ツクモ!〜俺以外は剣とか魔法とかツクモとかいう異能力で戦ってるけど、それでも拳で戦う〜   作:コガイ

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帰還

「はい、リル。あーん」

「あ、あーん」

 

 ルディア達が森の中で医者を探しに行っている間、メティスはリルの看病を行なっていた。

 食べやすくするためにすり下ろした果物を、スプーンで彼の口に持っていき、それを彼は加える。まるで、親子か恋人か何かみたいではあるが、彼は体をほぼ動かせないので、仕方ないのだ。

 彼自身が恥ずかしかろうと。

 

「どうかしらお味は?」

「うん、甘い。めちゃくちゃ甘い。なのに、しつこくない」

「そうでしょう、そうでしょう。最高級の物ばかりを集めましたから」

 

 ドヤ顔で自慢をするメティスであったが、彼は怪訝な顔で彼女を見る。

 

「あら、何か言いたそうですね」

「……別に。ただ、すり下ろしただけで自慢するのもどうかなって」

「すり下ろしただけなんて、貴方もまだまだね。

 この果物は世界中から集めた物。つまりは、その世界各国と繋がりを持っている私だからこそできるのよ」

「繋がりうんぬんは初めて聞いたんだが」

「そうだったかしら? どちらにしても流通が発達した時代なら、お金さえあれば、誰でも買えるのですけど」

「なんだそれ」

 

 いい加減な言い回しに、彼はもう呆れることしかできなくなる。それでもルディアのようにメティスの言動に首を振るだけでなく、彼はわずかに笑っていた。

 

「でさ、メティス。ひとつ提案なんだけど」

「何かしら?」

「あの扉の向こうから、めちゃくちゃ視線をかんじるんだけど……どうにかしてくれないか?」

 

彼の視界には入っていないが、それでも感じる殺気に似た視線、それはピテーコスのものだ。

 

「うぎぎぎ、あの人間……! アチキでさえあんな手厚い看病をメティス様から受けた事ないのに……!」

 

 彼女は扉と壁にヒビが入るほど強く掴み、リルの事を恨めしそうに、もとい憎悪の念で睨んでいた。

 

「もうピティったら、あんなところで」

 

 そういうとメティスは手元に黒孔を出現させ、それに手を入れる。

 かと思えば扉の向こうで、ピテーコスの悲鳴らしき声が聞こえ、そして一瞬の静寂がこの場を包む。

 

「……メティス、何やったんだ?」

「一時的に帰ってもらっただけですよ。アナタが気にするような事は何もやっていませんから」

 

 彼女はふふっ、と微笑むものが、その裏にとてつもなく恐ろしい何かが隠れているように思え、リルはこれ以上追求することはできなかった。

 

「なあ、メティス。一つ聞いてもいいか?」

 

 しかし、その代わりとは行かないが、彼は質問をふいに投げかける。その表情は真剣そのもので、いつもの気怠い顔ではない。

 

「はい、なんでしょう?」

「二日前、ルディアが俺を何故ここに残す判断をしたかって聞いた時、お前は言ったよな。俺を信じたからって」

「ええ、そうですけれど」

「……理由は、本当にそれだけなのか?」

 

 その瞬間、メティスの微笑みは消え、雲行きが怪しくなる。だが、彼はそのまま話を続ける。この重い空気に気づいていないわけではない。

 

「ただの勘なんだが、お前の理由はそれ以外にあると思ってる。

 そんな信じるなんて、曖昧な感情論だけで、お前が納得するとは思えないんだ」

「あら、私でも感情で動くことはありますよ」

「それでも、だ。なんというかこう……」

 

 言葉を出そうとする彼、しかし、口は動かず、何を言うかも悩んでしまう。

 

「……例えそうだとして、アナタは自由の身となった。それで良いのでは?」

「良くない。いや、良いのかもしれないけど……俺の中で足りないと思ってしまう。

 お前は多分、善意で俺を見逃してくれたんだと思う。けれど、その先の真意を知らないといけない。

 俺が三日前に取り戻した記憶の欠片が、そう言っているんだ」

 

 その真っ直ぐとした表情。確信はなく、ただその意思だけが固く存在している彼に、またメティスは微笑みだす。

 

