鬼を滅ぼさんとする精鋭の剣士で構成された鬼殺隊の中でも最高位とされている『柱』の強さは別格である。
柱に成る為の条件は鬼50体を討伐するか、元凶『鬼舞辻無惨』の血が濃い最強の鬼たち『十二鬼月』を討伐することだが、どちらも至難を極める所業だ。
十二鬼月の実力はまさに人外で、身体能力は勿論その血鬼術は複数の村を一晩で滅ぼせるほど強大である。これに対抗するには人間もその枠を超える力を身につけなければならない。力・速さ・技術・判断力・継戦力・指揮力全てが揃ってこそ『柱』が『柱』たる証明と言えるだろう。
現在の柱は九人。
炎の呼吸の煉獄。風の呼吸の不死川。水の呼吸の冨岡。岩の呼吸の悲鳴嶼。この基本の型を扱う四人に加え、派生した呼吸を持つ胡蝶・甘露寺・伊黒・宇髄・時透の五人だ。
中でも長年柱を務める悲鳴嶼と最年少で就任した時透は特筆すべき才能である。
柱はその強さ故最も戦いに赴き激務に追われている中での皆が揃う柱合会議は余程特別で無ければ開かれることはない。だからこそ集められた柱たちは戦いとは違う緊張感を張り詰めていた。
(お腹すいたなぁ・・ってダメダメ!!私ったらこんな時まで食い意地張って!皆真剣な顔してお館様待ってるのに!)
・・訂正。一名だけ弛んでいた。
塵一つない、と形容してしまうほど浄く品のある屋敷。その庭で柱たちは己らの主、産屋敷耀哉を伏して待つ。そして程なく縁から覗く和室の襖から産屋敷が子供に連れられ柱の前へ姿を現した。
「皆すまないね。多忙の中集まってくれてありがとう。」
「いえ、お館様のご壮健な姿を拝見することができた事、大変嬉しく思います。」
代表して不死川が敬意を払う言葉を宣った。
「ありがとう実弥。今日は君たちに会ってほしい子がいるんだ。」
「?」
「その子はね。鬼殺隊の隊士ではないのだけれど、非常に有益な情報を持っている故呼び寄せたんだ。」
産屋敷の言葉に柱が僅かに騒つく。
「隊士でもない人間がここに・・・?一体どういう事でしょう?」
胡蝶がそう口に出した言葉は皆が思うことであったが、その疑問が解かれぬままにその人物が『隠』二人に連れられこの空間に入ってきた。
「し、失礼致します!!ハァッハァッ・・・霜月揃十郎殿をお連れ致しました!」
息を切らしながらゾロを背負った隠が彼に巻いていた目隠しを抜き取る。
半日近く目隠しされていたので晴天の光にゾロは目を細めた。
唐突に現れたゾロの存在に柱は自然と最低限の警戒をかけるのは仕方がない。ここは鬼殺隊の本陣。何事が起ころうとも主を守れるよういつでも刀を抜き出せるよう構える。
この九人の視線を当然ゾロは気づく。
(・・・なるほど。これが爺さんが言ってた柱か。確かに並の使い手じゃねえ。)
見る限りそう年齢も変わらないであろう柱の面々の雰囲気から度合いを感じ取れた。
そんな柱に目がいっているゾロに産屋敷が声を掛ける。
「やぁすまないね。遠路遥々ここまで来てくれて。元鳴柱から話は聞いてるよ。」
「構いやしねぇよ。俺も目的あってここに来たからな。」
ゾロはよっ、と立ち上がって縁に座る産屋敷と目線を合わせる。
産屋敷の火傷のような痕がある顔、此方が見えているか定かではない瞳。しかし彼が纏う神妙さに今までに体験したことのない圧を感じた。
すると柱の方から明らかに威圧する視線を浴びる。
「テメェ・・お館様に何舐めた口聞いてやがる!!」
立ち上がった不死川を筆頭に各柱たちがゾロを睨みつけていた。
「・・・俺が何かしたか?」
「ああ?てめえのその態度はなんだ?ここは鬼殺隊の本拠地。そしてお館様はここの当主だ。その不遜な態度、許されるわけないだろぅが!!」
最高戦力である柱は特に産屋敷には絶対の忠誠を誓い、絶対の信を置く。訳の分からぬ男が突然現れ主に対して敬意の欠片もない態度をとれば噛み付くのも致し方のないのかもしれない。最も口に出して威嚇してくる者は不死川以外はいないが・・。
「別に俺は鬼殺隊の剣士じゃないし、そう言われる筋合いはねぇな。」
「なにぃ!!」
「いいんだ実弥。彼は客人だ。畏る必要はないよ。」
「・・・御意。」
産屋敷が割って入ると不死川は大人しく引き下がる。
「揃十郎。今日君に来てもらったのは他でもない君と戦った上弦との事を教えて欲しいんだ。」
そう産屋敷が話の主題を持ち出すと、この空間に衝撃が走ったかのように柱たちが騒ついた。
「何!?上弦だと!?」
