凩に着込んだ着衣が靡くこの寒空。体を温めるべくゾロは道すがらにあった茶屋で熱い茶を一杯と口寂しさから団子を五本を店主に頼んだ。
「う〜〜・・ここらは東京だってのに岩柱のとこ並みに寒ぃや。」
鎹烏からの伝令で奥多摩までやってきたゾロ。
半年と少し岩柱である悲鳴嶼との修行も終わり、鬼殺隊として入隊を果たしていた。
「いやいやお客さん。今回はお代持っていらっしゃったのかい?」
品を運んできた店主は数年ぶりに来たゾロに少し嫌味げに聞いてきた。その言葉に少し惚けるゾロだったが、何拍かして思い出したかの様に苦い顔を浮かべた。
「・・今回はちゃんと持ってるよ。」
懐から小銭が入った巾着を見せると「確かに」と店主は顔を綻ばせた。
「なんだい?職につけたのかい?」
「まぁ、そんなもんだ。ったく、まさかまたここに来るとは思ってなかったぜ。」
「ここには何用で?」
「・・・・ちょっとな。」
烏の伝令ならば当然鬼の所在地目指してここまで来たのだが、政府非公認を理由に表立って動けない鬼殺隊の仕事を一般人に話すことはあり得ない。当然ゾロは言葉を濁した。
数年前ここを訪れた時は武者修行をして二年は経った頃だったか。当然金もなく当てもない流浪の旅をしていた頃をゾロは思い出した。
◆
『お客さん・・もう、串五十本は食べてますが、お代は勿論御座いますよねぇ・・?』
『ハグハグハグ・・・・・・・。親父、ツケといてくれ。』
『い、いや・・お客さん。初見のお客さんにツケも何も・・・。』
店主はゾロの腰に差してある三本の刀をチラリと目を向ける。
大正のこの時代に刀を差す明らかに普通ではない男に店主はそれはもう困惑する。警察を呼ぶなどを脅しになんとか金銭を引き出そうにも、違反行為を堂々とするこの手の輩は正論を吐こうものなら逆切れして暴れ出しかねんと店主は危惧していたのだった。
『金ができたら返すよ。約束する。』
『わ、わかりました・・。いずれお願いします・・・。』
全く確証も無い約束もゾロの鋭い目つきから渋々店主は頷くしかなかった。
久々に腹が満たされたゾロは儲けたとばかり店を出て山道を闊歩する。本当に金が一銭も無かったので何とか誤魔化して有耶無耶にできないかと思っていたら意外とあっさり店主が下がってくれたので助かった。後々縁があれば返しに来るか、程度に思っていると後ろから自分を呼ぶ声がしつこい位に聞こえてきた。
『すみませーん!!そこの髪が緑色の人ーー!!待ってくださーい!!』
『なんだ・・?』
後ろを振り返ると、炭を背負った少年がこちらに走ってきていた。
『あなたさっき!茶屋で無銭飲食していましたね!店主さんがホトホト困っていました!支払いをちゃんとしてあげてください!!』
少年はあまり見ないほどに実直な瞳をゾロに向ける。
『無銭飲食は人聞きが悪りぃな。あれはツケだ。店主も承諾してくれたぜ?』
『そんなわけがないでしょう!五十本ですよ!?五十本!!串が一本どれだけの稼ぎになるか知ってますか!?贔屓客ならともかく初めて来た客にそんな量ツケるわけがないじゃないですか!』
店主が先程引っ込めた正論を少年は止めどなくゾロにぶつける。その勢いは収まることなくゾロを攻め立てた。
『そんな刀なんて引っさげたら誰だって萎縮してあなたの言うことに頷くに決まっています!本意な訳がありません!この道を戻って支払いをしてあげてください!』
町では真面目で心優しいと専ら好かれているこの少年は道すがら困っている様子の茶屋の店主に事情を聞いて駆けつけてきたのだ。
ゾロとしても自分より年下の少年にこうまで言われては何の言い訳もしようがなかった。
『支払いってもな・・・・金がないんだからしようもないんだけどな・・。』
歯切れが悪そうに答える。
『何で?』
『何で・・って。無いもんはしょーがねぇだろ。』
『だから何でお金がないのにお店に入ったんですか?』
『は、腹が減って死にそーだったんだよ!いい匂いに誘われて頼んじまったら歯止めが効かなくなっちまってな・・・・。』
どんどん情けなく思えてきたゾロに少年は悪気がなかったんなら仕様が無いと納得はした。
『なら謝りに行きましょう。一緒に行ってあげますから!』
『は!?』
『大丈夫!俺も弟が悪さした時一緒に謝罪しに行ったりして慣れてますから!長男なんで!』
『お前が長男とかしらねぇよ!?さっきからお前はどの立場から俺に物言ってんだ!?』
