ドラえもん対スーパーロボット軍団 出張版   作:909GT

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今回は本編の外伝1、外伝2、本編第二部と繋がりがあります。


第三十六話「ダイ・アナザー・デイ、そしてその後」

――カールスラント空軍での人事的粛清は反ガランド派閥の高官にも及び、カールスラント空軍は大激震に見舞われた。皮肉な事に、カールスラントで実験部隊と扱われた44戦闘団は軍縮によるリストラを危惧したガランドの手で精鋭の逃げ場所となっており、部隊ごと扶桑皇国空軍の義勇兵となることでドイツ主導のリストラを免れた。また、ガランド自身も同位体の情報を知り、振る舞いを改めた(上司にすると嫌なタイプという評判が同位体にはあったため、ガランドは部隊内の融和に務めた)事、44戦闘団の史実の陣容に対抗意識のある日本が扶桑の伝説たる『64戦隊』を復活させるなどの影響が生じた。元々、ガランドは扶桑海事変の頃は大尉であり、観戦武官であった。その際に初代64Fの強さを目の当たりにしたことが44戦闘団の構想に繋がったと話しており、二代64F(書類上は凍結の解除)が史実44戦闘団の陣容を見習っての精鋭部隊化した事を考えると、相互に影響しあったと言うべきだろう。扶桑皇国軍航空部署関係者は『練度の平均化』を目指していたが、史実の敗戦の記録でそれが無意味であると突きつけられた挙句の果てに『とにかく強い精鋭部隊を造って無双させる』というドクトリンの成立の端緒を開く事になった。また、『軍中央の指揮下から外れる』という点は扶桑軍中央の本意ではなく、なんとか間接的にコントロールしようと目論むが、太平洋戦争の激戦はそれを脆くも打ち砕く事になる。ダイ・アナザー・デイで64Fは部隊ごと遊撃戦力として扱われ、あらゆるフィールドに駆り出されたが、それを快く思わない高官もおり、後に、武子が負傷した場合に中央から人員を送り込むことでコントロール下に置こうとするも、要員の複数が戦死(うち一人は高射砲の誤射だが)した事、軍神と祀り上げられた武子の部隊を預かった代理でしかないとし、最後の一人である宮部大佐が中央から離反したことで、施策に終止符が打たれる。結局、なんとか生き残った二人は隊の融和のために64Fの機密に触れたことで、他部隊への転属が実務上の都合(機密を知ったため)で不可能となり、武子の療養からの復帰後はそれぞれ『中隊長』(書類上はそのままだが、実質は降格人事である)として属することとなる。また、この事は軍内の『不祥事』でもあるため、その時は『先任大隊長が一貫して代理を勤めていた』というように取り繕われるが、後年に当事者の回想録でバラされ、その時代に軍中央はその言い訳に追われたという。――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――64FはGウィッチ化した人員の管理所としての役目もあったため、山本五十六らの意向で、当初から軍中央の指揮下からは外されていた。だが、太平洋戦争が始まると、軍中央に『あれだけの戦力が中央の意向で使えないのはおかしい』とする意見が生まれ、その通りに動かそうとする動きが強まり、武子が隊を離れたのをいいことに、四人の代理を送り込むが、黒江が中将であったり、赤松の存在で指導的立場には立てず、軍編成上の代理でしかなかった。後期の二人はそれを理解し、一歩引いた立場でいたからこそ、激戦を生き残ったのである。軍中央は『64の戦術ノウハウを他部隊に伝授させたかったから…』と言い訳したが、その見解が示された時には既に二人の代理が戦死しており、そのうちの一人は味方の誤射で死亡するなど、散々たる有様であった。中央はこの結果に気落ちし、山本五十六ら長老の抑え込みもあって、極秘の施策は取りやめられたが、なんとか生き残った二人の転属は機密に触れてしまった関係で不可能となり、思惑は御破算となる。その関係で中央へ戻れなくなった二人は部隊に残留しての戦闘を志願したため、そのまま事実上の降格人事を受け入れ、一中隊長として、太平洋戦争を戦っていくのであった――

 

 

 

 

 

 

 