「申し訳ないけれど、私から言える事は一切ありません。これ以上は互いに不利益をこうむる可能性がありますので」

「そう、か。お前がそう言うのなら仕方ないか。

 こっちも見逃してもらってる身だ。了承せざるを得ないな」

 

 彼の体は動かせないため、何の動きもないが、少しがっかりしたように、溜息をつく。

 

「ですが……」

 

 しかし、メティスは立ち上がり、その右手をすっと彼の額にあてる。

 その手、その指は白く、細く、リルは思わず綺麗だと感じてしまう。女性の理想のような小さな手。魔族とはそう言うものなのだろうと思わせるほど。

 

「おまじないはかけてあげるわ」

「おまじない……? 魔法とかじゃなくてか?」

「ええ、魔法がある世界だからこそのおまじないよ」

 

 詠唱も無しに、彼の額は光りだす。

 それが何のおまじないなのか、それとも魔法なのかも分からずに、それは行使される。

 その『おまじない』を掛けられている彼自身は特に抵抗もなしに、受け入れる。痛みを無視して動けると言えば動けるが、それをしないということは彼女を信頼しているのだろうか。

 そして、それが数十秒続いたと思えば、光は収まり、メティスの指は彼から離れていく。

 

「それで、今のは?」

「だから、おまじないよ。貴方の今後の行く末を、良い方向へと変えてくれるおまじない」

 

 メティスはデフォルメされた星を出しそうなウインクをする。

 

「……教えてくれないんだな」

「当然です。これもヒントになってしまいますから……あら」

 

 話の途中、彼女はあることに気がつく。

 

「少し待ってて」

 

 そういうと、彼女は頭に右手を当てる。

 

「……これはカリュからの呼び出しね。しかも結構前から入ってる」

「な、何を言っているんだ? 大方魔法か何かだと思うけど」

「ええ、そうよ。カリュから魔法による連絡が入ってた。急ぎの用事みたい。

 ごめんなさい、リル。ちょっとここを離れるわ」

「いや、いい。それよりも速く行ったらどうだ。急ぎの用件っていうの、俺も気になるからな」

「そう言ってくれてありがとう」

 

 ーーーーー

 

 そして、時間は数十分後に流れる。

 探索組の三人と、メティス、そして三人が探していた医者は王都バラデラへと帰り、花屋の前に集合していた。

 

「メリーを無事に連れ帰ってくださり、ありがとうございます!」

 

 青肌の淫魔は九十度に体を曲げ、礼を言う。

 露出度が高い格好から、すこし違和感を感じる者もいたが、ここまで礼儀正しければ、そういう目で見る者はだれもいなかった。

 

「ちっ……だからそのメリーっていうのを、うおっ!?」

 

 赤髪の白衣を着た女医者が文句を垂れる前に、淫魔アリアナは力づくで、彼女の頭を掴み、下げさせる。

 

「や、やめろ! 何でワタシが頭を下げなきゃなんねぇんだ!」

「助けてくれたんですから、礼を言うのが筋ですよ?」

「わ、わかったから! お前力強いんだから、もうちょっと加減しろ!」

「しょうがないですね」

 

 そういうとアリアナは手に入っていた力を緩め、メリーと呼ばれた医者を解放する。

 

「いっつつ、ったく、首がやられちまうかと思った……」

「で、お礼は?」

 

 首を抑えるメリーに、威圧をかけるアリアナ。しかし、メリーは気にせず『はいはい』と生返事をする。

 

「ちっ、しゃあねぇな。まあ、お前らのおかげで帰りが数日ぐらいは速くなった。それだけは感謝しとく」

「それだけ、ですか?」

「それぐらいだろ、事実としては」

「命の! 恩人に! 対して! 失礼……」

「まあ、待ちなさいな」

 

 怒号を浴びせる淫魔であったが、それをメティスがまあまあと、なだめる。

 

「メ、メメメ、メティス様!? あの伝説的英雄の……あの!?」

 

 その姿に、淫魔は目玉が飛び出るかと思うほど見開き、へっぴり腰になる。彼女にとって、それほどメティスという存在は大きいのだろう。何せ、英雄と呼ばれる存在だ。これが普通……いや、少しオーバーリアクションかもしれない。