自分を弟と同列に考え出した少年にゾロは激しくツッコミだす。
『注意することに年上も年下も無いですよ。でもあなたがやっている事は人として間違っていると思うので、そこそこに上から言わさせてもらってます。』
『・・・。』
『あ!それとお金が無いんなら、店主さんに何か役立つ事をしてあげましょう!お皿洗いだとか、お客さんの呼び込みとか手伝ってあげるんです!』
自分の意見が正しいと思ったら聞く耳を持たないタイプの少年はゾロが許してもらうための提案を上げ出した。
彼の言う事は正しい。清々しい程に正しい。だが、悪人でもなければ善人という訳では無いゾロにとってこの少年は肌の合わない部類の人間だ。
『んなの聞いてられっか!』
『あ!?逃げた!!』
そんな面倒くさい事に付き合ってられないとゾロは脱兎のごとく逃げ出す。しかし・・・・
『見つけた!!』
どんなに隠れようとも隣町まで行こうともこの少年に見つかってしまうのだった。
この少年が言うには鼻がすこぶる良いため、臭いを辿ればよっぽど遠くに行かない限り探し出せるらしい。ゾロを見つける度ドヤ顔していたのにはそんな理由があった。
流石に観念したゾロは渋々少年に付いて行き茶屋の店主に謝罪と手伝いを申し出た。店主としては銭は貰えない上、変に関わるのも嫌だったため謝罪を聞けただけ良しとし、今回はこのまま許す事にしたようだ。
『ほら!世の中正直に謝ったらどうにかなるもんですよ。でもこんな事は今回でお終いにして下さいよ!』
『ヘェヘェ。わかったっての・・。』
『はっ!?そうこうしているうちにもう日が暮れる時間だ!?全然炭売ってない!?』
『お前の家炭焼き屋か?』
『ええ。はぁ・・今日はしょうがない。帰ろうかな。』
ガックシと肩を落とした少年にゾロも罪悪感を何となく感じる。
『あ、そういえば名前まだ名乗ってなかったですね。俺、竃門炭治郎って言います。』
『・・・霜月揃十郎だ。』
『霜月さん、流浪の旅してるんですよね?お金も無いんじゃ宿にも泊まれませんし、家来ませんか?歓迎しますよ!』
『んな気使わなくていいよ。というか何でお前俺に対してそんな無警戒なんだよ。この腰の刀見たら普通は警戒するもんだぜ?』
ゾロは刀を指差し炭治郎に問う。
『さっきも言ったけど俺鼻が利くからその人がいい人かどうか分かるんです。だから霜月さんが本当はいい人だって事は初めから分かってました。じゃなきゃあんな気軽に話しかけたりしないですよ!せっかくの縁ですしホラ!』
『どういう原理だよ。そりゃ・・。』
結局炭治郎の善意のゴリ押しに負けたゾロは山奥の炭焼き小屋へと招待されるのであった。
炭治郎は母と五人の兄妹の大所帯の長男で十二歳で稼ぎ頭だ。彼が帰ると皆が父親の仕事帰りを迎えるように彼の帰りを出迎えた。
ワイワイと賑やかな夕食、母と長女の禰豆子が作った料理が食卓に並ぶ。ゾロはというと年少の竹雄と茂に質問責めされていた。
『剣一つで修行の旅とかカッケー!!』
『最強の剣士かぁ。そういうの憧れるなぁ〜!』
男児にはゾロの生き方が琴線に触れるのか早くも大人気になってしまった。茂に至ってはゾロの膝の上に座る始末だ。
『あはは。お兄ちゃんが連れてきた人だからこの子達も壁がないんですよ。』
炊きたての米をお椀によそった禰豆子は笑いながらゾロへと手渡す。
『ウチはそういうのとは無縁だから面白いんですよね。』
炭治郎が言うように職業柄村から離れた空間で過ごす幼子にとったらゾロは何から新鮮だった。確かに竃門家に戦いや武器なんてものは似合わない。
そしてゾロにとって竃門家の雰囲気は大分久しい感覚だった。家族睦まじく円卓を囲むこの安らぐ雰囲気は親友くいなが死んで以降なかった事だ。張っていた緊張の糸もこの時だけは緩めて心を休めた。
◆
「懐かしく感じるぜ。たかだか二年前のことなのによ。・・・それだけこの半年地獄を見たってことか・・。」
思い出した記憶を辿ると悲鳴嶼との修行を思い出し若干吐き気を感じたが、折角なので炭治郎の家にでも寄ってみるかと腰を上げた。
「親父。あの炭焼き小屋の道どっちだった?」
「・・・行ってどうすんだい?」
「ちっとは挨拶でもな。」
「あそこには誰もいないよ。」
店主は言いずらそうに下を向き答えた。
「いない?引越したのか?」
「いや・・・・殺されたのさ。」
積もる雪を踏みしめながら山を上がると、そこには見るも無残に朽ちた炭焼き小屋があった。
