よう実 Aクラス昇格RTA Dクラスルート   作:青虹

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あけましておめでとうございます。今年も頑張って執筆するので応援よろしくお願いします。

というわけであけおめRTA世界記録を樹立したので初投稿です。記録は0.001秒、四捨五入で0秒ですね()

今年も頑張って投稿する、と言いましたが、今年私は受験生になりますので、後半は投稿が厳しくなります。
それまでにこの小説を完結させるんや(迫真)


6月 裏話

「八遠、ちょっと来い」

「はい、何ですか?」

 

 6月に入って早々、愛はホームルーム終了後茶柱に呼び出されて例の生徒指導室に向かった。これから梅雨がやって来る。ただでさえ気分が落ち込みやすい季節だというのに、説教となれば更にその気分は落ち込んでしまう。

 

 生徒指導室に入ると、茶柱は愛を自身の対面に座らせた。そして問いかける。

 

「八遠、今回お前が事件の証拠を掴むことができたのは偶然か?」

「当然に決まっているじゃないですか」

「事件が発生する数日前から特別棟に通っていた、という話を聞いたが?」

 

 八遠は押し黙った。心当たりはある。理科の教師だ。張り込みの間、何度か顔を合わせていた。言葉を交わすことはなかったが、やはり奇妙だと思われていたらしい。

 

「たまたまCクラスの密会を聞いてしまったんですよ。教室内ではなかったので、詳細な日時までは聞き出せませんでした。万が一を危惧したのでしょうね」

「場所はどこだ?」

「体育館裏です。メンバーは龍園と、石崎ら実行犯たちでした」

 

 愛は淡々と語る。一切迷いのない表情、揺るがない瞳。ここまでの愛の言動に嘘はないと茶柱は結論付けようとして──踏みとどまった。

 八遠愛が本当に使える人物か。ただ頭がいいだけ、運動ができるだけの生徒ではないか。茶柱は試すように問いかけた。

 

「八遠、今の話は本当か? どこかに原稿を隠しているのではないだろうな」

「なぜそんな面倒なことをする必要があるのでしょうか。今私が話したことは全て事実です。茶柱先生にそれを完全否定できる材料があるのですか? それとも、私が未来予知能力持ちだとかいう悲しい考えでもしているのですか?」

 

 茶柱は口を閉ざした。愛が言うように、絶対的な証拠はないし、ファンタジーな思考をするほど幼くはない。あるのはAクラスへの執着。あの日のリベンジ(復讐)

 そしてその全てを愛は()()()()()

 

「私は偶然彼らの行動を知り、その証拠を掴んで事件を解決した。それでこの話は終わりでいいじゃないですか」

「ああ、この話はな」

 

 そう言うと、茶柱は何枚かの紙を取り出した。入試から定期考査までのテスト用紙だった。

 並んでいたのは、100という数字。全てのテストで100点を記録していることを示していた。

 

「八遠、お前のテストの成績は学年トップ()()だ。水泳でも一位だったらしいな」

「そうらしいですね」

「入学当初から続く0円生活。更にお前はテストの度にプライベートポイントを要求している。……お前の意図は何だ?」

 

 茶柱は確認するように問いかけた。狙いはただ一つ。Aクラスに昇格するために愛を利用すること。入試でオールAを叩き出した愛を使いこなせれば、Aクラス昇格に大きく近づくことになる。

 しかし愛はAクラスに上がろうという気はあるが、あいにくDクラスをAクラスに昇格させようという考えは全くない。

 

「お前は2000万ポイントを使ってAクラスに昇格しようとしているようだが、はっきり言わせてもらう。それは無理だ」

「……そうですか」

「ああ。だから大人しくクラスポイントで戦え」

 

 目を伏せた愛に茶柱が言い放った。この学校の出身者で、現在も教師として関わり続けている茶柱が言うのだから、その言葉の説得力は高い。

 

「ふふふ……」

「何だ?」

「ふふふっ、あははははははっ! あははは!」

 

 愛は突然腹を抱えて笑い始めた。

 茶柱は困惑を隠し切ることが出来なかった。こんな反応を見せた生徒は初めてだったからだ。

 

