刀使ノ巫女 笑顔の守り人   作:桜庭カイナ

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お久しぶりです。少し仕事やプライベートでゴタゴタがありましたが、なんとか元気です。では、どうぞ


第十五話

「行きなさい……あのお方の御為に」

 

夜見はいくつもの古傷がある左手首に水神切兼光の刃を押しつけゆっくりと引く。人間であれば誰しも身体に流れている赤い血が滲み、そして蝶形の小型荒魂の群れが噴き出して月明かりで照らされた雨上がりの山奥から飛び去っていく。

 

「夜見さん、大丈夫?」

「問題ありません。藍華さんが親衛隊に配属される前から、私の役割は荒魂を使役しサポートに行うことでしたから」

「……そっか」

 

隣にいる藍華を夜見を気にかけた言葉は本人に素っ気ない返答で終わる。

藍華は短い返事をすると、夜見の荒魂達が月下の夜を群れを成して飛んでいく光景をぼんやりと眺めながら、数時間前の真希達によるブリーフィングを振り返る

 

 

 

 

「舞草(もくさ)……?」

 

すっかり自室で眠りこけていたところに、夜見から作戦指揮室に来るよう連絡を受けた藍華は初めて耳にする組織の名前を口にする。

藍華が舞草を知らないことは予想済みだった真希は舞草について軽い説明をする。

 

「舞草とは刀剣類管理局内の反折神家派メンバーで構成された打倒折神家を掲げている危険な組織だ」

「打倒折神家ということは……」

「ええ。私たちの敵ですわ」

 

私たちの敵。寿々花の言葉に藍華の表情が微かに曇る。

 

以前に一度だけ寿々花と共に紫の警護の為に政府高官達との会談に立ち会った事があった。

聞いていて理解できない話が続き、欠伸を噛み殺そうと必死になっていると寿々花から冷たい視線を向けられたのは、今でも覚えていた。

 

藍華にとって一時間ほどの退屈な会談が終わり、紫と寿々花と共に折神家本部へ戻ろうとエントランスホールへ向かおうとした瞬間だった。

スーツ姿の議員に扮した男性二人が紫に雄叫びをあげながら突進してきたのだった。

すかさず藍華と寿々花は紫の前に立ち、無手で彼らを容易く打ちのめした。

 

寿々花はこんな大胆な暗殺を二人で行うなどあり得ないと考え、他に仲間がいないか尋問する為に拘束したが、彼らは奥歯に仕込まれていた自殺用の毒で自らを口封じしたのだった。

毒に苦しみ首元を押さえてのたうち回り、息絶えた光景は藍華の目に焼き付いていた。

 

「……それで、その舞草がどうかしたんですか?」

 

藍華は真希達の説明に集中しようと頭の中からあの出来事を振り払う。

 

「これを見てくれ。オペレーター、映像を」

 

真希がオペレーターの一人に指示を出すとメインモニターに快晴の空を飛ぶ二機の戦闘機と思われる機体が飛行している姿が映っている。

 

「先程、南伊豆山中にS装備(ストームアーマー)の射出用コンテナが放たれました。藍華さんもご存知だとは思いますが、S装備を開発し運用できる組織は折神家と刀剣類管理局以外は存在しませんわ。あるとすれば、舞草しか考えられません」

 

「そして、同時刻に南伊豆で十条姫和たちの目撃情報があった。紫様は二人が接触すると踏んで泳がせていたんだろう。これは一気にカタをつけるチャンスだ」

 

「そして、我々親衛隊に紫様より出撃命令が出ました」

 

「出撃命令……」

 

藍華の表情はさらに曇る。

真希や寿々花は紫の為に、夜見は高津学長の為なら仇なす者が誰であれ容赦はしない。

だが藍華は違う。相手は人々を襲う荒魂ではなく、自分達と同じ血の通った人間だ。

人を斬らなければならないかもしれない。そんな不安が彼女の心を更に掻き乱す。人々の笑顔を守る為に刀使となった藍華にとって、同じ人間と戦うことは自身が傷つくことよりも苦痛なのだ。

 

「藍華、今回君には夜見の護衛をしてもらいたい」

 

「夜見さんの?」

 

不思議そうにそう言うと振り返り、背後の夜見に目をやる

 