少なくとも数年は腐朽しているだろう家屋を見てゾロは目を見開く。中を覗くと土埃で目立たないが大量の血痕が見てとれた。
そしてすでに遺体は無く、庭には供養した形跡が見られる五つの墓が建てられていた。
『町の奴らもさ、炭治郎や禰豆子ちゃんらの姿を長いこと見てなかったから不審に思ってたんだ。そんで馴染みの奴が見に行くとそりゃあ凄惨な現場だったらしい。・・でもおかしな点があったんだよな。建てられてた墓は五つ。だったらあと二人は生きてるはずなんだ。でもその二人も見かけた奴はいないって話だし・・・。』
店主の話は正しかったようだ。
あれだけ温かい家族。あれだけ幸せを分かち合う家族がこんな末路にあってしまう。この世は残酷で余りに無情だ。
親友を亡くした時のようにゾロは胸を締め付けられた。
酒の味も知らぬまま逝ってしまっただろう子供たちを想い、ドボドボと名も無い墓に酒を浴びせ彼なりに供養をし、この場にはいない二人が生きていることを願って手を合わせた。
そして黙祷が終わり次第刀に手を掛けた。
ゾロの気配を察知する感覚の鋭さは常人のソレを遥かに超越している。今はまだ目視できる距離には姿は見えないが、今回の任務の対象が視線の先にいる。彼方さんも当然気付いている様子でこちらに向かっている。
今回の任務、<山梨と東京の県境にかけて鬼に村が襲われている。討伐せよ。>だ。奥多摩は県境になる。件の鬼は今こちらに向かっている鬼である可能性が高いだろう。
「ブハハハ!!刀持ってるなぁ〜〜!しかも三本も!!中々欲張りな剣士もいるもんだ!」
姿を現した鬼の体躯は六尺は超えるほどに大柄で頭に生えた二本の角に特徴を持っていた。
「しかし運が悪かったなぁ。俺が相手じゃ生き残る事は諦めなきゃならんからなぁ。なんせ俺はすでに五十を超える人間を喰ってる。その辺の雑魚鬼とは三つは格が違う。」
この鬼の被害を被ったのは峡谷の里や交通が乏しい村ばかりだったため、鬼殺隊に情報が入るのが遅れ被害は甚大だった。
「おい・・・ここの墓の人間を喰ったのはテメェか?」
ゾロは抜いた刀で墓を指し鬼に問うた。
「・・いや、残念ながら俺は北西から来てここらはつい最近来たところだ。それになんでも鬼のせいにするのは良くないぞ?人の方が鬼よりよっぽど人を殺しているのだからな!」
薄気味悪い笑みを浮かべながら鬼は無造作にゾロへと突進した。
「ま、正論だな。」
ゾロは刀を二本抜き鬼をどっしりと待ち構える。ゾロが携えるは二本の日輪刀。純白に輝く美しい刀身だ
「受けるつもりか!人間ごときが力でワシに適うとでも!!」
鬼は大木と見紛うほどの腕を振り下ろす。五十人を喰った鬼の皮膚と筋肉は硬く重い。一般隊士なればコレを受けるなど自殺行為である。
しかし悲鳴嶼の元、岩の呼吸を鍛えたゾロにとって片手があれば全く脅威ではない。腕と刀が交錯するも鳴った音は衝撃音では無く空気ごと斬った斬撃音のみ。
「ぐあっ!!??」
右の刀がいとも簡単に鬼の腕を斬ってみせ、返す左の刀を鬼の首に捻じ込ます。
だが、鬼もまた反応が早く首への一刀はかろうじて回避した。
鬼は仰け反った勢いのまま距離をとって体勢を立て直す。
「っ・・・・・・!!?」
この鬼、剣士に出くわすのはコレで三人目だった。しかし今までの剣士とはゾロは格が違うのだろう。鬼の顔には驚愕の表情が見て取れた。
「どうした?雑魚鬼とは格が違うんだろ?俺にはその差があんま分からねぇが。」
「言うじゃないか・・!!人間風情が!!なら本気で相手してやろう!!血鬼術・鬼樹廻廊!!!」
鬼の角が赤黒く染まり、それに続くかの如く周りの木々までが同様に赤黒くなっていく。
実力の高い鬼ほど血鬼術という独自の術を編み出しているがこの鬼、<濁林>は周囲の植物に影響を与え自身の手足のように動かせることができるのだ。
ここは濁林にとってお誂え向きの深い森林だ。半ば無限とも言える手数が存在している。
「なるほど・・これが血鬼術。確かに厄介なもん使いやがる。」
ゾロは深い呼吸を更に深めた。
「
水平に突き出した二刀を構え、無数の襲う樹木を斬り払う。
「登桜!!・・応登桜!!・・閃!!・・っ砂紋!!!!」
大技四連撃が血鬼術で鉄ほどに硬い樹木を紐糸が如く斬り裂いていく。しかしその余りの手数に徐々にだが斬らずに防ぐ場面が散見しだす。
(ちっ・・ただ操った木を振り回すだけの芸の無い攻撃だが、単純な分少し厄介だな!)
