岸辺露伴は分からない エピソード『喪服人形』 作:読図パニキ
市岸という男からのブッ飛んだ申し出に、露伴がしたのは、
「ハハハハハハハハッ! なるほどぼくの生原稿を! うちの編集者に渡す前に君のところの編集者に見せろって言うんだな! アハハハハハハハハ!」
「そうですそうですッ! 何とか最初に見させて貰えたならすごく助かるっつーかぁ〜〜〜〜〜〜〜! 非っ常〜〜〜〜〜にありがたい話なんですけどッ」
「当然、断る」
椅子を戻して伝票を摘みあげる。ただそれだけだった。
「これはイチイチぼくが一社会人としての心構えを教えてやるなんて面倒な話じゃあないんだが……二時間観ても四時間観てもアクビしか出ない退屈な映画でも、一杯奢るって『お決まり』のシーンがある……」
「……」
「君はそれよりはズイブンと面白かったし、素直に芸人でも目指した方がいいんじゃあないか? 編集ってのも芸人ってのもいい大学出てるんだろう? 君がどーだか知らないが、そっちの方が幸せに見えるよ。……それじゃあ」
「ろ、露伴先生ェェ〜〜〜〜! 人助けだと思ってお願いしますよォ〜〜〜〜〜!」
打ちひしがれてなお縋りつこうとする市岸へ向かって、露伴はやれやれと息を吐いた。
奇妙な申し出といえば申し出だが、編集という人間はどこかしら突飛なことをするものなのだ。一々驚いていたらきりがないともいう。
だから、
「おい君、ボタンがほつれてるぜ。袖のところのな」
「え……?」
露伴がそう指差したときに――突如、操り糸が切れた人形のように市岸はテーブルへと崩れ落ちた。
先ほどからの奇妙な申し出に対しても、突如とした市岸の奇行に対しても、注目した人間はいない。
倒れたコーヒーカップから溢れた液体が彼のスラックスにかかろうとも、きっと後ほど目覚める市岸という男以外は誰も気にしないであろう。
その程度には、冬の良き日差しとおしゃべりに夢中になった人間たちにとってどうでもいい光景だった。
……岸辺露伴を除いては。
「ほつれてたのはボタンじゃあなくって君の方だったな。……だがまあ些細な問題だ。迷惑料って意味じゃ、どっちにしてもな」
誰に聞かせるつもりでもなく呟いて、岸辺露伴は市岸という男の
テーブルに倒れ伏した男の全身から飛び出した、数多の文字が記された『ページ』。
皮膚が破れて本になったようなその現象も、彼以外には気付けない。彼以外には見抜けない。
【ヘブンズドアー】――――人間を本にして閲覧するという岸辺露伴の持つ
(コイツ……なんだってぼくの『生原稿』を?)
パラと、薄皮の如き『人間本』のページをめくる。
『
スポーツで怪我をしたとか、学生時代の恋人がどーだとか……そんな項目を過ぎていく中だった。
びっしりと。
そこだけびっしりと文字で埋め尽くされた奇妙なページだ。
『殺される』『このままだとあの人は死んでしまう』『人が変わった』『呪い』『殺される』『岸辺露伴に会わなくては』『生原稿に不思議な力があるようだ』――――。
『恨まれたら』【喪服人形】『岸辺露伴に会うんだ』『人が変わった』『噂は耳にしてる』『呪い』【喪服人形】『怒りを鎮めなくてはッ』『殺される』――――。
『呪い』【喪服人形】『この噂はヤバイッ』『殺されてしまう』『呪われてる』【喪服人形】『呪いはある』『でもスクープにはできないッ』【喪服人形】――――。
「喪服……人形……?」
そこだけが血のような文字で記された四文字の奇妙な単語。
それが岸辺露伴と、人形の最初の出会いだった。