「何かおかしなことでも言ったか?」

「あはははっ、すいません。この私に無理を突きつけてくるとは思わなかったので」

「何だと?」

 

 愛は何とか笑いを鎮めると、口角を上げて挑戦的な笑みを浮かべた。

 

「ナポレオン卿の言葉を借りると『私の辞書に【不可能】の文字はない』と言ったところですね」

「……」

 

 何度目かの沈黙。

 愛の声音、表情。どれを取っても、欺瞞の欠片もなかった。

 結局、茶柱にできることは強がることだけだった。

 

「はっ、完璧な人間はいない。それはお前も同じだ、八遠。全てを完璧にこなす人間はいない」

「そう思うのであればそう思っていればいいです。ただ、世界は広いとだけ言っておきましょう」

 

 そろそろ授業が始まるので、一旦話は終わりにしましょう、そう言って愛は席を立つ。

 気がつけば、会話の主導権は愛の手元にあった。

 

「誰よりもAクラスへの執念が強い茶柱先生」

 

 扉は閉ざされた。生徒指導室には、茶柱と己の本性を見抜かれていた、という事実だけが取り残されていた。

 

 何とかチャイムが鳴る直前には愛は教室に戻ることが出来た。堀北から熱い視線を浴びていることに気づいたが、その場では見て見ぬふりをした。

 

 四限が終わり、いつものように愛は食堂へ向かう。いつものように山菜定食を注文し、空いている席へと向かう。あの事件以降、食堂のおばちゃんは愛の注文に何やら期待をするようになっていた。またスペシャル定食──いや、山菜定食以外を注文してくれるのではないか、と。

 

「ここ、座ってもいいか?」

 

 愛が山菜定食にありつこうとしたところで、そんな声がかかった。

 声の主は綾小路だった。

 

「うん、いいよ」

 

 ありがとう、と言うと綾小路は愛の正面に腰を下ろした。

 綾小路が選んだのはエビフライ定食。大振りのエビが3尾並んでいた。

 

「そのエビフライ美味しそうだね」

「らしいな。オレも食べるのは初めてなんだが、池に勧められたんだ」

「へぇ」

 

 反対側に並ぶ山菜定食は、元からみすぼらしいのに更に貧しく映った。

 

「いるか?」

「で、でも綾小路くんが満足しなかったら申し訳ないし、いいよ」

「いや、オレはこんなにも食べないからな。それに、お前部活やってるんだろ? だったら尚更じゃないか?」

「じゃ、じゃあいただきます……」

 

 結局綾小路に押された愛は、エビフライを一尾取って口に運んだ。

 しゃおっ、という衣の音とともに口の中にエビの香りが広がる。更に、かかっているソースとの相性も抜群で、エビの旨味をより引き出していた。知らず知らずのうちに、エビフライを食べ進める手が早まっていく。

 流石は国営、料理にも妥協はない。

 

 愛の表情は知らず知らずのうちに緩んでいた。

 

「そんなに美味かったか?」

「え、う、うん。いつも味のない山菜定食ばかり食べてるからね。たまにこういうのを食べると余計に美味しく感じるんだと思うよ」

 

 エビフライでご飯を食べ切ると、残った山菜たちを少しずつ口に運んでいく。エビフライのせいで、いつもより山菜が不味く感じた。

 

「ところで八遠、少し聞きたいことがあるんだが」

「何?」

 

 ちょうど山菜定食を完食したところで、綾小路が口を開いた。

 顔を上げて綾小路の目を見たところで──察した。

 あっ、この目ガチのやつだ、と。

 普段のやる気のない目ではない。獲物を見つけた肉食獣の目。愛を試さんとする目。

 

「お前、堀北のことを友人だと思ってないだろ」

「うん、そうだね」

 

 愛にとって堀北はAクラス昇格のための道具に過ぎない。

 愛が真っ当な人生を送っていれば堀北を友人だと思っていたかも知れない。しかし、愛の人格は捻じ曲げられてしまった。

 陰で囁かれる忌みの言葉。無数の悪意。

 生まれながらに才能を()()()()()()がために、()()()()()()()()()

 純粋な心を以て普通を望んだ愛は既に過去の遺産。

 愛は悟った。人間は悪意に塗れている、と。私は友人を作ることは許されない、と。

 同時に愛は思った。よくよく考えればそれでいいではないか。わざわざ一般人と親しくして益はあるのか? 