「この百年姿を確認できていない上弦と戦った!?」
「なんだ急に。喧しいな。」
「派手な嘘ついてんじゃねぇ!!ならばなんでこいつが生きてやがる!柱でもなければ鬼殺隊でもねぇ男が!!」
まず第一声が信じられないといった疑問の声。それまで静観していた者たちも立ち上がり大声を張り上げる。
「お館様。・・それは先程仰った元柱からの話なのでしょうか?」
中でも冷静な時透が産屋敷に尋ねた。
「そうだね。」
「お館様!その話真に信用に値する話でありますか!上弦とは数多の柱が葬られ、確認できた者に生存者が居らず手掛かりもないというのに、ただの男が生き残ったなど!!」
しかし煉獄等男性陣はこれに疑問を投げかける。
「私の姉が上弦の弐を確認してはいますが・・・。」
蟲柱の胡蝶しのぶの姉、元花柱の胡蝶カナエのみが姿をしのぶへと口伝しているが、彼女もまた殉職して世にいない。
(ええ〜・・ホントなら凄い事だけど・・・。でもあの子すごく強そうだし嘘じゃないかもしれないわ。それに柱の皆んなに詰め寄られても動じないなんて素敵じゃない!)キュン
明後日の方向を考えている甘露寺は他所に、ゾロは産屋敷にその時の状況とその鬼に特徴を促された。流石に散々慈悟郎に問われたので流暢に説明できた。
「痣がある六眼の鬼の剣士か・・・。」
「上弦に達するほどの強さだ。よもや元は鬼殺隊の剣士ではあるまいな!」
ゾロの現実感ある内容に一応はゾロの証言を信じるように悲鳴嶼がフッと吐き出すように呟き、煉獄が無駄にデカイ声であってはならぬ予想を口走る。だが伊黒や不死川は眉間に皺を寄せ訝しむ。
「待て待て待て・・。まさかこんな男の話を信じるというのか。馬鹿を言うな。信じられるわけない。嘘の塊。それかどこかで話を盛っているに違いない。」
「俺も同感だァ・・。」
伊黒の疑り深さからすると当然の疑念である。特別の修練を受けていない者がこれ程の事ができる訳が無いと。鬼に一層の憎しみがある不死川も自分でさえ未だ遭遇していない上弦とやりあったなど、簡単に認められない。
しかし、これが真実。信憑性のある話だと産屋敷が決定づける。
「彼の話は本当だよ。当家に伝わる記述に痣を持つ剣士について記されている。鬼舞辻をあと一歩追い詰めた始まりの呼吸を持った剣士たちには痣の紋様が顔に表れていたとね。」
「「!!??」」
産屋敷の一言に皆が大いに目を開かせた。
「ま、まさか・・お館様!ではこの話の鬼の剣士とは!?」
「始まりの呼吸の剣士の可能性が高いね。」
「そんな馬鹿な話が・・・。」
始まりの呼吸・・・・それは代々受け継がれてきた呼吸法の開祖にあたる。つまり黒死牟はその内の一人の可能性があると推察でき、この事実を知らないゾロでは決してこの特徴が出てくるわけもない。
「我々の技を極めた者が鬼につくなど、最早我々の存在意義すら揺るがす失態!!今も存命しているかと思えば腑煮え滾る思いだ!!」
人一倍正義感と歴代炎の呼吸を継いできた家督の煉獄は怒りの炎を纏わせる。
一方、伊黒はコレを受け、また別の疑念を持った。
「確かに開祖が鬼となれば上弦だというのも納得できる。しかしそうであるなら益々信じられない。どうやったらこの男は生き残ったというのか。俺はこの男がこの情報を餌にまんまとこの場に潜り込んだ鬼の間者という見方もできるがな。」
自分の理解の範疇外のことに拒絶感が強い伊黒の思考は他と違ってかなり捻くれているが、確かにこの話を信じたのであれば益々ゾロがどうやって生き残ったのか、その理由が知りたいのは必然。
しかし、目隠しをしながら半日もかけてやって来ては自分の言った事にケチをつけられまくる事にいい加減ゾロも腹が立った。
「そう思いたいなら、勝手に思っとけ。第一ソイツは俺が斬る。お前らは引っ込んでな。」
「なんだと!?」
「柱だろうが関係ねぇ。全員束で掛かっても殺されるだけだ。ソイツにな。」
挑発的なゾロの言葉に比較的温和な胡蝶でさえ殺気をゾロに差し向けた。
「おもしれぇ・・!ならテメェ程度がどれほどのもんか見せてもらおうか!」
そしてこの中で最も沸点の低い不死川が刀を鯉口から抜く。何かの拍子があれば一瞬で剣戟が鳴るだろう。
「だ、ダメよ不死川さん!?お館様の前!?お庭汚れちゃうわ!」
(其処なのか、甘露寺。)
甘露寺が不死川を遮り、冨岡は心の中でツッコんだ。
そしてヌッと悲鳴嶼が流れを割るように産屋敷に問うた。
