岸辺露伴は分からない エピソード『喪服人形』   作:読図パニキ

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導入 ――岸辺露伴の独白

 付喪神という言葉を知っているだろうか?

 九十九神――という風にも書く。漢字として読むなら、こっちの方が読みにくいだろう。どちらかというのなら。

 今更、僕からこの単語の説明はしない。

 ……こんなことは『とっくに知られていること』だろうし、『知らなくても調べられること』だからだ。特に今の世の中はそういう風に『仕上がっている』らしい。君たちにとっては便利なことだが。

 だから僕は、君たちが『知らなくて』、そして『調べることもできない』ところだけを話そう。

 

 ……本当は話すべきなのか、話さないべきなのか。そこが分からない。

 

 彼女は『裁かれるべき悪』なのか?

 それとも『無自覚な運命の奴隷』なのか?

 

 そこんとこはどうにも難しい話だ。……ああ、君たちに決めてもらうことでもないので好きに聞いたらいいと思う。

 

 さて――君たちは、『喪服人形』という言葉を聞いたことがあるだろうか。

 先に言っておくが、これは『人形』と『女性』にまつわる話だ。

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

 ある日のカフェ、昼下がりだった。

 飲みかけの液体を揺るがせてカップが止まる。

 

「『保険金殺人』?」

 

 テーブルを挟んだ向こうの真剣そうな表情の男――三十歳過ぎ。洒落た眼鏡。ゴシップ誌の編集部所属――の発した言葉を問い返した岸辺(きしべ)露伴(ろはん)は、露骨に顔を顰めた。

 

「おいおいおい、ぼくにそんな話を持ちかけないでくれよッ! いくら何でもそんなのは願い下げだぜ! ただ体験したもの『だけ』しか描けないっていうんなら、ノーテンキなラブソング歌っている歌手連中は何回違う初恋をしては自殺を考えてるっていうんだ?」

「いやー、違うんスよ露伴先生〜。何も『これから誰かを殺しに行こう』って相談をしてるワケじゃあなくてですねぇ〜〜〜……! するならそんな相談は居酒屋でしますよォ〜〜〜〜〜……!」

 

 間延びしたトーンで喋る男のシャツを見て、露伴は鼻を鳴らした。

 奮発したであろうレンズまでスマートな眼鏡はともかく、如何にも『冴えない』としか言いようがないほどシャツにはハリがなくジャケットも着皺がついている。

 とても真っ当な社会人とは言い難く、つまりは彼がいる編集部の発行する雑誌とやらは『そういうもの』だという名刺代わりになっていた。

 差し出されていた実物の名刺を何度か眺める。

 名前と会社と番号が組み合わさったメールアドレスに、一応の体裁を整えるような肩書き。指で弾けば多少は飛距離を稼げるかという紙質は、何とか怪しまれないように整えたという編集部の努力の跡を感じさせる。

 

 市岸衛沙(いちぎし えいさ)。三十三歳。編集部所属。

 

 『この紙』から読み取れる情報はその程度だった。

 

「いやぁ、露伴先生の書いてる漫画って……いわゆる『奇妙さ』とか『不思議さ』を売っている漫画じゃあないですか〜……そのあたりウチの編集部も『理解』あるっていうか」

「ご丁寧に君たちに突然上から『理解』されて感謝しろって言いたいのか? ……話はそれだけならぼくは失礼するよ。これからその『理解』された原稿ってヤツに取りかかろうと思ってるんだからな」

「いやぁ……なんていうかその、その原稿についてなんですけど〜……」

 

 雑誌に寄稿しろ、とでも言いたいのか。

 そうだとしたら随分と見当違いかつ馬鹿にした話だなと思いながら、意外にもこの男にそんな強引な度胸なんてものがあるのか……と露伴は内心で眉をあげた。

 そんなちょっとした興味とも呼べない、しかし漫画家としてのある種の琴線に近いところに触れたからだろうか。

 立ち上がった椅子を戻そうとして手を止めた露伴は、市岸という男が頭を掻きながら告げてくる言葉まで聞くことになった。

 

「実はその……露伴先生の『生原稿』を見せたい相手って言うのがいて……いえ、ウチのために描き下ろしてくれって言うんじゃあないですけどぉ……そちらの編集さんに渡す前にホンのちょっぴりだけ見せていただけませんかね? 露伴先生の『生原稿』ってのを」

 

 

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