「私が荒魂達を山中に解き放ち索敵させ、発見次第獅童さんと寿々花さん両名に反逆者の確保をして頂く作戦となっています。私は獅童さんや剣崎さんのような実力はありませんので、万が一の為に藍華さんには私の護衛を引き受けていただきたいのです」

 

「それに、貴女は人間と戦うことを激しく嫌っているようですし」

 

藍華は寿々花の言葉にぐうの音も出なかった。御前試合で写シを張っていなかった姫和を躊躇いなく斬ろうとした真希を止めた一部始終を見ていた寿々花たちは分かっていた。藍華が長所でもあり戦いにおいては短所となる人一倍強い優しさを持ち合わせていることを。

 

「十条姫和たちの相手は僕たちに任せてくれ。藍華、できるね?」

 

「うん。大丈夫、夜見さんは私が守るから」

 

藍華は真希の問いにそう答えると少し微笑みながら、いつものサムズアップをして見せた。

相手が自分と同じ人間であっても、自分を歓迎し必要としてくれた同じ親衛隊の大切な仲間を守ることを優先すべきだと何度も自信に言い聞かせた。

 

「剣崎さん、頼りしています。三十分後に出撃致しますので、ご準備を」

 

「うん。あれ?そういえば結芽ちゃんは?」

 

「燕さんは待機です。彼女が出ると不必要な血が流れますので」

 

藍華は夜見の言葉に思わず苦笑いを浮かべる。

普通なら親衛隊最強と言っても過言ではない結芽が出れば、事は早くカタがつくと考えるだろう。

たが問題があり、それは彼女は交戦的かつ幼さゆえ感情の制御が効かないからだ。もし暴走してしまったら、真希達が敵と刃を交えながら結芽を制止できる保証などない。紫もそれを鑑みて結芽以外のメンバーに出撃命令を出したのだろう。そう察した藍華は苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

 

 

 

「ねぇ…薫ちゃん。エレンさんは大丈夫かな?」

「心配すんな。ああ見えて、アイツはヤワじゃねえならな。今は先を急ぐことだけを考えろ」 

 

薫と呼ばれた長船女学園の制服を纏い、桃色のツインテールを持つ小柄な刀使はエレンの心配をする可奈美にそう諭すと彼女と姫和を連れて先を急ごうとするが、そこに夜見から荒魂達が反応したと連絡を受けた真希が三人の前に立ち塞がった。

 

「流石は夜見。いい仕事してくれる。お陰で苦もなく反逆者と相対することができた」

 

 

「お前は……」

 

姫和は真希の顔をしっかりと覚えていた。自分の身体に一太刀を浴びせた刀使の顔を。

 

「折神家親衛隊第一席 獅童真希」

 

そう可奈美達に名乗ると薄緑を抜き、正眼に構え写シを張る。

姫和も千鳥を抜いて写シを張り、二人は臨戦態勢となる。一方可奈美は小烏丸を抜かず、真希を説得しようと試みる。

 

「待ってください!折神家のご当主様は……」

「大荒魂……かい?悪いが、僕は藍華のように見え透いた嘘には騙されない。紫様に仇なしたこと……そして、僕の仲間の良心を弄んだ報いを受けてもらう!」

「可奈美!来るぞ!」

 

真希は大きく踏み込み薄緑を可奈美達に袈裟懸けに振り下ろす。その太刀筋は決して変則的ではなく、真っ直ぐなものだった。しかし、それは大太刀の斬撃の如く剛剣と呼ぶに相応しかった。

その剛剣をまともに受けた二人の写シを纏った身体は袈裟懸けに斬り裂かれる。

 

「(なんて剛剣!これが親衛隊!?)」

「(チッ!ここで捕まるわけには!」

「行け!お前ら!」

 

真希の背後から薫は自身の背丈よりも何倍もの長さを持つ御刀 祢々切丸 をブーメランのように放り投げる。重々しく風を切る音を鳴らし祢々切丸を真希は体幹を横に傾け回避する。

 

「可奈美!迅移だ!」

「う、うん!」

「逃さないよ」

「ねー!」

 

大きな垂れ耳にリスのような小動物が、命中し損ねた祢々切丸の柄に蛇を模した尻尾が巻きつけて祢々切丸を真希の背後に向け投げ飛ばす。完全に虚を突かれた真希は祢々切丸に胴体を両断される。

 

「がっ!?」

 

写シが解除され生身の身体が本当に斬り裂かれたような痛みに意識を奪われそうになるり、その場で膝をつく。

 

