岸辺露伴は分からない エピソード『喪服人形』   作:読図パニキ

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喪服人形・序 その三

 泥母(でいぼ)桜美(ろみ)。“桜”に“美しい”で桜美(ろみ)だ。

 その名前に由来して、トロミとか……ノロミとかノロイとか呼ばれていたらしい。それが学生時代のアダ名。

 良家や名家の産まれでもなければ、資産家でもない。逆に裏家業にも関係しない。

 何の変哲もない女性だ。

 少なくとも――――これまでに()()()()()()()()()、ということを除くなら。

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

 杜王町も駅前はすっかりと賑やかになったが、少し外れた住宅街はまだ閑静な佇まいをしている。

 昔は武家屋敷だとか――或いは避暑地なんかがあったその辺りは、あまり賑やかさもなく車通りもない。

 市岸から伝えられた住所を頼りに歩く露伴は、ようやくその一軒家を見つけた。

 表札は『市岸』――二階建てで大きな出窓なんかがついた小奇麗な家。

 持ち主の趣味だろうか? 玄関ドアには大きくステンドグラスがあしらわれていて、とても昔の武家屋敷風でもない。

 同棲のためにリフォームをしたと聞くが、確かに男一人が暮らす家ではなかった。

 

(『老らくの恋』っていうには本気度がずいぶん高いな……)

 

 その家の主は、市岸(いちぎし)永康(ながやす)――――あの独身のゴシップ編集者の叔父であり、そして同じ編集部に所属している。

 五十四歳。独身。人当たりのいい男。

 あの日の別のアポへの謝罪と埋め合わせに向かっている市岸を置いて、露伴一人で顔を合わせることになっていた。

 

「もう原稿を見せなくてもスタンドは使えるんだが……まぁいいか」

 

 あれから数日は経つか。

 予定通りに原稿を仕上げた露伴は、当然それを片手にしていた。永康への面会――と言ったら仰々しいが、顔を合わせる理由として彼が叔父に伝えたので持ってこない訳にもいかない。

 そしてこの家で永康と同棲しているのが、泥母桜美――これまでに夫を三人も亡くしたという女だった。

 市岸衛沙からの頼み事は叔父の永康に『生原稿』を見せて欲しいということ。

 だが露伴として俄然興味があるのは、この桜美という女の方だった。

 

(まだ三十代手前そこそこで『夫を三人も失ってる』? 桜美が殺人に関わった事実はなし。全て『アリバイ』がある……それで叔父ってのが五十代で……それと今度は事実婚? よっぽどそっちの方が『ホラー』や『ミステリー』じゃあないか?)

 

 ひょっとしたら、新しいキャラクターに活かせるかもしれない。

 男を誘いあげて、資産の隅から隅まで食い荒らす毒婦や女郎蜘蛛のような女。少年誌には少々過激かもしれないが、少しばかりダークでミステリアスな方が読者の興味はそそられる。

 そして【喪服人形】という単語からすれば、女の方が余計に可能性が高い――――露伴はそう目星をつけていた。

 

 

 だが、

 

「どうぞ。……もうしばらくしたら、帰ってくると思い……ますので……。私はその後に出かけるから……ごゆっくり」

 

 応接間まで案内される露伴は、その桜美の後ろ姿を眺めていささかの期待はずれを感じていた。

 毒婦というより、なんと言っていいものか……確かに女郎蜘蛛というのはある意味正しい。それは主に、蜘蛛の巣が張っている屋敷に暮らしてそうだと言う意味でだ。

 泥母(でいぼ)桜美(ろみ)という女は、華に欠ける女だった。

 暗い色の長袖ワンピースの背中を覆うぐらいに膨らんで伸びきった野暮な癖っ毛と、後ろだけでなく前も長いその黒髪に隠されがちな目元。

 蚊の鳴くような声で、動作も緩慢。

 土の中に籠もっていたトカゲがようやく顔を出したばかりのようで、少なくともそのアダ名がノロミだとか……そう言われているのも頷けてしまうタイプの女だった。

 ……確かに呪いの人形だとか、オカルトだとかには縁があるとも言えるが。

 

(一体なにがそんなにこの女に惹かれて結婚するんだ? バストは大きいようだが……とても陰気臭くて、部屋の掃除をしたそばから絨毯や壁紙が湿っていきそうなネクラ女じゃあないか。蜘蛛の巣も勝手に生えそうだ)

 