――ダイ・アナザー・デイでの戦闘はもはや64Fが単独で戦線の空を支えていた。黒江の指揮下のGフォース航空隊がF-35、VF-1、セイバーフィッシュなどを使い分け、陸上戦での制空権を徐々に掌握し始めていた。流石に高性能ジェット機が航空指揮管制下で活動すれば、第二次世界大戦~朝鮮戦争レベルの航空戦力は相手にならず、だいたい30機から40機ほどのキルレートを戦闘ごとに稼いでいる。ウィッチ・ハンティングと称されるウィッチ狩りに供されたP-47戦闘機が難敵であった以外はほぼ敵なしであった。Gフォースは黒江配下の軍団扱いであるが、最初に送り込まれたF-4EJ改の劣化がひどいことから、混成編成となり、F-35も配備されだした。なお、キュアラブリーが見たF-20改とドラケン改はGフォースでの特別仕様である。F-35はプロパガンダ目的に供されており、実戦では他の機種が使われている。F-35は21世紀型の時代相応のパッシブステルス機であるため、管制が難しい乱戦での機動性などに難があるとされ、むしろ第四世代機以前の機体のほうが活躍できる。黒江がF-20などを使っているのがその証明であった。また、前線でのとっさの邀撃では、F-104Jとドラケンが評価される一幕も起こるなど、守勢である連合軍にジェット機の有用性を示す好材料となった――

 

 

「あの、ケイさん。あの時代がかってる変な飛行機は?」

 

「ああ、サラマンダーだよ。ドイツの連中が作ってた国民戦闘機って触れ込みのジェットだが、博物館贈りにするってんで、連邦軍の輸送機に積むんだと」

 

キュアラブリーが気づいたHe162。カールスラントが量産していて、一部は前線へ輸送済みだった戦闘機である。時代相応の技術模索中とわかる独特のシルエットを持つ機体だが、ドイツ側の方針で回収が決まり、博物館送りにされるという。配備が済んでいた機体は約120機。数個飛行隊分の機体が納入されていた事になる。ドイツは『安定が悪く、常に操縦桿で微調整が必要で、急な機動は不可能』とする史実のレポートをもとに回収を決定し、120機の大半は博物館に飾られるという。

 

「なんでそんな事を?」

 

「ドイツに言わせれば、あんな機体で空戦はできないってことだが、ウルスラは双発化で事故は起きないって言ってるが、あんな形じゃな」

 

ウルスラ・ハルトマンは『高価で対重爆邀撃にしか使えないMe262系よりも、運動性に優れるHe162を双発化して普及させるべき』と説いていた。黒江達からすれば、それは失笑モノである。ウルスラは『時代相応の技術では、胴体内蔵式ジェットはまだ無理』と見込んでいたが、リベリオンがP-80を完成させたことで覆された。黒江は『せめて、Ta-183か、その改良型を造れよ』と呆れている。ウルスラは意外と保守的な面があるのだ。なお、そのフッケバインの設計者たるタンク技師はその後、ブリタニア向けに『HF-24』(史実で自身とチーム最後の機体)の改良型を作り、一定の成功を収めたという。タンク技師は基本的に新技術に意欲的である気鋭のメカニックであったため、エリアルールやショックコーンなどの新技術も取り入れられた。タンク自体が元ウィッチであったため、同位体より若い幸運もあり、カールスラント国外脱出後は流しの技師として風来坊となる。これはメッサーシュミット博士が王家との癒着を疑われ、名誉挽回とばかりに挑んだ新作であるHA300に当たる機体がパッとせずに終わるなど、技師としては『失意の後半生を送る』事になるのと対照的であった。

 

「ま、うちも外国製のジェットばかりって怒るバカが多くてよ。国産最後の希望の震電は計画続行が決まった」

 

「震電?架空戦記常連のあのヘンテコな飛行機の?」

 

「そうだ。あれをジェットに再設計するんだよ。見かけはしやすい形状だけど、ジェット化で色々と変えるから、時間いるそうだ」

 

「へぇ。なんかそのままジェット積めそうなんだけどなぁ」

 

「そうは問屋がおろさないそうだ。再設計しないと、機体強度がおっつかんそうな。多分、原型はほとんど無くなるな」

 

