「私、
溌溂そうな笑みを浮かべ、目の前の子から差し出された右手。私はそれをしばらく見つめた後、よろしく、と握り返した。にっこりと笑みを返したと……と思う。ゆっくりと上下する私と彼女の右手。お互いに笑みを浮かべる新入生同士の姿。周りから見たら、ほほえましい自己紹介に映るのかもしれないの。でも私からすれば、気味が悪かった。なにせ、彼女は私を知らないが、私が彼女をすでに知っているのだから。
正直、ちゃんと笑えているかどうか気になった。でも残念なことに、鏡が無かったから知ることは出来なかった。
「
伽耶の言葉に、私は肯く。あの時も、私の名前を聞き返していたっけか。そして次は私の愛称をつける。
「じゃあ、モガちゃん!モガちゃんって呼んでいいかな?」
初めての時は面食らってしまったが、
「よかった!もし断られていたら、別の名前を考えようと思ってたの。えっと、アヤちゃんとか、モアちゃんとか!あと、それと、えっと……」
目の前で、嬉しさのあまり顔を百面相にしている伽耶。興味本意であだ名の候補を聴いた時は、確かザイアとか、もはや原形がないあだ名まであったっけ。
ああ、ああ、きもちわるい。まったくもって同じ光景を知っている私には、それは酷く歪に思えた。そしてそれが歪に変化していくことを知っている私からすれば、ただただ気が滅入りだけだ。
『じゃあね』
あの時の、マネキンのように無表情な顔と、ラジカセから流れるような無感情の声。その姿を知っている今の私には、一体どちらが彼女の本性なのか解らない。
でもどうせなら、この姿が本当の伽耶だと思いたい私がいた。これは感傷なのかもしれないが。
保健室から教室に戻る間、私はニィーア先輩と話をしていた。やれ、今日は暑い日だの、購買で売られるパン種類は~だの、
「さぁさぁここが君の教室デス。それでは私は先輩の務めを果たしましたので、これにてドロンでござりますル。またお会いしましょう!」
そう声を上げ、トテテテ……と去っていくニィーア先輩。去っていく彼女な後姿だけが、今の私にとっての新しい景色だった。
「ねえモガちゃん、そういえば知ってる?なんと!今年男子の操縦者が入学してるんだって!」
教室でのレクリエーションが終わり、私たちは寮室へと帰ってきた。運が良かったのか悪かったのか、前のように私は伽耶と一緒の部屋だった。
「やったー!モガちゃんと一緒だね!」
そう喜ぶ彼女の姿。ああ、気づかなかっただけで、彼女はこんなにも元気な、可愛らしい子だったんだろうな。ベッドの上ではしゃぐ伽耶の問いかけ。彼女の方を見れば、ねぇねぇ驚いた!?という顔。
初代面の時は、彼女にしてやられた。でも残念。
「なぁんだ、モガちゃんも知ってたんだねー。え、もしかして知らなかったのって私だけ!?」
何やら不満げに頬を膨らませる彼女。ふと、膨らんだ右ほほを突っつく。プヒューと空気が漏れた。私の行動に逆に驚く羽目になった伽耶。ああ、彼女はこんなにもかわいかったんだなぁ。
ベッドの上でグースカピーと寝息を立てている伽耶を見守りながら、私はベランダに向かう。外の空気に身を晒して自分の頭を冷やす。正直、今も頭が混乱している。
私は自分に迫る伽耶の靴裏の光景までは覚えている。それまでに、伽耶たち一緒にご飯を食べたこともあれば、彼女が私を抱き枕にして寝た記憶もある。ISに乗って訓練もしたし、今年見つかった男子操縦者の話も確かに記憶している。だが、気を失った以降は全く覚えがない。気が付けば、自分は保健室のベッドで眠っていた。頭を振ったところで、かつて私の友達だった香耶とした、初対面の挨拶することになったのを思い出せば、過去に来たということが事実だと私に突き付けてくる。
まったくもって意味が分からない。一体全体何が起こっているんだ?だがいくら考えようとも、その答えが見つかることはないだろう。なにせ何も分かっていないのだから。これはこれでどうしようもないのだろう。私は疑問をひとまず置いておくことにする。いくら考えても無駄なのだから。
そういえば…
私は過去の世界の中で、唯一異なったことを思い出す。ニィーア・ニャルコ・アルクロウ先輩。彼女だけは私にとって初めての存在だった。もちろん、私が知らなかっただけでしかないのかもしれない。でももしかすると、彼女が一つの要因かもしれない。
ふと、保健室にいたニィーア先輩の言葉を思い出す。
『二人とも倒れた』『男の子の寝顔に興味津々…』
男の子?
私が知る限り、男の子は二人いた。顔と名前があいまいだが、確か酷く死んだような顔をしていた方と、嬉々としてその子を甚振っていた方。もしかすると、私の現状を紐解く何かにかかわっているかもしれない。
何かしらのきっかけが生まれるかもしれない希望を見出したことで、何かしら元気が出てきた。確か伽耶がその子を見に行こうと言っていたはずだ。あの時は興味もなく行かなかったが、今回は一緒についていこう。
外気にさらされた結果、頭どころか体まで冷えてきたな。私はそそくさと部屋に戻り、ベッドに潜るのだった。
『ごめんなさい』
私はただ泣いて謝るしかなかった。どうして?といくら疑問を抱こうと、自分が犯した罪が変わることはなかった。目の前のベッドには、確かに大切だった友達が横たわっていた。その顔は酷く腫れあがり、彼女が知ってる顔とは別人の有様だった。
『ごめんなさい』
膝から崩れ落ち、白いシーツに包まれた彼女の身体を抱き寄せる。もう冷たくなった彼女の温度を感じ、私の心は引き裂かれそうな痛みに襲われた。むしろ、自分の身体が引き裂かれてしまえば良いとさえ思えた。
『どうして?』
彼女の笑顔を私は知っている。彼女のそっけなさを知っているし、面倒くささも知っている。でも、それでも私は彼女と友達だったはずだ。だというのに、この結末はなんだ?どうしてこの結末になったんだろう?何度も何度も問いかけても、誰も答えてくれない。
『哀れだねぇ』
誰かが声を上げた。
『どういう結果であれ、君は、いいえ、あなたたちはこの子を殺した。どう喚こうがそれが結末。彼にとっての邪魔な存在を排除するように弄られたとしても、それに抗わなかったところで、結局はこの子は死ぬことになっただろうね。まあでも、この世界ではそれが正しいんだ。なにせ君たちは、この世界に来た彼を盲目に愛することを選んだんだから』
呆然とする私たちの視線を受けながら、同級生が首をかしげた。
『だからぁ、どうして泣くんだい?君たちは正しいことをしたんだよ?
さぁ!しっかりと胸を張り、もっと自信を持ちなさい!
大切とおもっていた友達を殺し、報われるわけがない愛を選んだ狂信者の皆さん!』
銀髪の少女が嗤った。
『ごめんなさい』
そして私は
『ごめんね……モガちゃん』
身を投げた。