「一組に男の子がいるみたいよ?」
晴れて入学生となった私は、座席が隣の子に話しかけられた。たしか…世界初の男性云々とニュースでやっていたのを思い出す。そうか、件の子は一組にいったのか。実際、私からすればその程度のことでしかなかった。
「えー?それだけー?なんか反応が薄いなぁー」
私の返答に口を尖らせる姿に、私は首を傾げざるを得なかった。
「まいっか、後で見てこよっと。あっと忘れてた。私は●●●●!よろしくね」
差し出された右手に対し、私はよろしく頼むと握り返すのだった。
「ねー聞いて聞いて!なんとまた出たんだって!」
新生活が始まって数日、一組でなにやら学級生代表決定戦なるものが行われた後のこと。なにやら二人目の男性操縦者が見つかったとか。そしてなにやら一組に入るとかなんとか。多分、一組の男の子と一緒にした方が良いと思ったのかもしれない。
案の定、私の友人は新しく入る男の子が気になっているらしく、一緒に見に行こうよ!と誘ってきた。まあ、私はそれをやんわりと断ったのだが。呆れ顔の友達に、私はただただ申し訳ない顔をするしかなかった。
「本当に××様って素敵よね!」
しばらくして、友達が頻りにそんなことを言いだした。噂程度だが、件の男の子はそれなりに有名人のようだった。チラリと見かけることはあったが、周りに女子生徒が取り巻いていたので、その容貌を見ることはなかったので、いまいち想像できないのだが。しかし、話を聞く限りは面白い男の子なのだろうが、ただの少年に様付けとはなんだ?と首を傾げてしまった。まあ、アイドルやその手の類いかと勝手に納得してしまったので、問いかけることもなかったが。それにしても、最近はその男の子のことしか話さなくなっている友達に、すこし違和感を思った。そう言えば、最初に入ってきた彼はどうしたのだろうか?二人目の少年が入って来た後、全く語られることがなくなったのだが。そのことを友達に聞くと、まるで何か気に障ることを言ってしまったのか、鋭い眼光で「そいつのことはどうでもいい」なんて言われてしまった。一体どうしたんだ?
友達と会話をしないことが増えていた。前は、彼女の方から私を誘ってくれていたのだが、気が付けば他の学生と共に教室を離れてしまうことが多くなった。ふと寂しい気持ちになったが、彼女の誘いを断ってきた自分自身の自業だろうと納得してしまった。人づきあいが良くない私よりも、他の子と一緒にいた方が楽しいのかもしれない。溜息を一つ零したが、結局は自分が悪いだけでしかなかった。取りあえず、寮の自室に戻ろうと廊下を出ると、外から黄色い悲鳴が聞こえてきた。なんだろうと窓から顔を出せば、まるで大名行列…むしろ大蛇のように、女子生徒たちが大きな列を組んで歩いていた。列の先頭を見れば…あれは男子生徒だろうか?黒髪の少年と、その周りには色とりどりの髪をした女の子たちがいた。黒に金、銀に蒼?顔はよく判らないが、何やらもめているようだ。
しかしなんというか、アイドル扱いにしても異常過ぎではないか?そんな考えが頭をよぎるが、人の趣味をとやかく言う権利は私にはないだろう。そう思い、さっさと自室に戻る途中で、ふらふらと歩いている学生を見かけた。まるで夢遊病者のように、足元がおぼつかず、壁に手を置いてバランスを取っているように歩いている。制服からして男子生徒だというのは直ぐに解った。だが、一体どういうことだ?なぜもう一人の男子生徒がいるんだ?取りあえず、ふらつく姿に目も当たられず、私は彼に駆け寄り声をかけた。
おい、大丈夫……か……!?
彼の顔を見て、私は言葉を失った。死んでいた。彼の目は生き生きとした人ではなく、死んだ魚のように、ひたすら光を吸い込むブラックホールのように、只々真っ黒に染まっていた。チラリと彼が私の方を見た。それはただ、音がしたから振り返っただけの反応でしかなかった。
「俺に構わないでくれ」
その一言から、有無を言わさない拒絶を感じ取った。そうして去っていく彼がだが、そのまま倒れてしまう。ハッと我に返り、抱き起そうと彼に触れようと手を伸ばした。返ってきたのは、乾いた音と右手の痛み。痛みを発する右手に目を向け、彼の方を見れば、そこにはまるで私を食い殺そうとする獣のような目立った。
「どうせあんたもあいつらと同じだろ?俺を馬鹿にするために近づいてきたんだろ?またアイツノ差し金か?今度は一体なんだ?また俺を騙そうとするのか?俺を信用してるとか、好きとか言って、結局はあいつの命令だっだって俺を嘲笑うのか?そんなに俺を惨めに、笑い者にしたいのか?なに黙ってるんだよ?俺を心配してるのも演技か?本当は嫌で嫌で堪らないのに、彼奴の命令だからしたがってるだけか?なんで黙ってるんだよ、さっさと言えよ。私はあんたなんてどうでもいいけど、あの人の命令だから仕方だ無いんです~、終わったらご褒美をもらうの!ってさ。さっさと俺の前から消え失せろ!」
正直、彼が何を言っているのか解らない。そもそも、彼は一体全体どうしたんだ?どうしてこんな状態になっているんだ?それに彼奴とは誰だ?もしやもう一人の男子学生か?だが、だが噂ではそれなりにいい人だと友達が言っていたはず…。なんだ、何が起っているんだ!?