震電改良計画はダイ・アナザー・デイ中から芳佳の婚約者『吾郎』技師の手で開始されている。オーソドックスな後退翼ジェットで無難にまとめるか、あるいは思い切って、ドラケンに習ってのダブルデルタ翼に再設計するか。あるいはクローズカップルドデルタ。扶桑肝いりで、青天井の予算が与えられた彼は45年度中にA案を放棄し、B案とC案を残す。ほとんど原型は無くなるが、高性能が期待できたからで、ダブルデルタ翼案とクローズカップルドデルタ翼案の試作が行われるが、クーデターで遅延してしまい、試作完了は1947年から更に翌年の1948年にずれ込んだ。ダブルデルタ翼型はドラケンよりもスーパーストールが顕著に現れ、クフィール似のクローズカップルドデルタ翼案が制式化される。なお、47年にY委員会にお披露目された試作機はクフィール似であったが、制式機はSF漫画に出てきそうであるが、第四世代的な精悍な姿へ変貌していたため、黒江をして『何かあったのか』と質問するほどであったという。吾郎技師曰く『機体設計に新技術を入れまくったら、自然とこうなった』との事。性能は外見相応に高性能であり、F-16レベルの性能を備えていた。

 

『お前、戦闘妖精雪風でも見ただろ…すげぇ未来的な…』

 

これは二年後に制式採用にあたり、視察した黒江の台詞である。クフィールのコピーに近い試作機が嘘のように未来的な外見であり、20世紀末の一線機で通ずるスタイリッシュな外見である。1940年代末の野暮ったさが残る『時代がかったデザイン』と一線を画するブレンデッドウイングボディデザインであるため、黒江は乾いた笑いが出た。

 

「お前、誰がファーンを造れと言ったよ、えぇ?」

 

「青天井なんですから、こんくらいはいいでしょ。流石に前進翼はやりたくても出来ませんでしたねぇ。VF-9とVF-31のカイロスを参考にして練り直したので…」

 

「防衛装備庁が欲しがるぞ、これ」

 

「F-16と同等の旋回能力は確保しました。この時代にしたら上出来もいいところですよ」

 

「カールスラントを憤死させるぞ、こんなのお披露目したら。それと、お前のカミさん見たら、。腰抜かすぞ」

 

「家内には感謝してますよ。適当なとこでツッコミ入れてくれるので」

 

「量産ラインの確立に一年はいるな、これ」

 

「製造規格に合わせてあるので、案外早いですよ?それと、F-3のオーグメンター付きの改良型使えたから、ここまで攻められたんですよ、今のこの世界基準のエンジンじゃ、トルクが細いし、やってられませんよ?」

 

「言えてるな。量産機ができたらお披露目するぞ。ペットネームは考えておいてくれ。震電の息子と分からんしな、これ」

 

「憤死するなら儲けもの、我が世の春じゃないですか、日本連邦万々歳、とも言ってられませんが。スパイとか気にしなきゃならなくなるかな?」

 

「ま、少なくとも、ガリアとカールスラントは欲しがるだろうよ。ガリアはミラージュⅢすらヒーヒー言ってるくらいだから、当分はないだろうが」

 

時代を越えたスタイリッシュな量産機となった震電シリーズ。量産ライン確立は1949年以降となるため、ストライカーのほうが先に量産に至る。ただし、ストライカーの方は流石にここまで攻められなかったので、ダブルデルタ翼案を元にしたデザインに落ち着く。ただし、二代目レイブンズの時代には、そちらのデザインのストライカーも第三世代理論で使用されているため、実機のほうに追いつくのに時間を要したストライカーという記録を産んだという。

 

「ストライカーの方には落とし込めませんから、B案で製作を急ぎます。ただし、エースパイロットに支給するのを前提にして…」

 

「分かっとる。ウチのガキに第三世代理論で完成にこぎつけたのを取り寄せを頼んでるから、それを参考にしてくれや」

 

