花が告げる想い   作:白藜

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滴は月明かりに照らされて

目が覚めると、知らない天井だった。月並みな表現ではあるが、事実そうだ。見覚えのない天井に困惑しながら、体を起こす。真っ白の壁、床。そして、僅かに漂う、消毒液の匂い。そこが病室と分かるのに数瞬、自分の状況を把握するまで数秒かかった。ふと、人の気配。右側のベッドを見ると、そのベッドの上と、私と千歌のいる真ん中側に一人、大人の人影が立っていた。志満さんだ。

 

「志満さん、志満さん。」

 

左手に繋がれた点滴棒を杖がわりにして、私は志満さんへと歩いた。右手でとん、とん、と肩を小突いて見ると、恐らく眠っていたらしい志満さんは目を覚ました。泣き疲れた表情だった彼女は、私の顔を見るなり、涙で瞳を濡らした。目尻から溢れた涙が真っ白の白磁の床へと落ちていく。

 

「バカ!」

 

気がつけば私は、志満さんの腕の中で抱かれていた。ふらつく体をかかえるように抱き込んだ志満さんの肩は、ちいさく震えていた。

 

「お医者様に聞いたわ。夕方に、千歌を背負って走ってきたって。なんで、そんな無茶をしたの。」

 

「それ、は…千歌が、危ないって思って、そうしたら…頭が真っ白になっちゃって…」

 

「真っ白になったから、なに?千歌を、担いで、走ってきた。なんで救急を呼ばないの。」

 

「それは、私のガラケーが壊れてて…千歌も、今日は忘れたって…私が、助けなきゃって。」

 

「…あなたの方が、重症だったのよ。千歌は軽い熱中症で済んだけど、あなたはもっとも危険な状態だった。下手をしたら、あなたが死んでしまっていたのかもしれない。」

 

「でも、悩んでたら千歌が」

 

「そんなことは分かっているの!分かっているけど、どうしても、頭をよぎった。これで、あなたが死んでしまったら?千歌だけが生き残って、あなたが死んでしまったら?あなたを想う人は、いったいどうすればいいのよ!」

 

肩を握る手が、いっそう力強くなる。震えていた。怒りでじゃない。恐怖と、安堵。怒った声なのに、優しさが滲み出ていた。

 

「わたしね、千歌が大事。けど、それと同じぐらいにあなたも大切なの。千歌はあなたのことを姉のように慕っているし、あなたが千歌を妹のように思っているのは知っているわ。それと同じように、私も、あなたを妹のように思っているの。」

 

目尻が熱くなっていくのを感じる。泣いちゃダメだ、心配をかけたのはこっちなんだから。自分に必死に言い聞かせ、徐々にしゃくりあげ始めた声を必死に隠す。視界がぼやけて、志満さんがいま、どんな顔をしているのか分からなかった。

 

「だから、ありがとう。」

 

 

えっ、そう声が漏れた。

怒られると、思っていたから。

 

 

「千歌を助けてくれて、無事でいてくれて、ありがとう。」

 

 

震えた声。涙に濡れた、柔らかい声に、気がつけば私も泣いていた。心に押し止めた色々が、こぼれた。怖かったんだ。苦しかったんだ。辛かったんだ、自分が本当に正しかったのか。

 

「こわ、かった…!つらかった…!苦しそうにする千歌に、私じゃ気休めになる言葉しか言えなかった!走っているときに、何度も意識がもうろうとした!怖かったんだ。このまま、私と千歌は死んじゃうんじゃないかって…!」

 

私の独白を、志満は頷きながら聞いてくれた。結局私は、眠るまで泣き続けてしまった。


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