更があったらしいですね」

「ほぉ、それは誰から聞いた?」

「たまたま仲良くなった他クラスの生徒です」

 

 そこまで聞くと、何の悪気もなくメモ帳を切り取って変更後の範囲を書き、愛に手渡した。

 

「すまないな。うっかり忘れていたようだ」

 

 その言葉とは裏腹に、反省の意図は全く感じられなかった。

 この人が誰よりもAクラスへの野心が強いというのだから、変わった話だ。愛は協力するつもりはさらさらない。

 茶柱先生が協力してくれていると勘違いすることはあれど、愛がそこまで手を貸すことはまずないのだ。

 

「……ありがとうございます」

 

 出かかった本音を飲み込んだ。結局口に出たのは、心にもない言葉だった。

 出来れば頼りたくはなかったが、櫛田にお願いするしかないだろう。

 愛の中でこの中間試験をどう乗り切るのか、そのビジョンは既に出来上がっている。

 だからその先を見据えた行動を始めている。

 愛は部屋を後にすると、貰った紙を折りたたんでポケットにしまい、再び図書館に戻った。

 

 太陽は先ほどよりも更に傾いていた。しかし、入学時よりもかなり長くなったものだ。

 少し前まではひどく退屈だった時の流れ。毎日がモノクロのように映り、何にも興味が湧かなくなった日々。

 ここに導いてくれた”記憶“に、愛は感謝していた。

 目標が出来た。生きる意味を見いだせた。そう言うにはとても小さなことかも知れないが、愛にとってはそれだけで十分だった。

 間違いなく、以前よりも笑うことが増えた。未来のことを考えるようになった。

 久しぶりに()()()という感情に包まれていることに愛は気づいた。

 

「……ありがと」

 

 刺激を求めていた時に与えてくれたモノ。

 誰からの贈り物かは知らないが、送り主にも感謝したいものだ、と愛は思った。

 

「ただいま」

「どうでしたか?」

「やっぱり、ウチだけ教えてもらって無かったっぽい」

 

 ここに足を運んでいる他クラスの生徒に、そんな素振りは見られない。

 

「そうですか。早めに気づくことができて良かったですね」

「本当だよ。このまま誰も気づかずに本番を迎えていたらどうなったことか……」

 

 Dクラスには学力に問題がある生徒が多い。先日の小テストでも、7人が赤点ライン。中学生レベルの問題だったのにも関わらずだ。赤点を取ったら即退学のこの学校では、彼らはこの学校から去ることになる。

 授業で学習済みとは言え、出題されるのは高校の範囲。しかも、複数の教科の中で一つでも赤点があればそれを遥かに上回る赤点者──つまり退学者が出ることは明白だった。

 

「……本当に大丈夫なのかなぁ、ウチのクラス」

 

 未来のことを知っているのは紛れもない事実。しかし、愛というイレギュラーがいる以上、ストーリーはどう転ぶか分からない。

 

「それはあなた次第じゃないですか?」

「私自身……うん。うん、そうだよね」

 

 原作が崩れてしまうことは仕方がない。どうすればいい方向に転ばせることができるか、それを模索することが大切だ。

 愛は堀北たちよりも早く範囲変更の情報を得た。知らせるのは週が明けてからでもいいだろうと思っていたが、もっと早めた方がいいかも知れない。勉強が終わったら櫛田に頼むことを愛は決めた。

 

 心の整理がついたところで、机の上に勉強道具を広げる。一度授業を聞けば内容を理解できてしまうので、その時間は退屈なものだったが。

 坂柳以外のAクラスの生徒に話しかけようにも、相当集中していてとてもそんなことができる様子ではない。

 坂柳も坂柳で、真面目に勉強をしている。問題のレベルが定期テストに見合ったものかどうかは別の話だ。

 一銭も使えない愛(無課金)にとって、参考書(課金アイテム)を持っている坂柳が羨ましい。

 勉強は嫌いだが、何もしないことよりはマシ。心が落ち着かないのも仕方がないことだった。

 

「……今日はここまでにしましょうか」

 

 6時を少し回った頃、坂柳の透き通る声が終了を告げた。

 何もしないのは申し訳なかったので参考書を眺めていたが、既に読み終えた小説のようでつまらなかった。

 それぞれが荷物をまとめ、帰る準備が整った人から「お疲れ」と言って寮へ戻って行く。愛もその中に紛れて帰ろうかと思っていたのだが、坂柳に呼び止められてしまっていた。

 向かいの席で大人しく座って、全員が帰って行くのを見送る。

 

「え? 何? 私お説教されちゃうの? 先生に残れって言われて延々と怒られるパターンのやつ?」

「……そんなわけないじゃないですか」

 

 良かった、と愛は胸を撫で下ろした。しかし、坂柳に「あなたのことについてです」と言われれば、多少は気を引き締めなければならなかった。

 