47年に二人はこのような会話をしている。実機のほうのお披露目は太平洋戦争へ突入間近とされた時期に華々しく行われ、当時の空軍関係者の多くを瞠目させた。なお、出自が局地戦闘機とは言え、一応は海軍機であるため、艦載運用も考慮された派生型も製造間近であった。日本連邦の技術力の象徴とされたが、当時としては凝った技術の結晶であるため、防衛装備庁は現地での生産性と整備性を懸念したという。また、サイズが震電より遥かに大きく、21世紀現用のサイズなので、大型空母でしか運用できないのでは?とする懸念も大きかった。もっとも、その頃には扶桑製スーパーキャリアの調達も夢物語では無くなっていたので、障害とはならなかったが。

 

 

 

 

――1948年。同機は日本連邦空軍制式機『震電改二』として領収され、64Fに配備が開始される。F-16と同レベルの能力は当時の敵機が朝鮮戦争前後のレベルであったために必要十分であり、既存米軍機の隙間を埋める国産機として好評を博す。また、『国産機』である事から、自衛隊も改良型を『F-3』とする事を検討し始めるなど、扶桑系軍用機としてはジェット時代初のヒット作となっていく。なお、四人ほど送り込まれていく武子の『代理』達の大半はジェット機への機種転換に手間取った事もあり、搭乗した記録は殆どないが、後半の二人は黒江達と良好な関係を築けた事で搭乗し、代理の任を真の意味で果たせたという。そのため、先に戦死した二人は書類上は64Fに所属した事実を隠蔽工作で抹消され、書類上は出向とされたが、宮部大佐とその前任者のみは中隊長待遇でその後も活躍したため、二代目レイブンズの時代に伝えられた『代理達』の記録は両名のみが公式の人員とされる。なお、宮部大佐は黒江に心酔し、武子の復帰後は初代64Fで黒江が務めた第三中隊長の地位を志願し、以後は終戦までその地位を勤め上げたという――

 

 

 

 

――1948年。ストライカーのエンジントラブルで武子が着陸に失敗し、全治数ヶ月の大怪我を負ってしまったのをチャンスとした中央の一部が人事課を丸め込み、四人を段階を踏んで送り込んだ。最初の人物は八木大佐。参謀からの復帰組で、反G派寄りの言動で当初より孤立し、ある日に模範を示そうとした戦闘でP-47にハンティングされ、敢えなく戦死。次の彰楽大佐は前任者よりはマシであったが、パトロールからの帰還途中、事もあろうに味方高射砲部隊のある新兵の誤射で事故死した。二人の戦死は体面上と政治的理由で隠され、3人目からは懐柔に切り替え、明野の教官からの引き抜きになった。ここからがエポックメイキングであった。3人目は広瀬大佐。偶然にも圭子の小学校の後輩であり、幹部と打ち解けたが、気苦労が別の意味で多かったために自ら離任を申し出た。最後が宮部大佐であった。彼女は明野の新進気鋭の教諭であり、七勇士と縁もゆかりもない間柄であったが、黒江の求道心に心酔し、黒江たちを自由に行動させた。それが功を奏し、武子の復帰までの大任を果たした。黒江や圭子に遠慮しないで、空戦の持論を言ったために眼鏡に適ったのだ。また、彼女自身は大戦前半の成功経験をあまり体験しないうちに教育畑に転じたため、Gウィッチへ色眼鏡を持たなかったのも大きい。明野への復帰は成らなかったが、48年以降の64Fの『若手幹部』として広瀬大佐共々、64Fの屋台骨に成長していく。武子の復帰後は維新隊及び天誅組の中隊長を志願し、活躍し、64Fに新風を吹かせた功労者であると同時に他部隊との交流を活発にさせた点でも高く評価されている。なお、明野で空戦理論を研究していた宮部大佐はインテリ、広瀬大佐は明野の歴代教諭でも異例の武闘派であり、正反対の二人であったという。共通事項は『前線勤務が年齢の割に少ないが故に、その時代には、空戦の権威となった黒江達へ色眼鏡を持っていない』事である。その実直さと素直さ、胆力がGウィッチの眼鏡に適ったと言え、1945年当時の中堅世代で数少ない『64Fで幹部まで務めた』ウィッチとなるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――扶桑皇国軍では、ダイ・アナザー・デイを境に、Gウィッチ達が『権威』となってゆく事を懸念する声も大きく、それが中央の動きに繋がった。だが、結局は中央の現場への無知ぶりを晒す結果となり、逆に黒江に『弱み』を握られた。中央と言っても、全員の総意ではなかった。一部の佐官級参謀らが中心となっての運動であった。当時、佐官級参謀の多くがダイ・アナザー・デイでは遠ざけられていたが、一部は現場の要請で復職していた。この失態は日本側の参謀の職務への信頼をまたもガタ落ちさせ、参謀の左遷が起こり、扶桑生え抜きの参謀達は自衛隊の近代軍事教育を受けた世代がその任に就くまでの時間、参謀職そのものが軽んじられる事になる。出る杭は打たれるを実践しようとしたら、自分達が逆に排除されたわけだ。扶桑皇国軍では、この動きが重く見られ、陸軍大学校卒経験層などの従来のエリート層が担ってきた参謀のポジションを政治的理由で自衛隊への留学経験者達、あるいは出向している自衛官が戦争中は担う事になる。(統合士官学校卒の生え抜き参謀が生まれたのは、1940年代から十数年後のこと)生きていれば、当時の高官層に極めて珍しい先見の明を持ち、未来人からも『英傑』と評価されていたであろう永田鉄山を暗殺した時点で、陸軍佐官級の参謀職の1945年当時の若手から中堅層は周囲からの信頼を失ったと言え、多くは懲罰的な閑職でその後の軍歴を終えていった。軍国主義者のレッテルを貼られたことで社会的地位を失い、自然と失意の後半生となった者も多かったという。――

