ツクモ!〜俺以外は剣とか魔法とかツクモとかいう異能力で戦ってるけど、それでも拳で戦う〜   作:コガイ

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第37話

 そこは、村のどこか。

 ルディア達が住んでいる家ではない、村のどこかの家。数十人という人がそこに集まっていた。

 

「おい、聞いたか?」

 

 村人の一人、頭の髪が薄い中年の男が訊く。

 

「はい。あの賢者様が負けたとか……」

 

 そして他の一人、先ほどの彼と比べると若く、気弱そうな男が返す。

 

「いや、俺の聞いた話だと、催眠にかかったとか」

「そんなはずないだろう! あの賢者様がそんなのに……」

「じゃないと、あの豹変っぷりは説明がつかないんじゃ……」

「誰がやったんだ? あのガキか? それともあの呪いの娘が?」

「いいえ。催眠なんかじゃありませんわよ! 賢者様が催眠にかかるはずがないです!」

「そうだそうだ! あれはきっと偽物だ!」

 

 老若男女の根も葉もない噂が飛び交い、村人達の声は大きくなる。

 不安が不安を呼び、互いにその不安を増大させていく負の連鎖。

 

「皆、静かに!」

 

 だがある一人、筋肉質で強面の顔を持った男が、一声でその場を沈める。

 その男、いつかの日に、ルディアを目の上のタンコブのように睨んできた男と同一人物である。

 

「賢者様の変化、その過程を予測する事は難しいだろう。私たちは魔法を専門としているわけでもない、ただの農民だからな」

 

 男の言葉にその場にいる全員が聞き入る。

 そのカリスマ性は、まるで村人達の長と言わんばかり。それほどその男は皆から信頼を得ているということだ。

 

「しかし、原因は明らかだ。あの娘に間違いはない。

 ならば、どうするかは自ずと分かるだろう」

「け、けど、あんな『化け物』に僕らが束になっても勝てないよ。どうするつもりだい?」

「それは真っ正面から戦った場合だろう。やつも人間だ。人間の摂理には逆らえまい」

 

 彼はためらいもなしに次の言葉を放つ。それはまるで、当然の仕打ちだと、自分達は何も間違いではない善だと、考えているかのように。

 

「あの家を焼く。このままでは、()()()()()()になる」

 

 ……そして、数時間後。草木も眠る丑三時。

 森の中で、大勢の人影が動く。その人影は村人達だ。本来ならば、ほとんどの村人が眠っているはずなのに。

 彼らはある場所を取り囲むように、動いていた。

 

「準備は良いな?」

 

 長らしき男は村人に小声で尋ねる。

 

「ああ、全員配置についてる。あの家を取り囲んでいるさ」

「よし。じゃあ合図をしろ」

 

 男が指示を出すと同時に、村人全員がポケットからジッポライターらしき物を取り出し、手に持った松明に火をつける。

 と思いきや、松明を村人達は一気に走り出す!

 

「いけ! いけぇ!」

「やれー!」

 

 彼らは、囲んでいたとある場所へと向かい、そしてその場所に火をつける。

 その場所は、家だ。まるで、放火魔のような彼らの行動だが、その心に一切の快楽などない。これは全て正義のためだと、心から信じていた。

 

「あいつを打ち払え!」

「焼き殺せ!」

 

 火はやがて、家へと燃え移り、そして段々とその規模を大きくしていく。壁を焼き、屋根を焼き、周りにある畑にまで燃え盛る。

 限度を知らない炎の勢いほ、家全体を包みこんしでしまった。

 これでは、中にいる人間は助かるかどうか。

 

「やっと……やっとだ。これで俺たちは……」

 

 殺人を犯したかもしれない。それなのにも関わらず、彼らは達成感すら感じている。

 いや、中にいる人間を殺すつもりだった。そうとしか考えられないだろう。だから、彼らは目的を達したかのような表情をしている。

 

「なんで……」

 

 しかし、その外で、疑問を浮かべる者もいた。

 

「なんで……こんな事に……」

 

 その者は……リルーフ・ルフェン。記憶喪失となり、三ヶ月よりも前の記憶を失った少年だ。

 そう。今燃えている家、それはルディアの家であり、そして彼が住んでいた家。彼の記憶の中で、唯一の住の場所として存在していた家だ。

 しかし、彼らは必要最低限の荷物を持ち、そこから逃げるように離れていた。

 

「なあ……本当にイーサンや、メティス達は大丈夫なのか?」

「あいつらは大丈夫よ。事前にこの家からは離れてもらった」

「そう、か」

 

 ルディアからの答えをもらい、リルは安堵のため息を漏らすような……それでも、喉の奥に何か引っかかるような複雑な表情をする。

 彼の言葉の真意、それは数十分前にあった。リルはベッドの上で寝ていたのだが、ルディアに起こされ、訳の分からないまま、その家から逃げると知らされた。

 彼は戸惑いながらも、眠気と体中を走る痛みに耐えながら足を動かし、そして、ここまで来た。

 体の痛みはそれまでよりも軽減されていたようで、自分で動くことはできていた。

 

「くそっ……」

 

 彼は怒りも、憎しみも、湧き上がることはなかった。

 ただ家を失った悲しみと、何故燃えているのかという疑問しかない。

 

「……ごめん、こうなるって分かっておきながら、一度も話せてなくて」

 

 そして、彼に謝る少女、家の持ち主であるルディアは目を伏せながら、罪悪感に胸を痛める。

 だが、その声は至って冷静で、いつもより少し声色が暗いぐらいで、普段とあまり変わらない表情だ。

 

「なんで……」

 

 だからこそ、その冷静さは彼の叫喚に繋がる。

 