 予想外に整えられている埃一つない室内を見つつ、冷ややかに女を眺める露伴は……念の為に【ヘブンズドアー】で廊下の先を歩く女を本に変えて昏倒させた。

 ページに載っている情報――『本名:泥母 桜美』『二十八歳六ヶ月』『初めてのキスは十四歳』『舌を入れられた』。

 『初婚は十八歳――相手は四十八歳』『スゴく強引な男』『何するのもしつこい人』『自宅に戻ったら殺されていた』『原因不明』『犯人捜索中ッ』。

 『スリーサイズ』『ダイエットを四度試みたが失敗』『二度目の結婚は三十九歳が相手』『夫はいずれも半年以内に死亡』『何も取らない不思議な強盗』――。

 

(これ以上ないぐらい怪しい経歴だな……だが……)

 

 パラパラと勢いよくめくって探してみても、『スタンド』という記述が見付からない。

 かつて本人が発現して間もなく無自覚であったために露伴も気付くことができなかったということがあるが……夫の急逝に何らかの因果関係があるとしても十年。

 それほどの期間、スタンドに気付かずにいられるものなのだろうか?

 いや……いずれにしても彼女は、少なくとも『遺産目当ての殺害』への自覚があって誰かとの結婚に踏み切っている訳ではないのは確かだった。

 

(よっぽど流されやすい女のようだが……そのへんのプライバシーは少年誌には載せられないから割愛するとして……――なんだと?)

 

 そのページの縁は血痕で彩られていて、異様だった。

 そこにも、びっしりと……。

 

 『幸せになりたい』『ルールに反してはならない』。

 『幸福の三ヶ条』『躾け』『ルール①脱いだ靴も脱いだ服も整える。すべてキッチリ。ミリ単位までッ』『旦那様に心を込めて』――。

 『ルール②「ありがとう」「おはよう」「おやすみ」は大きな声で』『躾け』『清々しい日常は大きな挨拶から』『「おかえりなさいませ」は忘れずに絶対ッ』『一家の主人!』――――。

 『ルール③』『相手の話は黙って聞く』『でも相づちも必要ッ熱心に』『躾け』『痛いのはイヤ』『ルールはルールッ』『ルールを守れば愛して貰えるわッ!』『わたしは幸せになりたいッ』――――。

 執念とも、言うべきか。

 米粒に般若心経を書くスゴ腕の心臓外科医のように、人間本になった桜美のページには何度も何度も繰り返し同じ文言が記されていた。

 

「何なんだこのページは……ッ!? 『愛されるルール』ッ!? いやッ、これはスタンドの条件なんかじゃあないぞ……それに『躾け』だと!? まさかこの女――」

 

 咄嗟に廊下に倒れている女のワンピースの長袖をめくって、露伴は頬を凍らせた。

 日焼けしていないナマっちょろい白さの桜美の腕に……『棒で殴られたような痕』『拳で叩かれた痕』『タバコ痕』『アイロン痕』など無数に青痣や赤痣、黄痣や火傷痕が浮かんでいる。

 確認はしなかったが足の方もそうだろうし、脱がせてみれば胴体はもっと酷いだろう。

 空気が冷えていく感触があった。

 

「こ、この家……言われてみたらおかしな雰囲気だったッ! 玄関の靴も、コートかけの空ハンガーも、廊下の額縁までも定規で測ったように神経質に整えられている……! まさか、そう『躾け』をしたって言うのか……!? この女のことをッ」

 

 小奇麗な、そして歳に似合わぬ愛の巣かと思ったが――。

 ひょっとしたらここは『檻』なんじゃあないか?

 『標本』や『水槽』のように、手に入れた女を閉じ込めて折檻する飼育箱なんじゃあないか?

 廊下の内装を見回す。

 清潔感のある綿製カーペット、黒い靴箱、コートかけの空ハンガー、畑の風景画の額縁、廊下の小物棚――――整理整頓されていた室内の意味が反転するようなおぞましさを露伴は感じていた。

 そして、

 

「ただいまァ〜〜〜〜〜〜……『今』帰ったよぉぉぉぉ〜〜〜〜〜〜〜ん!」

 

 背後の玄関で扉の開く音がした。

 声の主は男。間違いなく、家主である市岸(いちぎし)永康(ながやす)だろう。

 靴とコートを脱ぐような気配ののちに、

 

「お〜〜〜〜〜〜い、『返事』はないのかァァァ〜〜〜〜〜〜? それに桜美ちゃんは危なっかしいから『鍵をかけるように』って何度も何度も何度も言ってるよなァ――――――……」

 

 ――『「おかえりなさいませ」は忘れずに絶対ッ』『一家の主人!』。

 

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