 八遠愛は天才であり、一人で何でもこなせる。一人ではどうしようもないことは、他人を使えばどうにでもなる。

 今はそれが堀北だというだけのこと。だから愛は迷うことなくそう答えた。

 

「でも、それは綾小路くんも同じでしょ?」

「同じ? いやいや、オレはほどほどに友達がいればいいと思っている事なかれ主義者だぞ」

 

 あくまでもシラを切るつもりか。ならば、こちらも追い込んでやろう。

 愛を見る綾小路の表情はまったく変わらない。

 

「でもさ、テストの時よく思いついたよね。先輩から過去問を貰うだなんて」

「いや、それは堀北が──」

「堀北ちゃんは何もしてないって言ってたけど?」

 

 綾小路はそれ以上言い返さなかった。

 逃げに回っていたが、これ以上は無理だと察したのだ。

 

「……それはまあ認める」

「あれ、案外素直に白旗を上げたね」

「オレはそこまで意地を張る人間でもないからな」

 

 そう言いながら、あそこに戻ることは頑に拒むクセに。

 

「でも、何で私が堀北ちゃんを友達だと思ってないって分かったの?」

 

 愛にとって、綾小路に2000万ポイントを集めているということは、5月にそのことが知らされてから悟られていても仕方がないと思っていた。

 しかし、堀北を友人と思っていないということには気づいていないと思っていた。

 やはり、同類の考えにはすぐに気付くのかも知れない。

 

「結局は勘だ。堀北に対して過剰にスキンシップをしたり、時々友達だからと言って友達であることをアピールしたりしていただろ」

「そうだね」

 

 綾小路の目が愛を鋭く射抜く。綾小路にバレて阻止されればそれまでだ。

 綾小路にとって、愛は隠蓑にしやすい。既に単独で須藤の事件を解決しているので、綾小路の暗躍を愛の手柄にしても怪しまれることはない。

 堀北もうまく使えば警戒を分散させることができるし、最高の環境が出来上がっているのだ。

 

「ちなみに、私の計画のこと気付いてるよね?」

「ああ。少し考えればすぐに分かる。堀北や平田でも気づくんじゃないか?」

「……かもね。もしかしたら、二人とも私の邪魔をするかも知れない」

 

 ただ2000万ポイントを集めるだけなら、その時その時で対策を講じれば対処はできる。

 しかし、なるべく早くとなると話は変わってくる。Aクラス──坂柳派を味方につけなければ、この先やっていくのは無理に等しい。

 

「私の計画を阻止するの? 綾小路くんは」

「どうだろうな」

「ちゃんとはっきりしてくれないと。綾小路くんは不気味で未知数だからね」

 

 特に綾小路は危険だ。高円寺はクラス争いに興味を示していないので度外視してもいいだろうが、綾小路はそうは行かない。

 

「そうそう。綾小路くんがピンチになったら手伝ってあげるから。でも邪魔するって言うのなら手伝えないかな」

「……オレはピンチにならないだろ。表舞台に立つことはないんだから」

 

 秘密を知っていることを暴露してもいいだろうが、変に警戒されたらそれこそ邪魔される可能性がある。

 

「それが一番だけどね。それで、そろそろ結論は出そうかな?」

「邪魔はしない、これでいいな?」

 

 綾小路は諦めたように言った。

 

「ありがと」

 

 愛の目的を達成する上で、全てがDクラスにとって有害と言うわけではない。本当に成し遂げようとするのであれば、クラスポイントを稼ぐ必要もある。それを阻止する理由はないだろう。綾小路はそう結論付けた。

 

「あ、ごめんね。ご飯冷めちゃった?」

「いや、大丈夫だ」

 