 

 

 

 

 

 

 

――それと対照的にダイ・アナザー・デイとデザリアム戦役での功績でプリキュア戦士達のリーダー格は一律で佐官に昇進し、軍隊での地位を盤石にしていた。通常ウィッチとは別格とされ、二度の戦乱での活躍で扶桑での居場所を得たわけだ。のぞみは一時は錯乱にまで陥った精神状態もこの頃には回復し、先輩である咲と舞の来訪もあり、気が楽になっていた。この頃でも、表向きは中島錦として過ごしていたが、記憶がある事と、精神状態の回復に伴って、二人の言動が程よく混じったことで、表向きの理由付けに説得力が生まれていた。――

 

 

――1947年 Gウィッチ専用の休憩室――

 

「そんな事があったんだ」

 

「そーなんですよ。一時は錯乱しちゃって…。で、修行でパワーアップしたんで、今は変身アイテムやミラクルライトなしでシャイニングドリームになれます」

 

「なるほどねぇ。でもさ、軍隊って給料良いの?」

 

「危険手当とかで家が建ちますよ、咲さん。それに平時は訓練と講義以外は暇ですから、下手な大手企業より時間取れます」

 

「なんか、学校で教わったよりアットホームな感じだなぁ」

 

「派閥抗争が日常茶飯事な旧陸軍が異端なんですよ。それに、ウチは書類仕事が事務方の部署に任されてる上、自由行動権が正式に付与されたんで、講義と訓練以外はみんな暇ですよ、咲さん」

 

「暇、ねぇ。」

 

実際、この頃には、64Fの権利は強大なものとなっていた。一部隊でありながら、司令官の直属であり、近代化途上の他の空軍部隊よりも近代的な装備を備え、人員もトップエース揃いである事実は中央勤務の参謀の反感を買うものであったが、中央の無策や拙策で精鋭部隊をみすみす壊滅させた例は枚挙に暇がないため、最精鋭部隊たる64Fは空軍総司令部の直属部隊として、その独立権を保証されていた。だが、中央の佐官級参謀達はそれを不満に思い、翌年度以降に『息のかかった人員を武子の療養を大義名分に送り込む』が、生存した二人には離反され、遂には黒江にそれで弱みを握られる結果となる。

 

「で、のぞみちゃんが少佐ねぇ。エアギターが唯一の特技じゃなかったっけ」

 

「現役時代の話ですよ、それ。今はパイロットですよ」

 

「あたしの場合は戦車乗りも兼任してますから、忙しくて」

 

「なにそれ、マナちゃん」

 

「て、転生先の都合で…」

 