「御刀が無いからって油断したな親衛隊。悪いが俺には ねね っていう相棒がいるんだよ」

「ねねー!」

 

ねねと呼ばれた小動物は祢々切丸を肩に担いだ薫の頭の上に乗る。

 

「……貴様……紫様の刃たるこの僕に……太刀を浴びせたな?」

 

真希は膝をついたまま静かにそう言葉を発する。

またしても逆賊達を捕らえる邪魔をされた。最初の親衛隊であり、紫の刃である自分が太刀を浴びせられた。それは彼女のプライドを傷つけ、怒りの炎を燃え上がらせた。

彼女は怒りで先程の痛みを消し飛ばし、目の前の憎き刀使に怒りの刃を叩き込むために立ち上がる。

 

「覚悟してもらうよ……!」

 

薫も写シを張り祢々切丸を構えるが、そんな事は真希は許さなかった。

怒りの剛剣は薫の身体に叩き込まれ、先程とは逆に薫が地面に伏された。

 

「さて……君には聞きたいことがある」

「くっ……ああ?」

 

真希は息を荒くしながら自身を睨みつける薫に近づき、薄緑の切っ先を向ける。

 

「今朝、射出された所属不明のS装備…反逆者両名への接触。君には舞草の構成員の疑いがある」

「はぁ?…モグサ?お灸に…興味ないぜ…」

「あくまでシラを切るつもりかい?少し痛い目にあってもらう必要がありそうだ」

「ねねー!ねー!」

 

薫の態度にイラつきを隠せない真希は薄緑を上段に構えると、ねねが薫と真希の間に割って入る。

「主人に手出しはさせない!」と言わんばかりに鳴き、真希の前に立ち塞がる。

 

「な…にを…!?」

 

薫を庇うねねが平城学館在籍時代の自分と重なり、大切な仲間達を守れなかった光景がフラッシュバックする。

 

『獅童隊長!助けてェ!』

『いやあああああ!』

 

あのとき足を負傷し、荒魂たちに群がられ身体を食い尽くされる後輩達の悲鳴が頭の中で木霊する

 

『私は必要以上に人を傷つけて欲しくなかっただけです!』

 

そして反逆者たちを取り逃した際に言い争った藍華の言葉も頭の中に響き渡り

、真希の心を掻き乱す。

 

「今だっ!」

 

動揺した真希の隙をついて薫はねねと共に崖下へと飛び降りた。

真希は崖下を確認するが、たくさんの木々以外にはそこにはなにも見えなかった。

覚悟を鈍らせ舞草の構成員を取り逃した。その事実はさらに真希の怒りを増幅させ、内なるノロが活性化し彼女の眼を紅く染める

 

「紫様に仇なす反逆者…!」

 

 

『真希さんからの要請です。偵察の数を増やしてください』

「はい……承知しました。剣崎さん、此花さんからの要請です。偵察の増援を放つようにと。ノロアンプルをこちらに」

「……うん」

 

寿々花からの連絡を受けた夜見は携帯を上着のポケットにしまうと、藍華に預けていたノロアンプルを要求する。藍華は浮かない表情で返事を返すとノロアンプルを取り出す。

オレンジ色に光る荒魂の元となるノロ。

夜見が力を発揮するためとはいえ、藍華はいずれ夜見の身に何か起こってしまうのではないかと不安の渦が広がり、手渡すことを躊躇う。

 

「……剣崎さん」

 

早くしろとの意味を込めて夜見は藍華の名前を呼ぶ。藍華は静かに頷き、夜見にノロアンプルを渡そうと手を伸ばす。だが、それは夜見にではなく第三者の手に渡る。

突如小枝が折れる音が鳴り、それとほぼ同時に影が二人の間に横切りノロアンプルを奪い取ったのだ。

 

「えっ!?」

「貰いまシター!」

 

影の正体は長船女学園の制服を見に纏い、欧米人のような整った顔立ちを持つ長い金髪碧眼の刀使だった。金髪碧眼の刀使は満足そうにノロアンプルを指で器用にクルクルと回す。

 

「貴女は…舞草の刀使!?」

「モグサ?お灸には興味ありまセーン。ちょーっと手先が器用な通りすがりの刀使デース」

「剣崎さん、荒魂で支援致します。前衛はお任せします」

「……うん!」

 