呆然とする私を押しのけ、彼はまたフラフラとした足取りで歩いていった。外から聞こえる歓声が、やたらと耳障りだった。
目の前の光景を目にして、私は吐き気に襲われた。聞こえてくる何かを叩く音と、蛙を潰した様な酷い濁音の声。気持ち悪い。胃からせり上がってくる、口元から零れだしそうな物を抑えようと両手で口を塞いだせいで、否応なく耳から気持ち悪さを受信し続ける。
なんだこれは?なんなんだこれは?
目の前で起っているこれはなんだ?なんでみんな、平気な顔で笑っているんだ?なんでみんな、張り付けた笑顔で見ているだけなんだ?
私は昼食のレディースランチをぶちまけそうになったが、なんとか胃に戻して、少年等二人の間に飛び入った。咄嗟に殴られていた少年の盾になろうと。
何をしているんだ、と声をあげた。
目の前の少年を見た。私の後ろで倒れている少年『で』楽しそうに遊んでいた少年。その顔立ちは、十人中十人が『素敵』と言ってしまうほどなのだろう。実際、彼は学園中で噂をされていたから、嫌でも耳にするほどだ。
クラスメイトが言うには、制服の下には『無駄に』引き締まった筋肉があるらしく、まるで『神に作られたかのような素晴らしい』存在だとか。友人が、顔を赤らめながら語ってはきたが、私からしたらどうでも良いものだった。もっとも猫がネズミの死骸で遊んでいるような、その『素敵』な顔を『病的』に歪め、楽しげに人に暴行している光景で出会ったのなら、その評価は全く持って意味を成さなかったと確信した訳だが。
目の前の少年と目があった。赤と青のオッドアイで、その瞳が少し細くなった。
アッ……ガ……ィ……!?
その瞬間、自分の身体が滅多刺しにされたかのような痛みが走り、立ってもいられず、そのまま崩れる様に膝を地面に打ち付けた。い、息ができ、ない。突然の身体を襲った痛みもだが、まるでロープで首を絞めつけられていくような、水中に放り込まれたような息苦しさに襲われた。必死に息を吸い込もうとするが、カヒュー―、カヒューーと空気が漏れるだけだ。視界がボンヤリと揺らぎ始め、光が歪みだし、意識が薄れていく。
そして脇腹を襲う衝撃と激痛。一瞬ふわりと身体が浮かんだ感覚に陥るが、直ぐに硬い地面にぶち当たり、そのまま無様に地面を転がった。身体を打ちつけた衝撃のおかげか、首の息苦しさはなくなり、必死に息を吸い込む。全身が汗に塗れていた。
腹ばいの身体を起き上がらせようとするが、上からの衝撃で再度地面へ激突。何かが壊れる音が聞こえた。痛みにしかめながら顔をあげれば、さっきまでの光景を嗤って見ていた、誰も止めなかった同期たちが私を取り囲み、その能面のような無表情な顔で見おろしている。
ゴキャリ
と、左手から聞いたことのない音がした。見れば、私の手の上に、誰かの足が乗っている。ゆっくりと上に視線を向ければ、私の親友の顔が見えた。私の親友の足が、私の手を踏んでいる。その光景に理解が追い付かない。次に背中に複数の衝撃。吸い込んだ空気を無理やり吐き出された。私の左手と同じように、背中に足を乗せているクラスメイトが見えた。
私の口から漏れたのは叫びだ。痛みによるものでもなく、戸惑い。何をしているんだ、という問いかけ。人の壁で見えないが、向こうからはまた音が聞こえてくる。おい、何をしているんだ!?おい、おい!
明らかに異常な状況なのに、周りはなぜか私を攻めるような視線を送ってくる、まるで私がおかしい、異常だという視線で、今まさに怒っている後ろの異常性に関心を持たない。
みんなどうしてしまったんだ!?