苦笑いののぞみとマナ。マナは逸見エリカのポジションに収まって転生した都合、戦車乗りでもあり、ダイ・アナザー・デイとデザリアム戦役では支援用MSを中心に乗り込み、ジム・キャノンⅡやマドロックに搭乗経験がある。なお、のぞみはシャイニングブレイクの他、機動兵器の訓練終了後はZプルトニウスに乗り、新ゲットマシンにも乗っている。咲の口から、のぞみの現役時代の特技がエアギターという無駄にすごいものであったことが明かされるが、現役時代当時に活用できなかった特技との事。なお、マナに戦車操縦技能があった偶然から、デザリアム戦争からは『ロト』が訓練機に指定され、それで技能を身に着けた後に分かれる形で決着したが、マナの相棒であるキュアダイヤモンド/菱川六花は修了後はTMS課程に進み、リゼルC型に乗っている。また、デザリアム戦役の途中から加わったキュアサンシャイン/明堂院いつきはステラ・ルーシェを素体に転生した関係とデータ収集の都合で、ガイアガンダムを引き続き使用している。

 

「ふう。今日もデータ収集、終えてきました」

 

「ご苦労さま、サンシャイン」

 

「誰かが自分の転生の素体になると、色々と苦労しますよ、のぞみさん」

 

「シンさんとは?」

 

「過保護気味で、困るくらいですよ。一日に一回は連絡入れないと心配されちゃって。記憶はあるから、気持ちはわかるけど、オーバーで」

 

「まー、わかってあげなよ。シンさんはステラって子を失った世界線の出身だし、あたしとジャンヌさんが説明したけど、大いに狼狽えてたし」

 

「明堂院いつきでもあるんだし、それにこちらでいうところの強化人間ポジションだったんだから、痴漢は問題ないのになぁ」

 

「シンさん、実の妹を亡くしてからは情緒不安定気味だっていうからなぁ」

 

「あ、噂をすれば。もー。前と違って体は大丈夫ってのに…」

 

ため息のキュアサンシャイン。苦笑いののぞみ。現役時代と違い、お互いに先輩後輩関係は意識しているのか、キュアサンシャインはのぞみへ敬語で接するようになっている。もっとも、普通は社会人経験があるなら、誰でも敬語は心得るが、いつきは生前は武道家である分、先輩であるのぞみへ敬語を使うのが常態になっていた。

 

「たぶん、転移のショックと強化のせいで記憶障害が強くて、自我が消えそうだったから、いつきちゃんの魂を生存本能で取り込んで防衛したんだろうね。そうでなきゃ、ステラって子と同一視はしないし、彼」

 

マナも頷く。

 

「返事はするけど、ちょっとなー…」

 

「まーまー。あたしも今は姉貴がいるから言うけど、シンさん、シスコン気味だと思うよ」

 

「のぞみさん、どうすればいいんでしょう」

 

「彼にとっては奇跡みたいなもんだし、彼の傷を癒やしてあげな。彼は天涯孤独だし、前の戦争でもいつきちゃんのことは戦わせたくないって、のび太君に怒鳴り込んで来たし」

 

シン・アスカはステラを戦争と関係ないところに置きたいと、青年のび太に抗議したが、その時には明堂院いつきとしての自我に目覚め、キュアサンシャインに戻っていたため、ジャンヌとのぞみに止められた事がある。

 

「その時、かなり複雑な顔で言ってたよね」

 

「うん。この姿が今の私だし、ステラとしての記憶は断片的にしか覚えてないから。どうすればいいと思う?マナちゃん」

 

「うーん。ジャンヌさんとも話したんだけど、月でジュドーさんがシータプラスのテストしてるから、彼を月にあげて、ジュドーさんとこに下宿させよう。一応、軍籍はデザリアム戦役の終わる時に正式に与えられたから、月旅行は問題ないし」

 

「丁度、リィナさんもジュドーさんと合流してるからシスコン同士のかすがいになってくれないかな?」

 

「二人共、真面目に考えてくださいよ!!」

 

「あたしらは大真面目だよー、いつきちゃん。…シータプラス、シータ…。ああ、ダブルゼータのフルスペック量産検討機の?」

 