相手は刀使。だが、やらねばならない。信頼してくれる真希や寿々花の期待に応える為に。夜見を守る為に。

 

「でやああ!」

 

両者は写シを纏い、自身の御刀である微塵丸と越前康継の刃をぶつけ合う。その度に火花が散り、迅移を用いて目まぐるしい動きを見せながら刃をぶつけ合う。

夜見は荒魂を使役し、金髪の刀使に纏わり付き動きを阻害しサポートする。

 

「厄介デスね!」

 

金髪の刀使はまず後方支援の夜見をなんとかするべきだと分かってはいるが、は夜見が作ってくれた隙を見逃さず猛攻を仕掛けてくる藍華に手を焼かされていた。

 

「刀使が得意なのは剣だけとは限りませんヨ!」

 

藍華は金髪の刀使に微塵丸を切り払われ、鳩尾に体重を乗せた蹴りを見舞われる。

腕力自体は藍華が勝ってはいるが、体格は向こうが勝る分攻撃の重さはあちらが上のようだ。

 

「グッ!こっちだって!」

 

蹴りを見舞ってきた右脚を掴み、体幹を軸にし回転し数メートル先の木へ投げ飛ばす。八幡力を用いた投げは金髪の刀使を派手に木へ叩きつけ、その場で膝をつかせた。

 

「あうっ!」

「夜見さん!」

「はい!」

 

金髪の刀使は越前康継を拾い上げ立ち上がろうとするが、夜見の荒魂が顔に群がりそれらを振り払おうと必死となる。そこに藍華と夜見は迅移で距離を詰め、微塵丸と水神切兼光を袈裟懸けに振り下ろした。写シを剥がされた金髪の刀使はその場で座り込む。

 

「ハァ…ハァ…。せっかくアンプルを手に入れたのに…ちょーっとマズイデスね」

「もう写シは張れませんね。お覚悟を」

 

とどめを刺す為に夜見は水神切兼光を握りなおすが、藍華が彼女を静止する。

 

「待って、もう戦意がないならこれ以上戦う必要はないよ」

「しかし私の命令は反逆者両名の偵察に、それを邪魔する脅威の排除です」

「 排除 と 殺す のは違うよ。それに、この人はもう脅威じゃ……」

 

藍華が夜見を説得していると突如、重々しく風を切る音が背後から鳴る。藍華が振り向くと同時に金髪の刀使が座り込んでいる木と、写シを張っている藍華の身体が真っ二つに両断された。

 

「うああっ!」

「剣崎さん…!」

 

写シが解け、倒れ込みそうになる藍華の身体を夜見は受け止める。

 

「生きてるな、エレン」

「薫!」

 

エレンと呼ばれた金髪の刀使はS装備を纏い、駆けつけてくれた薫の名前を叫ぶ。そこには日和と可奈美も一緒だった。

藍華は完全に気を失い、相手は四人に増え状況は一気に劣勢になった。この状況を単独で覆すのは不可能だと夜見は理解していた。

 

「さあ……降参しろ。お前たちに勝ち目はない」

「終わり?ほんとうにそうでしょうか?」

 

夜見は藍華を木陰にゆっくりと横に寝かせると、隠し持っていたノロアンプルを指の間に挟んだ状態で取り出す

 

「(私は…何者にもなれなかった。あの方から受け取った力がなければ…。あの方の為なら…私は…!)」

 

夜見は八つのアンプルを強く首に刺しノロを投与する。彼女の周りに黒く禍々しいモヤが巻き上がり、それは彼女を飲み込んだ。モヤにふれた草木は枯れて、地面へと舞い落ちる。

モヤが晴れるとそこには夜見がいた。だが、それは人とは呼べない姿へと変貌していた。

 

左目には黒いツノが生え、そこには巨大な目玉がギョロリと薫達を捉えていおり、唯一無事である右眼は虚で正気を失っている眼だ。

 

「なんだ……ありゃ……」

「(これが手紙にあった人体実験……。人はこんなにおぞましくなれるものなのか……)」

 

「があああああっ!」

 

獣のような雄叫びを上げると、夜見は薫達へ突進しあたり構わず水神切兼光を力任せに振り回す。無茶苦茶な動きから放たれる斬撃は速く重く、薫と姫和を切り裂く。その動きは身を守ることを捨て、対象を排除することしか考えていないようだった。

 