 愛は再び定食に手をつける綾小路をじっと見つめた。

 例え自身にアドバンテージがあったとしても、綾小路は気が抜けない人物だ。

 綾小路との付き合い方は、目的の達成において重要な位置づけになる。

 そういう意味ではとても大きな収穫だと言える。

 

「そろそろ昼休みが終わっちゃうね。急いで帰ろっか」

「そうだな。遅れて変な目で見られたくない」

 

 綾小路と共に、足音を立てながら少し急ぎ足で教室へ戻って行った。

 

 

 

 ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 少し前にテニスの大会が終わったかと思えば、あっという間に梅雨の空模様へと移り変わっていく。

 6月も後半に差し掛かったこの日も、一向に止む気配を見せない雨に見舞われていた。外に目を転じれば、濃い灰色の空が目に飛び込んでくる。

 

 愛は雨の音を聞きながら、エレベーターに乗って階を移動した。二つ上の階で降りると、ある扉の前に立ちインターホンを鳴らす。

 しばらくして愛を出迎えるべく一人の少女が扉を開けて顔を覗かせた。

 

「おはよう坂柳さん」

「おはようございます、八遠さん」

 

 挨拶を交わし、部屋に入る。豪華さは感じられず、着飾っている様子はないが、清潔感があって居心地がいい。

 

「八遠さんはコーヒーか紅茶、緑茶のどれがいいですか?」

「コーヒーにしようかな。砂糖とミルクは自分で入れるね」

 

 坂柳が用意したブラックコーヒーに、砂糖と牛乳を加える。

 それをテーブルに置き、絨毯の上に座る。愛の家はフローリングのままなので、床が柔らかいことに少し感動を覚えていた。

 

「やっぱり味のある飲み物はいいなぁ……」

「八遠さんはいつも水を飲んでいるのですか?」

「そう。ポイント縛りはキツいなぁ」

 

 だからと言って人生で初めて出来たとも言える目標を諦める理由にはならない。

 ここで諦めれば、以前のモノクロの生活に逆戻りだ。

 

「だからこそ、こうやってたまに飲むコーヒーとかがすごく美味しく感じるんだけどね」

 

 どんな高級品でも、毎日食べれば次第に飽きてくる。たまにしか食べられないからこそ、より美味しく感じるのだ。

 

「ポイントを使いたいと思ったことはないのですか?」

「全然あるよ。むしろいつも使いたいって思ってる」

 

 スペシャル定食を食べた時のあの衝撃は忘れられない。

 今も、愛は学校が休みにも関わらず制服を着ている。ケヤキモールで服を買っておしゃれしたいだとか、美味しいものを食べたいだとか、そういう欲は人一倍強い。

 周りがそうしているのに自分だけ。そう考えると、欲は余計に強くなる。

 

「ではなぜそこまでして2000万ポイント集めたいと?」

「楽しいから、かな」

「楽しい?」

「うん」

 

 何でも完璧にこなしてきた小中学時代。周りからは天才だとか言われたけれども、愛の喜びは全く満たされなかった。

 普通に友達と喋ったり遊んだり。どこにでもあるような、何よりもそんな()()()()が一番欲しかった。何でもできると言われた愛が唯一できなかったことだ。

 人にはできないことができるくせに、人にはできることがどうしてもできなかった。

 

 愛にやりたいことがあればまだよかっただろうが、愛の欲求を満たせるようなことは幼い愛にはできなかった。

 そんな愛が高校生になって初めてできた目標。茶柱が「無理だ」と言い切った目標だ。未だに成功者がいないこの目標と戦うことは何よりも楽しく、幸せなのだ。

 

「楽しいと言うのであればそれでいいのですが」

 

 坂柳はテーブルの上の紅茶を手に取り、一口飲んだ。

 

「ところで、話とは何でしょう」

「今の話にも関係してくるんだけどね、この前のテニスの大会でさ、私優勝したんだよね」

「凄いじゃないですか」

「ありがと。その時の報酬でプライベートポイントとクラスポイントを貰ったんだ」

 

 坂柳は口を開くことなく愛の話に耳を傾けている。

 

「そこで相談──というか交渉なんだけど」

 

 

 

 

 

 ──私が得たクラスポイント、欲しくない? 