「あなたに関する話は色々なところから上がっています。山菜定食ばかり食べていること。スペシャル定食を食べてひどく落ち込んでいたこと。水泳で1位を取ったこと。小テストで私と同じく満点だったこと」

 

 坂柳は一呼吸置き、愛を見据える。

 

「そして、私たちに接触を図ってきた。これはどういうつもりですか?」

「どういうつもりって言われてもね……。私にはやってみたいことがある。今取っている行動は、それに基づいたものばかりだよ」

 

 図書館内は先ほどまで勉強していたほとんどの生徒が帰ってしまったために、いつにも増して静かだ。あるとすれば、本が仕舞われる音くらい。

 二人の声がどんなに小さかろうと、よく響いた。

 

「八遠さんと会ったのはここ数日のことです。しかし、話からあなたの目的を推測することは思ったよりも簡単なことです」

「そりゃそうだ。ここまで露骨なことをしてたら、坂柳さんくらいならすぐに気付くよね」

 

 もしかしたら堀北も気づき始めているのではないか、とすら思っていたくらいだ。

 

「で、その結論に至った坂柳さんは何をするの?」

「何もしませんよ」

「へぇ?」

 

 何の迷いもなく、坂柳はそう言い切った。

 

「本当は今は他のクラスの人と関係を持ちたくなかったんです。こちらから深く踏み込むなんてことはしませんよ」

 

 Aクラスは内部で争いが起きている。Dクラスの生徒と秘密裏に会っているという話が広まったらどうなるか。

 今のDクラスのクラスポイントは0。愛がどれだけ優秀だろうと、その評価はつきまとう。1000ポイント近いAクラスが見下すことは想像に難くない。当然、坂柳のグループから反対勢力が現れてもおかしくないのだ。

 いくら葛城康平という、慎重な性格の男と対極に扱われていても、ハイリスクローリターンはしないということだ。

 

「そっか」

 

 確かに、先ほどの坂柳以外の何人かは疑いの目を向けていた。

 もし坂柳が負けるようなことがあれば──そう考えるだけでも恐ろしい。

 

「じゃあ、私は先に行くね? 本当は一緒に帰りたいけど、変な噂が立つのは良くないしね」

「ええ。それでは」

「うん、またね」

 

 坂柳と別れ、図書館を後にする。

 空は橙に染まり、所々に見られる薄く引き延ばされた白が彩りを添える。本当に都内かと思わされるほどはっきりと見え、しばらく見入ってしまう。

 間もなく陽が落ちて夜を迎える。

 こうして空を観察すると、意外と面白い。止まって見える雲は意外と早い速度で動くし、青や橙、白や黒など様々な色が映し出される。

 毎日毎日違う模様をしていて、今もなお変化し続けている。今見逃せば、再び見ることができない光景だ。

 寮の前まできたところで、入り口前に設置されている自販機の前へ移動する。

 ボタンを押すと、冷たい水が音を立てて落ちてきた。もちろん0ポイントだ。

 それを手に取って、ベンチに腰掛ける。

 キャップを開けて、一口飲んだ。冷たさが体の髄まで染み渡った。

 

 この学校に入学して早い1ヶ月半。愛には今までで一番まともな学校生活をしているように思えた。

 当然0円生活をしたり、本気で2000万ポイント貯めようとしている時点で普通の学校生活をかけ離れているのだが、小中学生時代を振り返れば、まともだと言える。

 

 愛は生まれた時から物覚えが良かった。

 他の子供が地面を這っている頃には立っていた。言葉を話せるようになっている頃には、平仮名の読み書きを習得した。

 両親は揃って愛を天才だと言い、大いに喜んだ。

 

 ──愛の苦労も知らず。

 

 学校では気持ち悪いと距離を置かれた。かと言って虐められる訳でもない。いないものとして扱われただけのこと。

 授業も真面目に受けないがテストは満点。何をしても一番。教師も期待を通り越して恐れていた。

 愛の隣に立つ人は現れない。常に孤高で、孤独。

 親は相変わらずもてはやすだけ。

 何でも出来てしまうが故に何に対しても面白みを感じられず、興味を持てなかった。

 そんな時だった。“記憶”を与えられたのは。

 推薦でしか入ることができないこの学校に入学する。そうすれば邪魔でしかない両親からも離れられるし、綾小路や坂柳といった自分に匹敵するであろう人との出会いもある。

 そして、誰もやったことがないことを思いついた。

 それが今の愛の原動力だ。

 

「何してるんだ? 風邪引くぞ」

 

 声の主は、ベンチの空いているスペースに腰を下ろした。

 

「ちょっと感傷に浸ってただけだよ」

 

 空はすっかり暗くなり、側の外灯が愛と綾小路に光を落としていた。髪を揺らす風は思いの外冷たい。

 愛は残っていた水を一気に飲み干した。ゴミ箱へ投げ入れると、音を立てて中に収まった。

 