痛みを堪えながら叫ぶ私への答えは、振り下ろされた親友等の靴裏だった。
声がした。どうやら意識を失ってしまったらしい。あれからどうなった?あの少年は大丈夫か?未だ意識が朦朧とするが、どうやら傍に誰かいるらしい。ゆっくりと瞼をお越し、目に入ってきたのは屋外の空ではなく、白い天井だった。
「あら?目を覚ましたのデスか?」
声の方に視線を向けると、覗き込むように顔を近づけてくる少女。1組に入ってきた転入生のような銀色の髪、青々と茂る木々のような緑色をした瞳が私を見つめている。
綺麗
なぜか私はそう思えた。しばらく無言だったのか、目の前の彼女が口を開く。
「アレ?どうしましたー?もしかして私の可愛さにかたまっちゃいましたー?もう、駄目ですよ!私の可愛さは宇宙一と自負してますけど、だからって私に惚れると怪我するぜ?」
訂正、この子ちょっとヤベェ。
少し自分の人間分析力に疑問を抱いていると、少女は心配そうな顔になった。
「それにしても大丈夫ですか?なにやらお二人とも倒れてしまいましたから、こりゃ大変だぁ!?と思い、保健室まで引きずってきたのですが」
うん?
「いやぁしかし、今日は入学式ですからね。緊張で倒れてしまったのは不幸でしたけど、大事が無くて幸運ですデした!」
え?
コロコロと笑う彼女の言葉に、私は背筋が凍った。
あんなことがあったというのに誰も知らない?あんな悍ましいことを見ていたといのに、誰も気付かない?つまり、あの場にいた全員が黙っている?
グゥ……フ……
口元を両手で押さえる。口から胃が飛び出しそうな気持ち悪さに襲われる。なに?なにが起っているというの?
そんな私を、彼女は心配そうに見つめてくる。しばらくした後、落ち着きを取り戻した私は、彼女に大丈夫だと伝えた。そういえば、もう一人の少年はどこに?
「もう一人は、となりのベッドでおねんねしてます。あ、カーテンは開けないようにデス。男の子の寝顔に興味津々なのは、わたしワカリマスケド」
おそらく今の私が見たら、確実に吐瀉物をぶちまけるだろう。誰だって、ボロボロの人間を見てまともではいられないだらう。一体全体なにが起きている?なんであんなことが起きた?なんで誰もが平気だった?あの少年は一体なんなんだ?わからないわからないわからないわからないわからない・気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い……。
内側から湧いてくるナニかに、私は両手を強く握りしめた。
両手……?
ふと、私は違和感に気付いた。なんで私は両手で口を塞いだんだ?なんで両手を握りしめたんだ?確かさっき、友人に左手を踏み潰されて……!?
左手に視線を送ると、そこには傷もついていない左手があった。グーパーグーパーと握っては開くが、なんの痛みもない。それに身体にも痛みもなく、衣服には汚れすらない。何がどうなっていうのかも分からない。
「どうかしましタ?」
あまりに私の行動が不思議だったのか、彼女の視線が若干不審者を見るよな目になっている。どうせ話したところで無駄だろう。言っても信じて貰えるわけがない。私はそう思い、何でもないと答え、助けてくれてありがとうと感謝した。
「いえいえ、どういたしまして。僕も助けることが出来てよかりマシタ。それに、君たちのような存在に出会えて嬉しいデスノよ」
彼女の日本語に違和感さに内心苦笑する。でもそんなことは、私にとって些細なこと。さっきの出来事が頭を過り、こうして普通に話せる人がいたことの方が嬉しかった。にっこりと笑う少女に、私はドム!と胸が鳴った。あれ?おかしいな、なんだ今の気持ちは?
「そう言えーば!ワタシの名前を言ってませんでしたたネェ!」
そんな私を余所に、少女はくるりと回って、恭しくお辞儀をした。
「ワタシの名前は、ニィーア・ニャルコ・アルクロウです。短い間ですが、よろしくお願いシマスデス?」
すっと右手を差し出され、私はよく解らないままに握手をするのだった。
まて………入学式……だと?
私はニィーアの言葉に違和感を感じた。確か、友達と話をしなくなったのは2学期からだった筈。一体全体何を言っているんだ?混乱する私は、ニィーアに一言尋ねた。今日はいつなのか?と。
「今日はIS学園の入学式デスね。お二人とも、式の途中で倒れたんでスヨ」
首を傾げながら答える彼女の言葉に、私はただただ何も言えなかった。