「グッ!」

「なんっつう力だよ!」

「こっちだよ!」

 

2人から夜見を引き離す為に可奈美は叫ぶと、巨大な目玉が彼女を捉える。

夜見は可奈美に水神切兼光を振り下ろし防御させると、首を掴み彼女の身体をそのまま持ち上げる。

 

「がはっ!あうっ!」

「ぐぎゃああああ!」

「(ほんとうに人が……荒魂にっ!)」

「斬れ可奈美!そいつはもう人じゃないんだ!」

 

このままでは可奈美は首を折られてしまう。それは可奈美も分かっていた。だが、あの時言ったのだ。自分は人は斬らないと。首はみるみる締まり、息すらできなくなり始めた時

 

「夜見さん!」

 

いつの間にか目を覚ました藍華は夜見に体当たりし、可奈美から引き離す。解放された可奈美は地面に転がり激しく咳き込む。

 

「ぐがあっ!」

 

藍華を振りはなそうと夜見は激しく暴れるが、藍華は八幡力を用いて夜見を押し倒し地面押さえ込む。

 

「夜見さん!ダメだよ!自分であることを捨ててまで戦っちゃダメ!夜見さんの帰りを待ってる人達がいるんだよ!夜見さん!」

「がぎゃああああああ!」

 

藍華は必死に呼びかけるが、ノロの力に呑まれている夜見には届かなかった。夜見は対象の排除の邪魔をする藍華の腹部に水神切兼光を突き立てた。

 

「がっ……うう……」

 

藍華の背中から真っ赤に染まった水神切兼光の刀身が顔を出し、彼女の親衛隊制服も赤黒く染め上げていく。だが、藍華は夜見を離さなかった。夜見が苦しんでいたからだ。

 

「うう…があ…あああっ…」

 

夜見の身体から黒いモヤが現れ、角の目玉がギョロギョロと激しく動き回まわり、身体を激しく痙攣させ、目から涙を、口から唾液を垂れ流しながら苦悶の表情を浮かべていた。

夜見を救いたい。その強い思いが藍華の意識を繋ぎとめていた

 

「…夜見さん…大丈夫… 今日は…休んで?夜見さんは…頑張ったよ…私は…分かってるから…」

 

腹部を貫かれながらも、藍華は微笑みながら苦しむ夜見を優しく抱き寄せる。

すると青白い光の粒子が藍華の身体から現れ、夜見の体を包み込む。夜見の左目から生えたツノが粒子に触れると、まるで水に溶ける氷砂糖のように溶けていき、水神切兼光を振り回して自身まで切り裂いた傷も消えていった。

光の粒子が消えた後には皐月夜見は人の姿を取り戻していた。

 

「けん…ざき…さ……ん」

「夜見さ…ううっ…」

 

二人はお互いの名を呼ぶと気を失い、地面へと伏した。

 

「今のは……剣崎さん!」

 

可奈美達は藍華達の側に駆け寄り、容態を確認する。

 

「こっちは大丈夫みたいだが、刺されたソイツはヤバそうだな……」

 

藍華の身体には水神切兼光は刺さったままで、出血はさらに地面にまで達し赤黒い水跡を広げていた。

 

「なんとかしないと!」

「可奈美!急がないと他の親衛隊達が駆けつけてくる!今は他人の心配をしている暇なんてない!」

「でも!」

「私たちにできることはない!親衛隊の仲間に任せておけばいい!」

 

姫和の言うことは最もだった。医療キットどころか絆創膏ひとつない可奈美達に藍華に処置することはできない。さらに目的のために今ここで捕まるわけにはいかなかった。

 

「……剣崎さん!ごめんなさい!」

 

そう言い残し、可奈美達はその場から立ち去った。その数分後真希達が救護班を率いて藍華達の到着した。夜見と腹部を御刀に貫かれた状態で力なく横たわる藍華を見た真希と寿々花は血相を変え、彼女のもとへ走り寄った。

 

「夜見!藍華!」

「藍華さん!私の声が聞こえますか!?藍華さん!藍華さん!」

 

二人は藍華と夜見の名を叫ぶがピクリとも反応しない。その後、救護ヘリに乗せられた二人は折神家が管理する医療施設へと移送された。

山狩りは反逆者を逃した挙句、親衛隊の一人が重傷を負うという失敗に終わった。




不思議な力を発揮した剣崎藍華。次回はその秘密に迫ります。

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