 

 

 

 

 

「……どういうつもりですか?」

 

 坂柳は警戒を強めた。

 一度聞いただけでは、Dクラスに不利な話だ。それをDクラス側から持ちかけられて疑問に思わないわけがない。

 

「貰ったクラスポイント──150ポイントをAクラスにあげる。その代わりに、得た150ポイント分のプライベートポイント、一人あたり15000ポイントを私に譲って欲しいってこと」

「なるほど」

 

 Aクラスは他クラスとのポイントの差を更に広げることができる。

 一方の愛は一人分のプライベートポイントではなく、Aクラスの坂柳派の分だけ得られる。効率で言えば実質得られるポイントは20倍以上にも膨れ上がる。

 

「どう? win-winじゃない?」

「確かにそうですね……」

 

 坂柳は考え込む。

 愛の学力面での優秀さは知っている。坂柳自身と並んでいるのだから、学年トップレベルだ。

 それに、テニスの大会で優勝したときた。運動面でもトップクラスの力を持っていると考えていい。

 

 交渉自体も、愛が言う通りwin-winだ。Aクラスのリードは今まで以上に広がる。愛が要求しているポイントも、愛が譲渡したことによって得られるクラスポイントからくるもの。実質Aクラスにマイナス要素は全くない。

 だが、愛はDクラスだ。先月の勉強会でも、終了後反発の声が見られた。なぜDクラスと一緒にいなければならないのか、と言ったものだ。

 坂柳はどこのクラスに所属しているかよりも、個人の能力がどれだけ高いかを重視している。

 それでも、Aクラス内にそのような考えがある以上一つ返事で受理することは難しいのだ。

 

「その返事は今日でなければダメですか?」

「今日がいいかな。……うん、今日じゃなきゃダメ」

 

 Aクラス内でその話が広まると、Dクラスの耳にも入る恐れがある。櫛田がいる以上そうなるのは時間の問題だ。

 

「もしかして、私がDクラスだから、って思ってる?」

「私は気にしないのですが、どうしても他の人たちはそうにはいかないもので」

「私の名前は伏せればいいじゃん。『協力者A』みたいな感じ? おー、これカッコよくない?」

「そうですか……?」

 

 坂柳は胸の前で腕を組む愛に困惑して、苦笑いを浮かべた。

 

「ですが……15000ポイントは多いですね。10000ポイントならいいですが」

 

 プライベートポイントは何に対しても使うことができる。学校の敷地内だけで言えば、日本円以上に価値が高いのだ。

 Aクラスは大量のクラスポイントを保持し、それに比例して一人一人が保有するプライベートポイントも、必然的に多くなる。

 それでもプライベートポイントを少しでも多く得たいという考えは変わらない。この先いつどのような形で使うことになるか分からない。

 だからこそ、坂柳も100%譲渡することを躊躇っている。

 当然、愛は譲渡したポイントの分だけしか要求していないので、虫がいいのは重々承知だ。

 

「じゃあアレで勝負しない?」

 

 愛が指差したのはチェスボードだ。

 チェスは坂柳の得意なもので、その実力は折り紙付き。あの綾小路が世界レベルだと認めた腕前だ。愛はもちろんそれを知っているし、その上で挑戦状を叩きつけた。

 

「フフ、いいですよ。勝ったら私の要求通り10000ポイント、八遠さんが勝ったら15000ポイント譲渡するということでいいですか?」

「そうだね。わざわざ家に置いてるってことは随分得意なんだろうけど、私だって負けるつもりはないよ」

 

 坂柳は慣れた手つきで用意し、両手を愛の前に差し出した。

 

「では、白の駒が入っていると思う手を選んで下さい」

「うーん……右かな」

「白ですね。では、八遠さんの先行で始めましょうか。よろしくお願いしますね」

「うん、こちらこそよろしく」

 