「デザリアム戦役の戦訓でその必要性が出たから、量産が認可されそうって話だよ、六花が言ってた」

 

 

ダブルゼータの量産は何回かチャレンジされており、量産型ZZの再設計機が既にラインを構築されているが、それが普及する前にデザリアム戦役となり、その過程でシータガンダム(ダブルゼータ系の開発コード)のコンセプトが見直され、フルスペック量産に道筋が見えてきたのである。

 

「イオタ系は増産だけ?」

 

「整備性は上なんだけどね。ダブルゼータ系の機体は整備士泣かせだもんなー」

 

Z計画機の多くは試作機としての側面が強いガンダムなため、兵器としての整備性は低い傾向がある。ダブルゼータは複雑な機構と稼働時間の短さが災いし、アムロからもあまり高くは評価されないが、改良自体は続けられている。

 

「ジークフリートは制式化されたけど、あれで満足しないの?」

 

「サイコ・ガンダム級の巨体だから、軍部の欲しがる数が一年じゃ確保できないんだって。メカトピア戦争からずっと制式化を要請してたけど、政府が首を縦に振らなかった。なら、フルスペック量産に傾いたんじゃ?ジークフリートのほうが頑丈なんだけどね」

 

「ジオン残党の連中、『不死身の砲兵』なんて呼んでたっけ…」

 

「ジオンの連中、宇宙人との戦争の最中に戦いを仕掛けるなんて、正気じゃなかったよ」

 

マナから見ても、ジオン残党軍の狂気、それをまんまと利用したタウ・リンのアナーキズムに吐き気がする思いであるらしい。タウ・リンはのぞみがりんのことでの因縁もあって、シャイニングドリームとして倒したが、彼が宣った大量殺戮の方便が皮肉な事に、のぞみを戦士として再起させたのは事実だ。

 

――俺は連邦もジオンも関係なく潰す!この俺の手でウジ虫共を!!――

 

タウ・リンという稀有なアナーキズムを通り越しての破滅主義者のテロリストを倒すという純粋な怒りがのぞみを再起させたのはマナも認めるところだ。

 

「あの男はあたしの心に火をつけた。あいつと戦ううちに思ったんだ。あたしの心に灯った火はヤツを倒すための劫火に変えるべきだってね」

 

「あの時ののぞみちゃんの怒り方凄かったもんね。咆哮を挙げながら通常形態をふっ飛ばしての変身したから。いつきちゃんにもみせたかったなぁ」

 

「あの時はりんちゃんが入院してた軍病院が木っ端微塵に吹き飛ばされて、頭に血がのぼっちゃって、無我夢中でさ。ココの声が聞こえた気がしたし…」

 

「…ヤツの悪意に引き寄せられたのかもしれんな、そして、ウィッチやプリキュア、あまたの英霊が集い戦う理由を再確認する触媒がヤツの存在意義だったのかもしれねーな」

 

「あ、ケイ先輩」

 

「よ。ちょうど夜勤明けだよ」

 

「ケイさん、あの時の動画あります?」

 

「ああ。ドラえもんがタイムテレビで録画してたのが……。」

 

「へ!?」

 

圭子はタイムテレビで録画したというその時の様子を見せた。のぞみは固まってしまったが、軍病院を木っ端微塵にする事を悪びれもせず、自分の破壊のための論理を宣う中年の男と、のぞみを庇って撃たれ、のぞみに決定的な一言を遺して絶命する(?)何の罪もない、いたいけな幼女の姿が映っていた。

 

「こんなこと言うのは癪だが、ヤツのお陰で結束と覚悟決まった連中も多いしな」

 

圭子はそういう。絶命するその少女はのぞみがプリキュアである事を知っていた。その上でその一言を遺言とした。

 

――プリキュアのお姉ちゃん、あたちが好きな動物さんたちやおかーさんたちを守ってね……――

 

まだ幼稚園児ほどだろう少女の純真無垢な遺言と涙を堪えきれないのぞみ。そして、その少女が息絶えたであろう瞬間、のぞみの脳裏に『誰か』の声が響き、遂に彼女の何かがプッツンと切れた。

 

『うぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――ッ!!』

 