「綾小路くんってさ、目標とかってあるの?」

「平穏な学校生活を送ることだな。大きな目標なんてないさ」

「でもさ、目標があるっていいと思わない? ゴールの見えないマラソンなんて地獄以外の何物でもないからね」

「それはごめんだな」

 

 でも、ゴールがあるならそこまでは頑張ろうって思える。

 あの時のような、無気力に時が流れるのを待つ日々は終わった。今はゴールがあって、そこに向かう道がある。

 取り巻く環境は日々変化を続け、新しい姿を見せる。変化がなかったあの頃とは大違いだ。

 

「もし、自分がいる環境が急に変わったらどうする?」

「今の生活からか?」

「うん」

 

 そうだな、と声を漏らし、綾小路はしばらく黙り込む。絶え間なく吹き付ける風の音だけが耳に飛び込んでくる。

 

「オレだったら、甘んじて受け入れるな」

「そっか」

 

 丸めていた腰を起こし、空を見上げる。

 漆黒の空に煌く幾つもの星々が、遥か遠い地球に光を届けている。自らの存在を主張するために。ここに届く頃にはもう無いかもしれないのに。

 ……むしろ、もう消えてしまったからかも知れない。消えてもなお、そこにあったという証を残そうとしている。愛にはそう見えた。

 

「じゃあ、私は行くね。流石に体が冷えてきたし」

「……おいおい、風邪は引くなよ?」

「もしかしたらもう移っちゃってるかもね」

「おい」

 

 流石に大丈夫でしょ、と愛は笑った。

 

「また月曜日。おやすみ、綾小路くん」

「ああ、おやすみ」

 

 櫛田に範囲の変更も教えないと、そんな記憶を奥から引っ張り出して部屋へ戻っていった。

 

 

 

 ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「それじゃあ、赤点回避記念に乾杯!」

 

 愛の声と共に、グラス同士がぶつかった。

 

「八遠ちゃんが過去問の暗記に協力してくれたから、自分でもびっくりの高得点が出たぜ!」

 

 そう嬉しそうに笑ったのは池。

 愛は綾小路から過去問のコピーを受け取り、池と須藤、山内にはひたすら暗記させていた。

 

「何回もサボろうとしてたくせにね」

「うっ」

「あれはもうやりたくねえ……」

 

 暗記は勉強でも地味でつまらない方だ。それを大の勉強嫌いの3人が何日もやらされたのだ。須藤がそう嘆くのも無理はない。

 

「何にせよ、あなたのおかげでクラス平均が大幅に上がったことでしょうね」

「堀北ちゃんに褒められたっ!」

「そこまで喜ぶことでもないでしょう? ……暑いから離れてくれないかしら」

「まあまあ、少しならいいじゃん」

 

 私だって疲れたんだよ、と付け加えた。

 

「来月はポイントが貰えるんだろ? どうしよ、今から楽しみ過ぎて夜も寝れねえかも……」

「授業中に寝たらどうなるか分かるわよね?」

「うっ」

 

 さっきから池が集中砲火を浴びている気がしてならない。

 仕方ない、少しは褒めようかと思っていたところへ、別の声が割り込んできた。

 

「でも、今回は高得点ばかりだったよね」

「櫛田ちゃん……!」

 

 現時点では天使キャラで通っている櫛田。その本性を知ったら、彼らはどんな反応をするだろうか。

 愛は雑談に花を咲かせる櫛田たちから視線を外した。

 

「……ごめんなさい、八遠さん」

「いいって。友達だから、助け合うのは当然でしょ?」

 

 須藤たちが高得点だったのも、愛の存在があったからだ。

 堀北が開いた勉強会で口論に発展してしまい、勉強を放棄していた。そこへ愛が過去問を持って現れた。

 取り敢えずこれを覚えれば高得点が出る、そう言われれば、堀北がやろうとしていることより簡単なのだから、やらない訳にはいかなかった。

 

「友達、ね」

「堀北ちゃんが本気でAクラスを目指すのなら、一人じゃ絶対に無理。心の拠り所は必要だよ」

 

 人間は強くない。常に誰かに支えられて育つものだ。

 

「一人で大きな目標に挑むと、絶対に挫折するよ」

 

 今まで自ら孤独を望んだ堀北に、どう伝わったかは知らない。堀北の中で何かが変わってくれればいい、愛が願うのはそれだけだ。

 

 自らの目標もとても大きなもの。今まで、何でも出来るともてはやされたけれど、どこかで壁にぶつかるかも知れないと思っている。

 でも、そろそろ孤独な過去とは一旦別れよう。

 こんな騒がしさも初めてかも知れない。だから、この身を委ねても問題ない。そうに決まっている。

 

「堀北ちゃん、ジュースちょうだい」

「飲み過ぎは良くないわよ」

「ん、ありがと」

 

 コップ一杯のオレンジジュースを一気に飲み干し、堀北から2Lのペットボトルを受け取る。

 オレンジの爽やかな甘さはいつまでも残り続けていた。




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