 チェスは一般的に先行が有利とされる。先行の方が主導権を握りやすく、展開しやすいからだ。

 先行を取った愛の方が勝ちに一歩近づいた、と言える。

 

「じゃあ、遠慮無く行かせてもらうね」

 

 その言葉と同時に、盤上を白と黒の駒が飛び交う。

 お互い考える時間は僅か数秒。愛の攻撃に坂柳が対処する。

 

「意外とやるじゃないですか」

「そりゃどうも」

 

 駒を動かすまでの時間の短さ。それでいて常に最善手を打っている。

 

「以前にやったことがあるのですか?」

「うん、あるよ。ネットでだけどね!」

 

 残念ながら現実にはいない。愛の実力について来れないから、というのもあるかも知れないが、そもそもやる相手がいなかった。

 ぼっちなのだからネットに逃げ込むのは当然だ。

 

「学校の勉強だって簡単すぎてやってなかったし、時間はいくらでもあったからね。その間チェスやら将棋やらオセロやらやってたもんね!」

「それは自慢することではないと思いますが……」

 

 坂柳はため息を漏らした。それでも駒を動かす手は止まらない。

 

「っと」

 

 初めて愛の手が止まった。

 試合も終局に突入し、一手一手が重要になってくる。

 愛は真剣な眼差しで盤上を見つめる。

 チェックメイトまでの道筋を思い浮かべながら、そこへ導くまでの最適な一手を導き出していく。

 30秒と少し考えて、駒を進めた。

 

「面白いですね……」

「ま、これでもトップランカーだからね」

 

 坂柳も指折りの実力者。最善だと思われる手を打てばチェックメイトに持っていかれることは見通していた。

 

「さすがにそれは読めたか」

「当たり前じゃないですか」

「じゃ、次はこっちだね」

 

 今度は坂柳の手が止まった。

 

「久しぶりです。こんなに強い人と対戦したのは」

「それは良かった。あれだけ強気でいてボッコボコにされたら恥ずかしいったらありゃしないからね」

 

 坂柳もまた30秒を超える思考の後に駒を進めていく。

 終局に入り、八遠有利に傾いていた。

 坂柳の一手は最善手に見える。しかし、八遠がそれを上回っていた。

 不可能はないとは豪語するだけはある。

 

「私と互角以上に戦うとは思いませんでした」

「いやー、それは光栄だね。……これでチェックメイトかな」

 

 だが、愛は坂柳とほぼ変わらない実力だと考えている。10戦したとして、どちらが勝ち越してもおかしくはない。

 今回は八遠が勝ったが、もう一度やって勝てるという保証はない。

 

「とっても楽しかった。思わず最初の目的を忘れるところだったよ」

「クラスポイントの譲渡と、譲渡された分──一人あたり15000ポイントを八遠さんに振り込む、でいいですね?」

「うん。ああ、それと葛城くんの方から集める必要はないからね。どうせ賛成してくれないだろうしね」

 

 チェス盤を片付けている時、ふと時計を見やると既に長針が頂上を過ぎていた。

 朝10時頃から始まった戦いも、終わった頃には1時になろうとしていたのだ。

 もうそんな時間か。そんなことを思うと、突然お腹が空いてくる。それと同時に、愛のお腹が可愛らしく鳴った。

 

「折角ですし、どこかへ食べに行きませんか?」

「えっ、でも私ポイント使えないよ?」

「今日は私が奢りますよ」

 

 天使か。いや、女神か。あの味の薄い病院で食べるような料理ではなく、美味しいモノを食べさせてくれるというのか。

 坂柳とはいい関係を築けそうだと確信を抱いた。

 

「坂柳さんとはいい関係が築けそうだね」

「……八遠さん、暑苦しいです」

 

 出かける準備を整え、部屋を出る。

 

「今日から私たちは友達だね! よろしく、有栖ちゃんっ!」

「よ、よろしくお願いします八遠さん」

「えー? せめて名前で呼ぼうよ」

「では、愛さんですか?」

「うんうん。その方が仲が良さそうでしょ?」

「そういうものなんですか?」

「そういうものだよ」

 