「お館様。失礼ながら今の話であればわざわざこの男を呼ぶ事なくお館様のお口から申して頂ければ済んだ事と思います。この男を呼んだ本当の理由をお教え頂けないでしょうか?」
思慮深い悲鳴嶼はゾロの挑発を受け流し、懇々と産屋敷に体を向ける。
「そうだね。実は君たちに頼みがあるんだ。彼を鍛えてほしい。柱である君たちと戦えるほどに。」
「・・やはりそうでありましたか。」
「俺たちが此奴を?今まさに我々を侮辱した此奴を!?」
産屋敷からの頼みとはいえ納得がいかない不死川が抗議の声をあげた。
「確かにさっきのは口が過ぎたね揃十郎。教えを請いたいのであれば鬼殺隊に入るという事になる。なら敬意を持たないといけないよ。」
「・・・わかったよ。口が過ぎた。」
何だか親に怒られたような気分になったゾロは思わず謝意の言葉を口に出した。
(なんだ此奴・・何故か素直に言う事を聞いちまう。)
「彼が呼吸を覚えれば相当な力になる筈だ。元鳴柱から揃十郎は炎の呼吸、岩の呼吸に適しているだろうと聞いている。この中では行冥と杏寿郎、派生である蜜璃がそうだね。彼を指導してくれないか?」
炎の呼吸は攻撃力が高く、王道の剣。岩の呼吸は力技に特化した超攻撃型だ。ゾロも慈悟郎から聞いていたのでこの二つのどちらかを習得するつもりであったが、一つ引っ掛かった。
「派生?」
「学んだ流派を独自で変化させた呼吸の事だ。甘露寺は炎の呼吸からの派生になる。」
伊黒の蛇の呼吸が水の呼吸からで胡蝶が水の派生を更に派生した蟲の呼吸、宇髄は雷から音、時透は風から霞、といった様に甘露寺も派生の呼吸を持つ。
「あんた呼吸はなんて言うんだ?」
「え、こ、恋の呼吸だけど・・・。」
「は?」
・・・・・・・・。
「ブハハハハハハハハハ!!!!派手にオモシレーじゃねぇか!!!おい甘露寺!教えてやれよ恋の呼吸!!此奴が恋とかめっちゃ笑え・・っイッテェエエ!!!何すんだ伊黒テメェ!!」
「黙ってろ!!」
「す、すまん・・。」アセ
一瞬の静寂の後、宇髄が爆笑して冷やかすと伊黒が割とマジで拳骨を宇髄の頭に振るった。
いつにも無く感情が溢れ出ている伊黒に宇髄は素直に謝る。
(は、恥ずかしい!!なんか私だけフワッとしていて意味分からないもの!?)
そして軽く引いているゾロに羞恥した甘露寺は両手で顔を隠して悶え出した。まぁ派生の呼吸については本人の特性や主観で命名するものなので確かに鬼殺隊に恋人を探している甘露寺にはピッタリなのだが、改めてこう振り返ると心にクルものがある。
「・・・炎か岩のどっちか、か。」
(((流したな。)))
聞かなかった事にしたゾロは少し考えた後、悲鳴嶼が持つ雰囲気から判断して一つ聞いた。
「あんたにお願いしたい。あんたがこの中で一番強いんだろ?」
せっかく学ぶのであれば隊最強から学びたい。それにゾロのモットーは豪剣こそが王道。力が個性の岩の呼吸が最も適していると考えていた。
「うむ!話の流れ的に俺たちが決める側の筈であったが、悲鳴嶼殿がこの柱の中で最も任期が長く達者である事に間違いはない!」
いつの間にかゾロの指名制になっている事に疑問はあるが煉獄がゾロの問いに答えた。
「・・・お館様からの頼み断る訳にはいくまい。いいだろう。技を教えるとしよう。」
教えを請う相手が大人の悲鳴嶼であったため、割とすんなりと決まった。
(お館様が自ら柱に継子を勧めた男だ。それほどに潜在能力が秘めているのか・・・また別に何かあるのか。・・・どちらにしろ鬼殺隊の戦力が上がるというのならこれ以上の事はない。)
「まぁ、自分に関係無ければ何だっていいがな。」
「チッ!!」
気に入らない伊黒と不死川も関わり合いが無いならもうこれ以上言及する事はなかった。
「みんな悪かったね。これでもう要件は終わった。今日はこれで解散しよう。」
『御意。』
短くも濃い今回の柱合会議が終わった。
ゾロという新たな火種が生まれたが、これから如何様になるのか。悲鳴嶼だけでなく、柱のほとんども彼に興味が湧いている。只の有望株程度では産屋敷に呼ばれる事は無いのだから。しかし産屋敷がゾロを招聘した本当の目的をわかった者はいなかった。
産屋敷は重い体を床にしまうと、昔見た文献を手に取りゾロの顔を思い浮かべる。
(行冥には悪い事をしたね。本当は私が彼の姿を見たかっただけなんだ。・・・霜月か。鬼舞辻を滅する力になってくれる事を信じているよ。)
こういう時富岡さん存在感なくすよね。