「なんでそんな平気そうな顔なんだよ!」

 

 それは突然の事であったが、ルディアは驚きも、反応すらもせずに、平然としているかのようだ。

 

「お前は悲しくないのかよ! 住む家を失くして! 思い出の場所を燃やされて!」

 

 彼の叫び、それはやはり、怒りからではない。

 頬から涙を流し、声は怒声に近いながらも、震えていた。

 

「——別に、何も思わない訳ないわ」

「だったら……!」

 

 そこから先、彼は言葉を失ってしまう。燃やされている家を微動だにせず見る姿、そこにリルは気づかされた。

 流す涙はなくとも、ルディアは確かに悔やんでいた、惜しんでいた。けれど、覚悟も感じられた。まるで、こうなることは分かっていたかのように。それでも、この選択を選んだと言わんばかりに。

 しかし、彼女は流れるようにかかとを返す。後悔はもうないのか。

 

「さあ、行くわよ。どうせ、この村からは出て行くつもりだったし。アンタも……そうでしょ?」

「……ああ。俺は記憶を取り戻す。そう決めた。そのためにはまず、旅をして情報を集める。

 ……だけど、やっぱりこんな形で出て行きたくはなかった」

「ごめん」

 

 リルのぼやきに似た愚痴に、ルディアは反射的に謝ってしまう。その目を伏せるところも、さっきと同じ行動だ。

 彼女も、こうなる事は避けたかったのだろう。

 

「いい。お前が悪くない事だけは分かるから」

 

 彼はこの状況になった理由を聞かず、彼女を許す。それは信頼の証だ。

 

「……ごめん」

「そんな何回も謝るな。

 だから、行こう。今は……前へ」

 

 そして、リルは自ら歩みを進める。

 何も分からない。何も理解できていないまま。自身を知るきっかけさえも、ルディアの存在も、そして村人達の奇行の理由も。

 だが、

 

「おいおい、どこに行くつもりだ?」

 

 彼らが向かう先、木の影から人影が出てくる。

 

「っ……誰!」

 

 ルディアは即座に反応し、腰から短剣を抜き、その出てきた人影に刃先を向ける。

 

「そんなに大声だすなよ。あいつらに気づかれちまうぜ?」

「なんだ、アンタか。脅かさないでよね」

 

 素直に姿を見せたその人物は、身の合わない大剣を引っさげたソフィであった。

 

「おいおい、そんな残念そうな顔すんなって。私がついて行ってやるっていうのにな」

「はあ?」

 

 唐突なパーティ参加宣言に、ルディアは首を傾げるしかなかった。

 

「アンタ、どうして……? いや、そもそも私たちについてきて大丈夫なの?」

「アタシがしたいからそうする。当たり前の事だろ?」

「いや、そうじゃなくて、そもそも両親とか……」

「止めるやつなんかいないな。私は元から家出して来てるんだから」

 

 今になって分かる衝撃の事実。それにはルディアも驚きを隠せなかった。

 

「とにかく、ルディア! 勝ち越しなんて許さないからな!」

「……まさか、私に勝つためについてくるつもり?」

「ああ。お前に勝つためだ」

 

 ソフィのパーティ参加の理由は本当にそれだけなのだろうか。いや、そもそも、なぜルディアに勝たなければならないのか。

 その理由を聞こうとリルが声をかけようとするも、先にソフィが発言する。

 

「もたもたすんなよ。ここに留まってれば、いつかは見つかっちまう。話は後にもできるからな。

 なあに、野宿が心配って言うなら、私に任せときな! 慣れてるからな!」

 

 そう言いながら、彼女はズカズカと森の中を進む。獣道すらない、暗い場所を何も恐れる事なく。

 しかし、困惑するルディアとリルはそうではなかった。

 

「なあ、ルディア。ソフィの言ってた事……」

「知らなかったわ。どこにあいつの家があるとかも聞いてなかったし……」

「おい、いつまで喋ってんだ? さっさと行くぞ!」

 

 ソフィに急かされながらも、リルは確認する。この三ヶ月間で、何も知ろうとはしなかったことを。自身の事も周りの事も。

 

「……だから、こんな事が起きたのかもしれないな」

 

 そして、彼は後悔をしながらも、何かを決意をする。この暗い森を進みながらも。

 

「待ってくれ!」

 

 だが、まだ彼らの旅に参加する者がいた。

 進むことをやめ、三人は声のする方向へ向く。

 

「お前……イーサン?」

 

 そこには、剣と盾を背負うイーサンがいた。

 彼は膝に手をつき、汗だくになりながら、肩で息をする。どうやら、ここまで走って来たようだ。

 

「俺も、ついていく!」

「アンタ、メティスと一緒にいたんじゃ……」

「はぁはぁ、あの人にはリル達と行ってもいいって言われた。けれども、ここへ来たのは俺の意思だ」

 

 息を整えながらも、彼は膝から手を離し、真っ直ぐと見る。その視線の先にはリルがいた。

 

「行っておくけど、リルがアンタの言う暁っていう保証は……」

「分かってる。それでも、俺は君たちについていくよ。

 俺がこの世界に来たのは……意味があると思うから」

 

 彼のその目は揺るぎない物であり、テコでも動かせそうになかった。

 

「……良いわ。なら、勝手にしなさい」

「ありがとう」

 

 これで、パーティが決定する。

 リル、ルディア、ソフィ、イーサン。四人はそれぞれの目的を持ち、それぞれの思惑で村を離れる。

 旅、それはここから始まる。最悪の始まりであったが、その最後はいかに。

 

「……なあ、お前は本当に暁、なんだよな?」


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