 坂柳は愛と同じタイプの人間だ。生まれながらにして才能を持ち、何でも出来る天才型の人間。

 だからこそ気が合った。

 この学校にはそういう人間もやってくる。凡人しかいなかった小中学校とは違うのだ。

 愛は杖をつく坂柳の反対側の手を取った。坂柳は一度驚いたように見たが、すぐに受け入れた。

 今まで疎遠だった友達という存在。ようやく手が届いたことに、愛は大きな喜びを感じていた。

 

 空は相変わらず灰色だが、降り続けていた雨はいつの間にか止んでいた。

 

 

 

 ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「先生」

「何だ?」

 

 放課後。外は雨が降りしきり、まだ日没前だというのに、廊下は暗がりの中にあった。

 そこで綾小路は茶柱に声をかけた。

 

「八遠愛について何か知っていることはありますか?」

「小中学時代はずっと孤立していたようだ。それがどうした?」

「八遠は学力、運動神経共に高い能力を有している。テストで毎回満点を取っていますし、先日部活の大会で優勝したという話も聞きました」

「そうだ。そういう意味では堀北に近い生徒だと言えるな」

 

 しかし、綾小路には疑問が浮かんだ。

 クラス内では一定の友人を得ている。平田を中心としたグループに近づく様子は見せないが、一人でいることが多い人に積極的に関わっている様子が見られている。

 そういう意味では、平田や櫛田にも近いと言える。

 

「クラス分けは学力だけでなく総合的に判断されると言っていました」

「ああ、その通りだ。もちろん八遠も堀北も同じ面接と入試を受けている」

「だからこそ、疑問が残るのです」

「疑問だと?」

 

 茶柱は堀北に近いと愛を評した。しかし、どう見ても堀北よりも高い能力を持っている。

 それにも関わらず、()()()()()()()()D()()()()()()()()()()()()

 同じことで言えば平田や櫛田も当てはまっている。

 

「本当に『孤立していた』という理由だけでDクラスに振り分けられたのか、ということです」

 

 現在の生活態度を見ても、BクラスやAクラス所属だと言われても遜色ない。それだけ学力も運動も協調性も優秀。それなのに、愛はDクラスに所属している。

 

「つまり、八遠は過去にもっと大きな闇を抱えているのではないか、と思うのです」

「残念だが、そんな情報は入っていない」

 

 茶柱に届けられた情報は、小中と一人だったということだけ。それ以上の憂慮点はないとされている。

 

「ですが、全くないとも言い切れない。八遠がDクラスに分けられた理由としては余りに不十分だからです」

「お前は随分と彼女を認めているんだな」

「須藤の暴力事件を解決した時の張り込みは一部では有名な話ですから」

 

 綾小路はもたれていた壁から離れた。

 

「今八遠がやろうとしていることは知っていますか?」

「……ああ。本人から直接聞かされたからな。どうやら本気で目指しているらしい」

「茶柱先生が本気でAクラスを目指すのであれば、それは絶対に阻止しなくてはならない。もし八遠がAクラスに昇格すれば、大きな障害となることは間違い無いでしょう」

「だから無理だと言ってやったのだが、笑って一蹴されてしまった」

 

 雨は今もまだしとしとと降り続けている。明日も雨という予報なので、今日晴れるということはまず無い。

 

「八遠愛への警戒を強めておくことをお薦めします」

「ああ。そのつもりだ」

 

 綾小路は茶柱と別れて下駄箱へ向かう。

 Dクラスは例年Cクラスにすら上がれないで卒業することが多い。しかし、今年は優秀な生徒が集まった。

 しかし、茶柱に猛獣は飼えるのだろうか。

 茶柱次第では今の空模様のような結果に終わる。

 誰がどんな戦いをするのか。そして、綾小路自身を打ち倒す人は現れるのか。

 僅かな期待を胸に、寮へと歩みを進めた。




チェスの描写は難しすぎました。内容が分からなかった場合は原作11巻のシーンを思い浮かべればいいと思います。

原作持ってない兄貴はすぐに買いに行きましょう(宣伝を惜しまない原作ファンの鑑)

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