それは通常ではありえないはずの現象であった。一切の変身アイテムを介さずにのぞみをキュアドリーム、更にそれを越えたスーパープリキュア形態へ変身させたばかりでなく、気か小宇宙を高めた時にのみ発生するはずの可視化されたオーラ、更にその上に電撃をその身に纏っていたからだ。

 

「あの、どこの戦闘民族ですか、貴方……」

 

「ま、カッコよかったから良しってしてあげて、いつきちゃん」

 

「まぁ、死んだと思ってた少女が瀕死で意識失っただけで治療が間に合ったのも僥倖だったしな。これを見た時、あたしはツッコミ入れたくなったが、野暮だし、やめたんだよ。シビレたしな」

 

「そーれーは言ーわーなーいーでーぇ!」

 

「しかし、お前、キレると怖いんだな。覚えてないのか、なんて啖呵切ったか」

 

「あ、あまり……」

 

モジモジしながら赤面するのぞみ。だが。映像でのシャイニングドリームは開いた口が塞がらない衝撃をキュアサンシャインにもたらした。

 

『ただじゃ殺さんぞ!!貴様にたっぷりとプリキュアの恐ろしさを教えてやる!!』

 

『今、このフォン・ブラウンの住民が味わっている恐怖をテメーに思い知らせてやる!』

 

『貴様は鬼畜生と同じだ!! いや……それ以下の虫ケラだ!』

 

……などの過激な台詞のオンパレードだ。柔和な印象のシャイニングドリームの姿で流竜馬のような苛烈な台詞を言い放っており、キュアサンシャインは映像のあまりの衝撃度に開いた口が塞がらない。

 

「まー、こういうあからさまな啖呵はかえって怖かねーんだよな。薄ら笑いで淡々と正確に攻撃してくる方が怖いぞ、敵に回ったのび太とかさ」

 

「言えてる。ダイ・アナザー・デイが終わった時の模擬戦ののび太君、なんか不気味で怖かったな…」

 

青年のび太の恐ろしさの一端を話す圭子。ダイ・アナザー・デイ直後に行われた模擬戦でのび太は薄ら笑いを浮かべつつ、プリキュアでさえ反応不能なクイックドロウで淡々と相手を蹴散らす姿に戦慄した相田マナ/キュアハート。

 

「いや、のび太は味方でも怖いや。一度のび太の狙撃を射点に同行して見てれば解るよ、のび太の怖さ」

 

「ええ。高速で動いても、その動く先に射線を造ってるし、四キロくらい離れても、コンマのズレもない狙撃を見越し射撃してくる。あれに狙われた時の恐ろしさは口じゃ言えませんね」

 

マナをして、そう断言させるのび太の射撃能力。ゴルゴはキロ単位で離れていて、車を飛ばす目標を見越し射撃で当てた依頼が数多いが、のび太も同等以上の行為をこなせる。のび太個人が表立って戦闘をする最後のケース(妻から『30代になったら、息子のためにいい加減に落ち着いて欲しい』と戒められたからだ)となった模擬戦は、子供時代の情けない象で侮っていたプリキュア達に恐怖を見せた。最上級の『逃れられない恐怖』をだ。

 

「逆に、なんで子供の時はああだったんですか?」

 

「歴史上の偉人がガキの頃は落ちこぼれって言われてたケースはいくらでもあんだろ、サンシャイン」

 

「それはそうですけど…」

 

子供の頃は落ちこぼれ、泣き虫の劣等生など、そういった目で周囲から見られていたのび太だが、徐々に人間的に成長していったのは言うまでもない。また、成長しても少年期の純朴さを失わず、優しすぎるくらいの博愛主義はことはや調の献身の理由にもなっている。また、ここぞとばかりの時に見せる勇気、青年以降は黒江譲りのニヒリズムに溢れた台詞回しで現れるなど、西部劇の流れ者のような振る舞いを好む茶目っ気が大好きなど、のび太らしさも健在である。また、件の模擬戦の時はマカロニ・ウェスタン丸出しなポンチョを着込んで臨んだため、青年になり、父親になっても、どこかで残っている少年の日の面影は、ごく親しい者たちにとっての彼の魅力であったと言える。

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