「そらそら!!さっき迄の威勢はどうした!?」
単純な戦闘能力では十二鬼月にも匹敵し得る濁林の攻撃はまさしく猛烈だ。360度の一斉攻撃、足を止めて防ぐなど対処として最悪の悪手だろう。柱であるならば瞬時に濁林の視界から回避し死角からの攻撃に転じているところだ。
しかし濁林の攻撃が百が越えようとも弾き返す。弾き返す。弾き返す。
己の体躯を優に超える大木ですら受け切る強靭な肉体と折れる気配もない頑強な刀。数人の剣士を知っている鬼でさえ異様すぎる光景だった。ゾロが防御をする度に濁林の冷や汗が一筋落ちる。濁林の頭の中ではゾロが本当に人間なのかという疑念さえ浮かんできていた。ならばと最大出力でと操る数を絞って高密度な攻撃を濁林は仕掛けた。
「堕威黑柱!!!」
ドス黒く変容した大木が槍の如く射抜こうとばかり射出された。
「砡の呼吸、天昇大竜巻。」
しかし強靭な体幹を生かした回転斬りは樹木を薙ぎ払えば、その斬撃の余波は天へ向かって立ち昇った。
濁林が血鬼術で生み出した樹木の残数はもう無くなっていた。濁林の欠点は森林で無ければその血鬼術が半減以下の効力になってしまうので、ここ一帯の木々は全て消費してしまった濁林は場所を移す必要があるのだが・・・
「おい、さっき迄の威勢はどうした?俺はまだここから一歩も動いてちゃいねぇぜ?」
ゾロは軸足を中心に左足で雪に円を描く。
彼の体は無傷なばかりか、軸足さえ動かしていなかったのだ。圧倒的な防御力。これは悲鳴嶼が繰り出す型のお陰で一番顕著に鍛えられた部分だろう。岩柱の攻撃も四方八方から襲ってくる鬼畜技だ。それを経験しているゾロからすれば濁林の攻撃は防御に徹すればさして難易度の高くない代物だった。
「て、テメェ・・まさか、柱か!?十二鬼月でさえ警戒するという剣士!?」
「柱じゃねぇ。ま、近々超える予定ではあるがな。」
実際呼吸術を覚えた半年間でゾロは柱に準するほどに実力をつけている。しかしまだまだ伸び代が残っている発展途上だ。岩の呼吸の派生、砡の呼吸もまだ確立している訳ではない。
「ぐ、ぐぐぐ・・。」
「もう力量差ははっきりした。これでお前に残された選択肢は2つしかねぇ。無様に逃げて斬られるか、潔く攻撃に出て斬られるか。好きな方を選びな。」
ゾロの挑発的な問いに濁林は体を震わせ・・半歩後ずさりした。
「強さってのは腕力じゃなく、精神が物を言う。何の意味もねぇ戦いだったぜ。」
瞬間、濁林の首は刈り取られ、頭はバフッと雪上に落ちた。
ゾロにとって鬼との戦いですら実践を兼ねた修練でしかない。死力を尽くしてこそ彼が価値を感じる戦いになるのだ。
「ま、軽い腕試しにはなったか。」
刃毀れもない刀を鞘へ納める。
鬼の体は朽ちるように消え失せ、残ったのは嵐が過ぎ去ったかのような荒れた光景だった。
そして無傷なゾロにはすぐ様次の任務が言い渡された。
「悪ぃな。あんたらの家壊れちまった・・。あいにく気の利いたもんはなくってな。これで勘弁してくれ。」
・・・後に元炭焼き小屋からの轟音に集まった町の人たちは驚愕した。まるで怪物が暴れまわったかのような惨状に。しかし飲みかけの酒瓶が置かれた墓の周りだけポッカリと綺麗な状態だったことには誰も気が付かなかった。