 

「はい、そうですよ。賢者であり、英雄のメティス様とは、私のこと。

 ここは私の顔に免じて、その怒りの矛先を収めてくださいませんか?」

「しかし、アナタ様に失礼では……」

「いえいえ、こちらとしては彼女にある者を診ていただきたいのです。それさえしてくれれば、彼女の無礼も目を伏せましょう」

「メティス様がそういうのであれば……」

 

 アリアナはその怒りを抑え、一歩下がる。まだ、怒りは残っているものの、メティスという英雄の存在で、それは一時的に収まっているようだった。

 

「上手いこと話をまとめたわね」

「ルディア、それどういう事だ?」

 

 その様子を見て、後ろでイーサンとルディアはこそこそと小声で話し合う。

 

「この状況、メティスはあのメリーっていう医者に恩を着せたのと同じなのよ。こっちの要求を断れば、あのアリアナっていう淫魔が黙ってはいないでしょうからね」

「言われてみればそうだけど、医者がそういうの断るのか?」

「普通の医者なら断らないわ。けど、あの医者の格好から見るに普通じゃない。

 白衣は着ているけどボロボロだし、着方もだらしない。どこかイライラしてて、言動も荒い。医者にしては少し怪しいわ」

「まあ、そうは見えるけどさ」

 

 彼女らの会話、それに反応してか、メリーは二人を睨みつける。

 

「ああ? そこの二人、なに喋ってんだ?」

「い、いや! 何にもない!」

「メリーさん、あんまり私のお連れを怖がらせないでくださる?」

「ちっ、その呼び方をやめたらな。ワタシの名前はマリソン・ウォクターだ。よく覚えておきな」

 

 その怒りは一定値を超えてしまったのか、彼女は親指の爪を一目も気にせず噛みだす。

 足もせわしなく動き出し、眉間にシワもよる。

 

「失礼、マリアナさん。改めまして、お願い申し上げます。

 私の知人が、謎の病にかかっており、それを治療するためには貴女の医者としての腕が必要です。どうか、私と共に知人の下へ来てくださりませんでしょうか?」

 

 懇切丁寧な喋り方。まさに知性を感じさせる賢者であるが、マリソンは三度目の舌打ちをする。

 

「そんな回りくどいことしなくとも、行くに決まってんだろ」

「その寛大なお心、感謝いたします」

「けっ、そのむず痒い喋り方はやめろ。でなきゃ、断るぞ?」

「あら、この方が良いかと思いまして」

 

 わざとらしい言い方に、またもやマリアナは舌打ちをするが、それ以上は何も言ってこない。

 これは承諾したという事だろう。

 

「んじゃアリアナ、ちょっくら外診に行ってくる」

「はい。夕飯までには戻ってきてくださいね」

「では、参りましょう。こちらへ」

 

 メティスは片手を広げ、マリアナを城へと誘導する。

 

「あん? 城へ行くのか?

 ……いや、術式がそこにあるのか。空間の魔術師というぐらいだ。一瞬で移動できる何かがあるんだろうな」

 

 粗暴な言動とは裏腹にその鋭い推理に、親しくない者の数人、主にイーサンは驚く。

 

「医者の割に、魔法に関して詳しいのですね。

 その通りです。この場でも魔法はつかえるのですが、なにぶん面倒なものでして。

 ところで、何故あのような場所にいたか、お聞きしてもよろしいかしら?」

「ああ? 確かな、アレは三日か、四日ぐらいだったか? そんぐらい前に森の中で、頭がふらっときてな。気付いたら土の中に閉じ込められちまった。

 なんとか脱出しようとしても穴は掘れねぇわ、上を塞いでる植物を剣で斬ろうとしても斬れねぇわで、大変だった。

 それから断食に耐えて、今日の出来事に至るってわけだ。それ以外の事は知らん」

「あの大樹に関しても?」

「ああ。こんな事聞いてなんになるんだ?」

「王に報告しようと思いまして。森が危険とあらば、その調査をしなければ」

「なるほどな。そうしてくれ。でなきゃ怪我人どころか、死人が増えちまうだろうからな」

 

 そうして、医者マリソンを加えた五人は、リルが待つ家へと戻る。


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